軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第39話 女極めてるモテ道ガチ勢系女兵士とかいう矛盾の塊

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 州軍の制服は現代では見られなくなった詰襟の肋骨服。
 色は黒系の地味な感じ。
 一応膝丈くらいのタイトスカートが用意されていて、これが女性用らしい。
 この地味な制服は私的にはありがたい。
 もともと華美な軍服は私の好むところではない。
 軍人は社会にその存在を積極的にアピールするべきではないと思っているからだ。

「本日はお越しいただきありがとうございます、お嬢様。州軍一同歓迎いたします」

 お堀の中の州軍司令部に来た時、庁舎の前に州軍の楽隊が整列していて、私の到着を派手に歓迎してくれた。
 心意気は悪くないんだけど、今日ここに来たのは別にご訪問とか視察ではないのだ。
 とは言え無下に断ることもできず式典もどきが終わるのを待って、私たちは庁舎の中に案内される。
 多くの軍人たちがいる豪勢な応接間に通され、私は上座に案内され、州軍の司令長官がこう切り出した。

「辺境伯閣下からすでにお話は聞いております。州境での軍事演習。大変けっこうなことでございます。我々州軍も州境の犯罪者取り締まりの厄介さにはほとほとうんざりしていたところです。やつら周辺の街や村を襲撃すると我々が到着する前にすぐに州境の向こうに逃げ込みますからね。演習は一種の抑止力になると我々は確信しています」
 
 州軍は辺境伯家の所有する軍隊であり、かつ州内における警察活動も行っている。
 この世界ではまだ軍事力と警察力の明確な分離が行われていない。
 よく街中を州軍の軍人が見回りしているの見かける。

「現在演習のために精鋭を選りすぐって部隊を編成中です。明後日には出発できるように急がせています」

 仕事がすごく早い。
 うちの州軍は間違いなく大陸でもトップクラスの練度を持った軍隊の一つだろう。
 これより上は帝国軍しかない。
 とくに私が口を挟んで軍制改革をする必要もなさそうな感じだ。
 司令長官は演習における部隊の配置やスケジュールなどのプレゼンを続ける。
 メネラウスは熱心に聞いているが、私は聞き流すことにした。
 なんでかと言えばどうせ演習などせず、州境を超えて殴り込みをかけるからだ。
 一応聞いているふりをしていたのだが、司令長官は私がちゃんと聞いていないことに気が付いたらしく。

「やはりご婦人には面白い話ではありませんでしたか?」

「いいえ、そういうわけではありません」

「そう言っていただけるのはありがたいですが…ちょっと休憩にしましょうか。お茶をもってきてくれないか。あと菓子もだ!」

 司令長官は部屋の隅にいた青い髪の女性兵士にそう命じた。
 青い髪?…どこかで見たような?
 青い髪の女性兵士は敬礼した後部屋を出ていき、すぐにお茶と菓子を部屋に持ってきた。
 テキパキとしたしぐさで私の前にお菓子と茶を淹れた。

「どうぞお嬢様、召し上がってください」

 青い髪の女性軍人は朗らかな笑みを浮かべてそう言った。
 一目見たら忘れないレベルの美人だが、地味な制服と大人しい髪型のせいで何処か親しみやすさと、軍人らしからぬ隙のようなものを感じる。

「…ありがとうございます」

 彼女に礼を言ったときに目があった。金色の瞳、それと髪の間にちらりと見えるすこし尖った耳。
 見たことがあった理由がわかった。この女原作ヒロインだ。
 登場するのは原作主人公がカドメイア州を簒奪して軍閥に成り上がってからだが、確かにこの時期は州軍に勤めているという設定があった。
 まさか遭遇するとは思わなかったが。

「いいえ、仕事ですから」

 お茶くみは仕事なのだろうか?その疑問が胸の中で澱んだ。
 青い髪の女性軍人は私の次にメネラウスにもお茶を入れて、テーブルについている他の高級軍人たちにお茶と菓子を振る舞っていく。
 男たちは青い髪の女性軍人にお茶を淹れられて喜んでいるようだ。
 なんか嫌な光景だ。
 異世界でお茶くみOLなんてものが見られるとは思わなかったよ。
 さすがエロゲー世界。現実世界の写し鏡だ。

「司令、そちらの青い髪の方は?女性の軍人は珍しいですね」

 私は一応の確認のために司令に尋ねる。

「ええ、州軍は治安維持も行っていますから、どうしても犯罪捜査のために女性の兵士も必要なのです。彼女はラファティ・マクリーシュ兵長。主に州都の治安維持を担っております」

 司令にそう紹介されて緊張気味なマクリーシュは私にうやうやしく頭を下げる。
 彼女が顔を上げた時に再び目があった。朗らかで、でも甘ったるくて可愛らしい笑顔。
 媚びの匂いを感じる。なんだろうすごく『可愛い』女の子だ。いわゆる男が合コンで『あの子マジ可愛いー!』っていうタイプの可愛い子。
 『えー、でもー、だってー』って言葉がよく似合うタイプの女。大学のリア充系サークルでガチモテするタイプ。
 きっとサッカー部のエースにも、クラスの隅のオタクにもきちんと平等に接するタイプだ。
 そしてこういうタイプの子はサークルどころか学内に彼氏とかは作らないで、六本木とか渋谷とかの儲かってるIT社長の本命彼女として付き合ってるのだ。
 大人しめの髪型も化粧もあえて親しみを持たせるためにやっているようだ。
 自分の外見イメージを客観的にコントロールして、周りの関心や興味や親愛や恋慕をすべて自分へ向けさせるのだ。
 うわー女極めてるガチ勢じゃん…。
 なんでこんなところで兵隊やってんだよ。
 だからエロゲーは好きになれない…。

「女性ですが優秀な兵士ですよ。隊内でも慕われております」

 そりゃ慕われてるんじゃないかな?モテてるの間違いだと思うけど。
 実際要人の私がいるこの場に連れてこられてるくらいなんだから、上層部からの受けもいいのだろう。
 だって可愛いもん。むかつくわー。

「そうなのですか。優秀な兵士は宝です。これからも州軍とカドメイア州のために職務に尽くしてくださいね。マクリーシュ兵長」

「はい、ありがとうございますお嬢様、これからもアイガイオン家に忠誠をつくし軍にこの身を捧げます!」

 マクリーシュは軍人らしく勇ましくそう答えるが、何処か芝居臭さを感じる。
 まあ私以外の男共はマクリーシュの決意表明に萌え萌えしてるみたいだけど。

「大変よろしいことですね、そう思いませんか司令?」

「ええ、このような士気の高い部下を持てて誇りに思います」

「そうですね。マクリーシュ兵長は士気が高く、優秀な兵士です。ところでお客様にお茶を淹れるのは兵士の仕事なのでしょうか?誇り高き州軍の兵士にわざわざやらせる仕事なのでしょうか?どう思います司令?」

 お客さまにお茶を淹れるという行為そのものを責めるつもりはない。
 だけどそれを誰にやらせるかが問題なのだ。
 今のお茶くみは明らかに女だからマクリーシュにやらせたのは明白だ。
 こういう雑事を女に押し付ける感覚は好きになれない。
 そしてそれ以上に兵士にそんなことをさせるのが私には我慢ならない。
 兵士の仕事は戦うこと。
 それ以外の仕事を押し付けるなど言語道断。
 なら最初から淹れてくれなくてもいい。

「え…。いや…その…」

 司令は優秀な男だ。私の言葉の裏や不快感の理由にすぐ思い至ったようだ。
 だけど言い訳は難しいから言葉に詰まってる。
 今の私は辺境伯名代。その気になれば司令をクビに出来るのだ。
 やる気はないけど。
 まああまり詰っても仕方ないし、やりすぎてもただのいじめになってしまう。
 だからもうこの説教はやめようかなと思ったとき。

「お嬢様、わたしが司令長官閣下にお願いしたのです。お茶くみでもいいから、この会議に臨席させてくださいと」

 マクリーシュが司令を庇う様に発言した。

「我ら州軍の主たる辺境伯閣下、そのご長女さまがお見えになられるこの栄誉ある機会に是非とも参加したいと思ったわたしはダメもとで司令に頼んだのであります。司令閣下は寛大なお方です。下っ端のわたしのことも快くこの会議に参加させてくれました。お嬢様のご不興を買ったのなら、それはすべてわたしのわがままのせいです。司令ではなく愚かなわたしを罰してください。どうか、どうか我らの指導者である司令閣下のことはお許しください。お願いいたします」

 そう言ってマクリーシュは深々と私に頭を下げる。
 …やられた。会議室の空気はマクリーシュが全部持って行った。
 州軍の軍人たちはマクリーシュが私に許しを請う姿を尊敬の眼差しで見ている。
 すごい賢い女だ。こんな些細な叱責を利用して上層部に恩を売り込んでる。
 こんな些細なことで私が司令を更迭したりしないことくらいわかっているから出来る芝居だ。
 マクリーシュは軍内において私の横暴な権力から司令を守った勇敢な軍人として尊敬を勝ち取った。
 出世ルートに間違いなく乗るだろう。
 強かな女だ。
 …この才能ぜひ欲しい。

「マクリーシュ兵長。頭を上げてください。あなたの戦友を守る姿にわたくしは感動を禁じえません。司令、素晴らしい部下をお持ちで大変うらやましく思いますわ。ええ、マクリーシュ兵長のような方が州軍にいれば、カドメイア州の名誉は永遠に守られることでしょう。これからも司令とマクリーシュ兵長には引き続き職務に励んでいただきたいものですわ」

 こういうときは相手の芝居に乗っかろう。
 マクリーシュの身を挺した献身謝罪に私は心打たれて寛大に振る舞い、懲罰を断念する。
 そういうお芝居をしておけば丸く収まる。
 全員の株が上がる。
 こうして会議は恙なく終わった。
 庁舎から出て車に乗ってから、私はメネラウスに指示する。

「演習のメンバーにマクリーシュ兵長を加えておいてください。わたくしの侍従武官として彼女を用います」

「あれ?面子潰されたのにずいぶん寛容なんですね。ディアスティマ嬢みたくいじめるものかと思ってたのですが」

「そんなことして州軍の不興を買うほど愚かではありません。というかそういうことはもうやめたのです」

「ほう、ご立派になられましたね。ご自分よりも可愛い女でも才あれば用いる。寛容さは君主に必要な美徳ですよ。素晴らしい」

 褒めつつディスってくるこの男のスタイルがだんだん癖になってきそうだ…。
 だが優秀な人材が目の前に出てきたのだ、チャンスは決してはなさい。
 私の野望の中には優秀な人間はいくらいてもいいのだからね。
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