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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.
第59話 勝利の女神を圧し潰す令嬢
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メネラウスを引き連れて本陣に戻ってくると、ラファティが戻ってきていた。
その傍にはカメラを調節しているヒンダルフィアルがいた。
ラファティは私に敬礼をしてからすぐにそっぽを向いた。
だけどその顔にはさっきまでの冷たい感じはない。
ヒンダルフィアルがニヤニヤしているのを見ると何か彼に吹き込まれたのかもしれない。
さすが親友キャラ。ヒロイン様のご機嫌を取るのはお手の物か。
「なあ、お嬢さん。そろそろメインイベントが近いけど、今の気分はどうだい?」
ヒンダルフィアルが私にインタビューしてくる。
ふざけた様子だけど、タイミングは最高かも知れない。
そういう意味ではジャーナリスト魂を感じる。
「ノーコメント。いいえ、見ればわかるでしょ?ちがいますか?」
「そうだな。いつもよりもずっとずっと悪くて、誰より綺麗な顔してるよ、お嬢さん」
そう言って、ヒンダルフィアルは私を撮る。
いやだなぁ、きっと今の私はかわいい顔してないだろうに。
私は懐から時計を取り出して時刻を確認する。長針はもうすぐ12に届く。
秒針はチクタクと長針を追いかけている。
「チクタクと、あくせくと、せこせこと、やっとここまで来れました。そしてようやっと女神の前髪を掴みました」
感慨深くなって私はそう独り言ちる。
さて、マスコミにいい顔するのはここまでだ。
銃を持った私は砦を背にして、兵士たちの前に再び立つ。
正面に見える兵士たちは皆士気が低そうだ。明らかにやる気がなさそうだし、中にはわたしを睨んでいる連中もいる。
指揮官たる私が目の前に立ったのに、ざわざわと騒ぎ続けている。
ここで「はい、皆さんが静かになるまでに、云々」とかやってみたけど、あいにく私は短気だ。
それにそろそろ最高の瞬間がやってくる。針はもう勝利に向かって進んでいるのだから。
「静粛に!」
私はそう言って、上空に銃を向けてぶっ放す。
銃声があたり一面に響き渡り、兵士たちは皆一瞬で静かになった。
この世界じゃ銃は玩具だ。どれだけ撃っても致命傷にはならない。
だから皆銃を見てもビビりはしない。だけど音は別だ。
銃声はどんな騒音よりもなお人々の耳を侵す。否応なく恐怖を植え付ける。
本能的な死を想起させる。兵士たちは私に戸惑いと、本能的な怯えが見え隠れする視線を向けてくる。
針は止まらない、女神を突き刺してやろうと進み続ける。
「皆さま、時が来ました。やっとわたくしたちは追いついたのです。すべての恥を雪ぎ、すべての罪を祓う、聖なる時が」
私は両手を広げて兵士たちにそう呼び掛ける。
彼らも私の使うレトリックにピンと来たのだろう。
だが、口々に「今更!」とか「遅い!」とかそんな声が聞こえてくる。
「いいえ、今こそが至上の時なのです。思い出してください。わたくしたちは超えられないはずの壁をいくつも超えてきました。バッコス王国国王もカドメイア州辺境伯もエレイン州男爵もこの地の争乱に匙を投げた。だけどわたくしたちは義憤に動かされて諦めず、超えられないはずの境を超えた。手を取り合うことの出来ないはずの他の州の豪族同士とカドメイアの州軍が手を取り合いここまで来ました。だからあなたたちに問いましょう。あの砦の塀と門ごときが我らの進撃を阻めるのですか?」
ここまでくるのに様々な障害があった。
私からすればそれは様々な工作によって克服されてしまう程度のものでしかない。
だけど一介の兵士や豪族や平民たちから見ればどうだろう?
私は常識を踏破した英雄に見えるだろう。
そう、彼らは思い出す。誰がここまで自分たちを導いたのかを。
その言葉を聞くべき指導者が誰なのかを。
そして針は女神の影に追いついた。
「そう!答えは否!断じて否である!あんな砦ごときが我らを!わたくしたちを阻むことなどできはしないのです!今からそれを証明して見せましょう!」
私は右手を天に向かって突き出し、大仰にわざとらしく、そして可愛らしくウィンクしてから、指を思い切り弾いた。
小さな音がまず響く。
そして…。
すべてを赤く染め上げる極大の閃光が私の背中の方から兵士たちを照らし、それから少し遅れて途轍もない爆音が私たちを飲み込んだ。
私は女神の影を踏みつぶした。
そうだ。これこそが勝利の女神が漏らした喘ぎ声。
前髪を掴むだけじゃ足りない。
押し倒してすべてを奪え。
勝利ですべてを慰め、肯定するために。
その傍にはカメラを調節しているヒンダルフィアルがいた。
ラファティは私に敬礼をしてからすぐにそっぽを向いた。
だけどその顔にはさっきまでの冷たい感じはない。
ヒンダルフィアルがニヤニヤしているのを見ると何か彼に吹き込まれたのかもしれない。
さすが親友キャラ。ヒロイン様のご機嫌を取るのはお手の物か。
「なあ、お嬢さん。そろそろメインイベントが近いけど、今の気分はどうだい?」
ヒンダルフィアルが私にインタビューしてくる。
ふざけた様子だけど、タイミングは最高かも知れない。
そういう意味ではジャーナリスト魂を感じる。
「ノーコメント。いいえ、見ればわかるでしょ?ちがいますか?」
「そうだな。いつもよりもずっとずっと悪くて、誰より綺麗な顔してるよ、お嬢さん」
そう言って、ヒンダルフィアルは私を撮る。
いやだなぁ、きっと今の私はかわいい顔してないだろうに。
私は懐から時計を取り出して時刻を確認する。長針はもうすぐ12に届く。
秒針はチクタクと長針を追いかけている。
「チクタクと、あくせくと、せこせこと、やっとここまで来れました。そしてようやっと女神の前髪を掴みました」
感慨深くなって私はそう独り言ちる。
さて、マスコミにいい顔するのはここまでだ。
銃を持った私は砦を背にして、兵士たちの前に再び立つ。
正面に見える兵士たちは皆士気が低そうだ。明らかにやる気がなさそうだし、中にはわたしを睨んでいる連中もいる。
指揮官たる私が目の前に立ったのに、ざわざわと騒ぎ続けている。
ここで「はい、皆さんが静かになるまでに、云々」とかやってみたけど、あいにく私は短気だ。
それにそろそろ最高の瞬間がやってくる。針はもう勝利に向かって進んでいるのだから。
「静粛に!」
私はそう言って、上空に銃を向けてぶっ放す。
銃声があたり一面に響き渡り、兵士たちは皆一瞬で静かになった。
この世界じゃ銃は玩具だ。どれだけ撃っても致命傷にはならない。
だから皆銃を見てもビビりはしない。だけど音は別だ。
銃声はどんな騒音よりもなお人々の耳を侵す。否応なく恐怖を植え付ける。
本能的な死を想起させる。兵士たちは私に戸惑いと、本能的な怯えが見え隠れする視線を向けてくる。
針は止まらない、女神を突き刺してやろうと進み続ける。
「皆さま、時が来ました。やっとわたくしたちは追いついたのです。すべての恥を雪ぎ、すべての罪を祓う、聖なる時が」
私は両手を広げて兵士たちにそう呼び掛ける。
彼らも私の使うレトリックにピンと来たのだろう。
だが、口々に「今更!」とか「遅い!」とかそんな声が聞こえてくる。
「いいえ、今こそが至上の時なのです。思い出してください。わたくしたちは超えられないはずの壁をいくつも超えてきました。バッコス王国国王もカドメイア州辺境伯もエレイン州男爵もこの地の争乱に匙を投げた。だけどわたくしたちは義憤に動かされて諦めず、超えられないはずの境を超えた。手を取り合うことの出来ないはずの他の州の豪族同士とカドメイアの州軍が手を取り合いここまで来ました。だからあなたたちに問いましょう。あの砦の塀と門ごときが我らの進撃を阻めるのですか?」
ここまでくるのに様々な障害があった。
私からすればそれは様々な工作によって克服されてしまう程度のものでしかない。
だけど一介の兵士や豪族や平民たちから見ればどうだろう?
私は常識を踏破した英雄に見えるだろう。
そう、彼らは思い出す。誰がここまで自分たちを導いたのかを。
その言葉を聞くべき指導者が誰なのかを。
そして針は女神の影に追いついた。
「そう!答えは否!断じて否である!あんな砦ごときが我らを!わたくしたちを阻むことなどできはしないのです!今からそれを証明して見せましょう!」
私は右手を天に向かって突き出し、大仰にわざとらしく、そして可愛らしくウィンクしてから、指を思い切り弾いた。
小さな音がまず響く。
そして…。
すべてを赤く染め上げる極大の閃光が私の背中の方から兵士たちを照らし、それから少し遅れて途轍もない爆音が私たちを飲み込んだ。
私は女神の影を踏みつぶした。
そうだ。これこそが勝利の女神が漏らした喘ぎ声。
前髪を掴むだけじゃ足りない。
押し倒してすべてを奪え。
勝利ですべてを慰め、肯定するために。
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