大正勇者奇譚~関東大魔災から、十年後。~

風使いオリリン@風折リンゼ

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第一章 勇者奇譚の始まり

#7 メンヘル・へラミーは引くほどヤんでる

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「葉ちゃん、お清めってこうやるんだよね?」
 わたしの見様見真似で手水をしながら、信子が言った。
 川崎の住宅街と公園の間にある小さな無人の神社。
 そこにわたし達はやってきていた。
 石造りの鳥居は朱色が剥げて石本来の灰色が覗いているもののそれ以外に目立った汚れはなく、小さな手水舎には水を浄化する魔石が埋め込まれており、中は綺麗な水で満たされている。苔なども生えていない。常駐の神主はいないものの、定期的に手入れはされているようだ。
 今はわたし達の他に参拝者の姿はない。
 風が吹くと、鳥居の横に生えているクスノキの葉のざわめきがはっきりと聞こえるくらいに境内は静かだった。
 手水を終えて、わたし達は社殿の前に並び立つ。わたしがお賽銭を入れ、二拝二拍手すると、信子もそれに倣った。わたしは小声で信子に言う。
「……そしたら、手を合わせてお願いごとを心の中で言うんだ。声には出すなよ。叶わなくなるからな」
「うん。わかった」
 信子は小さな声で返事すると、両手をしっかり合わせ、目をぎゅっと閉じて祈り始めた。それを確認した後、わたしも目をつむって、神に念じた。神頼みなんていつ以来だろう。
 ――信子のカレー作りがうまく行きますように。
 願い事を終え、目を開ける。信子はまだ祈り続けていた。その姿に何とも言えない愛らしさを感じながら、わたしは信子に告げた。
「神様にお願いが終わったら、最後にもう一回お辞儀をする。これでお祈りは終わりだ」
「うん」
 それから、わたし達は二人そろって、深く頭を下げた。風が吹き、クスノキが再びざわめいた。あんまり神は信じていないけれど、今回ばかりは本当に信子の願いが神に聞き届けられたように感じた。
「葉ちゃんはすごいね」
「なんだよ、急に」
「カレーの作り方だけじゃなくて、神様のお参りのやり方も知ってるんだもん。葉ちゃんは何でも知ってるね」
「何でもは知らねえよ……お参りのやり方は、昔、お姉ちゃんに同じように教わったことがあったから知ってただけ」
「葉ちゃん、お姉ちゃんがいたの?」
「もういねえけどな。それより、お参りも済んだし早く帰ろうぜ」
 いくら信子でも、お姉ちゃんのことには触れて欲しくない。
 わたしは信子の質問に、雑に短く答えて、鳥居の方へ歩き出そうとした、その時だった。
 境内を押しつぶすような重い空気を纏った異様な気配が近づいてくるのを感じた。思わず立ち止まる。
「葉ちゃん……」
 信子も異変を感じ取ったみたいで、不安そうにわたしへ抱き着いてきた。
「大丈夫だ。わたしが付いてる」
 安心させるために、そうは言ったものの、わたし自身もどうしていいかわからなかった。やがて、気配の正体が鳥居をくぐってきた。
 それはオニロガルドのメイド服を身に纏った少女だった。灰色の髪を二つに結び、そのところどころに紫の色が入っている。こちらの世界ではほとんど見ない髪色だ。服装と合わせて考えると、おそらくオニロガルドの者なのだろう。
 しかし、ただの風変わりな見た目の少女と済ますには、纏っている雰囲気が人間のそれではない。肌が青白く、精気のない目。それなのに瞳の奥だけは赤く輝いている。
 そんな異質な少女はわたし達に気づくと、気だるそうに口を開いた。
「マジか……人がいるのか。後でぼくを見たことを警保局とやらに話されても面倒だな……」
 ぼそぼそ呟きながら、少女がゆっくりとこちらに近づいてくる。
 ――こいつ、絶対にやばい奴だ。
 わたしは咄嗟に信子を背中に庇い、少女に向かって叫んだ。
「止まれ! それ以上、わたし達のそばに近づくな!」
「はぁ。なんかめっちゃ拒絶された……病む病む病む病む……」
 少女が狂気的な声をあげながら、自分の顔を搔きむしりだす。尖った爪が皮膚に切り裂き、顔面が血だらけになることも気にする様子もなく、ひたすらに。
 その異常さにわたし達がドン引きして硬直していると、少女は急に落ち着きを取り戻して、わたし達を見据える。さっきまで顔が傷だらけだったはずなのに、いつの間にか傷はすべて綺麗になくなっていた。瞳の奥を赤く輝かせながら、少女が言う。
「でも、いいか。どうせ燃やしちゃうし……」
 相変わらずぼんやりした口調だったが、その言葉には明確な殺意があった。少女がわたし達に手の平を向ける。足元がびりびりと震えた。
 ――何かくる。
 そう直感したわたしは、持っていた買い物籠を放り捨て、固まったままの信子を突き飛ばすようにして後ろに飛びのいた。
 その直後、わたし達が立っていた場所に火柱があがる。炎の魔法だ。その場に転がっていた買い物籠が焼き尽くされる。一歩遅れていたら、わたし達が買い物籠のようになっていただろう。
「葉ちゃん……」
 尻もちをついたままの信子が声を震わせる。今にも泣きそうだった。むしろ、この状況でまだ泣き出していないのは大したものだ。
「……大丈夫。あんたはわたしが守ってやる。立てるか?」
「う、うん。なんとか」
「良かった。それなら、あんたは今すぐここから逃げろ。逃げて、警保局に通報しろ」
「のぶは……って、葉ちゃんは?」
「あんたが警保局を呼んでくるまで、あの女を抑える」
 少女の様子を伺いながら、わたしは信子に告げる。少女は魔法が外れたからなのか、さっきのように「病む病む」と言いながら、今度は髪を搔きむしっていた。あの様子なら、もうしばらくこちらを攻撃してくることはなさそうだ。
「そんなの無茶だよ。葉ちゃんも一緒に……」
「あいつはどう見てもまともじゃない。間違いなく簡単に逃がしちゃくれない。でも、わたし達にはあいつをどうにかする方法はない。二人で助かるには、あんたが警保局を呼んできてくれるのが一番いいんだ」
 信子の頭を撫でながら、わたしは信子を説得した。
「それに、わたしは結構強いんだ。オークくらいならボコボコに出来るくらいな」
 大丈夫だと思わせるために、軽口を叩きながら、わたしは信子にほほ笑んだ。
 そこでやっと、信子は納得してくれたようで、小さく頷いた。
「わかった。のぶ、絶対警保局の人連れてくるから。葉ちゃんも絶対死んじゃったりしないでね」
「ああ。カレーの作り方を教えるって、約束してるしな」
 ためらいがちではあるものの、信子は境内の外に向かって駆け出す。住宅街と公園の間にあるという立地上、少女がいる鳥居側だけでなく、社殿側からも出られるのは助かった。
 無事に信子の姿が見えなくなったのを確認してから、再び少女へ視線を戻す。ちょうど落ち着きを取り戻したところだった。
「病んでたら、一人逃がしちゃった。めっちゃ病む……でも、また病んで、あの子も逃したら、もっと病みそうだし……病む前にまずはあの子を殺しておこう……それがいいよね? うん。それがいい」
 また狂って顔なり髪なりを掻きむしってくれれば、わたしもこの場から逃げられたのだけれど、どうやら今度はそうもいかないようだ。少女がまっすぐに濁った眼をこちらに向けてくる。
 わたしは近くに転がっていた太い木の棒を拾い上げながら、少女に話しかける。少しでも時間を稼ぐために。
「いきなり焼き殺そうとしてくるなんて、クソヤバ女にも程があるだろ。あんた、何モンだ?」
「ぼく? ぼくはメンヘル。メンヘル・へラミー。でも、別に覚えなくてもいいよ。おまえはここで殺すから」
「あっそ。で? あんたは何しにここへ来たんだよ。最初からわたし達を殺すのが目的ってわけじゃないだろ?」
「うん。ぼく、今神器を探しててさ。神器っていうくらいだから、神社とかにありそうだなって思ってね。だから」
 喋っている途中で、突然、少女がこちらに手のひらを向けてきた。また炎の魔法で攻撃を仕掛けてくる気なのだろうか。わたしは転がるようにして、その場を離れる。
 しかし、わたしのその予想は外れた。
 燃え上がったのは、わたしが立っていた場所ではなく、神社の社殿だった。
「なっ……!?」
「こうやって、建物を焼き払ってから、一生懸命探してるんだよ。そう簡単に燃えないモノらしいし、邪魔なモノを全部燃やして、焼け跡から探した方が楽かなって思って。でも、この辺の神社を何件か焼いたのに、全然見つからなくて……ほんと、病む」
 メンヘルの言葉に、わたしは昨日の信子の話を思い出す。
 ――またこの近くの神社で火事があったって学校の先生が言ってたよ。最近、よく火事が起きてるんだって。危ない人とか魔物とかがすぐそばにいるかも知れないから用心するようにって。
 信子が話していた火災の原因が目の前の少女だと、わたしは悟った。
「……そこまでして、あんたが探してる神器って、いったいなんなんだ?」
「それは教えてあげない。でも、ぼくがあの人にもっともっと愛してもらうために必要な物ってことだけは教えてあげる。それをあの人に持っていけば、きっと……」
 恍惚とした表情を浮かべて、メンヘルが身を悶えさせる。
「だからね、ぼくはそれを見つけ出さなきゃいけないし、警保局とやらに捕まったり倒されたりするわけはいかないんだよ」
 と、メンヘルの姿が歪み始めた。人間の姿が崩れて、代わりに大きな何かに変わっていく。
 やがて、そこに少女の姿は無くなり、代わりに二本の巨大な角を持ち、灰色のたてがみをなびかせている紫色の馬のような魔物の姿があった。
 お姉ちゃんが持っていたオニロガルドの魔物図鑑で似たような魔物を見たことがある。確かバイコーンという魔物だ。
「それなのに、余計なことをされて、めっちゃ病んでるから、とりあえずおまえには死んでもらうね」
 メンヘルは赤い瞳をぎらつかせて、完全に戦闘態勢に入っていた。これ以上、会話で時間稼ぎをするのは無理そうだ。
 わたしは覚悟を決めて、手にした木の棒を構えた。
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