1 / 3
1.四天王最弱、春祭りの夜に誘拐される
しおりを挟む太陽が落ちて、辺りは徐々に暗くなる。
藍色の空に大きな月と星々が瞬く。
住宅の間にひやりと冷たい夜風が吹き抜けた。
気温は十度を下回っている。この時期はいつも人足が遠のき、辺りは閑静な住宅街の様相をみせるが。
今日は春祭りが開催されていた。
二車線道路の両端に屋台が軒を連ねている。
その中央に人の川が流れており、紺色の制服を着た警備員が、左側通行にご協力くださいと叫んでいた。
道端で等間隔に並んだ提灯の明かりが、屋台に集まる人波をほのかに照らしだす。
綿菓子を手に笑顔を浮かべる子ども。
射的で景品を倒してガッツポーズする少年。
金魚すくいに夢中になる少女。
それらを温かい眼差しで見守る大人たち。
夜の暗闇に負けないほどの歓声が響いている。
しかし笑顔の絶えた家族がひとつ。
「ほら、美味しいリンゴ飴よ」
「よ、よかったなあ、虹晴(こはる)。美味しいリンゴ飴だぞ」
息子の唇にリンゴ飴を近づける母親、御影叡香(みかげえいか)。腕のなかの息子へ、途切れ途切れに声をかける父親の御影一月(みかげいつき)。
彼らの家族の中心は五歳の少年だ。
名前は御影虹晴(みかげこはる)。
恐ろしいほどの美貌をもつ虹晴だが、西洋人形のような無表情でたたずんでいる。
虹晴は喜怒哀楽の感情に乏しい。
産まれてから一度も、自力で笑ったことがない。かかりつけの医者によれば統合失調症ではないか、とのこと。
「父上、食べたければ食べればいいよ。美味しいリンゴ飴だよ」
「そっ、そうか……」
そんな息子との接し方がわからないと顔に書いてある一月を見かねた叡香が、人差し指を動かしながら、言霊をつむいだ。
「地に隠れし小さな感情の種は、数多の栄養をその身に蓄え、芽吹き、やがて表出する。我が力を糧にして生まれよ。飢餓の種。【呪術:飢餓(スタベーション)】」
一般人に秘匿された、神秘というにはすこし悍ましすぎるチカラだ。
叡香の人差し指から生まれた黒色の光が、虹晴の身にすこしずつ吸いこまれていく。
「……やっぱり食べる」
一月の腕から抜け出して、道路脇のベンチでリンゴ飴をすこしずつ食べる。
虹晴は、両親の呪術の助けがなければ、自身の空腹にさえ気がつかない。
もし両親の目がなければ、一日三食を忘れるのも常態化していただろう。
そんな状態であるから、さぞかし痩せ細っているように思えるが、そうでもない。
あまりにも餓死を心配した両親が、呪術を用いてまで虹晴に食事を取らせるのだ。よく見れば虹晴の身体はぽっちゃりしている。
「……美味しい」
もちろんリンゴ飴にも、錯覚を引き起こす類いの呪術がかけられていた。
その幸福感により虹晴は小さく笑んだ。
この子には、美味しいという感覚さえ、普段は感じられないのか。
とてて、と四~五メートルほど離れたゴミ箱へ駆け寄る虹晴を、ため息とともに見送る両親だったが、次の瞬間には大きく目を見開いた。
「虹晴!?」
全身黒ずくめの大男が、無警戒にゴミ箱に近づいた虹晴を俵のように担いで、巧みに走り去っていく。追いかけようにも周囲の人混みが邪魔で動けない。
「呪術、っダメ! どいてください、お願いっ!! 待って!!」
弱々しく叫ぶ叡香の声。
それを虹晴は静かに聞いていた。
そして大男に担がれながらも、無意識に手を伸ばす。
届かない。
すでに五十メートルほど距離が離れていた。
0
あなたにおすすめの小説
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
Sランクパーティーを追放された鑑定士の俺、実は『神の眼』を持ってました〜最神神獣と最強になったので、今さら戻ってこいと言われてももう遅い〜
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティーで地味な【鑑定】スキルを使い、仲間を支えてきたカイン。しかしある日、リーダーの勇者から「お前はもういらない」と理不尽に追放されてしまう。
絶望の淵で流れ着いた辺境の街。そこで偶然発見した古代ダンジョンが、彼の運命を変える。絶体絶命の危機に陥ったその時、彼のスキルは万物を見通す【神の眼】へと覚醒。さらに、ダンジョンの奥で伝説のもふもふ神獣「フェン」と出会い、最強の相棒を得る。
一方、カインを失った元パーティーは鑑定ミスを連発し、崩壊の一途を辿っていた。「今さら戻ってこい」と懇願されても、もう遅い。
無能と蔑まれた鑑定士の、痛快な成り上がり冒険譚が今、始まる!
趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた
歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。
剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。
それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。
そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー
「ご命令と解釈しました、シン様」
「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」
次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる