軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第21話 悪巧みなお嬢様

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 アイネイアスの中央駅を出てすぐのロータリーにアイガイオン家の馬車が待っていた。馬車の傍には背広を着たメネラウスと州軍の制服を着たカルメンタがいた。

「お待ちしておりました。ご報告があるので馬車へ」

 どことなくご機嫌なメネラウスに促されて馬車の中へラファティと共に入った。広い馬車の中、私とラファティが隣同士、その前の席にメネラウスとカルメンタが隣同士に座った。すごくカルメンタが嫌そうな顔してる。対してメネラウスはすごくニコニコしてる。

「マジでシスコン拗らせすぎでしょ…ないわー」

 ラファティがまるでごみを見るような目をメネラウスに向けてる。ぶっちゃけ同意見です。この間カルメンタから聞いたのだが、メネラウスの目から逃れるために私の父に頼んで隠れ家を用意して貰っていたらしい。一応このアイネイアスの市内にはいたがそのガードは州軍の精鋭がやっていたそうだ。そりゃメネラウスも探せないわけだ。

「ではお嬢様現在の状況を説明させてください。まず一つ目ですが、王妃殿下が婚約破棄の無効を政府広報で発表しました。それと申し上げにくいのですが、王妃殿下はあの王太子の発言をテロリストに唆されたものだと主張。テロリストの排除を名目に国内貴族の粛正を開始しました。驚きましたよ。冷酷極まりない手ですが、婚約破棄も潰せて、その上国内の反近代化勢力を一掃できるんですから。ただ…お嬢様のご学友の何名かが処刑されてしまったようです」

 ジャンヌから汽車で粛正のことを予め聞いていたから、そこまでの衝撃は受けなかった。だけどそれでもずきりと胸が痛い。ラファティは私の痛みを察してくれたようで、ぎゅっと手を握ってくれた。

「…そうですか…。それは残念ですね…ふぅ…」

 学園ではそこまで親しい友人はいなかった。私の地位は学園でもかなり特殊だった。隣国から来た王女くらいには遠い存在だったので、付き合い方は自然と上辺を取り繕うものだったと言える。とは言えいがみ合ったりしていたわけじゃない。時には語らうこともあった。悲しくないわけがない。そしてその責任の一端が私にもあることに胸が痛い。自分の指示で人が死ぬことはもう経験した。今度は自分の行動の余波で人が死んだ。それから逃げるつもりはない。

「お悔やみをお申し上げます。お嬢様。私もお嬢様の共犯の一人のつもりです。罪くらいは一緒に背負わせてください」

「ありがとうメネラウス。わたくしは大丈夫です。報告を続けてください」

「お館様と王妃様がニュルソス川にて会談を行い何らかの妥協に至ったそうです。現在は具体的な講和の為にお館様は王妃様と共に王都に滞在中です。それによって鉄道の封鎖は辺境伯の名の下に解除。現在はダイヤに乱れはありますが、おおよそ通常通りに戻りつつあります。それに伴い州軍の大部分も帰還し街の緊張状態も緩和されております」

「王都にですか?それは…いいですね!」

 心はまだ痛いままだったけど、その報告に対して私は思わず笑みを零してしまった。メネラウスもニヤリと笑ってる。罪悪感という重ささえ吹き飛ばすような勝利の高揚感の予感そのもの。

「え?なんで二人ともそんな悪い笑顔してるんですか?なにやらかす気なの?」

「父上と王妃殿下はおそらく王都に駐在する帝国勅使の前で正式な講和を行うのでしょう。これでアイガイオン家と王家との抗争は事実上終了します」

「あの。それってどうなんですか?講和が成立すると婚約破棄はなかったことになりますよね?わたしはお嬢様とあの人と結婚しない方が絶対いいと思うんですけど」

「…それについてはいったん置いておきます。どちらにせよ、わたくしから声を上げても無視されます。結婚について新婦の意見など誰も耳を貸したりはしません。今は放置します」

 この世界で新婦の意見が通るのは結婚式の内容くらいではないだろうか?わりと本気でそう思ってる。とにもかくにも結婚について今の段階で私の意見を聞く者はいない。

「今は権力を獲得することに専念します。権力さえつかめばわたくしは自分の結婚についても自由に意見を述べられるようになります」

「なるほど。ちゃんと考えてるならいいです。でもどうやって権力をお館様から奪うんですか?」

 ラファティは一応納得してくれた。この子は私の結婚事情について本気で心配してくれてる。その気持ちは無下にはできない。

「父はしばらく王都に滞在するでしょう。理想はこのまま州政府とアイガイオン家を乗っ取ることですが、それをやると講和の世話人を務める勅使の面子を潰すことになります。そうすると帝国政府にわたくしは謀反人扱いを受けます。その時点でわたくしの野望は潰えることになります。ですからやるべきことは実質を積み上げること」

「実質の積み上げ?」

 今ここでクーデターを起こすと一発でアウト。勅使の面子を潰せば、定義名分を得た王国軍がカドメイア州を落とすだろう。もっとも、その前に豪族たちが反乱を起こして私がギロチン送りだろうが。

「アイガイオン家の権力の源泉は長い歴史に裏打ちされた権威と豪族を押さえつける武力と経済力。権威を奪うのは無理です。正式に家督を継承するのは現時点では不可能。ですが武力と経済力なら少しずつ奪える。メネラウス。例のあれは準備できてますね?」

「ええ、出来てます。寄子寄親契約の更新と州軍関連法案と行政改革の改正案はすでに出来ています」

「よろしい。では豪族たちをアイネイアスに呼びつけてください!名目はそうですね…。王国を脅かすテロリストと戦うために、アイガイオン家と豪族たちの連帯と協力を確認したい。みたいな感じで行きましょう。うふふふ」

「いい名目ですね。それなら彼らも断れないでしょう。あとは電撃的に寄子寄親契約を更新して州軍改革法案を緊急令という形で公布してしまいましょう。お館様が帰ってきたら追認せざるを得ないようにね。くくく」

 メネラウスと私が練った策はまさに私が手に入れた辺境伯名代権限をフルに使った策だった。名代には戒厳令などの法律レベルに強い緊急令を出せる権限が認められている。これで州軍と行政改革法案を出してしまう。民衆に認知されたころに父がここに帰ってくると追認せざるを得ない状況になる。そうして父上は私たちの出した緊急令を法律として認めなければならなくなる。何事もどさくさでやってしまって前例を作って追認させてしまうのが、権力簒奪の肝である。

「詳細はよくわかんないけどすごくズルいハメ技をやろうとしてるのはわかりました。いつも通りのお嬢様マジックが見られるわけですね。楽しみです」

「…やっぱりノリノリじゃない…。やっぱり腹を斬らせた方が…」

 ラファティは楽しみそうにしてくれてるけど、カルメンタは頭を抱えてた。すまんね。君のお兄さんは私の野望にぞっこんなんだ。許してほしい。

「さてお嬢様。方針は定まったのですが、ちょっと問題がありまして」

「なんですか?」

 メネラウスが珍しく困ったような顔してる。厄介ごとの匂いだ。

「投資家たちが煩いんです。今回の騒ぎでアイネイアスの株式市場がかなり荒れました。幸い早期に州政府が介入したので傷は最小限に済んではいますが、投資家たちは少なくないダメージを負っています。その補償をアイガイオン家に求めているんです」

「ほう?ギャンブルでスった金を返せと騒いでると?」

 株式市場なんてどんなお綺麗な名目を唱えようとも、その本質はギャンブルに等しい。そこで金を失うのは自己責任だ。それが嫌なら地道に働くか、自分で商売をすればいい。

「端的に言えばそうです。辺境で商売をするなら豪族や貴族が騒動を起こすことを覚悟してなきゃいけない。つまりハイリスクハイリターンで生きることを良しとする者でなければいけないのです。ですがそういう手合いは恥知らずでもあります。難癖付けて金が手に入るならいくらでも突っ込んできます。あいつ等かなり鬱陶しいことに婚約破棄されたことで市場が混乱した責任を取れと言ってきています」

「婚約破棄を名目にするあたりに小心者な心根が隠れてますね。父上のことは怖いから、わたくしをいびって経済的譲歩を引き出そうとしているわけですね。鬱陶しい…」

 投資家なんて言う意識の高い連中は蓋を開ければこんなものだ。自分より弱い奴らを探しては綺麗ごとを唱えながら殴りつけ搾取する。これはちょっとお仕置が必要かな?

「彼らは資本の引き上げをチラつかせて、こちらの忖度を強制してきていますが、ブラフです。絶対にやりません。アイネイアスは辺境では珍しい超成長市場です。彼らが撤退してもすぐに中央から新しい投資家たちが入って来るだけです。はっきり言えば無視しても問題はありません。ですがお嬢様ならあるいは彼らを手懐けることも出来るのではないかと思うのです。どうでしょう?ちょっと勝負してみません?」

 皮肉気にメネラウスは笑った。いつものメネラウスの頼もしい顔だ。

「いいですね!やりましょう!ラファティ!」

 私はラファティの方へ顔を向けた。きっと今の私は最高に悪い顔できてる自信があるよ。すごく楽しいもの。

「はい!なんですか!」

「女の子っぽい戦争をします。手伝ってください」

「女の子っぽい戦争…?なんですかそれ?」

「パーティーですよ。ハイエナ共をもてなしてあげましょう。そして絡めとってやるんです。彼らの金。すべてわたくしに貢がせてやります」

 たまにはスマートな戦いもいいだろう。どんなドレスを着ていくのか?楽しい悩みになりそうだ。
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