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28 誰のせい

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「最近のお前は、またよりいっそう怪しいぞ」

 寝ぼけたジルベルト王子を叩き起こして、朝食を準備してそばに待機しているリリアナは、恩を仇で返すやつだなとばかりに王太子に目を剥いた。
「なんですかっ、失敬なっ」

 本来ならここで、王太子付き女官長テレーザに教育的指導がはいるのだろうが、ピクリとこめかみは動きつつも山のごとく不動でリリアナの横に静かに立っている。いや、見てみぬフリに徹しようとしている。

「お前、いったい昼間は何してんだ。シラクーザ領から帰ってきて、よりいっそう夜が使い物になってないだろが」

 ジルベルトの言葉に、ウッとばかりに喉を詰まらせたのはリリアナではなく、すぐ横のテレーザである。小さな頃より可愛いく大切に育ててきた、あの王太子が『夜が使い物にならない』と女性にあからさまに発言するようになるなんて、と驚愕しているが誰も気付いていない。

「なに言っちゃってるんですか。私ちゃんと夜のお務め果たしてるでしょーよっ」

 反撃を繰り出すリリアナの言葉をくらったのは、ジルベルトではなくてやっぱりテレーザのほうである。胸を抑えつつ気付かれないように深呼吸して衝撃をのがしている。

「欠伸ばっかして効率が悪い。俺は言っておいただろ? 昼間にしっかり休憩して夜に挑めと」
「私だってね、やりたいこといっぱいあるんですよっ。ジルベルト様事だけで生息してる訳じゃないんですよっ」
「お前は俺の女官だろがっ」
「女官だって色々あるんですっ」
「おいっ、テレーザ。こいつの昼間の行動を――」

 ジルベルトが部屋を見渡しても、先ほどまで静かに佇んでいた山のごとし不動神テレーザの姿がなくなっていた。

「あれ?」
 リリアナも、真横にいたはずの先輩女官の姿がなくてキョロキョロする。
「テレーザ、最近調子が悪いのか?」
「いたって元気ハツラツですよ私より」
「彼女も年だからな、気をつけてやってくれ」
「はーい」

 ふたりが原因で調子が悪いことなど知らない本人達は、いつもの口喧嘩を終わらせ、朝食を再開させた。


 **


 王太子からクレームを受けている、妙で不審なリリアナの行動とは、時間さえあけば客室棟に出向き庭園を徘徊していることである。

 ローゼピカンティが植えられている一角を念入りに観察したり、はたまたいまだ伏せっているというエストに、偶然出会えるチャンスはないかと狙っていたり、わりと忙しく真面目に徘徊しているのだ。

 池でのことがスッキリしないことには、元客室棟勤めだった身として気持ち悪いし、なにより令嬢達に嫌なしこりを残したままなのがしのびないのだ。

 毎日のように客室棟の庭に足を運べば、さすがに隅々まで庭をチェックすることができた。
 問題のローゼピカンティは、やはり西棟のオヴェストが滞在していた部屋から眺めることができる一帯にのみ咲いていた。
 つまり、誰かがわざわざ西棟側まで出向いて花を摘み、わざわざ彼女の目の前で落とすような不可解な行動をしたわけだ。益々リリアナは気になってきた。


 ある日、リリアナは執念にもよる連日の庭園張り込みにて、その不可解な出来事の顛末に辿り着いた。

 いつものように客室棟の庭園を徘徊していると、どこかで微かながら話し声が耳に届いてきた。
 なんとなく、気配を消しつつ声のする方へ忍び寄る。人が集うような場所ではなく、明らかに人目を避けるような草花の繁ったところだからだ。
 女性の泣き出しそうな悲痛な声と、落ち着いた男の声だと聞き分けることが出来た時には、色とりどりの花が咲く一角で崩れ落ちるように踞るドレスの女性が目に飛び込んだ。
 おもわず駆け寄ろうとしたリリアナだが、すぐに足音が近付いてきたので身体を小さく丸め、それをやり過ごすことにした。

 チラチラと葉の隙間から、男の足元が迷いなくその場を立ち去るのが窺え、女性の啜り泣く音だけが漂う。
 リリアナは立ち上がり、そっと彼女の元へ近付き同じようにしゃがみこんだ。

「……エスト様、どうされたのですか?」

 艶やかな黒髪がひくりと揺れ、恐る恐るというように頭が上がった。リリアナを映して大きく見開かれたその瞳は、まだ涙に揺れていた。
「……り、リリアナさん……」
 震えながら小さな唇がやっとのことで囁いたが、明らかに動揺していた。
「なぜ……こちらへ……」
「エスト様に会いたかったからです。ようやく、お会いすることが叶いましたけど……」

 リリアナは後ろへ、視線を飛ばすようにしてからエストにしっかり向き合った。
「女官として見て見ぬフリが出来ません。どういうことですか? 何故、ロレット殿下とこのような場所で?」

 ビクリと、エストの細い肩は揺れた。
 リリアナは抑えたつもりだけれども、少しばかり語気が荒んでしまった。
 王太子殿下との懇親の期で入城している令嬢が、弟殿下と逢い引きをしていると疑われても仕方ない状況だったのだ。

 しかとエストを見つめるも、彼女は顔をそむけてパラパラと黒髪が横顔を隠す。

「では質問を変えますね。ロレット殿下のことが、お好きなのですか?」
「えっ!」
 バッと振り返ったエストは、驚きも隠さずリリアナを見つめた。
「……そういうことでしたか」
 リリアナは、頭を抱えて唸った。
「ち、違いますっ」
 慌てて訴えるエストに、リリアナは真剣に首を振ってみせた。
「以前仰っていた『殿下のおそばにいられるだけで』とは、ロレット殿下のことだったのでしょう? エスト様がパーティーなどでも積極的ではなかったのは、ロレット殿下が心にいらしたからなのですね」

 そこまで言い切ってしまえば、エストは力を無くしたように頭をもたげていった。そして僅かに、コクリと頷いた。
「リリアナさんには、いずれ悟られるような気がしておりました……。わたくし……とんでもないことを、どうお詫びしても、取り返しがつきません……」
「そんな、そこまで気を病むことは。恋に落ちてしまったのは仕方ないことなんですから」

 リリアナにはいまだ未知なことではあるが、自分の気持ちを封じ込められなかったのなら、それはもう令嬢相手としてではなく、ひとりの女性として許してあげねばならないと、開き直った。

 懇親の儀については、リリアナも詳細までは把握していないが、心が別にある令嬢がわざわざ無理をして王太子妃の座につかなくても、スッドも残っているし新たな良家の令嬢を対象にすればいいと思っている。
 そしてエストがロレット殿下と結ばれることになれば、全てまあるく収まるではないかと、切り替えたのだ。そうなるように協力し動けばいいと。

 しかし、エストは「違うんです」とフルフルと力なく首を振る。そしてその瞳からボタボタと大粒の涙がこぼれていく。

「リリアナさん、ごめんなさい。わたくし、とても酷いことを……」
「ど、どうしたんですか?」
 リリアナはワタワタとハンカチをポケットから引っ張り出し、失礼ながらもエストの頬へ押し当てた。
「……わたくしなんです。ノルド様が池に落ちたのは……わたくしが、彼女のドレスを引いたからなんです……」
「……え?!」

 リリアナは耳を疑って、固まる。全神経が、彼女の言葉を違いなく拾おうと、その唇の動きを注視した。

 エストは俯いたまま、視線を上げることはなかったが、言葉を落とす。
「……ローゼピカンティも、すべてわたくしのせいです……」

 なんの反応も返せず、リリアナは混乱した頭をそのままに、ひたすら衝撃におののいた。

 花の件も池の件も、すべてこのエストが行ったことだなんて、誰が思い至るだろうか。控えめで大人しくて、静かにそこに美しく佇む令嬢が、どうしてそんな行動に至ることがあるだろうか。

 やっとの思いで「どうして……?」と絞り出した言葉に、エストはただ「ごめんなさい」と、彼女自身も自分の行為を言葉に変えることが出来ないようだった。
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