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25 出会いの場はどこですか

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 久々の古巣に帰っての仕事だ。と言っても一月ぶりぐらいなのだが、なんとなく雰囲気が違う。

 客室棟の皆は相変わらず温かく迎えてくれるが、浮き足立っているというか……化粧が若干濃い。
 宮殿のメイド達は化粧っ毛皆無、というかその手のことは御卒業されていたので、余計に華やかに感じる。

 パーティーの打ち合わせで、ヴェラ女官長とテレーザ女官長、チェルソン侍従長と一通り確認事項をチェックしてから、ヴェラ女官長に皆の変化を聞いてみる。

「ふふふ、皆の気合いがリリアナにもわかるのね。年に一度の出会いの大チャンスだからよ」
「出会い! なるほど」

 年代的にも近いし、メイド達も家柄はしっかりしてるときた。こういう時でないと、住み込みの彼女達には出会いのチャンスがないのだ。

「リリアナは頑張らずともよいからな」
 何故かテレーザに言われる。
「もちろんですよ。仕事に集中しますよ」
 “色気より食い気”とは秘密だが、かしこまってそう言えば、
「不義理を働いたらいかん。いいな?」
 と、さらに謎の釘を刺される。
「はい?」
 首を大きく傾げるリリアナの横で、ヴェラが込み上げる笑いを抑えている。

「いいか、リリアナ。城内恋愛という手もある。相手を間違ったらいかんが、このヴェラとチェルソンのように良き伴侶はすぐ近くにおるかもしれん」
「はぁ……。え? ええっ?!」

 チェルソンはいつもの温和な微笑みで、「では、わたくしは殿下の元へ」と去っていき、ヴェラが「はい」と頭を下げている。

「知らんかった!!」

 まったくもっていつも通りなふたりのやり取りに、リリアナの開いた口はふさがらない。


 **


 迎賓館は多くの招待客で溢れ賑わう。
 妙齢の男性達がそれぞれに正装して談笑している光景は、確かに圧巻だ。
 騎士もいれば、よく酒場でも見かけた警ら隊の制服の者や、各地の官吏や領地を受け継いだ者などのタキシード姿と、様々である。

 壁際で待機しているメイド達は、そんな彼らの一挙一動を的確に拾って、サービングしたり配膳を整えたり、厨から追加料理を運んだりとしっかり働いている。

 リリアナは、そんな彼女達への指示やサポートに回る側である。酒場の時とは違って、お客さんからアピールされることがないので、彼らの手元にしっかり注意してグラスの減りはどうかとか、皿が半分ほど空いてきたものを素早く取り替えたりする為に、ギンギンに視線を巡らしている。

 主役のジルベルトはというと、濃紺のジャケットに髪の毛と同じ銀の装飾が施された姿でスラリと姿勢良く立ち、同期生と談笑している微笑みは完全なる王子様スマイルである。
 リリアナにとっては、見ているだけでもこそばゆい。

(めちゃくそ猫かぶってるっ)

 以前、令嬢達とのパーティー時にも見かけたアレだが、その時は王太子として見ていたので神々しさまで感じていたが、今は真逆である。
 猫背で胡座組んで姿勢悪く作業している姿や、部屋に戻った途端にソファに顔面から突き刺さる姿、喉の奥まで丸見えな大あくびや機嫌の悪い朝の状態と、これでもかと裏を見てきているので、表の顔がひたすらこそばゆいのである。

(そりゃまあ、あんだけ外で王太子に擬態してたら疲れるだろな、真逆だもんな)

 リリアナは、ジルベルトの部屋でのグデングデンぶりを納得した。

「貴女はひょっとして?」

 ジルベルトを見ながらニヤニヤしていたので、突然横から声をかけられ反射的に「サボってませんっ」と敬礼しかけて瞳を瞬かせた。
 女官長達かと思ったら正装した青年だった。警ら隊や騎士の制服ではないので、酒場での顔見知りという訳ではないだろう。まったく見覚えない、目鼻立ちのハッキリした好青年だった。

(そうか、出会いとはこうやってある日突然来るのね)

 男女交際に疎い上、あまり興味を持ってこなかったものの年頃ではあるので、交際を申し込まれればやぶさかではない。今までそれが皆無だったが、やはり酒場の女将カーラが言っていたように、城は出会いの場な上、玉の輿街道まっしぐらなのかもしれない。

 リリアナは一応“いかがいたしました?”的な笑顔を作ってみせたが、その青年は両手で手を握ってブンブンと上下に振ってきた。
「いやあ! お会いできて光栄です! 貴女が客室棟で我が妹がお世話になったというリリアナ副女官殿ですね!」

 どうやら思ってたのと違ったようだ。

「はぁ……わたくしは確かにリリアナと申しますが……?」
「妹が言っていた通りの容姿で、ほぼ間違いないとは思いましたが!」
 どんな容姿を伝えられていたんだろうか? そこをもっと詳しく聞きたいところである。
「失礼ですが、どちら様でいらっしゃいますか?」
「ああこれは失礼いたしました!」

 好青年改め、若干失礼な男は握っていた手をパッと離して、姿勢良く背筋を伸ばす。
「ルチャーノ・オルダーニと申します。妹の名はアンナです」
「アンナ……?」
「あ、懇親期でしたので妹の名前はご存知ではないですよね、そうだそうだ」

 ルチャーノはジャケットの内側から封書を取り出して、リリアナに渡した。
「こちら、妹から預かっている手紙です。どうぞお受け取りください」
「あ、どうも」
 リリアナは素直に手を出し受け取った。自分の名前と、裏側に『アンナ――ノルドより』と書いてあった。

「あ! ノルド様?!」
 パッと弾けるようにルチャーノを見上げると、「こちらではノルドでしたか。貴女に、池から救いだしていただいたと聞いております。どんなに感謝しつくしても足りない」と、再び両手で手紙ごと握りしめられた。

(なるほど、これが恋愛に発展していくパターンかっ)

 フムフムとリリアナが感慨に浸っていると、握られた手の上に横からスッと影が伸びてきた。

「やあルチャーノ、久しぶりだね。……うちの女官がどうかしたのかな?」

 ロイヤルスマイルを惜しげもなく振り撒く、ジルベルト王太子殿下だった。

「おお、ジルベルト殿下! お久しぶりです!」
 ルチャーノは呆気なくリリアナから手を離して姿勢を正した。
「はは、楽にしてルチャーノ。今日は同窓会みたいなものだし」
 ニッコリと微笑むその顔は、女神に愛された彫刻のように美しく慈愛に満ちている。リリアナは横からポカンと、その変化っぷりに舌を巻いた。

「で、先ほどなにやらうちの女官に、手紙のようなものを渡していたようだけど……ひょっとして、交際でも申し込んでいたところかな?」

 ロイヤルスマイルのままその口から発せられた台詞に、リリアナがさらにポカンとしていると、ルチャーノはハッと何かに気付いて乙女に失礼なほど両手をブンブンと振ってみせた。
「いえいえ違います! あ、確かに今宵のような場ではそのようなやり取りがあちこちで見受けられてますがっ、わたくしにはまったくそのような気は!」

(訂正、若干失礼な男じゃなくて、正真正銘の失礼な男だっ)

 リリアナはジットリとルチャーノを横目で睨んだ。

「手紙は妹からことづかっていたものです。実は、妹はジルベルト殿下の妃候補として選ばれていまして。その時、こちらのリリアナ副女官殿に大変お世話になったと」
 ジルベルトは大きな瞳を見開いた。
「そうだったのか……このたびは大変申し訳ないことをしてしまった。大事な妹ぎみを、危険な目にあわせてしまって……」
「いえ殿下が謝ることでは! 妹はあの通りのんびりした性格ゆえ、うっかり足を滑らせてしまっただけですから!」

 どうやらノルド――アンナは、あの日の詳細を家族には黙っていたようだ。

「ノルド様ぁ」
 リリアナは、ノルドの健気さにキュンキュンして瞳を潤ます。
 そんなリリアナを、ジルベルトはチラリと横目で見てからルチャーノに向き直った。
「わたくしには令嬢の名前も領名も明かされないもので、お詫びも叶いませんでした。どうかくれぐれもよろしくお伝えください」
「いえいえ、そんなもったいないお言葉をいただきまして」

 そうしてジルベルトとルチャーノは、懐かしい思い出話とやらに花を咲かせながら、他のグループのほうへと連れ立っていった。

「おや?」
 リリアナは、ポツンと取り残された。まるで嵐が通り過ぎていったかのように、突然に。
「ノルド様の話をしたかったのにぃ……」

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