軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

令嬢以前の物語 第10話 ほう?この私がトラック如きで死ぬとでも?

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 三佐たちの部隊は道路に向かって山肌を降りていきます。

「くそ!あいつらを絶対に山から出すな!撃て!撃て!」

 軍閥指導者の親衛隊は道路側から山側に向かって車や土砂崩れで発生した瓦礫を積み上げて臨時のバリケードを築き上げます。
 自衛隊が山側降りてこれる道はかぎられていたからこその戦法でした。
 そこから自衛隊に向かって発砲を続けます。
 ですが今勢いに乗っている三佐をそんなもので止められるはずもありません。

「一曹!踏み台になれ!」

「またですかぁ?!くそ!だから俺らはサーカスじゃねぇって!自衛隊だぁぁぁ!おりゃぁぁっぁああああああ!」

 三佐は一曹の力を借りて高く跳躍しました。
 そのままの勢いで親衛隊が構築したバリケードを飛び越えました。
 華麗に宙を舞う三佐は地面にいる敵兵に向かってライフルの銃口を向けて、引き金を弾き、周囲の敵兵すべてを射殺します。
 そして着地すると共にバリケードに使われている瓦礫に向かって手榴弾を投げて、その一部を爆破して穴を開けます。
 そこから三佐の部下たちが一斉に侵入してきます。

「流石ですね三佐。しかしまるで出来の悪い特撮映画みたいっすね。三佐の動きってワイヤーアクションみたいで、全然リアリティないからすごいや」

 一曹は軽口を叩きながらも、周囲に潜む敵兵を次々に狙撃し処理していきます。

「リアリティがない?大いに結構。どうせこの戦闘そのものが世間の常識から乖離しているのだ。自衛隊が実戦しているという悪夢そのものがここにあるんだ。リアリティもくそもないないだろう?」

 三佐はハンドサインを的確に出しながら部下の自衛官たちに周囲の制圧を任せます。

「そりゃそうだ。しかし三佐。俺気になるんですけど。自衛隊はこうやって実戦で役に立っちゃったわけじゃないですか?これって税金の無駄遣いですか?それとも有効活用ですか?」

「勝てば有効活用。負ければ無駄遣い。シンプルでいいだろう?」

「そりゃわかりやすくていいや!」

 軽口を叩きながらも二人を含めた自衛官たちは周囲の敵兵をすべて排除しました。
 三佐の部隊は全員道路側に降りることができましたが、まだ将軍の潜むポイントからは遠くです。
 目算で約500m以上はありました。

「どうにも理想通りとはいかないものだな。できれば直接ターゲットの目の前に降りたかったのだがね」

「しょうがないっすよ。もともと俺らが部隊で安全に下りられる山肌のルートは限られてましたし。いいんじゃないですか?ピクニックのコースとしては。1㎞はないですしね。まあ俺らの砲撃のせいでボコボコだし、車の残骸や死体でグチャグチャだし、ちょうどカーブで見通し悪いし最悪ですけどね!わははは」

「ははは。まったく…なかなかワクワクしてくる状況だなぁ…」

 距離こそ大したものではありませんが、路面状況は最悪でした。
 残骸が散らばっているため身を潜めるポイントには事欠かず。
 カーブのせいで見通しは悪く。
 片側は谷、もう片方は森と山。
 考えれば考えるほどいやになる戦闘コンディションだったのです。

「まあ道があるならたどり着けるさ。それに奴らはもう逃げられないんだ。…さあ行くぞ諸君。狩りの時間だ」

「「「「「「サー、イエス、サー!」」」」」」

 三佐たちは進撃を続けます。



 道路での戦いは悲惨なものでした。
 敵兵たちは退路を土砂で立たれ援軍も来ない最悪の状況。
 その上三佐たちが直接道路に降りてきたことで、完全なる死地に追い込まれてしまったのです。
 背水の陣という言葉がこの世界にはあります。
 追い込まれると人々は死に物狂いで戦う。
 そういうことを表わす故事。
 ですがそれは理想論の話です。
 彼らにはそんなものではどうにもできない理不尽が待っていたのです。

「来るな!来ないでくれぇ!」

 瓦礫や車に潜んでいた敵兵たちは必死に弾丸をばら撒きます。
 ですがその銃弾の嵐の中を三佐は風のような早さで敵兵たちの陣に向かって駆けていきます。

「なんで当たんねぇんだよ!なんだよあいつは!あいつはなんなんだよ!」

「弾を避けてるのかよ?!人間じゃねぇ!」

 敵兵の疑問はもっともでした。
 三佐は迫ってくる銃弾を恐れずに平気で敵兵たちに突っ込んでくるのです。
 弾に当たらないようにジグザグと素早く駆ける彼女の姿に敵兵たちは不気味な恐怖を抱いたのです。
 そして彼女は敵兵の懐に飛び込むと両手に持ったナイフだけで彼らを鮮やかに斬り殺していったのです。
 その戦い方にはいっそ美しささえ感じさせてしまう迫力がありました。

「綺麗だ…」

 実際に敵兵の中には彼女の姿に見惚れる者さえいたのです。

「彼女はいったい…ぐっ…あれ?血が出てる?…殺されるなら彼女が良かった…」

「はいはいだめっすよーよそ見は。うちには三佐以外にもちゃんと戦士がいるんですからね」

 もっともそう言った間抜けはすぐに三佐以外の自衛官によってあっさりと殺されてしまうのですが…。

「つーか三佐。とうとう弾丸まで避けられるようになったんですか?」

「ああ訓練した。意外に簡単だぞ。相手の体から漏れる気配さえ読めれば弾丸の軌道は読める。君たちも訓練するといい。私は半年で出来るようになった」

「はは。超意味わかんねー。そんなん出来んのはあんただけだっつーの。女やめる前に人間やめるのやめてください」

 いよいよ彼らは敵将軍の近くまでやってきました。
 カーブの向こう側に彼らが陣を組んでいるはず。
 これが最後の戦いになるはずだと思っていたその時です。
 カーブの先からトラックが爆音を上げて走ってきたのです。

「トラック?!しかもなんだあれ!?爆弾いっぱい巻き付けてやがるぞ!?三佐!あれ絶対やばい!」

 トラックの正面と側面にはありったけの爆弾が巻き付けられていました。
 運転手は悲壮だけ覚悟の決まってしまった顔で自衛官たちを睨んでいます。
 
「自爆攻撃だ!部下に死を命じるとは外道め!全員森側へ走れ!走れ!」

 三佐はすぐに部下たちに非難を命じました。
 あのトラックは敵の用意した奇策。
 それもこの状況をひっくり返しうるほどのポテンシャルを備えたものだったのです。
 自衛官たちは命令に従い森側に逃げました。
 ですが三佐は一人道路に残ったのです。

「ちょっと!何やってんですかあんたは?!早くこっちに来てくださいよ!」

 必死の形相で一等陸曹は逃げ込んだ森の方から叫びます。
 ですが三佐はそこから逃げません。

「私は逃げない。あのトラックは私の手で潰す」

「何言ってんだ!人間がトラックに勝てるわけねーだろ!早く来てください!」

「駄目だ。あれにハンドルを切られると森に逃げても危ない。まあ見ていろ」

 三佐が立っているところをトラックが走り去ります。
 そして彼女の姿は見えなくなったのです。
 しばらく走ってトラックは停止しました。

「さんさーーーーーーーーーーー!うああああああああああ!」

 それを見ていた一等陸曹が叫びます。
 他の自衛官たちも皆みな悲痛に顔を歪ませます。
 対してトラックの中にいた運転手は、乾いた笑い声を上げていました。

「ははは…。やったぞ…あの女を殺してやったぞ!みんな見てるか?仇はとれたぞ…次は…森に逃げたあいつら…」

 運転手はギアをバックに入れなおして、ハンドルを切ろうとしました。
 その時です。

「発想がプアーすぎる。私がトラック如きで死ぬような、やわな女だとは思ってほしくないな」

 運転手は突然横から聞こえた声に驚き、恐る恐る顔をむけました。
 そこには無傷の三佐が座っていました。
 優し気な微笑みを浮かべてハンドガンを運転手に向けています。

「…嘘だろ?なんでトラックに轢かれて生きてるんだよ?」

「轢かれてなどいない。ギリギリで避けて飛び乗ったのだ。ハリウッドで見たことないか?こういうの。ふふふ」

「はぁ?なんだよそれ…バケモンじゃねぇか…」

「お前直前でビビって目を瞑っただろ?駄目だよ。誰かを殺すならちゃんと目を開けていなきゃ。だから見ろ。私を見ろ」

「ひっ…!」

「仲間の仇を討とうと、命を投げ出そうとしたその覚悟には敬意を払おう。だがすまない。私には守る決めた者たちがいる。さようなら」

 そう言って三佐は引き金を弾きました。
 運転手はこめかみを撃ち抜かれて即死しました。
 その遺体を助手席に引っ張った後、三佐は運転手席に座りギアをドライブに入れなおして思い切りアクセルを踏み込みます。
 ある程度加速した後思い切り谷側にハンドルを切って、三佐は運転手席から道路に向かって飛び降ります。
 トラックはそのままガードレールを突き破り谷へと落下していき、地面に衝突したとき、大きな爆音を響かせて爆発したのです。

「なかなか派手な花火だな」

 谷底を覗き込みながら三佐はそう呟きます。

「さんさー!あんたなにやってんですかー!!」

 一等陸曹以下部下たちが三佐に駆け寄ってきます。

「私は悪役令嬢に転生したくないんでな。先にトラックを潰しておきたかったんだよ。許せ」

「くだらない冗談やめてくださいよ!…まったくもう…。心配かけないでください…」

「すまないな。それに指揮官としてあのような卑劣な作戦は認められなかった。それに私は君たちの命に責任があるんだ。一人でも多く故郷に帰す責任があるんだ。恰好をつけさせてくれよ」

「三佐…すみません。頼りない部下で」

 ここまで来るのにすでに少なくない自衛官の戦死者がいました。
 彼女には部下を守る責任があったのです。

「そんなことないさ。お前たちじゃなきゃここまでこれなかったよ。さあ見ろ。ターゲットはもう目の前だ。行こう。勝ちに行こう。行くぞ!」

「「「「「「「おう!」」」」」」」

 部下たちは頷き、三佐と共に進撃を再開します。
 敵軍閥の指導者は、もうほんの目の前。
 決着の時は来たのです。
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