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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.
第43話 ワインをぶちまけろ!
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「対価としてあなたを州軍の将校育成課程へ推薦します。きちんとした教育歴として履歴書にも書ける綺麗な学歴です。欲しくないですか?」
「……っ。…でもいや。あなたの顔なんて見たくない」
戸惑いのような感情を少し見せた。この提案の重さはよくわかってるようだ。
ラファティ・マクリーシュは読み書き計算こそできるが学校へ行ったことはない。
受けたことのある教育は神殿での無料の学習教室と州軍の提供している職業訓練講座くらいだ。
ひどく怒っていても彼女は心のどこかでは冷静に勘定が出来る。
こういう資質こそが兵士が戦場という地獄の中で生き延びるために必要なのだ。
マクリーシュには素質がある。
一年後の大戦を生き延びられる生存力。
「もう一つの対価を提示します。これです」
私はテーブルの上に孤児院が抱える借金の借用書を置く。
前の持ち主は名代の名前と州軍の部隊をチラつかせたら快くこれを私に譲ってくれた。
金?もちろん払ってないよ。
ヤクザにはびた一文払わない。
カドメイア州の行政はとてもクリーンですからね(笑)。
その内容をすぐに把握したマクリーシュは冷たい目で私を睨んでる。
「へぇ、あのドラ息子がそれを手放すなんてね…。つまり言うことを聞かなきゃ、それで縛るって言いたいんですか?奴隷扱いしたいってことですね?」
侮蔑的に乾いた声でそう吐き捨てる。私は奴隷なんていらない。
奴隷なんて近世に足を踏み込みかけたこの世界では何の役にも立たない。
自分の器に自信のないものだけが、イエスマンばかり傍に集める。
奴隷なんて集めても、大業をなすことは決して出来ない。だから証明してあげましょう。
「店長様。注文よろしい?」
「はい!なんでもどうぞ!カドメイア州辺境伯名代ジョゼーファ・ネモレンシス閣下!」
「店で一番高いワインをすぐに持ってきてくださいまし。今すぐに」
「かしこまりました!」
突然の注文にマクリーシュは私を怪訝な目で見てる。
ワインはすぐに届いた。
私はワインのコルクを開けて、借用書の上に思い切りぶちまける。
「うそでしょ!?何してるの?!」
マクリーシュは驚いたのか両手で口を押えていた。
「見てください。さすが高級ワイン。すごく濃い色してますよね。借用書の文字がもう見えなくなっちゃいましたよ」
ワインに滲んだ債権書の文字は判別不可能になっていた。
このぐちゃぐちゃになった借用書では借金の返済を迫ることは難しいだろう。
もっとも借用書が消えても借金そのものは消えていない。
回収しようと思えば、行政と司法をフルに使える私なら出来なくはない。
だけど私に回収の意志がないので、彼女と孤児院を縛る借金はもうこの世界にはないのだ。
「借金をなくして、恩を押し付けたいってこと?わたしがそんなので言うこと聞くと思ってるの?」
「いいえ、あなたはそんなに安い女じゃない。でも耳くらいは貸す気になったでしょう?わたくしはこんなにあなたに貢いじゃったんですよ?あなたが欲しくて欲しくてたまらないから」
「なんなのあなた…。まじで意味わかんない…。わたしにそんな価値ないでしょ…」
なんか引き笑いみたいな泣きそうなのかよくわからない顔をしている。
私はソファーから立ち上がり、彼女の傍に歩いていく。
「あなたの価値をあなたは認めていないのでしょうけど、わたくしには必要なのです、どうしたってあなたじゃないとね。まあ急な話でしょうから流石にすぐには決断できないでしょう。でも安心してください。考える時間はちゃんとあげますから」
マクリーシュの隣に私は座る。
そして彼女の肩に手を置いて、その耳もとに口を近づけてささやく。
ここから先は軍事機密が絡む。周りの護衛やキャストたちには聞かせられない。
「明日、あなたに辞令が出ます。わたくしの臨時侍従武官に任命されます。そして例の演習に参加してもらうことになります」
「あの演習に?ただのピクニックでしょう、あんなの」
「ただのピクニックじゃありません。わたくしは州境に着いたらそのままエレイン州の盗賊共のところへ殴り込みをかけます。言ってる意味わかりますよね?」
「なにそればかばかしい。そんなことしたら王国から反逆を疑われちゃう。出来るわけない」
「そうです。普通ならできません。でもわたくしなら出来ます。だからあなたにも参加してもらいます」
「いや。そんなリスキーな作戦参加したくない」
「でも世界が変わる瞬間を見れますよ。あなたが嫌いな社会の理不尽ってやつをわたくしがぶち壊すところを最前線で見せてあげます」
「社会の理不尽を壊す?あなたが?」
「ええ、そうです。その時わたくしのことを値踏みなさい。その器を測ってあなたの未来を預けるに足るかどうか見定めなさい。少なくとも退屈だけはさせずにすむことをお約束しますよ」
私はマクリーシュから体を離して立ち上がる。
マクリーシュは私のことをなんとも言い難い色をした瞳で見上げてる。
「今日は楽しかったですよ。マクリーシュ兵長。親交も深められましたし、明日からの任務、一緒に頑張りましょうね。では店長、お会計をお願いします」
私は店長さんを呼ぼうとしたが、それはマクリーシュに止められた。
「ちょっと待ってくださいお嬢様。明日からの任務、同伴指名料を払ってください。じゃなきゃ司令部の将軍たちにおねだりして、わたしのことを任務から外してもらいますから」
ここに来て私の財布の中身をむしってきたよこの女。転んでもただじゃ起きないこのバイタリティすごいわ。でもなんだか楽しくなってきた。
「いいですよ。いやーあなたもやる気になってきましたね。楽しくなりそうですね。ところでそろそろあなたのことを名前で呼んでもいいですか?こんなに貢いだんですからそれくらいいいですよね?ラファティ?」
「どうぞお好きに」
「ありがとうございます、ラファティ」
ラファティもソファーから立ち上がり、店の外の門まで私たちをエスコートした。
そして短いスカートながらカーテシーして、別れの挨拶を言った。
「本日はご来店ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております、お嬢様」
私たちは迎えに来た車に乗り込み、繁華街を後にした。
ラファティは私たちの姿が見えなくなるまでちゃんとお辞儀をし続けていた。
その姿は人気ナンバーワンに恥じぬ美しさだった。
「……っ。…でもいや。あなたの顔なんて見たくない」
戸惑いのような感情を少し見せた。この提案の重さはよくわかってるようだ。
ラファティ・マクリーシュは読み書き計算こそできるが学校へ行ったことはない。
受けたことのある教育は神殿での無料の学習教室と州軍の提供している職業訓練講座くらいだ。
ひどく怒っていても彼女は心のどこかでは冷静に勘定が出来る。
こういう資質こそが兵士が戦場という地獄の中で生き延びるために必要なのだ。
マクリーシュには素質がある。
一年後の大戦を生き延びられる生存力。
「もう一つの対価を提示します。これです」
私はテーブルの上に孤児院が抱える借金の借用書を置く。
前の持ち主は名代の名前と州軍の部隊をチラつかせたら快くこれを私に譲ってくれた。
金?もちろん払ってないよ。
ヤクザにはびた一文払わない。
カドメイア州の行政はとてもクリーンですからね(笑)。
その内容をすぐに把握したマクリーシュは冷たい目で私を睨んでる。
「へぇ、あのドラ息子がそれを手放すなんてね…。つまり言うことを聞かなきゃ、それで縛るって言いたいんですか?奴隷扱いしたいってことですね?」
侮蔑的に乾いた声でそう吐き捨てる。私は奴隷なんていらない。
奴隷なんて近世に足を踏み込みかけたこの世界では何の役にも立たない。
自分の器に自信のないものだけが、イエスマンばかり傍に集める。
奴隷なんて集めても、大業をなすことは決して出来ない。だから証明してあげましょう。
「店長様。注文よろしい?」
「はい!なんでもどうぞ!カドメイア州辺境伯名代ジョゼーファ・ネモレンシス閣下!」
「店で一番高いワインをすぐに持ってきてくださいまし。今すぐに」
「かしこまりました!」
突然の注文にマクリーシュは私を怪訝な目で見てる。
ワインはすぐに届いた。
私はワインのコルクを開けて、借用書の上に思い切りぶちまける。
「うそでしょ!?何してるの?!」
マクリーシュは驚いたのか両手で口を押えていた。
「見てください。さすが高級ワイン。すごく濃い色してますよね。借用書の文字がもう見えなくなっちゃいましたよ」
ワインに滲んだ債権書の文字は判別不可能になっていた。
このぐちゃぐちゃになった借用書では借金の返済を迫ることは難しいだろう。
もっとも借用書が消えても借金そのものは消えていない。
回収しようと思えば、行政と司法をフルに使える私なら出来なくはない。
だけど私に回収の意志がないので、彼女と孤児院を縛る借金はもうこの世界にはないのだ。
「借金をなくして、恩を押し付けたいってこと?わたしがそんなので言うこと聞くと思ってるの?」
「いいえ、あなたはそんなに安い女じゃない。でも耳くらいは貸す気になったでしょう?わたくしはこんなにあなたに貢いじゃったんですよ?あなたが欲しくて欲しくてたまらないから」
「なんなのあなた…。まじで意味わかんない…。わたしにそんな価値ないでしょ…」
なんか引き笑いみたいな泣きそうなのかよくわからない顔をしている。
私はソファーから立ち上がり、彼女の傍に歩いていく。
「あなたの価値をあなたは認めていないのでしょうけど、わたくしには必要なのです、どうしたってあなたじゃないとね。まあ急な話でしょうから流石にすぐには決断できないでしょう。でも安心してください。考える時間はちゃんとあげますから」
マクリーシュの隣に私は座る。
そして彼女の肩に手を置いて、その耳もとに口を近づけてささやく。
ここから先は軍事機密が絡む。周りの護衛やキャストたちには聞かせられない。
「明日、あなたに辞令が出ます。わたくしの臨時侍従武官に任命されます。そして例の演習に参加してもらうことになります」
「あの演習に?ただのピクニックでしょう、あんなの」
「ただのピクニックじゃありません。わたくしは州境に着いたらそのままエレイン州の盗賊共のところへ殴り込みをかけます。言ってる意味わかりますよね?」
「なにそればかばかしい。そんなことしたら王国から反逆を疑われちゃう。出来るわけない」
「そうです。普通ならできません。でもわたくしなら出来ます。だからあなたにも参加してもらいます」
「いや。そんなリスキーな作戦参加したくない」
「でも世界が変わる瞬間を見れますよ。あなたが嫌いな社会の理不尽ってやつをわたくしがぶち壊すところを最前線で見せてあげます」
「社会の理不尽を壊す?あなたが?」
「ええ、そうです。その時わたくしのことを値踏みなさい。その器を測ってあなたの未来を預けるに足るかどうか見定めなさい。少なくとも退屈だけはさせずにすむことをお約束しますよ」
私はマクリーシュから体を離して立ち上がる。
マクリーシュは私のことをなんとも言い難い色をした瞳で見上げてる。
「今日は楽しかったですよ。マクリーシュ兵長。親交も深められましたし、明日からの任務、一緒に頑張りましょうね。では店長、お会計をお願いします」
私は店長さんを呼ぼうとしたが、それはマクリーシュに止められた。
「ちょっと待ってくださいお嬢様。明日からの任務、同伴指名料を払ってください。じゃなきゃ司令部の将軍たちにおねだりして、わたしのことを任務から外してもらいますから」
ここに来て私の財布の中身をむしってきたよこの女。転んでもただじゃ起きないこのバイタリティすごいわ。でもなんだか楽しくなってきた。
「いいですよ。いやーあなたもやる気になってきましたね。楽しくなりそうですね。ところでそろそろあなたのことを名前で呼んでもいいですか?こんなに貢いだんですからそれくらいいいですよね?ラファティ?」
「どうぞお好きに」
「ありがとうございます、ラファティ」
ラファティもソファーから立ち上がり、店の外の門まで私たちをエスコートした。
そして短いスカートながらカーテシーして、別れの挨拶を言った。
「本日はご来店ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております、お嬢様」
私たちは迎えに来た車に乗り込み、繁華街を後にした。
ラファティは私たちの姿が見えなくなるまでちゃんとお辞儀をし続けていた。
その姿は人気ナンバーワンに恥じぬ美しさだった。
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