軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第99.5話 世界の真実なんてこんなもんだ

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 ジェーンは隣を歩くシャルレスをからかい始めた。

「ていうかー。今日のあなた超決まってるー?狩衣とかマジレトロい。ヴィンテージ極めすぎでしょ!ぶっちゃけマジダサい!一緒に歩きたくない!七五三かよ!だせぇ!シャルちゃんマジダサい!うえーい!」

 口に手を当てて心底楽しそうに笑うジェーンに若干のイラつきを覚えた。

「そういう君こそ何その恰好。ステータスプレートの写真の制服と同じだよね?デートとかいう割には地味じゃない?」

 やり返したくなってシャルレスはジェーンをディスることにしたが。

「何言ってるんですかぁ?この服装はむしろ最初のデートなんだからこそ、着慣れた服装で相手の男の子を試すっていう高度な女性的アルゴリズムの産物なんですよ。気づかないかなぁ?国連軍規定よりスカート短めにしてるし、パンストの色も濃い目で割とセクシーな感じなんですけど?そういうのに気づかないから童貞なんだぞ☆」

 あっさりといなされてしまう。
 口に手をあててけらけらと笑う様は自称2000年以上生きているとは思えないほど、普通の若い女の子のように見えた。

「初めて会ったのに、むしろなんで僕が童貞だってわかるんだよ」

「だって私ステータスの閲覧権限持ってますもん。あなたの性体験くらいいくらでも把握できます。ちなみsexの経験は0ですが、マスターベーションの回数は…」

「やめろ言うな!というかそんなもんまで記録されてるのかあのプレート?!個人情報が筒抜けなのかよ!?」

「だめですよ。ああいうものを信じちゃ。目に映る情報は自分だけじゃなく基本的に他人にも見えているって思って生きた方がいいですよ。それが情報化社会で生きていくコツの一つです。もっともまだ石器時代を生きる外の世界の人たちには難しかったですかね?」

「バカにするな!もう鉄道だって走ってるんだよ!石器なんて使ってねーよ!」

「ほんとですかー?まあここに来てしまった以上、これからは英語の勉強をしてください。ステータスシステム含めたこの軌道エレベーターのシステムはすべて国際語たる英語での運用が前提になってるんで。英語が理解できればステータスの設定もある程度弄れるようになりますしね。あなたの秘密もバレずにすむようになります」

「この世界の仕組みはかくも酷いものなわけだ。なあそろそろこの街がなんなのか案内してくれないか?」

「ええ、いいですよ。この街『イピゲネイア』はこの軌道エレベーター『ウィルビウス』の所有者である国連本部が置かれています。いいえ。置かれていました。人類滅んじゃったし、今は斎ちゃんとそのサポートメンバーが住んでます。ほら下の宇宙人さんの介護しなきゃいけないですしね。大変ですよね。まじ尊敬します」

「斎后聖下が下のアレを管理しているのか。女神に祈りを捧げているっていうのはそういう意味だったのか」

「そうです。歴代の斎ちゃんたちが封印の要をしてるんですよ。…本当に大変な仕事なんです。2000年間傍で見てきたから、よくわかります」

 さっきまで明るかったのに、声のトーンが少し暗くなった。

「封印の要って、いったい何をしてるの?」

「それは本人から聞いた方がいいですね。私にだって茶化せないこともありますから。さて観光の続きをしてあげましょう。この街には昔国連軍本部と事務総長官邸が置かれていました。ちなみに国連っていうのは、もともとは世界中の国家の仲良しクラブみたいな寄り合い所帯にすぎなかったんですけど、ちょうど2万年前にあの宇宙人さんが地球にやってきちゃったもんで、すったもんだ色々あって主権国家の上に立つ極めて強力な権力を有する組織になったんですね。あなた方にわかりやすく例えるならば、お外にある神聖プロセルピナ帝国みたいなもんですかね?」

「たしかステータスプレートにも国連って言葉が出てくるんだよね?僕たちが兵器の末裔ならば創ったのは国連軍って奴なの?」

「正確に言うと国連軍が各国企業に発注を掛けて納品されたが正解ですね。ちなみに根幹の量子システムはこのイピゲネイアで造られました。工業製品ではありますけど、一応外見や性格には多様性を持たせています。同じ顔だと気持ち悪いですからね。ちなみにエルフとかみたいな亜人種さんたちも製造元が違うだけで大した差はありません。同じ兵器の一種でしかありません。ふざけたことに生体兵器同士ならば生殖も可能で再生産が出来るようにつくられました。人間に限りなく近く造られた反道徳的存在。兵器のくせに心も持たされた人形。残酷なことをしますね人類って奴は」

「僕たちの先祖が造られたのは、下のアレと戦うためだよね。それならなんで人の形をさせてるんだ?」

「いやーん。シャルレス君かしこーい!花丸いっぱいあげちゃう!」

 ジェーンの手がシャルレスの頭を撫で、頬にキスをしてくる。
 もっともそれらすべては映像に過ぎず、悲しいことにドキドキすることはできなかった。

「そう、その通り。あなたたちをわざわざ作るなら、その資源でもっと強力な兵器がいくらでも作れる。そうしなかったのには理由があります。operation:ADONIS the regicide そう名付けられた人類による宇宙人への反抗作戦のためにあなた方は作られました」

「アドニス。さっきそれを女神が口にしたのを聞いた。いったいそれは何?誰なんだ?」

「王子様ですよ。もちろん皮肉で言ってます。人類と女神を救うはずだった素敵で可愛い王子様」

「なあ僕はさっきステータスプレートにあの女神への特攻を命じられたんだ。アドニスって奴ももしかして…」

「あなたたちの存在意義は宇宙人を駆逐すること。あの宇宙人はでたらめな存在でしてね。あなたたちがいう魔法、すなわち事象変装技術を用いた絶対防御を自身に展開できるんです。ほんとでたらめ。レーザーだろうがビームだろうが核だろうがなんでも防いじゃう。だけど一つだけ彼女の障壁を突破できる存在がありました。それは人です。正確に言えば人の形をした者ですかね。そのためにあなた方が造られました。人間の姿を持った高度な戦闘力を持つ存在こそが宇宙人打破に必要だった」

「なんだよその雑な防御…意味不明なんだけど」

「もともとあの宇宙人は人の形ではなかったそうです。この星に来て人間と接触し、人間の姿を得たそうです。そうなりたいと彼女は望んだ」

「すごい生物なんでしょ?なんで人間の姿を望むのさ?僕たちになんてアレに比べたらゴミみたいなもんでしょ」

「恋したそうです。だから人間の姿を欲した。だって愛されたいから。下のアレを見ればわかると思いますけど、めちゃ美人ですよね。好きな男に好かれるなら、美しい方が有利。至極まっとうな生殖戦略ですよね」

 恋などというあのデカい女の姿にはとうてい合わないであろう言葉が出てきてシャルレスは戸惑いを隠せない。

「恋?そんな馬鹿な…。理解に苦しむ。宇宙からやって来た女神が人間に恋に堕ちて、何があって人類を滅ぼすはめになるんだよ」

「そこらへんは私にもちょっとわかりません。アドニスと女神との間に何かすごくプライベートなことがあって、気がついたら宇宙人が本気で人類を滅ぼそうとし始めたんですよ。人類は最後の力を振り絞って、あいつをここに封印して、結局絶滅しました。この世界実は生物学的人類には生きていけないほどの高濃度の事象変奏粒子で満たされてるんですよ。それはこの塔にも及んでいます。女神が最後のあがきにまき散らしたんです。事象変奏粒子の完璧な遮蔽は難しい。対策も間に合わず、人類は皆おっ死んじゃいました。女神と人類は共倒れのバットエンドを迎えたのです」

「そして僕たちのご先祖は生き延びたと」

 壮大な歴史ドラマの裏側にありそうな事情がしょうもないちっぽけなものの可能性が浮上してきた。
 こういう個人的な事情というものは資料や発掘調査なんかでは導かれないことが多い。

「そういうこと。あなたたちのご先祖はかつての主のことを忘れることを選びました。公用語を英語から日本語に切り替えたのは、大陸のあちらこちらに埋まっている英語の歴史資料やステータスプレートに書いてある真実から目を背けられるようにするためです。全てを忘れて新しくやり直すことを選んだ。それがこの彁歴の始まりなんです。勿論それだけでなく、ここの封印も維持しなきゃいけない。それを担うために一部の人々がウィルビウス教を創り上げて、この塔でいまもアレの監視を続けています。一応私も協力はしてます。人間滅んだからどうでもいいっちゃいいんですけどね」

「僕たちは君たちからみると人間ではない?」

「いいえ、人間より人間らしいと思いますよ。だからこそどうせ同じことを繰り返すんでしょうと私は諦めてるんです」

 ジェーンは何処か達観したような、それでいてひどく優し気な笑みを浮かべる。

「だけど歴史学者だというあなたに問います。人類は今を生きるあなたたちよりも遥かに長く深い歴史を刻んだのに、結局そこから何も学べずに滅び去りました。なのに人類よりも短い時間しか歴史と文明を築き上げていないあなたたちはこの先に来る破滅の未来を果たして回避できるんですか?私は最高のAIなのにその答えをちっとも導けないんですよシャルレスさん」

 その問いを投げかけるジェーンの瞳には虚無と同時に悲哀のような、それでいて縋るような真剣さがあった。
 だからこそシャルレスはその問いにこう答えた。

「君はさっき言ったよね。僕たちは人間より人間らしいと。そうであるならば、きっと悲劇を学び回避できると僕は考える。たとえどんなに馬鹿馬鹿しくて苦しくて辛くても、超えられないとは思わないよ」

「この世界の真実を知ってもまだそう言えるんですね?」

「うん。やっぱりそこは曲げられないかな」

「そっか。…なら頑張れ男の子!」

 ジェーンはシャルレスの背中を叩く。
 勿論何かの感触が伝わってくるわけではない。
 だけど不思議な温かさは感じた。

「ここにいる、とある一人の女の子は半分諦めてる。だけど誰かに期待もしてる。助けてあげてよ、彼女のことをね。さて着いたよ旧国際連合事務総長官邸、今はあなたたちが斎后と呼ぶ人が住んでいる場所に」

 気がついたら二人は立派なビルの前に着いていた。近代的な外見でそこまで高さのある建物ではなかった。
 門が開いて、中から白衣に赤い袴を着た巫女たちが整然と列を組んで出てきた。
 手には各々の様々な武器を持っていた。様々な種族の美少女ばかりで、シャルレスは少し緊張してしまった。

「ジェーン・ドゥ。ずいぶんとひさしぶりだな。御客人といっしょとは驚いた」

 巫女たちの中で唯一陣羽織を羽織った黒髪に青い瞳のエルフの少女がジェーンに声を掛けた。
 腰に立派な太刀を佩いており、恐らくはこの中でもっとも地位が高いのだと思われた。

「いやー。久しぶりにここに男の子が来てくれたもんですから、おばあちゃんはりきっちゃいましたよ」

「そうか。たまには私たちの所へも顔出してくれ。聖下もお前の顔が最近見れなくて寂しがっていたぞ」

「私みたいなのは斎ちゃんのそばにいない方がいいっすよ。じゃあまた会いましょうね。シャル。今日はそこそこ楽しかったですよ」

 そう言って彼女の姿は跡形もなく消えてしまう。
 さようならさえ言えずに去られてしまったことに一抹の寂しさを感じる。

「さて。君がシャルレス・ケラウノスだな?」

 エルフの少女はシャルレスの前に立った。女性にしては結構背が高く迫力があった。

「は、はい!そうです!」

「私は斎后聖下の侍従長を務めているイルマタル・”アエディリス”・ユリハルシラだ。聖下のところへ案内しよう。ついてきなさいシャルレス君」

 そう言って、彼女は官邸の方へと歩いていき、その後ろをシャルレスが着いていく。

「わかりました。よろしくお願いします、ユリハルシラ卿」 

「私のことは下の名前か称号で呼びたまえ。ここで私を苗字で呼ぶのはただおひとりなのだ」

「そうなんですか?わかりました、イルマタルさん」

 シャルレスは彼女のことを名前で呼んだ。
 だが彼女は立ち止まって振り返って言う。

「…すまない。男性から名前で呼ばれるのは初めてて…その…やっぱり恥ずかしい。称号の方で呼んでくれ…すまない…」

 頬を赤く染めて俯くイルマタルに、なんとなく安心感を覚えてしまうシャルレスだった。
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