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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.
第1話 エロゲーなのに、婚約破棄ですか?
しおりを挟む「このおれ、バッコス王国王太子、フェンサリル・弾正大忠・ウルザブルンはカドメイア州辺境伯名代ジョゼーファ・ネモレンシス、あなたとの婚約を破棄することをここに誓う!」
ビーチに王太子の声が響き渡った。
良く通る綺麗な声だったから、多分この場にいる者たちだけでなく、浜辺にいる兵士たちや、堤防の上にいる民間人にもちゃんと聞こえただろう。
「あれ、王子様だよね?」「婚約破棄?」「え?別れ話?」「まじ?」「すげぇ!人の別れ話初めてみたかも!」「修羅場?」
民間人たちからは好奇心に満ちたひそひそ声やらなんやらが聞こえてくる。
まだまだ娯楽文化に乏しいこの世界なら王族のゴシップは最高のエンタメだろう。
騒ぎたくなる気持ちはわかるが、その声にいいようもない羞恥を、私は強く覚えた。
体が今にも震えそうになるくらいに。
「えっと…殿下?今、婚約を破棄するって言いました?」
上手く舌が動かない。しかもなんとも間抜けなことにわざわざ言ったことを確認する始末。
何言われたかなんてよくわかってる。なのに頭と体と心がバラバラで思う様に動いてくれない。
「ああ、そう言った」
王太子は私にひどく真剣な目を向けている。…意味わかんねぇ…。
この世界はエロゲーの世界。
私はとくに意味もなくメインヒロインをいじめるくらいしかキャラの立ってない雑魚キャラにすぎない。
この原作において要求されている役割とはプレイヤーの分身である男性主人公の性的な玩具になることなんだ。
さらに言えば目の前の王太子はいわゆる一面のざまぁされる系かませ王子である。
そしてすぐそばには、男性の夢をこれでもかと詰め込んだような、やたらと前髪が長いチート主人公様と、これまた男の願望を詰め込んだ、いずれセカイ系ラスボスになる予定のメインヒロイン様がいる。
今ここで起きている現象はエロゲで起きていいイベントじゃない。
かませ王子が性玩具系悪役令嬢相手に婚約破棄して何の意味がある?
どんだけ間抜けなんだよ。
必要性皆無だよ、こんなイベント。
回避だ!断固回避!
「殿下。先ほども言いましたが、政治的なことでしたら、後日正式な場を設けて、話し合いましょう。わたくし正直かなり疲れてるんです。またにしましょう。また今度に!」
とにかく後回しだ。
イベントそのものを潰す。
なかったことにしてやる。
噂くらいは流れるかもしれないけど、噂なんてどうせ皆すぐに忘れる。
「あいにくだがこれは政治的なことではない。おれはもう決めたんだ。だから別に話し合う必要なんてない」
その王太子の発言にかなりイラっと来た。
私が大人な態度で流してるのに、このクソガキはまだこんな茶番劇を続けたいらしい。
「殿下。そもそもわたくしたちの婚約は王家とアイガイオン家の決めごとです。わたくしたちがどうこう言えるようなことではありませんよ」
もともと悪役令嬢というジャンルは私には興味がなかった。
私のような生粋の乙女ゲーマーにとってヒーローを巡って戦うライバルヒロインはやっぱり小憎らしい対象でしかなかった。
友達が楽しそうに悪役令嬢というジャンルを私に推すから、嗜んだだけのこと。
だけどそういう作品にはちゃんと対処法っていうのがあるわけで。
貴族の取り決めっていうのは重いんだ。
「家は関係ない。これはおれの決めたことなんだよ」
「殿下。このような馬鹿騒ぎは廃嫡もありえますよ。王族としての自覚をお持ちください」
「廃嫡など覚悟している」
ふざけんなよ、マジで!なんだ。
なんでこんなに頑ななんだ?
なんでこんなイベントが起きた?
何がフラグだ?…あるじゃないか。馬鹿馬鹿しいなんだよ。ただのテンプレじゃないか!
私はすぐそばにいるピンクの髪した可愛いメインヒロイン様に視線を向ける。
「殿下。さきほども言いましたが、ディアスティマ・ギムレーはもう貴族ではありません。ですからわたくしと婚約破棄をしても、彼女を娶ることはできません。殿下。あなたのしていることは意味ないんです!」
そう。私と婚約破棄したいのは、メインヒロイン様と結婚したいから。
わかりやすいねー。ほんとテンプレだよねー。くだらねー。
これが乙女ゲーの世界なら、真実の愛だの、恋を貫くだのと世迷言を口にしてくれるんだろうけど、あいにくここはエロゲー世界。
サブキャラのロマンティックラブは乙女ゲー以上に許されない世界だ。
なによりメインヒロイン様には男性主人公という絶対に結ばれる運命の相手がいる。
私はギムレーに向かって必死でパチパチとウィンクする。
今がチャンスだギムレー!王太子に付きまとわれてウザがっていたんだろ?
鬱陶しかったろう?ここで主人公の前で振るんだ!
男性向け作品ならよくあるだろこういうイベント!
ヒロインらしく主人公の前で、自分に付きまとう男をフるんだ!
そしてフラれて激高する男から助けてもらうんだ!主人公様にな!
「…!」
どうやらギムレーは私のアピールに気づいてくれたらしい。親指をグッと立てて私に合図する。
「王太子殿下」
「ん?なんだディア?今忙しいんだ。あとにしてくれ」
ギムレーが王太子に声をかける。
いつもと違って真剣な顔をしている。
「ごめんなさい、殿下。ワタク…あたし、本当はお父さんに言われて殿下に近づけって言われただけなんです。あたし好きな人がいるんです!だから殿下のお気持ちには答えられません!本当にごめんなさい!」
よっしゃあ!思わずガッツポーズ取りたくなるくらい最高のざまぁだ!本当に大嫌いな女だけど、今この瞬間だけは好きになってあげてもいい。
これマジでみじめだよね。王太子には同情の念を禁じ得ない。
「へぇ、ディアって好きな人いたんだ。誰だろ?僕の知ってる人かな?」
「ああ、お前の良く知ってる男だぜ。とても良く知ってるな…」
なんかカンナギとヒンダルヒィアルが、すごくツッコミ入れたくなるような古き良きエロゲ仕草してるけど今はスルーする。
さて王太子はこの状況どう出る?!まあもはや勝負はついてるんだけどね。
「ああ、お前に好きな男がいることくらい知っている。それがなんだというのだ?」
おっと。これはなんか酷い勘違い男の匂い。
好きな男のことなんて忘れさせてやるよみたいな?
無理無理。だってそこのピンク頭は二万年もの間カンナギに思いを募らせてるガチ系ですよ。
王太子ごときがアプローチしたって横恋慕するわけない。
「ほんとにごめんね…。あたしは殿下のことは選んであげられないの…。でも殿下は素敵な人だから、きっとあたし好きな人がいなかったら付き合えてたかもしれないね。でも殿下ならきっとあたしよりかわいい子に出会えるよ!大丈夫!」
だがそんな勘違い君にもメインヒロイン様は何処か優しくフォローを入れる。
こういう適当なフォローが男を勘違いさせるんだ。
だからこの後の展開はもう見えてる。
王太子キレる→ギムレーに襲い掛かる→カンナギが返り討ち→ギムレー胸きゅん!抱いて!→エロシーン。
この流れ完璧じゃないか!
このままカンナギさんにはギムレーとエッチしてもらって、ハッピーエンドにでもなればいい。
色々なフラグは山積みだけど、かなりこの先の展開が安定するのではないだろうか?
とくにセカイ系に突入するリスクがかなり減るのではないだろうか?
女神様は恋愛脳だからイチャラブしてれば、意外と満足してくれるのでは?
悪くない!ピンチが一転してチャンスになった!ホテル代くらいは私が出してやってもいい!
さあ暴れろ!みっともなく暴れろ王太子!そして二人にエッチシーンを!
かませの魂を魅せつけてくれ!
「ディア、お前はさっきから何を言っているのだ?お前の恋愛などおれには関係のないことだ」
だがそんな私の期待とは裏腹な反応を王太子は見せた。
すごくウザったそうな目でギムレーを見てる。
そんな返しに戸惑っているのは私だけでなくギムレーもだった。
「え?あれ?えー?あれれ?うーん?なにこれ?え?」
なんかすごく困ってる。ほっぺたに手を当てて首をしきりに傾げてる。
「たしかにお前の色香には惹かれる。多くの男たちがお前と床を共にしたいと願う様に、おれもお前にそういう思いを抱いてる。だが別にお前と人生まで共にしようとは思わん」
心底嫌そうな顔で王太子はギムレーに向かってそう吐き捨てた。
なにそれ?強がり?フラれた腹いせ?
それにしては静かな物言いで、虚勢にありがちな嘘の匂いもなかった。
「とこをともにする?ってなに?…?ん?それよりあたしと人生を共にしたくない?結婚のことだよね?…え?あれ?あれれ?」
「今おれはジョゼーファと話している。ディアスティマ・ギムレー!おれとジョゼーファの間に割って入るな!不愉快だ!今すぐ下がれ!」
「は、はいぃ!」
王太子はギムレーに向かって怒鳴る。
ギムレーはびくりと体を震わせた後、カンナギの後ろに急いで隠れた。
「ねぇルイ…あたしもしかして今フラれた?」
「付き合ってるわけじゃないし、アプローチしてるわけじゃないし、別にフラれたわけじゃないと思うよ」
ギムレーはカンナギの背中に抱き着き、彼の肩に顎を乗せる。
「ねぇ。床を共にするってどういう意味?」
「平たく言うと…その…ごにょごにょ…」
さすがに口に出すのは憚られたのか、ギムレーの耳もとに小言で囁いたらしい。
「…あたしって体だけしか魅力ないってこと…?ひどくない!?そんな!あんまりじゃん!」
「大丈夫だって!ほかにいいとこあるって僕は知ってるから!気にしないで!」
「ほんとだよね?!それほんとだよね!?嘘だったらマジで怒るからね!」
やっと言葉の意味がわかったようで、カンナギの背中の後ろでピーピーと騒ぎ始める。
いやでも今の物言い結構きつくないか?
それよりも今の王太子の発言が事実なら、遠回しに私には体にさえ価値がないって言ってるってことだよね?
なんだよこれ?ギムレーが貶されてるのに、私の方がダメージでかいんだけど…。
結婚とは心を通わせ、人生を共にすること。
ギムレーの体は欲しい。けど私とは人生も共にしたくない。
私は王太子から見て心も体も価値がない。
その事実に否応なく、心が軋むのを感じてしまった。
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