42 / 212
第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.
第32話 苦手な人
しおりを挟む
樹液採掘場の町ムルキベルを朝早くに出て、州都アイネイアスに着いた時にはすっかり空が赤くなっていた。
列車は現代世界と比較してもかなり早い速度を出していたのに、6時間近く電車に揺られたわけで…。
「さすがに疲れました…」
やることないから列車の中で夏休みの宿題も終わらせてしまったよ…。
「お疲れのようですね?どうしましょうか?今日はもうお館様に会うのはやめておきましょうか?いいえ、ぜひともそうするべきです。明日万全の体制を整えて面会しましょう」
「…あなたが父の顔を見たくないのはとても伝わってきました」
メネラウスはやたらと落ち着きなくそわそわしていた。
どんだけ父に会いたくないというのか。
「ですがすぐに会いにいきますよ。時間は一分一秒惜しいのです。とにかく行動です!」
私たちを迎えに来たアイガイオン家の自動車に乗り込み州都の中心にある政庁へと向かった。
州都は中世ヨーロッパ風なのは確かにそうなのだが、十階を超える高層ビルがチラホラと建っていて、王都よりもはるかに文明的に思える。
カドメイア州は樹液採掘場の発見と共にどんどんと開発が進み今や中世から近代へと進歩していっている。
正直風情という点でいえば王都の方が可愛らしいのだが、近代人の視点で見るとこの州都はすでに近代生活を送るのに十分なインフラを備えているといえる。
ファンタジー近代とでも言えばいいのか?海も近くにあり、貿易も盛ん。さらに潤沢な資金をもとにした金融街も備えている。
そりゃ原作主人公もここを分捕りにきますよ。軍閥のスタートダッシュには最高の街だ。
その最高の街のど真ん中にアイガイオン家の拠点が存在する。
まわりの近代的ビルのど真ん中に中世ヨーロッパ風の石造りの巨大な天守閣が見える。そして幾重もの堀と壁に囲まれた砦。
「相変わらず無駄にでかいですわね」
私たちの乗る車は堀にかかる橋を通って砦の内部に入る。
壁の内側は政庁街とでも言うべき空間になっている。
籠城にすごく向いている。
備蓄次第では何年でも戦えるのではとさえ思う砦だ。
「ええ、全政庁のオフィスが入ってもお釣りがくるくらいですからね。昔のアイガイオン家当主様方はなぜこんなにでかい城を作ってしまったのか…不思議で仕方がありません。カドメイアは中央の戦争とは縁がなかったのに」
カドメイア地方はあまり戦争に縁がない。
中央の争乱とは縁がなく、あっても豪族同士の小競り合い止まり。
耕せる土地がいまでも余っているし辺境過ぎて人口も少ないから戦争が長続きしない。
だがそれも今日までだ。
一年後の大戦はこの辺境さえ無関係ではいられなくなるのだから。
「はぁ…ついてしまった…」
私たちは砦の中心にある辺境伯のオフィスビルの前に着いた。
このビルの中で父は働いている。
メネラウスは溜息を吐いて緊張を紛らせようとしているようだ。
いつもと違って丸くなっている背中が寂し気に見える。
まるでイタズラした子供が父親を恐れているように。
なんとも可愛らしいじゃないか。
「大丈夫、大丈夫。わたくしがそばにいますから。だから大丈夫」
私はメネラウスの背中を摩る。
採掘場の借りを返してあげようと思ったからだ。
「…もういいですよ。…さすがに恥ずかしいんで…ありがとうございました。お嬢様」
丸まっていた背中がいつも見たいに立派に伸びた。
「あらそう?もう少し丸まっててもいいのに」
すぐに立ち直ってしまった。
ちょっと寂しいかな。私たちはビルに入る。
中世っぽいデザインのレトロなエレベーターに乗って、最上階に向かう。
父のオフィスは最上階の奥に個室ある。
オフィスの外にいた秘書官に挨拶して、父の部屋に通してもらった。
「お久しぶりです。父上」
「ジョゼーファ?なぜお前がここに?バカンスに行くから、ここに来るのはもう少し先ではなかったのか?」
手に取っていたペンと書類を机に置いて、私に目を向ける父、エヴェルトン・”ネモレンシス”・アイガイオン。
私と同じ灰色がかった銀髪に、私とは違う灰色の瞳。
一目で親子とわかる顔立ちの美中年。
生来の綺麗な顔立ちに加えて権力を積み上げた男だけが持てる雰囲気が相まってとても魅力的に見える。
なぜ転生なんだ?転移だったらこの男のお嫁さんになりゅーって無邪気に思えるくらいなのに…。
なんというかエロゲーに出てくるのが間違ってるキャラクターだ。
本来エロゲの貴族といえばデブで禿で出っ歯の不細工って相場が決まっているのに。
「バカンスなのですが少々事情があって延期になりました。わたくしも王都の生活でさみしくなって、一度父上のお顔が見たくなって帰ってまいりました」
「そうか。父としては嬉しいよジョゼーファ。だがお前は王太子の婚約者だ。バカンスが延期になっても王子の傍にいるべきだよ。メネラウス。すぐにジョゼーファを王都へ連れ帰せ。アイガイオン家の専用車両を使っても構わない」
父はメネラウスに命令を出す。
口調こそ穏やかだが、その音色には強い意思が宿っているのを感じた。
私と王太子の婚約を纏めたのは父だと聞いている。かなり強引だったそうだ。
だがこの婚姻によってアイガイオン家が得られるメリットとは途方もないものだ。
カドメイア州はすでに王国そのものよりも遥かに巨大な国力を有している。
ちょっと前の話だが、王国からの独立運動に火がつきかけたことがあったそうだ。
だが帝国政府はカドメイア州の王国からの独立を認めるつもりはない。
もっともな話で、カドメイア州が独立を果たすと、突然とんでもない財力を持った独立諸侯が皇帝選挙権を得て皇帝選挙に絡むことになるからだ。
帝国政府としては不測の事態は当然避けたいだろう。
代わりにバッコス王国の王太子との婚姻をやんわりと薦めてきたそうだ。
つまりこの婚約は帝国政府も公認しているのだ。
裏を読めば帝国政府はアイガイオン家による王国の乗っ取りを承認するというメッセージを送っていると解釈してもいい。
とは言っても外戚による間接統治はなんだかんだといっても影響力が限定される。
だからアイガイオン家の影響力は王国の外へ漏れることはないだろう。
帝国政府もなかなか強かに政治闘争しているわけだ。
父は私という小娘一人で一つの国を手に入れるのだ。
そりゃ王子のそばに置きたがるのも無理はない。
だけどそれは今の私にはどうでもいいことだ。
「父上。わたくしがお父様のところへ帰ってきたのは、なにもバカンスが伸びたからだけではありませんわ。わたくしと王太子の婚約に水を差すものがいます」
「なに?どういうことだ?」
父が鋭い目を私に向ける。
ほらね、食いついてきた。
列車は現代世界と比較してもかなり早い速度を出していたのに、6時間近く電車に揺られたわけで…。
「さすがに疲れました…」
やることないから列車の中で夏休みの宿題も終わらせてしまったよ…。
「お疲れのようですね?どうしましょうか?今日はもうお館様に会うのはやめておきましょうか?いいえ、ぜひともそうするべきです。明日万全の体制を整えて面会しましょう」
「…あなたが父の顔を見たくないのはとても伝わってきました」
メネラウスはやたらと落ち着きなくそわそわしていた。
どんだけ父に会いたくないというのか。
「ですがすぐに会いにいきますよ。時間は一分一秒惜しいのです。とにかく行動です!」
私たちを迎えに来たアイガイオン家の自動車に乗り込み州都の中心にある政庁へと向かった。
州都は中世ヨーロッパ風なのは確かにそうなのだが、十階を超える高層ビルがチラホラと建っていて、王都よりもはるかに文明的に思える。
カドメイア州は樹液採掘場の発見と共にどんどんと開発が進み今や中世から近代へと進歩していっている。
正直風情という点でいえば王都の方が可愛らしいのだが、近代人の視点で見るとこの州都はすでに近代生活を送るのに十分なインフラを備えているといえる。
ファンタジー近代とでも言えばいいのか?海も近くにあり、貿易も盛ん。さらに潤沢な資金をもとにした金融街も備えている。
そりゃ原作主人公もここを分捕りにきますよ。軍閥のスタートダッシュには最高の街だ。
その最高の街のど真ん中にアイガイオン家の拠点が存在する。
まわりの近代的ビルのど真ん中に中世ヨーロッパ風の石造りの巨大な天守閣が見える。そして幾重もの堀と壁に囲まれた砦。
「相変わらず無駄にでかいですわね」
私たちの乗る車は堀にかかる橋を通って砦の内部に入る。
壁の内側は政庁街とでも言うべき空間になっている。
籠城にすごく向いている。
備蓄次第では何年でも戦えるのではとさえ思う砦だ。
「ええ、全政庁のオフィスが入ってもお釣りがくるくらいですからね。昔のアイガイオン家当主様方はなぜこんなにでかい城を作ってしまったのか…不思議で仕方がありません。カドメイアは中央の戦争とは縁がなかったのに」
カドメイア地方はあまり戦争に縁がない。
中央の争乱とは縁がなく、あっても豪族同士の小競り合い止まり。
耕せる土地がいまでも余っているし辺境過ぎて人口も少ないから戦争が長続きしない。
だがそれも今日までだ。
一年後の大戦はこの辺境さえ無関係ではいられなくなるのだから。
「はぁ…ついてしまった…」
私たちは砦の中心にある辺境伯のオフィスビルの前に着いた。
このビルの中で父は働いている。
メネラウスは溜息を吐いて緊張を紛らせようとしているようだ。
いつもと違って丸くなっている背中が寂し気に見える。
まるでイタズラした子供が父親を恐れているように。
なんとも可愛らしいじゃないか。
「大丈夫、大丈夫。わたくしがそばにいますから。だから大丈夫」
私はメネラウスの背中を摩る。
採掘場の借りを返してあげようと思ったからだ。
「…もういいですよ。…さすがに恥ずかしいんで…ありがとうございました。お嬢様」
丸まっていた背中がいつも見たいに立派に伸びた。
「あらそう?もう少し丸まっててもいいのに」
すぐに立ち直ってしまった。
ちょっと寂しいかな。私たちはビルに入る。
中世っぽいデザインのレトロなエレベーターに乗って、最上階に向かう。
父のオフィスは最上階の奥に個室ある。
オフィスの外にいた秘書官に挨拶して、父の部屋に通してもらった。
「お久しぶりです。父上」
「ジョゼーファ?なぜお前がここに?バカンスに行くから、ここに来るのはもう少し先ではなかったのか?」
手に取っていたペンと書類を机に置いて、私に目を向ける父、エヴェルトン・”ネモレンシス”・アイガイオン。
私と同じ灰色がかった銀髪に、私とは違う灰色の瞳。
一目で親子とわかる顔立ちの美中年。
生来の綺麗な顔立ちに加えて権力を積み上げた男だけが持てる雰囲気が相まってとても魅力的に見える。
なぜ転生なんだ?転移だったらこの男のお嫁さんになりゅーって無邪気に思えるくらいなのに…。
なんというかエロゲーに出てくるのが間違ってるキャラクターだ。
本来エロゲの貴族といえばデブで禿で出っ歯の不細工って相場が決まっているのに。
「バカンスなのですが少々事情があって延期になりました。わたくしも王都の生活でさみしくなって、一度父上のお顔が見たくなって帰ってまいりました」
「そうか。父としては嬉しいよジョゼーファ。だがお前は王太子の婚約者だ。バカンスが延期になっても王子の傍にいるべきだよ。メネラウス。すぐにジョゼーファを王都へ連れ帰せ。アイガイオン家の専用車両を使っても構わない」
父はメネラウスに命令を出す。
口調こそ穏やかだが、その音色には強い意思が宿っているのを感じた。
私と王太子の婚約を纏めたのは父だと聞いている。かなり強引だったそうだ。
だがこの婚姻によってアイガイオン家が得られるメリットとは途方もないものだ。
カドメイア州はすでに王国そのものよりも遥かに巨大な国力を有している。
ちょっと前の話だが、王国からの独立運動に火がつきかけたことがあったそうだ。
だが帝国政府はカドメイア州の王国からの独立を認めるつもりはない。
もっともな話で、カドメイア州が独立を果たすと、突然とんでもない財力を持った独立諸侯が皇帝選挙権を得て皇帝選挙に絡むことになるからだ。
帝国政府としては不測の事態は当然避けたいだろう。
代わりにバッコス王国の王太子との婚姻をやんわりと薦めてきたそうだ。
つまりこの婚約は帝国政府も公認しているのだ。
裏を読めば帝国政府はアイガイオン家による王国の乗っ取りを承認するというメッセージを送っていると解釈してもいい。
とは言っても外戚による間接統治はなんだかんだといっても影響力が限定される。
だからアイガイオン家の影響力は王国の外へ漏れることはないだろう。
帝国政府もなかなか強かに政治闘争しているわけだ。
父は私という小娘一人で一つの国を手に入れるのだ。
そりゃ王子のそばに置きたがるのも無理はない。
だけどそれは今の私にはどうでもいいことだ。
「父上。わたくしがお父様のところへ帰ってきたのは、なにもバカンスが伸びたからだけではありませんわ。わたくしと王太子の婚約に水を差すものがいます」
「なに?どういうことだ?」
父が鋭い目を私に向ける。
ほらね、食いついてきた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
妹が「この世界って乙女ゲーじゃん!」とかわけのわからないことを言い出した
無色
恋愛
「この世界って乙女ゲーじゃん!」と言い出した、転生者を名乗る妹フェノンは、ゲーム知識を駆使してハーレムを作ろうとするが……彼女が狙った王子アクシオは、姉メイティアの婚約者だった。
静かな姉の中に眠る“狂気”に気付いたとき、フェノンは……
唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。
彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました!
裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。
※2019年10月23日 完結
新作
【あやかしたちのとまり木の日常】
連載開始しました
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる