軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第66話 さようならを聞き届け

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 現代人ならこの音が電子音だとすぐに気が付く。
 そして同時にこれは警告の音なのだと見当がつく。

「ひっ!女神様の声だ!いや!怖い!」

 ラファティは耳を塞ぐ。
 周りの兵士たちや盗賊たちも戦うことをやめて空の方へ顔を上げた。
 警告音はどんどん鋭く高い音に変化していく。
 それは盗賊のボスの飛行高度の高さに比例している。
 そして砦にいたすべての人間の目の前に突然ウィンドウが現れる。
 それはステータスプレートに類似しているが、いつもと違ってどぎつい赤色をしている。
 ラファティはそれが視界に入った途端に目を瞑りしゃがみこんでしまう。

「女神様!お許しください!わたしじゃないです!空を飛んでいるのはわたしじゃないんです!」

 恐れているのはラファティだけではなかった。
 兵士も盗賊も大なり小なり赤いウィンドウを見て恐怖している。
 この世界では飛行魔法を使って空を飛ぶとこういう現象が発生すると広く知られている。
 皆これを女神の怒りだと信じている。

「…確かにこうなるとわかっていても怖いものですね、これは…」

 私の前にも赤いウィンドウは現れている。
 いつもと違って不可視モードに切り替えたり、消したりできない。
 私たちはウィンドウを見ることを強制されている。
 誰に?それは宗教がいうところの女神ではない。
 ウィンドウには英語でこう書かれていた。

『国際連合軍が定める交戦規約において、当該作戦エリアでの事象変奏技術による飛行は一切認められていない。この警告に従わない場合、飛行している者は撃墜される。それによる損害について統合作戦本部は一切関知しない。撃墜まであと00:00:11』

 ご丁寧にも飛行を禁じると警告をしてくださっているぞ、国際連合軍さまは!
 しかも撃墜までの時間まで書いてある。
 この警告時間内に盗賊が地上に帰ってくれば、何も起こらずに済む。
 だけど盗賊のボスはまだ飛び続けている。
 きっと彼はパニックを起こしているのだろうね。
 追い込みをかけたのは私だが、同情はしてやろう。
 カウントタイムが減っていくたびに警告音もどんどん音量が大きくなっていく。
 皆が空を見上げる。
 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…0!。
 そしてはるか上空がピカッと赤く光る。
 雲がいきなり蒸発し、現れた細い一筋の赤い光が飛んでいた盗賊のボスを貫いた。
 断末魔の悲鳴すら聞こえなかった。
 赤い光が消えたあと、盗賊のボスの姿は跡形もなく消え去っていた。
 そう、赤い光に飲み込まれて一瞬にして蒸発したのだ。

「…あれが女神様の光の槍…。…震えが止まらない…怖い…」

 ラファティは涙目になって体を震わせている。
 だけどそういう反応はラファティだけじゃない。
 周囲の者みんなが震えていた。
 特に盗賊たちにそれは顕著だった。
 みんな女神の怒りを見て畏れ慄いている。
 だけどあれは神の奇跡などではない。
 あれは人工衛星から放たれたレーザー。
 遥か昔の科学文明が残した遺産を人々は神の御業と信じているのだ。
 さて戦場の空気は大きく変わった。
 つまりこれはチャンスだ。
 私は大声でこの場にいる全員に向かって叫ぶ。

「あなたたちのボスはタブーを犯し、たった今女神さまの怒りに触れて死にました!あなたたちはどうしますか!これ以上の罪を重ねたいですか!?そう望まないのであれば、今すぐに投降しなさい!これ以上女神さまの怒りに触れる前に!」

 盗賊たちの心は今の騒ぎで完全に折れた。
 次々とその場で武器を捨てて、降伏していった。
 こうして砦の攻略戦は私たちの勝利で幕を下ろしたのだ。
 しかし思うのだが、私いつもいいところを誰かに持ってかれてない?
 …解せぬ。




 戦闘が集結したので、兵士たちには盗賊の捕縛と砦の調査、そして被害状況の確認を命じた。
 手の空いた私は砦の物見やぐらに上り眼下の光景をぼんやりと眺めていた。
 兵士たちがキビキビと盗賊たちを連行していったり、小部隊単位で勝利の雄たけびを上げているのが見えたり。
 そういうのを見ると勝ったんだなという実感が湧いてくる。
 とても喜ばしい充実感が私を満たしてくれる。
 だけど同時に同じくらい大きな寂寥感も覚えた。そんな時だ。

「御名代様。こちらでしたか」

 レンホルムが私の傍に立っていた。
 とても穏やかな顔をしている。
 報告か何かに来たのだろうか。

「何か御用でしょうか?」

「お礼を申し上げに。娘の救出だけではなく、あなたの御蔭でこの地に平和が戻ってきました。これで人々はいつもの日常に帰れます。失ったものも多いけど、それでもまた取り戻せるはずです」

「わたくしの功績なんてたかが知れてますよ。頑張ったのは軍とこの地の人々ですから」

 こう言われるとむず痒くなる。
 だけど元々の動機は私のごくごく個人的な自衛のために過ぎない。
 そのことに何か疚しさを感じてしまう。
 むしろ大きな視点で見た時に私がやっていることは将来的なヒーローの誕生を阻むことなのだ。
 一年後の大乱はきっと防げない。
 なのに主人公が活躍する土台を私は奪った。
 かと言ってそれに代わるプランがあるわけでもない。
 この行為は正しかったんだろうか?今でも何処かひっかかるんだ。

「後悔なさってるんですね、御名代様は」

「え?そんなこと…」

 レンホルムはひどく優し気な顔で私にそう言った。
 私の顔色から内心の感情を推察したのか?
 私は動揺してしまい、言葉が続けられない。

「あなたには俺たちのような普通の人とは違う運命があるのかもしれない。それゆえにここに来た。だけどね、御名代様。あなたはまだ子供だから錯覚してるだけです。運命なんてものはこの世界にはないんですよ。あなたは悲惨な運命を避けるために戦っているのでしょう?そう思ってる。だけど違います。それは錯覚です。そんなもののために戦っては駄目です。あなたはあなたが正しいと信じられるもののために戦うべきです」

 彼の語る話はひどく抽象的で私には何のことかよくわからなかった。
 だけど何か心に引っかかるものを感じて胸が苦しくなったしまう。

「あなたは少しひねくれていて、年ごろの娘さんにしては可愛くないなって思うことがありました。精一杯背伸びして強がって人々を導いてる。そのくせ勝ち取った成果を素直に受け取らない。自分のものではないと受け取らない。謙遜だと思ってました。貴族令嬢の奥ゆかしさかなと。でも違う。それは運命に奉仕する者の後ろめたさだ」

 その通りだ。私は未来を知っている。
 そのことを思い切り利用している。
 自分にとって都合のいい世界を手繰り寄せるために行動を起こした。
 色々大義名分や言い訳を作ってそれを受け入れてきた。
 だけど、だけど。それに対する後ろめたさは消えない。
 この世界にとっての最良の未来を潰さないと自分の幸せはやってこない。
 私の幸せと世界の幸せ。
 それって天秤で釣り合うものなのだろうか?
 私は俯き顔を両手で覆う。
 今自分がどんな顔をしているのか怖くなった。
 誰にも見られたくない。
 その時だ。背中を優しく撫でられた。
 レンホルムはまるで父親の様に私に語り掛ける。

「運命なんて目に見えない感じられない知ることも出来ないものに奉仕するのはやめてください。皆あなたの行動に魅入られているんです。その行動に救われてる。だからその感謝という花束を受け取ってあげてください。もう一度いいます。あなたの御蔭で俺と娘は幸せを取り戻せました。まだ失われてもいない世界の幸せなんかよりもあなたとあなたの周りの人々を幸せにする方がずっとずっと尊い行為です」

 私は内心でも誇っていいのだろうか?
 この行動が間違ってないと自分に言い聞かせていいのだろうか?
 不思議だ。
 撫でられているのは背中なのに、温かくなるのは胸だった。

「だから心の底からこの勝利を人々と共に讃え合い喜び合って誇ってください。それが俺の望みです。お願いします。…またいつか、どこかで会いましょう。それでは…」

 背中を撫でる感触が消える。
 私は顔を上げてレンホルムの方へ振り向いた。
 だけどそこにはもう誰もいなかった。
 物見やぐらにいるのは私だけ。
 どうやら彼は私に気を使って、静かにこの場から去ってくれたようだ。

「…気を使われてしまいましたね。ありがとう、レンホルムさま」

 正直に言えばこの先の未来には不安は残っている。
 私はこの戦争で決定的にこの先の未来の方向性を変えてしまった。
 その責任を引き受けなければいけない。
 だけどこの戦争で得られた成果を私は誇ってもいい。
 そう言ってくれる人がいる。
 ならば私は間違っていないって自分をきっと騙しきれる。

「お嬢様ー!状況確認が終わりました!報告したいので、下りてきてください!」

 下からメネラウスの声が聞こえてきた。
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