軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第100話 迫る闇

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 私は湖の家の屋上のVIP席にやって来た。
 そばにいるのはヒンダルフィアルだけ、ラファティは一人カウンターに残った。
 なぜならば、そこにラファティの思い人がいるから。
 私と彼女は一つ作戦を立てた。
 ラファティが四人分のフードを注文する。
 思い人の前で『こんなにたくさん持って席に戻れないよぅ。誰か助けてくれないかなぁチラ』みたいなアピールして、二人でフードをここに運んでくる。
 そして席にいた私が領主としての権力をチラつかせて席につくように仕向ける。
 同じ席につけば自然と仲良くなれる。
 なかなかズルい手なのではないだろうか?だけどちょっとワクワクする。
 こういう権力の濫用ならば世間様も許してくれるんじゃないかな?なのに…。

「お嬢様の戦略を確実なものとするために、私は身を粉にして尽くした。砦が吹っ飛んだ時には誇らしかったよ。いい仕事をしたとね」

「すごい!メネラウスさんって本当に御名代様の右腕なんですね!憧れちゃう!」

 私の金で取った席でメネラウスが三人の女の子たち相手に武勇伝を語ってドヤ顔している。
 席についているのは、なんか派手めな女の子たち。
 出かけるときはそばに男いそうな感じのイケイケギャル的な。
 ぶっちゃけ苦手なんだよね、ああいうタイプ。

「彼女たちはなんですか?」

「うん?ああ。帝国から来たっていう旅行者さんだな。意気投合してお喋りしてたんだよ。旅先だとよくあることさ」

 よくあるのかなぁ?私にはそういう経験がないぞ。よくわからないなぁ。
 どうにも居心地の悪さを感じていた時だ、女の子の一人がこっちの存在に気がついた。

「ヴァン君おかえりー。ところでその子は誰?ナンパでもしたの?ていうか御名代様に似てない?」

 残りの女の子たちも私に目を向けてきた。

「まじだ。めっちゃ似てるー」「かわいい。でも本物より、なんかおっぱいでかくない?」「ほんとだー。おっきい!ほんものよりおっきい!にせものだ!」「本物よりおっぱいデカいとか不敬じゃない?」「まじそれ!うけるー!」

 女の子たちが私のこと見てクスクスと笑っている。
 水着になってからずっと皆が私のことを偽物扱いしてくるんだよな。
 胸の大きさで本物かどうかを見分けられてるのって割と切ないんだけど。
 というか男ならわかるけど、同じ女も胸で判断してるのか…。

「いや。そちらの女性は私の主である、カドメイア州辺境伯名代、ジョゼーファ・ネモレンシス様にまちがいない」

 メネラウスが女の子たちにそう言った。
 なぜか微妙にドヤ顔してるのがむかつく。

「え?まじ?この人が本物の御名代様?」

 女の子たちは目を丸くしてる。
 そりゃ驚くか、偽物だと思ってバカにしてたら、本物だった。
 居心地が悪いのだろう、女の子たちは席を立った。
 そのまま立ち去るのかと思ったら、私の方へと歩いてきて、三人で私を取り囲む。そして。

「あ、あの!握手してくれませんか!出来ればサインも!」

 なんと女の子たちは私に向かって手を差し出してきた。
 なんかよく見れば目がキラキラしている。

「昨日の政庁前の演説聞いてました!ほんと私たち感動したんです!女の子が、女の子なのに、軍隊を率いて革命を起こして、世界を変えちゃうなんて!」

「一緒に来た親とか男友達とかは、どうせ親の命令でやったとかって言ってたけど、そんなわけない!見れば誰だってわかる!あれは自分の意志でやったことなんだって!」

「私たちは帝国市民だから、この地方のことはよく知らないけど、でも勇気みたいなものを貰ったんです。男だってできないことを自分と変わらない年の女の子がやったんです。私たち、このまま学校を出ても誰かと結婚して子供出来てっていうような普通の未来しか想像できなくて、でも、おこがましいかも知れないけど、自分にも、何か決まったこと以外のことができるんじゃないかって。御名代様見て、そんな風に思えて」

 ふと胸に湧きあがるものを感じた。
 この子たちはもしかしたら記憶を取り戻す前の自分と同じなのかもしれない。
 狭い世界に閉じ込められて、そこで腐り続けるだけの日々。
 私は運よく前世があった。その力があるから前に進めた。

「私たち、これから先勇気をもって頑張れるって思えるんです。御名代様が思わせてくれた。ありがとうございます」

 女の子たちは頭を深々と私に向かって下げた。彼女たちの感謝は本物だった。
 彼女たちも自分の人生を戦うための力を得たらしい。そうか。それは。

「わたくしの行動が、あなたたちの勇気になったのら、それはわたくしの誇りです」

 私は目の前の女の子たちの手を取ってかたく握る。

「大丈夫です。あなたたちは頑張れる。わたくしはそう信じられます。あなたたちの人生によきことが恵まれる様に祈ります」

 この子たちと私の人生は多分ここ以外では交わることはないだろう。
 だけどこの子たちに幸せが訪れることを切に願う。

「はい!頑張ります!」

 女の子たちは元気にそう返事してくれた。

「なあお嬢さん方。どうだい?」

 ヒンダルフィアルが私たちに向かってカメラを構えてた。
 私は頷いてその申し出を了承する。私が真ん中で、両脇に女の子たち。
 彼はシャッターを切って、私たちの今を写真に収めた。
 その場で何枚か現像して女の子たちに渡す。

「いつもなら金を取るけど、今日は特別だ。あんたたちいい顔してるぜ」

 女の子たちは写真を見ている。
 何か思うところがあるのか、目尻が濡れ始めていた。

「あれ?涙でてきっちゃった。すみません。お化粧直さなきゃなんで、ここで失礼します。ありがとうございました御名代様。またどこかで」

 そう言って彼女たちは私の前から去っていった。

「あの子たち、ずっとボルネーユ卿にあんたの話を聞いてたんだ。国の外にもファンができ始めてる。下世話な話だけど、このまま行けば世論は完全にあんたの味方だな」

 ヒンダルフィアルの言うことはもっともだ。だけどそう単純に思いたくない。
 私は彼女たちの幸せにつながることが出来たというならそれでいいのだから。

「やっほー。皆おやつ持ってきてあげたぞー」

 背中の後ろからラファテイの声が聞こえた。
 両手でお盆を持っていた。その上に四つのかき氷が乗っている。
 だけど、彼女は一人だった。そばには誰もいない。

「ラファティ…。もしかして失敗しました?」

 私はラファティの耳もとにささやく。
 男共にはこの話を聞かせたくなかった。

「いいえ、なんか彼はデリバリーに出っちゃったみたいで、今ここにいないらしいんですよ。残念です」

 ちょっとしょぼーんとした声が帰って来た。
 だけどすれ違いなら大丈夫。チャンスはまだある。

「そうですか。あまり気を落とさないでくださいね」

「大丈夫です。次の手をお嬢様と考える楽しみができましたからね」

 そう言って可愛らしくウィンクするラファティはかわいい。

「さて野郎ども!このわたしのおごりだ!ありがたく喰らうがいいぞ!」

 ラファティはヒンダルフィアルの前にイチゴ練乳のかき氷を置いた。

「まじか。さんきゅー。イチゴ練乳か。たまにはこういう可愛いのもいいな」

 ヒンダルフィアルはカメラでパシャパシャと目の前のかき氷をとってる。
 おかしいな中世じゃなくて現代女子みたいなことやってるぞ?

「はい、ボルネーユ卿には大人の抹茶味。あんこにクリームに練乳にサクランボまでついてる豪華版ですよ!感謝しろ!」

 メネラウスのかき氷はなんかすごく豪華だった。
 主の私より豪華?生意気だ!ってパワハラ難癖をつけたくなるくらい美味しそう。

「ありがとうマクリーシュ兵長。だが…君は私のことを嫌っていたはずだが?」

「ええ、わたし、あなたのこと超大嫌いでーす!でも尊敬できる点は知ってますから。命ではなく誇りを守る。そういう考えはわたしにはあんまりなじみはなかったけど、嫌いじゃないです」

 ラファティなりにメネラウスにリスペクトの気持ちを伝えているようだ。

「ヴァン。しゃべったな?余計なことを」

 メネラウスは照れ隠しだろう、ヒンダルフィアルを詰る。

「いいじゃないですか。誤解を解いてあげただけっすよ」

 男の子の悪い所だな。照れていいことさえ隠してしまうのは。
 なんだかんだとこのバカンスは互いの親交を深めることにつながったらしい。
 私はかき氷を掬って口に運ぶ。
 それはいままで食べたかき氷でもっとも美味しかった。



 私たちはまったりとvip席で過ごしていた。
 ソファに寝そべりながら波打ち際を眺めるのはなかなかに贅沢だと思う。
 このまま昼寝してもいいかなって思ったときだ。
 ビーチを走るギムレーの姿が見えた。
 おっぱいをぼよんぼよんと弾ませて実にエロい。
 しかもその上頬を微妙に赤く染め、瞳はキラキラと輝いていて、すごくかわいい。
 むかつくなぁ。彼女は艶やかな表情なのにどこか必死な感じで波打ち際に向かっていた。
 何があるのか?ちょっと興味が湧いてしまった。
 私は彼女のことをぼーっと見ていたのだが、ある異変に気がついた。
 湖に大きな黒い影が見える。

「…魚?でもそれにしては大きすぎる?」

 そしてその影のあたりの水が震えて、なにか紐のようなものが水面から伸びてきた。
 子供の悪戯か?私はソファから起き上がって、屋上の手すりに身を乗り出して湖を睨む。
 杞憂ならそれでいい。だが胸騒ぎがする。
 その紐は最初ウニョウニョと手持ち無沙汰な感じに揺れていた。
 だがギムレーが湖に近づいたとたん。ピンと一瞬硬直し、

「…やばい…。ディアスティマ・ギムレー!伏せろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」 

 私は手すりに足をかけて、身体強化魔法を発動させる。
 脚力を限界まで強化し、手すりを思い切り蹴ってギムレーの方へ跳ぶ。

「え?あいつの声?って飛んでる?!やっぱりあたしのことシメるきじゃん!くそビッチ!大嫌い!」

 ギムレーに向かって跳ぶ私の姿を見てギムレーは涙目になって叫んでる。
 だけど今はかまってやれない。
 なぜならば、水面から出てきたあの紐は、その端を針に変えて、その切っ先をギムレーに向け、今に突き刺そうと彼女に迫っていたからだ。
 私はさらに風の魔法を自分の体にかけて加速する。
 間に合ってくれと祈りながら。
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