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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.
第15話 イカサマ
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私は音を立てずに盤面に指を伸ばし目の前の白のナイトを一マス隣にずらす。
そして目の前の空気を壊すために声を出す。
「カンナギ様。長考ですか?」
「ん?ああ、ごめん。ボーっとしちゃってた」
原作主人公は我に返ったようだ。
不思議と周りから残念がるような声が漏れて聞こえてくる。
本物のカリスマだ。周りの感情を完全に支配している。
「そうですか…。つまりわたくしは油断してても勝てる小娘に過ぎないと?」
私はわざと皮肉を投げかける。
原作主人公はラブコメ主人公が良く見せるようなキモい慌てふためきを見せてから、盤面の駒を手に取った。
「違うって!そんなことじゃないよ。俺は誰が相手でも決して油断しない。いつだって全力だからね!」
慌てながら原作主人公は黒のクイーンを進める。
そう、さっきまで私のナイトがいたところに。
「え?なんで?ナイトがいなくなった?」
クイーンでナイトを取るつもりだったのだろう。
だけど空ぶった。
そしてすぐにナイトが本来の位置からズレていることに気がついた。
「なんで隣に?そんな…いつの間に?…あり得ない…」
この男は棋譜をきちんと暗記できるタイプの様だ。
すごいね。私にはそういうかっこいい頭脳チートがないから羨ましいよ。
きっとさっき皮肉を言って慌てさえなければ、この男は盤面と記憶の駒配置の違いを知って、私のイカサマに気がついていたはずだ。
「あら?カンナギ様。やっぱりボーっとしてるのですね。わたくしは悲しいですわ。このような油断で勝利を拾ってしまったことに」
私はずらしたナイトをお嬢様的優雅さチックに手に取り、相手方の王の駒に重ねて倒す。
…勝った。自分でもわかるよ、口元が歪むのを止められない。
きっと二流の悪党みたいに口元を震わせて嗤ってるはずだ。
私はナイトの駒の底で敵の王をグリグリと踏みつぶし辱める。
「…ああ、このような勝利は騎士道に反するのでしょうね。ですがこれは戦争ですから。このような勝利も在り得るのでしょうね。悲しいです。わたくしは戦争に虚しさを覚えます。絶対的強者さえもわたくしの様な小娘の手で塵芥の様に散るこの戦場の儚さに眩暈さえ感じてしまそうです」
周りは呆気なく決まった勝利にざわざわとよどめく。
人々の困惑が伝わってくる。
「え?うそ?ミスったのか?」「じゃなきゃクイーンが空ぶるわけないだろ」「あの銀髪女が話しかけたからだろ。チェスのマナーも知らないお嬢様はこれだから…」「ミスで勝って嬉しいのかよ…あんな女が未来の王妃なのかよ…」「さいあくー」
皆私がミスを呼び寄せたと思ってるようだ。
誰一人としてイカサマしたとは思ってないようだ。
だけど目の前の男は違う。
「いつやった?いくらなんでも、ずるいんじゃないか?」
盤面に顔を向けながらそう言った。
少し声に怒りが混じってる。
自制しているのは立派だけど、よく見れば肩を震わせている。
ああ、可愛そうに。悔しいのだろう。慰めてあげなければいけない。
私は席を立ち、原作主人公の後ろへと歩いていく。
「カンナギ様。わたくしはいいました。戦争だと。戦争とはこの世のすべてです。そう、すべてなのです。盤面の外さえもわたくしとあなたの戦場だったのです」
そうだ。チェスだけで勝負したら絶対に勝てなかった。
えてして戦争の趨勢とは戦場だけでは決して決まらない。
その外にこそ勝利のカギが眠ってる。
私は原作主人公の背中の後ろに立ち、その肩に手を置き、耳元に囁く。
「あなたは盤面しか見ていなかった。わたくしという人間をちゃんと見ていなかった。だから負けたのですよ」
盤面から目を離し、原作主人公は私の方へ振り向いた。
その時、風が吹いた。
原作主人公の前髪がふわりと持ち上がり、その下にあった瞳が私の視界に写る。
カンナギ・ルイカとジョゼーファ・ネモレンシスの視線がやっと交わった。
「やっとわたくしと目が合いましたね。カンナギ・ルイカ」
「君はいったい…?」
カンナギの瞳が真正面から私を捉えている。
冷たい怒りと好奇の入り混じる不思議な、でも真剣な瞳。
きっと他の女たちにはこんな視線を送ったりはしないだろう。
ああ、いいね。なかなか心地が良い。
勝利の充足感に混じるこの未来への高揚感。
体の芯から痺れそうな予兆。
だけどそんな感情を裂く無粋な声が響く。
「イカサマだ!その女はイカサマしている!」
王太子が私を指さし怒鳴っている。
そして目の前の空気を壊すために声を出す。
「カンナギ様。長考ですか?」
「ん?ああ、ごめん。ボーっとしちゃってた」
原作主人公は我に返ったようだ。
不思議と周りから残念がるような声が漏れて聞こえてくる。
本物のカリスマだ。周りの感情を完全に支配している。
「そうですか…。つまりわたくしは油断してても勝てる小娘に過ぎないと?」
私はわざと皮肉を投げかける。
原作主人公はラブコメ主人公が良く見せるようなキモい慌てふためきを見せてから、盤面の駒を手に取った。
「違うって!そんなことじゃないよ。俺は誰が相手でも決して油断しない。いつだって全力だからね!」
慌てながら原作主人公は黒のクイーンを進める。
そう、さっきまで私のナイトがいたところに。
「え?なんで?ナイトがいなくなった?」
クイーンでナイトを取るつもりだったのだろう。
だけど空ぶった。
そしてすぐにナイトが本来の位置からズレていることに気がついた。
「なんで隣に?そんな…いつの間に?…あり得ない…」
この男は棋譜をきちんと暗記できるタイプの様だ。
すごいね。私にはそういうかっこいい頭脳チートがないから羨ましいよ。
きっとさっき皮肉を言って慌てさえなければ、この男は盤面と記憶の駒配置の違いを知って、私のイカサマに気がついていたはずだ。
「あら?カンナギ様。やっぱりボーっとしてるのですね。わたくしは悲しいですわ。このような油断で勝利を拾ってしまったことに」
私はずらしたナイトをお嬢様的優雅さチックに手に取り、相手方の王の駒に重ねて倒す。
…勝った。自分でもわかるよ、口元が歪むのを止められない。
きっと二流の悪党みたいに口元を震わせて嗤ってるはずだ。
私はナイトの駒の底で敵の王をグリグリと踏みつぶし辱める。
「…ああ、このような勝利は騎士道に反するのでしょうね。ですがこれは戦争ですから。このような勝利も在り得るのでしょうね。悲しいです。わたくしは戦争に虚しさを覚えます。絶対的強者さえもわたくしの様な小娘の手で塵芥の様に散るこの戦場の儚さに眩暈さえ感じてしまそうです」
周りは呆気なく決まった勝利にざわざわとよどめく。
人々の困惑が伝わってくる。
「え?うそ?ミスったのか?」「じゃなきゃクイーンが空ぶるわけないだろ」「あの銀髪女が話しかけたからだろ。チェスのマナーも知らないお嬢様はこれだから…」「ミスで勝って嬉しいのかよ…あんな女が未来の王妃なのかよ…」「さいあくー」
皆私がミスを呼び寄せたと思ってるようだ。
誰一人としてイカサマしたとは思ってないようだ。
だけど目の前の男は違う。
「いつやった?いくらなんでも、ずるいんじゃないか?」
盤面に顔を向けながらそう言った。
少し声に怒りが混じってる。
自制しているのは立派だけど、よく見れば肩を震わせている。
ああ、可愛そうに。悔しいのだろう。慰めてあげなければいけない。
私は席を立ち、原作主人公の後ろへと歩いていく。
「カンナギ様。わたくしはいいました。戦争だと。戦争とはこの世のすべてです。そう、すべてなのです。盤面の外さえもわたくしとあなたの戦場だったのです」
そうだ。チェスだけで勝負したら絶対に勝てなかった。
えてして戦争の趨勢とは戦場だけでは決して決まらない。
その外にこそ勝利のカギが眠ってる。
私は原作主人公の背中の後ろに立ち、その肩に手を置き、耳元に囁く。
「あなたは盤面しか見ていなかった。わたくしという人間をちゃんと見ていなかった。だから負けたのですよ」
盤面から目を離し、原作主人公は私の方へ振り向いた。
その時、風が吹いた。
原作主人公の前髪がふわりと持ち上がり、その下にあった瞳が私の視界に写る。
カンナギ・ルイカとジョゼーファ・ネモレンシスの視線がやっと交わった。
「やっとわたくしと目が合いましたね。カンナギ・ルイカ」
「君はいったい…?」
カンナギの瞳が真正面から私を捉えている。
冷たい怒りと好奇の入り混じる不思議な、でも真剣な瞳。
きっと他の女たちにはこんな視線を送ったりはしないだろう。
ああ、いいね。なかなか心地が良い。
勝利の充足感に混じるこの未来への高揚感。
体の芯から痺れそうな予兆。
だけどそんな感情を裂く無粋な声が響く。
「イカサマだ!その女はイカサマしている!」
王太子が私を指さし怒鳴っている。
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