軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第24話 円卓会議・前

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 広場のど真ん中に大きな円卓が置かれている。いつもの白い詰襟を着た私はその卓に設けられた席の一つについていて、豪族たちがやって来るのを待っていた。円卓の周囲を州軍の兵士が取り囲みバリケードを作っていた。一般人たちは兵士たちの隙間からこちらの方を興味深げに窺っている。

「大盛況ですね。一般人たちもこの会議の重要性をよく理解しているみたいです。しかしお嬢様もこんなことよく思いつきますよね。市民の前で寄子寄親契約を更新するなんて」

 私の後ろに侍っているメネラウスがそう言った。今回の儀式の発案は例によって私だ。最初はメネラウスにやや反対されたのだ。彼的には談合で済むと思っていたらしい。だけどこういう形を通させてもらった。

「密室で彼らを脅迫して契約を更新するのは容易い。ですがそれをやればあとで必ず裏切られます。一般人の前で契約を結ばせれば、彼らは面子の問題から必ず契約を守るでしょう。何事もオープンにやるのが政治のコツですよ」

 多くの人が勘違いしていることがある。密室での決め事なんて言うのは、いつでも破り捨てることができるのだ。だから陰謀っていうのは結局のところ世界をちっとも動かせやしない。何事も開かれた状態で事を起こすことこそが大望を成しえる唯一の手段なのだ。そして人ごみを割って偉そうな雰囲気の男たちが円卓の近くにやって来た。カドメイア州の主要豪族たちの当主たちだ。私は席に座ったままで。

「お久しぶりですね皆さま!この度はこのわたくしのような小娘の招待にわざわざ応じていただきありがとうございます!どうぞお座りになってください!そして語り合いましょう!カドメイアの未来について!」

 豪族たちはイラっとしたような顔している。私のことを露骨に睨む者もいる。だけど私の指示に従って、粛々と席に座った。彼らは馬鹿ではない。ここで私の指示に反して、席に座らなかったらテロリストの協力者のレッテルを張られて討伐対象になってしまう。政治っていうのはこうやってマウンティングを積み重ねていくことに他ならない。この会議を見ている一般人たちはこういう細かなマウントを見て私の方が偉いんだと理解する。それが狙いの一つだ。豪族たちが席に座り終えた瞬間。兵士たちの一部が風の魔法を起動させて、円卓の周囲の気流を操作する。外から聞こえていた住民たちのざわめきなどが聞こえなくなった。同時にこの円卓に着いた私たちの声も外にはもれなくなる。

「どういうことなんだ小娘!辺境伯がいない隙にクーデターでも起こしたのか!そもそもお前如き小娘に我々を呼びつける権限などないはずだ!テロ対策などという名目がなければ絶対に来なかった!」

 豪族の一人がキレ気味に声を上げた。さらに他の豪族たちからも次々と私を非難する声が続く。

「ですがすでにこの席にあなた方はついている。ですからあなた方にはわたくしと契約を結ぶ用意がある、少なくとも人民はそう思うでしょうね。メネラウス。契約書を配って差し上げて」

「かしこまりました」

 恭しく返事をしてから、メネラウスは新しい寄子寄親契約の書類を彼らの前に配っていく。それにはすでに私のサインが入っていて、彼らがサインをすればいい状態になっている。彼らは契約書の内容に目を通して。

「なんだこれは!?」「ふざけるな!」「話にならない!」「我らに対する横暴だ!」「先祖伝来の権利を踏みにじる気なのか!」

 口々に私へと怒声を投げてくる豪族たち。だが今の私にそんなものは効きはしない。

「もうお解かりですね?そうです。あなた方にはいますぐに兵権と領主裁判権、及び不輸不入権などなどの特権のすべてを放棄していただきます。カドメイアの封建制は今日この日をもって終わりとなります」

 私が彼らに突き付けたのは、領主特権の放棄そのものだ。彼らは自分の領地内において君主として振る舞える。そのすべてを私は取り上げることにしたのだ。本来ならこういう作業は慎重に進めなければいけない。だが今この情勢下であればこの改革は通る。一般人たちにとってテロの脅威は今でも生々しい記憶として残っている。私自身あの王都のテロの惨劇に立ち会った身だ。あのような卑劣な行為には怒りを覚える。テロの脅威に立ち向かうために人民は私に強権を振る舞うことを望む。人民は自分の身を守るためならば私が豪族たちから権力を奪い取ることを必ず支持する。豪族たちは私に逆らえば、即人民の敵に成り下がる。彼らはすでに大義名分の段階で私に頭を下げるしかないのだ。

「我々とアイガイオン家は今まで持ちつもたれずでやってきた!このカドメイアを開拓して豊かな土地にしてきたのは我々の父祖の忠誠と献身ゆえにだ!それをお前は奪うのか!我々の先祖が積み重ねた栄誉を奪うというのか?!」

「はい。すべて奪います。わたくしは過去の栄光などに興味はありません。よりよい未来を選択するための力が欲しい。だから奪います。もう決めたことです。ですから逆らわないで欲しい。いますぐにその契約書にサインをしてください」

「黙れ小娘!」「断じてサインなどしない!」「我々は不当な要求には屈しない!」

 豪族たちはそろって気炎を上げる。机を叩いたり、怒鳴ったり。なんとも見苦しい様を晒す。

「すまないが皆。ちょっと静かにしてくれないか!」

 一人の男が豪族たちを諫める声を上げた。その声に従って豪族たちは大人しくなる。

「だがアルトゥール様。あなたの姪は私たちのすべてを奪うと言っている。ここで引き下がるわけにはいかない」

「わかってる。私も豪族の一人だ。だからちょっと私にまかせてくれ。これでもアイガイオンの連枝衆の一人だ。頼む」

「あなたがそういうならば…」

 明るい銀髪に碧眼を持ったアルトゥールと呼ばれる男が豪族たちを静かにさせてくれた。そして私の方へ顔を向ける。

「ジョゼーファ。これは君だけの企みだね?兄上は関係ないんだろう?」

「はい。叔父様。その通りです。父上であるエヴェルトン・アイガイオンの意志はこの契約にはありません。わたくしの意志であります」

 私はアルトゥール・アイガイオンにそう返事をした。彼は私の父の弟だ。アイガイオン家の分家の当主であり、郊外に領地を持っている。普段はアイガイオン家が出資したインフラ建設会社を経営していおり、土木建築技術者として州内のあちらこちらで領土開拓業務を行っている。その伝から豪族たちとの間に強いパイプを持ち、彼らからも信頼されている存在だ。彼自身も事実上の豪族なので、ここに招待した。

「なぜこんなことをするんだ。テロへの対策であるならば我々はいくらでも協力はする。だがこのような領主としての権利まで奪い取るのはいくら何でも横暴だ。君が最近辺境伯名代になったことは皆知っている。だけどその地位にはこのようなことを行えるような権利はないはずだ。兄上だってこのようなことを知れば、君からその肩書をはく奪するはずだよ。…今すぐにこのような悪ふざけはやめてくれないか。いまなら間に合う」

 優しげな声でまるで聞き分けの無い子供をあやすように叔父は言う。アイガイオン家でも私はわりと浮いている方だった。母親がわからない私のことを分家の者たちは忌み嫌っていた。さらには実母の正体についての噂や王家との婚約もあって、かなり気味悪がられていた。だけどこの人は親戚の中でも私には優しい人だった。だからこそ少し悲しい。この人を突き放さなければいけないことに。

「いいえ、叔父様。もう間に合いません。もう遅いのです。あなた方は席についた。サインするか死ぬか。そのどちらかです」

「いくら何でも言葉が乱暴すぎるぞジョゼーファ!一体どうしてしまったんだ?!君はとても優しい子だったじゃないか!メネラウス!お前が唆したのか!?エレイン州の騒ぎもこのテロ騒動も!お前は兄上に大恩がある身だろう?!いくら豪族を憎んでいるからといって、うら若い娘を利用するのか?!」

 叔父さんは席から立ち上がってメネラウスに詰め寄る。メネラウスが私を操っていると思っているのはカルメンタだけじゃないようだ。よく見れば豪族たちは皆メネラウスを苦々し気に睨んでた。人のこと言えないけど、メネラウスってすごく嫌われてるんだな。陰謀論の主役になれるくらいには人気者らしい。だけどメネラウスは皮肉気な笑みだけを浮かべている。

「私がお嬢様を操る?ありえない!確かにお館様のことは裏切ることにしました。ですがそれはお嬢様の徳を慕ってのことです。私は選んだ。誰がこの地の王に相応しいのかを。決めたんです。私のお嬢様こそが、ジョゼーファ・ネモレンシスこそがこの地の新たなる王なのだと!」

 メネラウスは胸倉を叔父さんに掴まられたままで、そう叫んでくれた。

「くだらない言い訳をするな!女の子を祭り上げて王にするなど世迷言だ!いいだろう。この円卓はお前の首を晒す盆にはちょうどいい!いますぐにその首を…」

 叔父さんは刀を抜いてメネラウスの首に突きつきつけた。だけど相変わらずメネラウスは笑ってる。私のことをちゃんと信じているから笑ってるんだ。だからその信頼に答えなければいけない。

「叔父様。わたくしを見なさい」

「黙っていなさいジョゼーファ!いますぐにこの男を排除しなければいけない!それがカドメイアとアイガイオン家のために」

「わたくしを見ろ。そう言った!」

 私の声はとても冷たかったと思う。叔父さんはメネラウスを掴む手を離して、私の方へ瞳を向けた。そこには明らかな恐れの色があった。微かに手が震えてるのが見える。他の豪族たちもそうだ。私に対して戸惑っている。なぜ自分が侮っていたはずの小娘に恐れを抱いているのか、それがわからなくて震えている。

 
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