大正勇者奇譚~関東大魔災から、十年後。~

風使いオリリン@風折リンゼ

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第一章 勇者奇譚の始まり

#6 買い物、そして参拝。

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 川崎の表通りは、今日が休日ということもあってか、多くの人々でごった返していた。
 わたしも信子も普段は長屋近くにある小さな商店で買い物をしているのだけれど、せっかくなら、たまには表通りの方に出てみたいと信子がいうので、こうして出てきたのだ。
 当然ながら、自分たちが住んでいる長屋のある裏通りとは何もかもが大違いの賑わいだ。
 わたしはあんまり人と話すのは得意ではない。話しかけられたらそれに答えることはできるけれど、そこから大して話題を広げられないのだ。だからいくら信子が相手とはいえ、道中間が持つのか少し心配だった。でも、信子はそんな心配が必要なかったくらいにずっと話しかけてきた。自分のこと、母親のこと、学校でのこと、その他諸々。上機嫌にニコニコしながら、延々に話していた。
 おかげで気詰まりすることはなかった。わたしの方からも少しだけ信子のことを聞いてみた。うろ覚えだった苗字とか。信子の苗字は吉岡よしおかだった。最近人気の少女小説家の名前と一文字違いらしく、本好きの友人からは「吉屋よしやさん」というあだ名で呼ばれていることも話してくれた。
 とはいえ、他人と仕事以外で会話するなんて本当に久しぶりで、自分が思っている以上に会話能力が壊滅していた。自分から聞けたのはそれくらいで、あとは信子の話にひたすら相槌を打つばかりだった。
 そんなこんなしながら、わたし達は川崎駅前の商店街までやってきた。
 十年前の魔災で一度壊滅し、異国情緒溢れる空間になった川崎の中心部だ。
「人参、安いよ! お買い得だよ!」
「今朝獲れたばっかりのアジ、サバ、イワシ! ぜひ買って行って!」
「オニロガルドのスパイス、入荷しました! いかがですか!」
 様々な店の店員が威勢よく声をあげている。
 八百屋の青っぽい匂いと土の匂い、魚屋の磯臭さ、オニロガルドからの輸入品を扱う商店からは鼻をくすぐるような香辛料の刺戟的な香り。それらが混ざり合って、街独特の空気を作っている。
 八百屋でエルフの女性が大根を買っていて、猫耳の獣人の少女が魚屋で真剣に魚を吟味している。小袖と女袴を着た少女たちがオニロガルドからの輸入品店の中に入っていく。
 普段あんまり考えたことはなかったけれど、こうして大きな通りをうろつくと、オニロガルドという世界がすでにわたし達の生活の中に自然と混ざっていることに気づかされる。
「葉ちゃん、見て!」
 信子がわたしの袖を引っ張って、八百屋の店先を指さす。山のように積まれた大根や人参の脇に、人型で顔のついた山芋のような名称不明の野菜――本当に野菜なのかはわからないけれど――があった。普通にキモイ。
 そんなモノを店先に置いておいたら、客が減るんじゃないかと思うレベルだけど、行きかう人々は気にも留めない。普通に八百屋に入っていく人もいる。
「あのお顔がついてるの、なんていうお野菜なんだろうね?」
「知らん。というか、あれは本当に野菜なのか?」
「ちょっと、お店の人に聞いてみるね」
 そう言って、信子は八百屋に駆け出す。わたしもそれについて行った。
「おばちゃん、こんにちは!」
「はい、いらっしゃい!」
 信子が挨拶すると、八百屋の店主が愛想よく返事する。三十歳前後の快活そうな女性だ。
「あの、突然なんですけど、お野菜のことで質問してもいいですか?」
 わたしと話す時と違って、信子が敬語で話し出す。ため口で話す信子しか知らないわたしにとって、その姿にちょっとだけ違和感があった。
「もちろん。なんでも聞いてよ」
 八百屋の店主が笑顔で快諾する。信子はお礼を言った後、顔付き野菜について尋ねた。
「そこに置いてあるお顔のついたお野菜はなんていうんですか?」
「それはマンドラゴラっていうオニロガルドの薬草だよ。魔法薬の材料とかにも使われていてね。滋養強壮にもいいらしくて、香草として料理に入れることもあるんだって。エルフの客とかが結構買って行ってくれるんだよ。お嬢ちゃんも試しに一つどうだい?」
「うーん……どうしよっか? 葉ちゃん」
「いらんいらん。今日はカレーの材料を買いに来たんだから」
 だいたい正しい調理法を知らないのだ。買ったところで持て余す。
 マンドラゴラの購入を断り、玉ねぎと人参、ジャガイモを一つずつ選ぶ。八百屋の店主はそれらをまとめて新聞紙に包むと笑顔で手渡してくれた。
 代金を支払い、持参した手提げの竹籠にそれをしまうと、八百屋の店主が笑顔で話しかけてきた。
「今日は姉妹で買い物かい? 仲良しでいいね」
「いや、姉妹じゃねえよ。ただの近所の子。保護者代わりに買い物に付き合ってるだけだ」
「えー。のぶは葉ちゃんのこと、本当のお姉ちゃんみたいだって思ってるよ」
「……やめとけやめとけ。わたしはろくでも無いやつなんだから。あんたみたいないい子の姉にはなれん。ほら、次行くぞ」
 こそばゆいもにょっとした気持ちをごまかすように、わたしはそそくさと八百屋を出た。信子が「ありがとうございました」と店主にお礼を言ってから追ってくる。
 追いついた信子が少し不満げに頬を膨らませた。
「もう! そんな急に行かないで欲しいな!」
「……悪かったよ。ほら、次は魚屋に行くぞ」
「お魚屋さん? お肉屋さんじゃなくて?」
 信子が不思議そうに首を傾げた。わたしはここ数年で知ったことだけれど、カレーには普通肉を使うらしいから、その疑問も当然のことだろう。
「ああ。わたしの家のカレーは肉の代わりにサバの切り身を使うんだ」
 わたしが暮らしていた沖ノ島は穏やかな館山湾に囲まれていて、沖まで船を出せばたくさんのイワシやらアジやらサバやらが捕れるような場所だったこともあり、肉とは比べものにならないくらい魚がかなり安価に手に入っていた。
 それもあってなのか、我が家のカレーにはサバの切り身が使われており、一度も肉が使われたことはなかった。それこそ、カレーには魚を入れるのが当たり前だと思っていたほどに。
「お魚のカレー……そういうのもあるんだ。初めて食べるから楽しみ」
「あんまり味には期待すんなよ。お母さんのカレーは美味かったけど、今回作るのはわたしなんだから」
 そうして、魚屋でサバの切り身を二切れ包んでもらい、適当な雑貨屋でカレー粉を1缶購入する。
 昨日まで務めていたカフェーで出しているような凝ったカレーを作るのなら、オニロガルドから輸入したスパイスとかも必要だけど、お母さんの献立帖通りに作るならこちらの世界のカレー粉缶が一つあれば十分だ。
 川崎駅前をゆっくり見ながら、カレーの材料を揃え終わったところで、遠くからうっすらとサイレンの音が聞こえてきた。
 郊外にある魔道具工場の昼休みを告げる合図の音だ。気づけばお昼になっていたらしい。
 わたしたちは駅前の商店街を出て帰路につく。その道中で、信子が突然こんな事を言いだした。
「ねぇ、葉ちゃん。のぶ、いいこと思いついたんだけどね」
「なんだ」
「神様にお願いするのって、どうかな?」
「神様に?」
「うん。神社に行って、神様にお願いするの。今から作るカレーが美味しくできますようにって」
「神頼みねぇ……」
 わたしは少し考えた。わたし自身はあんまり神をあてにしていないけれど、子どもが神頼みしたくなる気持ちもわからなくもない。
 確か、ここから歩いて十五分か二十分そこらの場所に神社があったような気がする。
「……わかった。お願いしていくか。神社まで少し歩くけど、我慢しろよ」
「うん!」
 わたしたちはカレー作りの成功を願うべく、神社に参拝することにした。
 ――この選択が、わたしの運命を大きく変えることになるなんて、この時のわたしは夢にも思わなかった。
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