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壊れる日常

新婚さんごっこ

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 パパのお嫁さんになる。それはありふれた子供の戯言。大人になれば忘れる。だけど今ここに大人になろうとしている女が俺に向かってそう言っている。

「戸惑ってる?でも本気だよ」

 欹愛は妖艶に微笑みながらそう言った。俺はその艶やかな色気に圧倒されている。だから何も口にはできない。欹愛は俺の頬を撫でながら、愛おし気な目で俺を見詰めてくれている。

「ねぇねぇ。せっかくのお家デートなんだし新婚さんごっこしようよ」

「なにそれ?」

 欹愛は立ち上がり冷蔵庫から牛乳と卵を出してきた。そして戸棚からホットケーキの粉も。そしてボールに材料をぶちまけて泡だて器で混ぜ始める。

「ほらほら。新婚のお嫁さんが料理してるんだよ。旦那さんとしてはやることあるでしょ?」

 やることとやらを想像してみる。自分の新婚時代を思い出したけど、当時はデキ婚だった上に、俺は警察学校に通っていたというなんとも味気のないものだった。だからだろうか。どこかの映画で見たシーンの真似をすることにした。

「きゃん!うふふ。まだ出来てないよ~。せっかちさん♡」

 俺は料理をしている欹愛の後ろから抱き着いた。両手は料理の邪魔にならないように彼女の腰に回した。欹愛は抱き着かれて嬉しいのか体をくねくねと揺らす。

「ほら。さぼるなよ。早く食べたいんだから」

 欹愛の体が俺の腕の中で揺れるたびに色々な柔らかさを感じてちょっと恥ずかしかった。でもそれは同時に高揚感を覚えるものであり、まるで絵に描いた新婚さんのような気持ちになれたような気がする。

「ふふふーん。待っててね。あ、そうだ?味見する?」

 欹愛は混ざったホットケーキのもとに人差し指を突っ込んでそれをペロリと舐めた。

「ホットケーキって焼く前の方が美味しくない?」

 欹愛は再び指を突っ込んでホットケーキのもとを掬ってきた。それを俺の口の方に近づけてくる。本当は焼く前のホットケーキの粉は体にはよくないそうだ。だからそれはやってはいけないことだ。でも俺は欹愛の指を咥える。

「…んっ。くすぐったいようぅ。ふふふ」

 ホットケーキのもとは濃厚でとても甘かった。やってはいけないことなのに、だからこそとても気持ちがいい。そしてすぐに欹愛はフライパンでホットケーキを焼いていく。さすがに焼いているときにはお互いにふざけることはなかった。そして出来上がったホットケーキの山をテーブルまで持っていった。

「わたしと再婚したらとってもお得だよ。ママのホットケーキはマーガリンと蜂蜜のけち臭いやつだけど、わたしのはバターとメープルシロップの豪華なやつだからね」

「そう。それは贅沢だね」

 普段はあんまり使わないバターを冷蔵庫の奥から取り出して、俺と欹愛はそれをたっぷりとホットケーキに塗った。普段冷蔵庫の主である妻がいないからこそできる贅沢。

「はい、あーん」

 欹愛は手でちぎったバターまみれのホットケーキを俺の口に近づける。俺はそれにぱっくりと食らいつく。

「ふふふ、お腹空いてたのねぇ。かわいいかわいい」

「子供扱いされたらたまんないな。これでも中年なんだけど」

「そう?でもね。かわいいって思っちゃうの。理屈なんかないの。かわいいの。かわいくてかわいくて仕方がないの」

 そう言って欹愛は俺にキスしてきた。不意打ちされた俺の顔は自然と熱くなる。

「ほら。顔が真っ赤。かわいい…」

 さらにキスを続けてくる。舌を絡めてきて的確に気持ちいいところを責めてくる。

「わたしのキス、気持ちいい?」

「ああ。そうだな。一体どこでこんなテクを学んだのやら」

「あ、ひどーい。わたしはママと違って一途なんですけど!こんなことする人は、世界でたった一人。あなた・・・だけだよ」

 ふっとその言葉に痛みを覚えた。妻は俺以外の男とこんな風にキスをしたのだろう。その証が目の前の女だ。妻を寝取られた情けない男が、間男の置き土産とキスしてる。なんという皮肉なのだろうか。間男と娘ではなかった女。二人とも俺を舐め腐ってる。八つ当たりがしたくなった。

「そうか。そんなの言葉でならいくらでも言える」

 俺は欹愛を床に押し倒す。両手の手首を抑えて、彼女の上に覆いかぶさる。一瞬だけ驚いたような顔を欹愛はした。だけどすぐにどこか興奮したように瞳を濡らして俺を見詰めてくる。

「本当に一途なら。きっと痛いだろうけど。俺を恨むのはやめろよ」

「うん…!大丈夫!」

「お前が悪いんだ。娘じゃないのに綺麗で可愛いのが悪いんだ」

「うん!わたし、悪い子なの!生まれたときから悪い子なの!娘じゃなくってごめんなさい!だからいっぱいいっぱい痛くしてよ!娘じゃないって体に刻み込んでよ!…あっ…」

 もう言葉はいらない。俺は欹愛の唇を塞ぐ。舌を思い切り絡めあって。体をまさぐり合って。








 俺たちは一つになって、一線を越えてしまったんだ。





 だからもう。退くことは出来ないんだ。







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