軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

令嬢以前の物語 第9話 奇襲と突撃

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 三佐が指揮する自衛隊は山側の森からの砲撃を続けていました。
 ジョゼフィンが用意した潤沢な火器は軍閥の車両と兵士を容赦なく吹き飛ばしていきます。
 爆風で吹き飛ばされて谷底に落ちていく敵の兵士の悲鳴は三佐の耳まで響いています。

「ほら、君を呪う泣き声だ。哀れだねぇ。国が滅び、行き場をなくして、軍閥に取り込まれただけの若者たちが君が引いた引き金に押しつぶされていくよ」

 ジョゼフィンは隣に立って指揮を続ける三佐にげんなりするような囁きをしていました。

「三味線を弾くなジョゼフィン。私はいいが他の者の士気に関わる」

 さすがに三佐はそういったことでは動揺しませんでした。
 窘める余裕さえありました。

「ますます女の子っぽくなくなるなぁ…。せっかく戦争してるんだからキャーキャー喚けばいいのに。可愛くない…」

「可愛いまま戦争できるやつがいてたまるか。ん?無線?私だ。何かあったのか?」

 無線の向こうから工作班を率いる二等陸尉の声が響きます。

『三佐。準備はできました。いつでもいけます』

「ご苦労。タイミングを見計らう。君たちはそのまま待機」

『了解』

 三佐は双眼鏡を取り出して軍閥の車列を確認していきます。

「ねぇねぇ。準備って何だい?まさか奥の手ってやつかい?相手を一気に倒しちゃう必殺技とか?」

「いいや。劣勢を覆すための悪あがきに過ぎない」

「劣勢?高台の森に籠って一方的に撃ってるのに劣勢なのかい?」

「地形の効果で誤魔化せているが敵の方が圧倒的に数が多い。こっちの火器をすべて使いきっても殲滅はできない。だから小細工が必要なんだよ」

 そう、奇襲により戦場の主導権こそ握れていましたが、それもいずれは覆される程度のリードに過ぎません。

「そう言えば向こうにもロケット砲とか手榴弾とかあるのに使ってこないね」

「素人なりにもそういう分析はできるものなんだな。関心したぞジョゼフィン。褒めてやろう」

「撃ってこない合理性があるのかい?」

「奴らに土地勘があることが問題なんだ。ジョゼフィン。靴底を見てみろ」

 言われるままにジョゼフィンは靴底を見てみます。
 そこには泥が付着していました。

「…泥?…ああなるほど。ビビって撃てないわけだ」

「そういうことだ。奴らはこの道でよく土砂崩れが起こることを知っている。だから高火力をこちらにぶち込むことを躊躇している。さっきまで雨が降ってたしな。余計に怖いだろう」

「へぇ…。軍事ってのはそういうところまで考えるんだ。すごいね。まさにアートだね」

 その言葉に三佐はニヤリと笑います。
 三佐はジョゼフィンのロマンティックなところが苦手でしたが、同時に面白がっているところもありました。

「そうだな。勝利は華やかで美しいものだろう。誰もが欲しがるアートなんだ。だからこそ勝たねばならない。…おっと、見ぃつけたぁ…きゃはっ!」

 双眼鏡にターゲットである軍閥指導者である将軍の姿が写っていました。
 将軍は装甲車を並べた臨時の防壁の後ろに隠れて指揮を執っていました。
 奇襲の混乱で見失ってしましたが、やっとその姿を確認できたのです。

「一等陸曹。私の部隊に号令をかけろ。そろそろ出番だとな」

 近くに侍っていた一等陸曹に三佐は命令を下します。

「了解!やっとですね!自衛隊最強である三佐の特殊部隊が世界で通用すると証明して見せます!」

 一等陸曹がハンドサインで同じ部隊の者たちにサインを送ります。
 彼らこそ三佐が創設し鍛え上げた虎の子たる特殊部隊。
 彼らの士気の高さを確認して三佐は微笑み、無線を繋ぎます。

「二等陸尉。こちらでターゲットを確認。君の想定通りの位置にいたよ」

『よっしゃぁぁ!勝った!絶対勝った!ほぉぉぉぉ!いえぇぇぇいいいい!うぇいいいい!……失礼しました。それでは三佐。ご命令を!』

「ああ。爆破しろ!」

 無線に向かって命令を下すと同時にあたり一面に地響きが広がり、轟音が大気を揺らしました。
 工作班が山肌に仕掛けた爆弾が一斉に爆発したのです。

「ちょっと!うわぁ!耳キーンってする!吹っ飛ばすなら先に僕にも声をかけてよ!耳がめっちゃ痛い!うごごご」

 ジョゼフィンは爆音に耳をやられて悶えていました。

「ほら見ろジョゼフィン。これが悪あがきってやつだ」

 爆発によって人為的に発生した土砂崩れが眼下の軍閥の兵士と車両を飲み込み押しつぶしていきます。
 圧倒的なその暴力の渦に、濁流に飲み込まれずに生き延びた軍閥の兵士たちも恐慌状態となりまともな戦闘能力を失っていきます。

「いやぁ…おかねぇ…。君の女子力ドンドン削れていくねぇ。こんなことする女を嫁に貰ってくれる男っているのかなぁ?」

 流石のジョゼフィンもこの惨状に若干引き気味な笑みを浮かべています。
 土砂崩れは敵軍を多く押し流しましたが、それでもまだ多くの敵が生き残っていました。

「なんだよ。まだいっぱい残ってるじゃないか。爆弾ケチった?」

「そんなわけない。むしろ足りない爆薬をうちの優秀な工兵が職人芸で工夫してやっとここまでの威力に押し上げたのだ」

「でもそれならピンポイントで敵のリーダーを土砂で押しつぶせばいいじゃないか。なんでそうしないの?キングを取れば勝ちだろ?」

「残念ながらこれは戦争。チェスじゃない。キングを取っても終わらないから厄介なのだ。もしリーダーを生死不明にしてしまうと、他の奴が野心を見せて、軍閥の新しいリーダーに成り上がる。そうすると街への脅威は消えない。だから指導者を生け捕りにし、降伏を宣言させて、奴らの心に『敗北』を植え付けやらねばならないんだ。だからよく見ろ。土砂と敵リーダーの位置をな」

「うーん?おっ…なるほどねぇ…土砂でサンドイッチするわけだ」

 軍閥指導者とその護衛の部隊は流れてきた土砂に挟まれて孤立していました。
 前方からも後方からも土砂に阻まれて救援が来れない状態です。
 これこそが三佐の狙い。

「正解。これで奴らは孤立した。こっちは山側だからあいつらのところへ兵を送れる。向こうは道路が寸断されて救援不可能。やっとチェックメイトがかけられる」

 三佐はライフルを構えて、自分の部隊に命令を下します。

「さあ諸君。クライマックスだ。アンコールはない。ここで終わらせるぞ!突撃せよ!私についてこい!」

『『『『うおおおおおおおおおおおおお!』』』』

 三佐と共に雄たけびを上げて部隊は突撃していきます。








フィナーレはもうすぐ…。彼女の『死』まであともう少し…。
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