軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第31.75話 衝突の予感

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ルイカは王太子の顔を見て口元を引きつらせていた。

「あの時のチェスの…。カンナギ・ルイカといったな。その恰好、給仕のバイトをしているのか?だが、なんでこんなところにいる?」

「え…。ちょっと、仕事に疲れたので涼みに来たんです。いやーフロアをあっちこっちに歩き回ったものですから!はははは」

「そうか。熱心な仕事はご苦労だが、サボるのは感心しないな。ところでディアは見なかったか?勅使殿と話していると皆は言っていたのだが、彼女ならもう自分の館に帰っているのだ。どこに行ったのか心当たりはないか?」

 王太子は心配そうにディアスティマの行方をルイカに尋ねた。
 フェンサリルから見て、ディアスティマのいるところはちょうどソファーの背に隠れて死角となっていた。

「えーっと。もう女子寮に帰ったとかじゃないですかね?ははは。彼女は目立つから見つからないってことは帰ったってことじゃないですかね?ははは」

「だがディアがおれに一言もなく帰るとは思えない。まさか誘拐…」

「まさか!そんなことないっすよ!絶対ないですって!ここは最高峰の警備が敷かれてるんですからね!ははは」

「そうは言うがディアがいないのはいくらなんでも不自然…」

「ねぇ。王子様。なんであたしの手を解くの?」

 男二人の会話を、甘くそして寂しげなディアスティマの声が割いた。
 ディアスティマはソファーから上半身を起こした。

「ディア?!そこにいたのか?…何をしていた…?」

 名前を呼ばれたディアスティマは王太子に視線を向ける。
 その瞳には何の感情も宿ってはいなかった。
 よく見ればその虹彩は縦に割れている。
 そしてすぐに視線を王太子からルイカに移す。
 すると無彩色だった瞳はすぐにトロンとした熱を宿しはじめる。

「王子様。あたしの王子様。ねぇ。返事をして。あなたの声が聞きたいの。ねぇ。聞かせて。あなたがそばにいるって感じさせて」

「あー。ディアスティマさま。ほら。あなたの王子様であるフェンサリル殿下がいらっしゃいましたよ!きっと心配になってお迎えにきてくれたんですよ!ほら、返事をしてあげてください!」

 ルイカは焦りをにじませた声を上げながらディアスティマに言った。
 だがディアスティマはフェンサリルの方に目もくれずに、

「ねぇ。王子様。変なことを言わないで。あの人はあたしの王子様じゃないよ。あなたがあたしの王子様でしょ。そんなさみしいことを言わないで。悲しくなっちゃう…」

 悲しそうに眉を歪めるディアスティマを見てフェンサリルの顔が青ざめる。

「カンナギ・ルイカ。お前、ディアに何をした?…お前たちはいったい…」

 その言葉には冷たい怒りが滲んでいた。
 ルイカはそれを機敏に感じ取っていた。

「ははは。殿下、ディアスティマさまはどうやら酔ってしまったみたいで、ここで僕が背中を摩って解放してたんですよ。ほら、女性も酔うと男性みたいに粗相をするものですよね?それを殿下に見せたくないから、誤魔化してるんですよ。ほら僕は給仕ですからいくらゲロったり、酔ったりしたところを見せても貴族の方からすれば恥ではないですよね?ね?ディアスティマさまの女性としての矜持故に殿下を今は遠ざけたいのです。ご理解してあげてください。ね?ね?殿下は将来この国を、いいえそれどころか大陸さえも導くような器のあるお方でしょう?ははは、女性の粗相には目を瞑って見逃してあげるのが騎士道ってやつですよ。ははは」

 早口でルイカは言い訳のようなものを捲し立てた。
 フェンサリルはその勢いに口を挟めなかった。
 そしてルイカの声が廊下に漏れたのか、人がだんだんとバルコニーに集まってきた。
 その中にルイカの顔見知りの女性教師(担当:体育、戦闘訓練)がいた。

「先生!ちょうど良かった!ディアスティマさまが酔ってしまったんですよ!男の自分が介抱するのも不味いんでお願いしていいですか?!てか、お願いしますまじで!」

「あら大変!あとは先生に任せて!大丈夫?ディアスティマさん」

 女性教師はバルコニーに入ってソファーに座るディアスティマの介抱を始める。
 その隙にルイカはそろりとディアスティマから離れ、彼女の視界に写らない場所に移動した。

「お酒の匂いはしないけど、酔ってるみたいに見えるわね。大丈夫?返事できる?」

 ルイカの姿が見えなくなったからか、ディアスティマは大人しくなった。
 虚ろな目で地面をみている。

「王子様、早く。早く。早く。迎えに来て…。ずっと待ってるんだよ。あの女に、ジョ…フ…に邪魔されても、あたし、諦めなかったの。二万年前からずっとずっと…ずっと…ず…っ…と…ま…金の枝…を…抱いて…」

 何かをぶつぶつを口にしながらも、その声はだんだんと小さくなっていき。

「おう…じ、さま…はや…っ…すぅ…すぅ…」

「…あら?寝ちゃった…。顔色は悪くないし、大丈夫そうね」

 いつの間にかディアスティマはソファーに背を預けて寝息を立てていた。
 先生はディアスティマの膝の裏と背中に手を通して持ち上げる。

「王子様じゃないけど、お姫様抱っこしてあげるわね。おやすみなさい、ディアスティマさん。王太子殿下、ディアスティマさんはこのまま私が寮までお連れしますね」

 野次馬たちをかき分けて、女性教師はディアスティマを寮まで運んで行った。
 ルイカはその背中を見送った後、その場から静かに去ろうとした。だが王太子に呼び止められた。

「質問に答えろ、カンナギ・ルイカ。お前はディアスティマの何だ?」

「ただの幼馴染ですよ。殿下が疑っているような関係では決してないです。ははは」

「幼馴染?そんなものがいるなんてディアスティマから聞いたことがない」

「僕のことなんて話すほどの価値のないことだからですよ。昔から知っているだけ。僕たちはただの友人です」

「お前はそう思っていても、ディアスティマはそう思っているようには見えなかったが」

「酔ってたんですよ。酔って僕のことを殿下と勘違いしていたんですよ。だってそうでしょ。僕が王子に見えますか?違うでしょ?ね?ではそろそろ仕事に戻ります。ああ、サボっちゃたからきっと怒られちゃうなぁ…あはは」

「待て!話はまだ終わってない!」

「すみません!バイト代が欲しいんで!では!」

 ルイカは王太子から走って逃げだす。
 野次馬たちの中を器用に避けてあっという間に王太子から見えないところへと消えてしまった。

「…くそ…。カンナギ・ルイカ…。お前が…俺の敵だ…」

 フェンサリルは冷たい声でそう吐き捨てた。








 こうして彼らの運命は狂い始める。予言された破滅に向かって。
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