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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.
第27話 パレード・後 そして『女王』になった日
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パレードが終わり、車はアイガイオン城のお堀の中に入った。もうここは行政区の中であり、一般人の目はない。車から降りてすぐに私は父に食って掛かった。
「さっきのアレはどういうことですか!?わたくしが気に入らないならわたくしに言えばいいのです!なぜラファティを責めるのですか?!いくら父上でも許し難いものがあります!」
だが父は私の言葉など無視して庁舎の方へ歩いていく。
「父上?!わたくしの話を聞いていないのですか?!」
「マクリーシュへの詫びは後だ。この後も予定が押しているのだろう?早く次の場所へ案内しろ。お前が始めたことだろう?」
「そういう問題ではありません」
「いいや。そういう問題だ。お前は君主としてこのわたしを連れまわしているんだろう?何かの罠にわたしを放り込みたいからな。なのになぜお前はたかが小娘一人が侮辱されたくらいで自分の企みを止める?王を気取るならもうすこし狡猾に振る舞えないのか?」
「こんの!!」
父の挑発のせいで頭に血が上る。思わずナイフの鞘に手をかけかけたが、それはラファティの手に止められた。
「お嬢様。駄目。お気持ちは嬉しいです。でも駄目。今は堪えてください。お願いします…」
「ラファティ…」
「お前よりもお前の騎士の方がずっと指導者の素質がありそうだな」
また挑発される。だけど今さっき止められたばかりで手を上げるわけにはいかない。必死で怒鳴りたい気持ちを抑える。
「…こちらです。父上。今日は園遊会が開かれます。その前にマスコミ相手に記者会見も行います。ついてきてください」
「最初からそう言えばいいものを」
私はいら立ちを頑張って抑えながら、父をアイガイオン城の中に設けた記者会見の会場へと連れて行く。控室に着くと、そこにはメネラウスがいた。父の姿を確認した彼は深く一礼する。
「メネラウス。カルメンタとは久しぶりにあったそうだね。多少は気持ちに整理がついたか?」
「え…ああ、はい。長年のわだかまりは解けたと思います」
「ならよかった。家族は仲がいい方がいいからな」
父はメネラウス相手に世間話をし始める。それがさらに私の気持ちを逆立てていく。今の父は完全に追い込まれているはずなのに、まるでいつもと様子が変わらない。余裕があり過ぎる。どうせ断末魔の悲鳴に近い虚勢に決まっているのに、とにかく腹立たしい。私はメネラウスにアイコンタクトを送る。メネラウスは頷いて、書類を父に渡した。
「お館様。こちらが今日の記者会見の予想問答集になります。この通りにお答えください」
「ふむ。カンペか。台本まで用意してあるんだ。用意は十分らしい。そしてこの通りに答えられなければ、命はない。そう言いたいのだろう?」
父はこの控室にもいる私の息がかかった兵士たちを見ながらそう言った。
「ええ、そうです。場合によっては首と胴がお別れすることもご覚悟ください。わたくしも今日は勝負の日なのですから」
「なるほど。なるほど。おままごとの割には真剣なようだ。どれどれ…」
さっきからいちいち挑発が鼻につく。これはもはやおままごとではない。勢いに任せて飛び出した父と、じっと堪えて戦った私との間にはすでに勢力として決定的な差があるんだ。実質的にこのカドメイアは私の国なのだ。父はもはや客人に過ぎない。
「ふむ。だいたい問題ないな。相変わらずよくできている。了解だ。この通りに答えてやろう。メネラウス、相変わらずいい仕事をしている。お前を超えるテクノクラートはこの世にはいないだろうね。だが一つ気になることがある。この項目だ。何故婚約破棄についての公式見解の回答はこんなにもあいまいな答弁になっている?お前らしくない作文だな」
婚約破棄についての質問は当然飛んでくるものと想定している。今回の騒動の発端となった出来事だからだ。王都で父とバッコス王国国王は今回の騒動について和解したことを帝国勅使の前で誓った。いくつか王国側から政治的譲歩が提示されてそれで手を打ったと公表されている。例えばムルキベルの樹液採掘場へウルザブルン家とケルムト家が出資した分の債権の一部放棄などだ。それらの経済的利益は鉄道を止めた損失を埋めるのに十分な額にだった。だが肝心の婚約破棄の宣言についての処遇についてはまだ決まっていないのだ。父は多分婚約破棄の宣言の賠償を吊り上げたいのだろうと思っている。現状王国政府の公式発表では婚約破棄の宣言への対応策の予定を『誠心誠意のお詫びを予定している』というかなりあいまいな表現で濁している状態となっている。この間私は経済人たち相手に『ジョゼーファ・ネモレンシスは新たなる婚姻先を探す』ということを匂わせた。マスコミにもその情報は流して、王国にも届くようにしてある。実際この噂には隣国や帝国にも届いており、非公式に私宛に有力者とのお見合いの話が来ている。勿論結婚する気はさらさらない。だけどこうやって政治的同盟先を探していることをアピールすることは今の私にはとても有利に働くのだ。このまま婚約破棄についてはあいまいなままぼかしておきたい。それが私の偽らざる本音だ。
「現状婚約破棄については曖昧なまま誤魔化しておくのが政治的に我々の有利に働きます。お館様もそれがわかっているからこそ、ムルキベルの債権の放棄だけで和解を結んできてのでしょう?」
「…。そうだな。確かにそのつもりで結んできた。アルレネ、いや王国相手なら婚約破棄を曖昧に棚上げしておく方が譲歩を引き出しやすい。…だが一つ聞いておこうかな?ジョゼーファ。お前はフェンサリル君のことをどう思ってるんだ?」
父はひどく真剣な目を私に向けてくる。さっきまでの挑発的な色はちっとも見られない。私はその目に戸惑ってしまった。だけど答えはもう出てる。
「父上。今は政治的に考えて曖昧にして棚上げにしておくべきなのです。向こうの失点を最大限有効に活用するべきです。それがカドメイアの為になるのですから」
「わたしはそんなことは聞いていない。フェンサリル君について聞いている。結婚したいか、したくないか。ただそれだけを聞いているんだ」
「ですから。個人の感情の問題ではありません。我々は勢力を増すためにありとあらゆるものを利用するべきなのです。彼への気持ちについて、今は置いておくべきなのです!」
「ふん。くだらない…実にくだらない…」
父は私の回答を聞いてそれを鼻で嗤った。
「なんですか?なんですかその態度は…。父上。今やあなたはまな板の上の鯉ですよ。わたくしはあなたをいつでも料理できる。なのになんですかさっきからその態度は?今やわたくしがこの地の王なのです。例え娘であってもそれ相応の態度を示していただけなければ困ります」
「王?お前が?王に?…ありえない。お前などただの小娘だ。現に今答えを誤魔化した。よく見るよ。困った時に女がやる態度だ。自分で決められないし決めたくないから、男に決めてもらいたがる時にやる曖昧な態度。責任を引き受けたくない女だけが持ちうる卑しさそのものだ」
「わたくしが卑しいと?!今そう言ったんですか?!」
「ああ。そこらの女と同じような甘さをお前は見せた。別にお前が誰かの恋人であったり、誰かの妻であったり、誰かの母親であったり、誰かの娘であるならばそれは許される。決められないと駄々をこねて誰かに事を投げるのは女の権利だ。それは尊重してやろう。だがお前は王になったと嘯いた。そのくせ決められないという。愚かしいことだ。マクリーシュ、メネラウス。君たちの王様は自分の将来を誰かに決めてもらいたがっている小娘でしかないぞ?それでも玉座へ奉じるのか?」
殴りたい。この男の顔を思い切り殴ってやりたい。今更暴力を振るうことに抵抗などない。父親だからと尊重しているのに、その思いやりはどうしても伝わってくれないようだ。
「お館様。流石に今のご発言には同意しかねます。お嬢様はまだ若いのです。考える時間は十分あります。お嬢様はこのカドメイアの政治を革新していますよ。王としての力量は十分あるのです」
メネラウスは私に助け舟を出してくれた。だが父は首を振る。
「そう思いたければそう思っていろ。どうせ議論しても無駄だ。王の器は行動以外で証明できないのだからな。話はもういいか?早い所記者会見を始めてもらえないか?この部屋にいるのは息が詰まるんだよ。つまらなくてね」
この会話に良かったことがあるならば、父を隠居に追い込むことに罪悪感を感じずに済みそうだということか。引きずりおろしてやる。父の持つものすべてを奪って辱めてやる。私は静かにそう誓ったのだ。
わたしと父はマスコミの前に設けられた席に並んで座って、記者たちの質問を捌いていった。メネラウスの想定問答集は見事に機能していた。恙なく進行していった。そして例の質問が記者の一人から飛んできた。
「辺境伯閣下にお聞きします。現在お嬢様が新しい婚約先を探しているという噂が市井では噂になっております。先のアイガイオン家と王家との和解でも婚約破棄については事実上の棚上げが行われたものと人々は認識しております。実際我々も周辺諸国の王子たちからの求婚アピールや、帝国の財閥などからの見合い話などがお嬢様の下に舞い込んでいるという情報が入ってきています。どうお考えなのでしょうか?お答えください」
父はちゃんと想定問答集通りに答えていた。なんだかんだと命は惜しいのだろうと思う。だからこの質問に対してもちゃんと私が望むように曖昧な回答に終始してくれるだろう。
「それについてだが、君たちに伝えたいことがある」
突然父は立ち上がった。記者たちの視線が一斉に父に集まり、ストロボが焚かれる。フラッシュの眩しさで私は思わず目を瞑ってしまう。だがその直前に見えた父の顔には勝利を確信した者が見せる狡猾な笑みが見えたのだ。
「先日和解に達した後。わたしと国王ご夫妻との間で会合を持った。今後のこの国の未来について私たちは話し合った。諸君らも知っての通り、もともとバッコス王国とはこのカドメイアを含めた辺境の監視を行うために帝国が作った国だ。もともとカドメイアは独立した王国だった。だが戦国時代において偉大なるメドラウト帝と残念ながら敵対してしまった。それは戦国時代の習わしであったものの、現代までその遺恨は淀み続けていた。バッコス王国はカドメイアを危険視し続け、カドメイアはバッコス王国に併合されたことを恨み続けていた。近年においてもそれらの歪みは独立運動という形で吹き上がっていたし、樹液が発見されてからも関税自主権を巡る感情的葛藤はなくなりはしなかった。もともとジョゼーファとフェンサリル王太子の婚約はそう言った両者の葛藤をなくすためにあったものだ。同じ国の民同士助け合っていくための尊い約束の証が2人だった。残念ながら若さとは時に過ちを犯すものだ。特に男の子ならばそうだろう。わたしもわかるよ。昔はやんちゃをやっていた。女の子を傷つけて後か気がついて見悶えるなんてことは日常茶飯事だった」
父の失敗談に記者たちが笑い声を上げた。和やかな雰囲気で父の話は進んでいく。だが私にはひどく嫌な予感しかしなかった。早くこの話を止めるべきだと直感は囁いていた。だけどそんなことできない。もう父は皆の前で話してる。ここで私が止めたら、私を正義たらしめる大義は消え去ってしまう。止められない。この危険な話を止めることが出来ない。私の心臓がバクバクと嫌な音を立てている。
「今回の件は両家共に多くの反省と苦い教訓を得ることになった。だからこそ我々はいいかげんお互いが持つ遺恨とわだかまりと見栄を捨て去り、新たなる時代を子供たちに与えたいと決意したのだ。重大な発表がある。聞いて欲しい」
やめろ。やめてくれ。絶対に言うな。何も言うな。ずっとそう心の中で呟き続ける。だけど声に出さない願いは誰にも届かない。父は私に声を上げさせてはくれなかったんだ。
「バッコス王国はアイガイオン家のカドメイア王位を承認することを決定した。カドメイアはバッコス王国の自治州ではなく、新たに自治国家として再出発することになる」
記者たちが一斉にどよめく。私はこの話を聞いて頭が真っ白になっていた。それほどまでにインパクトのある話だった。
「アイガイオン家はバッコス王国の辺境伯家ではなく、かつての独立国家の王家に復帰することとなる。そしてバッコス王国とカドメイア王国は互いを承認し合い対等な立場での合併を行うこととなった。国号を現在のバッコス王国からバッコス=カドメイア連合王国と改めることとなる。まだ帝国の承認は無いため、まずは国内でのみこの処理を行うこととなる。もっとも帝国はもともと各国の内政問題には基本的にはノータッチだ。問題なく承認されることになるだろう」
その通りだった。もともと帝国は内政問題にはよほどのことがない限り関わらない。王朝が交代したってそれが集団安全保障に関わらなければ、帝国は各国の主権を憲章に基づき尊重する。
「まずはわたしが今日この日をもってカドメイア王に即位し王政の復古を宣言する。かつてこの地に存在したアイガイオン朝カドメイア王国はたった今ここに蘇った。父祖の悲願を継いできた身として、このような栄光の日を迎えられたことをバッコス王国国王陛下及び王妃殿下に感謝いたします。本当にありがとう。そして未来について語ろうと思う。しばらくは一つの国に二つの王家が並ぶという変則的な統治が行われることになる。皇帝選挙が近いかあらかじめ断っておくが、あくまでも選帝侯の資格を持つのは現在はケルムト家のみであり、我々アイガイオン家は皇帝選挙権は持ちえないとお断りしておく。だがこのままだと当然具合が悪いのは諸君らも気がかりなことだろう。そこでジョゼーファとフェンサリル殿下なのだ。数年内にバッコス王国今上陛下は王太子フェンサリル殿下に王位を継承しバッコス国王に即位する。そして我が娘ジョゼーファはフェンサリル殿下の下に嫁ぐことになる。今までは王妃の称号を帯びることを内定していたのだが、今上陛下はバッコス王国の王室典範の改正を行った。わたしとジョゼーファは女系ではあるがケルムト家の血も引いている。このことから今後バッコス王国の国王の配偶者がケルムト家の男女両系どちらであってもその血を引く場合、王妃でなく共同統治者としての『女王』の位に即位することに変更することになった。ジョゼーファは王妃ではなく未来の女王となる。そして私もまたジョゼーファが結婚したあかつきには、カドメイア王の位をジョゼーファに譲ることとなる。ジョゼーファはバッコス王国女王にして、カドメイア王国女王という二重の女王となる。これによって二つの王家は一つに束ねられることとなる。2人が連合王国の新たなる王朝の創始者となり選帝侯を引き継ぐこととなる。家名についてはアイガイオンでもケルムトでもなく、2人で話し合って決めてもらうか、ないしは彁歴元年の始まりの族長たちが初代斎后から苗字を賜ったように、今上斎后聖下より新なる家名を賜るのもいいかもしれない。もともとネモレンシスの添え名をいたただいている身なので、きっと快く引き受けてくださるわたしは確信している」
私の手が震えている。止めようと思っても止められない。全て台無しになった。私が成した事すべてが父の企みによって押し流されいく。軍を掌握したことも、経済を手にしたことも、豪族たちを手懐けたことも、私が積み上げたすべての実績は『未来の女王』というネームバリューに押しつぶされた消え去った。私は独立諸侯になったはずだった。自らの力量で軍を得て、領土を得て、資金を得て、人民を得て、王様になったはずだった。なのに父は私に玉座をくれてやると言っている。
「そして我が娘ジョゼーファには改めて感謝を言いたい。先のエレイン州における治安の回復から此度のテロ騒動の間、ジョゼーファは女の身でありながらも軍を率いてカドメイアを脅かす全ての敵を退けて守ってみせた。王としてわたしはジョゼーファの勇猛果敢な健闘をここに讃える。そして同時に父として娘に詫びたい。わたしは娘の細い腕に剣を握らせてしまった。確かにジョゼーファ以外に此度の争乱を超える器を持つものはいなかった。だが父として、男として、か弱き女にそのような大役を押し付けてしまったことを恥じ入るばかりだ。ジョゼーファ。これからはもうお前が戦う必要はなんてないんだ。わたしは王として軍の先頭に立ち人民を必ずや守り抜き、お前のことも必ず守り抜く。お前の成そうとした平和の樹立はこのわたしが引き継ぐ。ジョゼーファ。本当は戦いたくなんてなかったろう。怖かっただろう。だからこれからは男のように戦わなくてもいい。女の子らしいことを好きなだけすればいい。わたしはお前のその穏やかな時間を必ず守る。約束する」
声も出せないほど息が詰まる。父は私を思いやるような言葉だけで、私が育てた戦力すべてを取り上げてしまった。そんなの思いやりでもなんでもない。私は望んで剣を握った。なのに女だから剣なんて要らないよね?そんな言葉だけで私のすべてが奪われていく。戦力の無い君主なんてただの神輿でしかない。私の軍閥は父王の権威の下に一瞬で破壊されてしまい奪われた。私は丸裸にされてお姫様のレッテルを張られた。それは呪いだ。私を動けなくするための呪い。
「みんなにはジョゼーファのことを祝福して欲しい。改めて紹介しよう。我が娘にして、この国の未来の女王。ジョゼーファ・ネモレンシス!!」
父に促されて私は立ち上がってしまった。ここで立ち上がらなければ私は政治的立場をすべて失う。私は唇を必死に噛み締めていた。耐えないといけない。だって涙が出そうなんだ。悔しくて悔しくてたまらなかった。
「ジョゼーファ。顔が固いぞ。なぜ笑わない?」
「ですがこれは…。こんなの騙し討ちじゃないですか…」
こんな手を打ってくるなんて想定できるわけがない。王位を与えることで私の身を縛ってくるなんて誰が想像できる?これで私の行動は大きく制限された。将来の共同統治者なんて言葉はただの空手形に過ぎない。私はあの王妃の監視下に置かれる。未来の女王となる存在だから大事に護衛する。そんな適当な名目で軟禁状態に追いやられる。将来的にすべてを受け継ぐのだから、今ここであくせく行動しなくてもいい。そうやって籠の中の鳥に追い込まれる。女王という名の鎖が私の首を絞めている。連合王国という名の檻が私を捕まえ離さない。
「笑えジョゼーファ。せっかくお前が欲しがっていたものをくれてやったんだ。笑え。笑うんだ。お前は自分の力量で『王』になることはない。わたしが何でも与えてやる。お前は未来の『女王』だ。さあ笑え。皆を喜ばせてやれ」
目の前の記者たちが何処か不安げに私を見ている。その時、怖くなった彼らが不安になったら、私はすべてを失う。人を不安にさせてはいけない。女の子は人に嫌な顔させちゃいけないから。
「そうだ。笑え。女の子なら、どんなに不満を抱えていても、笑うものだよ」
父は笑っていた。それは多くの人々から敬愛される憧れを抱かれる君主の笑みだ。だけど私にはとてもおそろしいものにしかみえない。与えることで女を支配し縛り上げる男の蛮性の極致。私は負けた。父に負けた。自分が今までやって来たやり方をそのまま返されて負けた。敗者たる女は男の前で笑わなければならない。それがきっとこの世のルール。
「父上。いいえ、カドメイア王国国王陛下。この度のアイガイオン家の王政復古をお祝い申し上げます」
私は記者たちの前で父に首を垂れた。それは言葉とは相反した意味。私の降伏宣言に他ならない。そして頭を上げて、記者たちの前に笑顔を向けて言った。一斉にフラシュが焚かれる。
「御集りの皆さま。わたくし、ジョゼーファ・ネモレンシスは、未来の連合王国の希望を謹んでお引き受けいたします。わたくしが未来のあなたたちの『女王』です」
玉座が遠のく声が私の口から響いていた。私は『王』になり損ねて、『女王』に押し込められてしまったんだ。
「さっきのアレはどういうことですか!?わたくしが気に入らないならわたくしに言えばいいのです!なぜラファティを責めるのですか?!いくら父上でも許し難いものがあります!」
だが父は私の言葉など無視して庁舎の方へ歩いていく。
「父上?!わたくしの話を聞いていないのですか?!」
「マクリーシュへの詫びは後だ。この後も予定が押しているのだろう?早く次の場所へ案内しろ。お前が始めたことだろう?」
「そういう問題ではありません」
「いいや。そういう問題だ。お前は君主としてこのわたしを連れまわしているんだろう?何かの罠にわたしを放り込みたいからな。なのになぜお前はたかが小娘一人が侮辱されたくらいで自分の企みを止める?王を気取るならもうすこし狡猾に振る舞えないのか?」
「こんの!!」
父の挑発のせいで頭に血が上る。思わずナイフの鞘に手をかけかけたが、それはラファティの手に止められた。
「お嬢様。駄目。お気持ちは嬉しいです。でも駄目。今は堪えてください。お願いします…」
「ラファティ…」
「お前よりもお前の騎士の方がずっと指導者の素質がありそうだな」
また挑発される。だけど今さっき止められたばかりで手を上げるわけにはいかない。必死で怒鳴りたい気持ちを抑える。
「…こちらです。父上。今日は園遊会が開かれます。その前にマスコミ相手に記者会見も行います。ついてきてください」
「最初からそう言えばいいものを」
私はいら立ちを頑張って抑えながら、父をアイガイオン城の中に設けた記者会見の会場へと連れて行く。控室に着くと、そこにはメネラウスがいた。父の姿を確認した彼は深く一礼する。
「メネラウス。カルメンタとは久しぶりにあったそうだね。多少は気持ちに整理がついたか?」
「え…ああ、はい。長年のわだかまりは解けたと思います」
「ならよかった。家族は仲がいい方がいいからな」
父はメネラウス相手に世間話をし始める。それがさらに私の気持ちを逆立てていく。今の父は完全に追い込まれているはずなのに、まるでいつもと様子が変わらない。余裕があり過ぎる。どうせ断末魔の悲鳴に近い虚勢に決まっているのに、とにかく腹立たしい。私はメネラウスにアイコンタクトを送る。メネラウスは頷いて、書類を父に渡した。
「お館様。こちらが今日の記者会見の予想問答集になります。この通りにお答えください」
「ふむ。カンペか。台本まで用意してあるんだ。用意は十分らしい。そしてこの通りに答えられなければ、命はない。そう言いたいのだろう?」
父はこの控室にもいる私の息がかかった兵士たちを見ながらそう言った。
「ええ、そうです。場合によっては首と胴がお別れすることもご覚悟ください。わたくしも今日は勝負の日なのですから」
「なるほど。なるほど。おままごとの割には真剣なようだ。どれどれ…」
さっきからいちいち挑発が鼻につく。これはもはやおままごとではない。勢いに任せて飛び出した父と、じっと堪えて戦った私との間にはすでに勢力として決定的な差があるんだ。実質的にこのカドメイアは私の国なのだ。父はもはや客人に過ぎない。
「ふむ。だいたい問題ないな。相変わらずよくできている。了解だ。この通りに答えてやろう。メネラウス、相変わらずいい仕事をしている。お前を超えるテクノクラートはこの世にはいないだろうね。だが一つ気になることがある。この項目だ。何故婚約破棄についての公式見解の回答はこんなにもあいまいな答弁になっている?お前らしくない作文だな」
婚約破棄についての質問は当然飛んでくるものと想定している。今回の騒動の発端となった出来事だからだ。王都で父とバッコス王国国王は今回の騒動について和解したことを帝国勅使の前で誓った。いくつか王国側から政治的譲歩が提示されてそれで手を打ったと公表されている。例えばムルキベルの樹液採掘場へウルザブルン家とケルムト家が出資した分の債権の一部放棄などだ。それらの経済的利益は鉄道を止めた損失を埋めるのに十分な額にだった。だが肝心の婚約破棄の宣言についての処遇についてはまだ決まっていないのだ。父は多分婚約破棄の宣言の賠償を吊り上げたいのだろうと思っている。現状王国政府の公式発表では婚約破棄の宣言への対応策の予定を『誠心誠意のお詫びを予定している』というかなりあいまいな表現で濁している状態となっている。この間私は経済人たち相手に『ジョゼーファ・ネモレンシスは新たなる婚姻先を探す』ということを匂わせた。マスコミにもその情報は流して、王国にも届くようにしてある。実際この噂には隣国や帝国にも届いており、非公式に私宛に有力者とのお見合いの話が来ている。勿論結婚する気はさらさらない。だけどこうやって政治的同盟先を探していることをアピールすることは今の私にはとても有利に働くのだ。このまま婚約破棄についてはあいまいなままぼかしておきたい。それが私の偽らざる本音だ。
「現状婚約破棄については曖昧なまま誤魔化しておくのが政治的に我々の有利に働きます。お館様もそれがわかっているからこそ、ムルキベルの債権の放棄だけで和解を結んできてのでしょう?」
「…。そうだな。確かにそのつもりで結んできた。アルレネ、いや王国相手なら婚約破棄を曖昧に棚上げしておく方が譲歩を引き出しやすい。…だが一つ聞いておこうかな?ジョゼーファ。お前はフェンサリル君のことをどう思ってるんだ?」
父はひどく真剣な目を私に向けてくる。さっきまでの挑発的な色はちっとも見られない。私はその目に戸惑ってしまった。だけど答えはもう出てる。
「父上。今は政治的に考えて曖昧にして棚上げにしておくべきなのです。向こうの失点を最大限有効に活用するべきです。それがカドメイアの為になるのですから」
「わたしはそんなことは聞いていない。フェンサリル君について聞いている。結婚したいか、したくないか。ただそれだけを聞いているんだ」
「ですから。個人の感情の問題ではありません。我々は勢力を増すためにありとあらゆるものを利用するべきなのです。彼への気持ちについて、今は置いておくべきなのです!」
「ふん。くだらない…実にくだらない…」
父は私の回答を聞いてそれを鼻で嗤った。
「なんですか?なんですかその態度は…。父上。今やあなたはまな板の上の鯉ですよ。わたくしはあなたをいつでも料理できる。なのになんですかさっきからその態度は?今やわたくしがこの地の王なのです。例え娘であってもそれ相応の態度を示していただけなければ困ります」
「王?お前が?王に?…ありえない。お前などただの小娘だ。現に今答えを誤魔化した。よく見るよ。困った時に女がやる態度だ。自分で決められないし決めたくないから、男に決めてもらいたがる時にやる曖昧な態度。責任を引き受けたくない女だけが持ちうる卑しさそのものだ」
「わたくしが卑しいと?!今そう言ったんですか?!」
「ああ。そこらの女と同じような甘さをお前は見せた。別にお前が誰かの恋人であったり、誰かの妻であったり、誰かの母親であったり、誰かの娘であるならばそれは許される。決められないと駄々をこねて誰かに事を投げるのは女の権利だ。それは尊重してやろう。だがお前は王になったと嘯いた。そのくせ決められないという。愚かしいことだ。マクリーシュ、メネラウス。君たちの王様は自分の将来を誰かに決めてもらいたがっている小娘でしかないぞ?それでも玉座へ奉じるのか?」
殴りたい。この男の顔を思い切り殴ってやりたい。今更暴力を振るうことに抵抗などない。父親だからと尊重しているのに、その思いやりはどうしても伝わってくれないようだ。
「お館様。流石に今のご発言には同意しかねます。お嬢様はまだ若いのです。考える時間は十分あります。お嬢様はこのカドメイアの政治を革新していますよ。王としての力量は十分あるのです」
メネラウスは私に助け舟を出してくれた。だが父は首を振る。
「そう思いたければそう思っていろ。どうせ議論しても無駄だ。王の器は行動以外で証明できないのだからな。話はもういいか?早い所記者会見を始めてもらえないか?この部屋にいるのは息が詰まるんだよ。つまらなくてね」
この会話に良かったことがあるならば、父を隠居に追い込むことに罪悪感を感じずに済みそうだということか。引きずりおろしてやる。父の持つものすべてを奪って辱めてやる。私は静かにそう誓ったのだ。
わたしと父はマスコミの前に設けられた席に並んで座って、記者たちの質問を捌いていった。メネラウスの想定問答集は見事に機能していた。恙なく進行していった。そして例の質問が記者の一人から飛んできた。
「辺境伯閣下にお聞きします。現在お嬢様が新しい婚約先を探しているという噂が市井では噂になっております。先のアイガイオン家と王家との和解でも婚約破棄については事実上の棚上げが行われたものと人々は認識しております。実際我々も周辺諸国の王子たちからの求婚アピールや、帝国の財閥などからの見合い話などがお嬢様の下に舞い込んでいるという情報が入ってきています。どうお考えなのでしょうか?お答えください」
父はちゃんと想定問答集通りに答えていた。なんだかんだと命は惜しいのだろうと思う。だからこの質問に対してもちゃんと私が望むように曖昧な回答に終始してくれるだろう。
「それについてだが、君たちに伝えたいことがある」
突然父は立ち上がった。記者たちの視線が一斉に父に集まり、ストロボが焚かれる。フラッシュの眩しさで私は思わず目を瞑ってしまう。だがその直前に見えた父の顔には勝利を確信した者が見せる狡猾な笑みが見えたのだ。
「先日和解に達した後。わたしと国王ご夫妻との間で会合を持った。今後のこの国の未来について私たちは話し合った。諸君らも知っての通り、もともとバッコス王国とはこのカドメイアを含めた辺境の監視を行うために帝国が作った国だ。もともとカドメイアは独立した王国だった。だが戦国時代において偉大なるメドラウト帝と残念ながら敵対してしまった。それは戦国時代の習わしであったものの、現代までその遺恨は淀み続けていた。バッコス王国はカドメイアを危険視し続け、カドメイアはバッコス王国に併合されたことを恨み続けていた。近年においてもそれらの歪みは独立運動という形で吹き上がっていたし、樹液が発見されてからも関税自主権を巡る感情的葛藤はなくなりはしなかった。もともとジョゼーファとフェンサリル王太子の婚約はそう言った両者の葛藤をなくすためにあったものだ。同じ国の民同士助け合っていくための尊い約束の証が2人だった。残念ながら若さとは時に過ちを犯すものだ。特に男の子ならばそうだろう。わたしもわかるよ。昔はやんちゃをやっていた。女の子を傷つけて後か気がついて見悶えるなんてことは日常茶飯事だった」
父の失敗談に記者たちが笑い声を上げた。和やかな雰囲気で父の話は進んでいく。だが私にはひどく嫌な予感しかしなかった。早くこの話を止めるべきだと直感は囁いていた。だけどそんなことできない。もう父は皆の前で話してる。ここで私が止めたら、私を正義たらしめる大義は消え去ってしまう。止められない。この危険な話を止めることが出来ない。私の心臓がバクバクと嫌な音を立てている。
「今回の件は両家共に多くの反省と苦い教訓を得ることになった。だからこそ我々はいいかげんお互いが持つ遺恨とわだかまりと見栄を捨て去り、新たなる時代を子供たちに与えたいと決意したのだ。重大な発表がある。聞いて欲しい」
やめろ。やめてくれ。絶対に言うな。何も言うな。ずっとそう心の中で呟き続ける。だけど声に出さない願いは誰にも届かない。父は私に声を上げさせてはくれなかったんだ。
「バッコス王国はアイガイオン家のカドメイア王位を承認することを決定した。カドメイアはバッコス王国の自治州ではなく、新たに自治国家として再出発することになる」
記者たちが一斉にどよめく。私はこの話を聞いて頭が真っ白になっていた。それほどまでにインパクトのある話だった。
「アイガイオン家はバッコス王国の辺境伯家ではなく、かつての独立国家の王家に復帰することとなる。そしてバッコス王国とカドメイア王国は互いを承認し合い対等な立場での合併を行うこととなった。国号を現在のバッコス王国からバッコス=カドメイア連合王国と改めることとなる。まだ帝国の承認は無いため、まずは国内でのみこの処理を行うこととなる。もっとも帝国はもともと各国の内政問題には基本的にはノータッチだ。問題なく承認されることになるだろう」
その通りだった。もともと帝国は内政問題にはよほどのことがない限り関わらない。王朝が交代したってそれが集団安全保障に関わらなければ、帝国は各国の主権を憲章に基づき尊重する。
「まずはわたしが今日この日をもってカドメイア王に即位し王政の復古を宣言する。かつてこの地に存在したアイガイオン朝カドメイア王国はたった今ここに蘇った。父祖の悲願を継いできた身として、このような栄光の日を迎えられたことをバッコス王国国王陛下及び王妃殿下に感謝いたします。本当にありがとう。そして未来について語ろうと思う。しばらくは一つの国に二つの王家が並ぶという変則的な統治が行われることになる。皇帝選挙が近いかあらかじめ断っておくが、あくまでも選帝侯の資格を持つのは現在はケルムト家のみであり、我々アイガイオン家は皇帝選挙権は持ちえないとお断りしておく。だがこのままだと当然具合が悪いのは諸君らも気がかりなことだろう。そこでジョゼーファとフェンサリル殿下なのだ。数年内にバッコス王国今上陛下は王太子フェンサリル殿下に王位を継承しバッコス国王に即位する。そして我が娘ジョゼーファはフェンサリル殿下の下に嫁ぐことになる。今までは王妃の称号を帯びることを内定していたのだが、今上陛下はバッコス王国の王室典範の改正を行った。わたしとジョゼーファは女系ではあるがケルムト家の血も引いている。このことから今後バッコス王国の国王の配偶者がケルムト家の男女両系どちらであってもその血を引く場合、王妃でなく共同統治者としての『女王』の位に即位することに変更することになった。ジョゼーファは王妃ではなく未来の女王となる。そして私もまたジョゼーファが結婚したあかつきには、カドメイア王の位をジョゼーファに譲ることとなる。ジョゼーファはバッコス王国女王にして、カドメイア王国女王という二重の女王となる。これによって二つの王家は一つに束ねられることとなる。2人が連合王国の新たなる王朝の創始者となり選帝侯を引き継ぐこととなる。家名についてはアイガイオンでもケルムトでもなく、2人で話し合って決めてもらうか、ないしは彁歴元年の始まりの族長たちが初代斎后から苗字を賜ったように、今上斎后聖下より新なる家名を賜るのもいいかもしれない。もともとネモレンシスの添え名をいたただいている身なので、きっと快く引き受けてくださるわたしは確信している」
私の手が震えている。止めようと思っても止められない。全て台無しになった。私が成した事すべてが父の企みによって押し流されいく。軍を掌握したことも、経済を手にしたことも、豪族たちを手懐けたことも、私が積み上げたすべての実績は『未来の女王』というネームバリューに押しつぶされた消え去った。私は独立諸侯になったはずだった。自らの力量で軍を得て、領土を得て、資金を得て、人民を得て、王様になったはずだった。なのに父は私に玉座をくれてやると言っている。
「そして我が娘ジョゼーファには改めて感謝を言いたい。先のエレイン州における治安の回復から此度のテロ騒動の間、ジョゼーファは女の身でありながらも軍を率いてカドメイアを脅かす全ての敵を退けて守ってみせた。王としてわたしはジョゼーファの勇猛果敢な健闘をここに讃える。そして同時に父として娘に詫びたい。わたしは娘の細い腕に剣を握らせてしまった。確かにジョゼーファ以外に此度の争乱を超える器を持つものはいなかった。だが父として、男として、か弱き女にそのような大役を押し付けてしまったことを恥じ入るばかりだ。ジョゼーファ。これからはもうお前が戦う必要はなんてないんだ。わたしは王として軍の先頭に立ち人民を必ずや守り抜き、お前のことも必ず守り抜く。お前の成そうとした平和の樹立はこのわたしが引き継ぐ。ジョゼーファ。本当は戦いたくなんてなかったろう。怖かっただろう。だからこれからは男のように戦わなくてもいい。女の子らしいことを好きなだけすればいい。わたしはお前のその穏やかな時間を必ず守る。約束する」
声も出せないほど息が詰まる。父は私を思いやるような言葉だけで、私が育てた戦力すべてを取り上げてしまった。そんなの思いやりでもなんでもない。私は望んで剣を握った。なのに女だから剣なんて要らないよね?そんな言葉だけで私のすべてが奪われていく。戦力の無い君主なんてただの神輿でしかない。私の軍閥は父王の権威の下に一瞬で破壊されてしまい奪われた。私は丸裸にされてお姫様のレッテルを張られた。それは呪いだ。私を動けなくするための呪い。
「みんなにはジョゼーファのことを祝福して欲しい。改めて紹介しよう。我が娘にして、この国の未来の女王。ジョゼーファ・ネモレンシス!!」
父に促されて私は立ち上がってしまった。ここで立ち上がらなければ私は政治的立場をすべて失う。私は唇を必死に噛み締めていた。耐えないといけない。だって涙が出そうなんだ。悔しくて悔しくてたまらなかった。
「ジョゼーファ。顔が固いぞ。なぜ笑わない?」
「ですがこれは…。こんなの騙し討ちじゃないですか…」
こんな手を打ってくるなんて想定できるわけがない。王位を与えることで私の身を縛ってくるなんて誰が想像できる?これで私の行動は大きく制限された。将来の共同統治者なんて言葉はただの空手形に過ぎない。私はあの王妃の監視下に置かれる。未来の女王となる存在だから大事に護衛する。そんな適当な名目で軟禁状態に追いやられる。将来的にすべてを受け継ぐのだから、今ここであくせく行動しなくてもいい。そうやって籠の中の鳥に追い込まれる。女王という名の鎖が私の首を絞めている。連合王国という名の檻が私を捕まえ離さない。
「笑えジョゼーファ。せっかくお前が欲しがっていたものをくれてやったんだ。笑え。笑うんだ。お前は自分の力量で『王』になることはない。わたしが何でも与えてやる。お前は未来の『女王』だ。さあ笑え。皆を喜ばせてやれ」
目の前の記者たちが何処か不安げに私を見ている。その時、怖くなった彼らが不安になったら、私はすべてを失う。人を不安にさせてはいけない。女の子は人に嫌な顔させちゃいけないから。
「そうだ。笑え。女の子なら、どんなに不満を抱えていても、笑うものだよ」
父は笑っていた。それは多くの人々から敬愛される憧れを抱かれる君主の笑みだ。だけど私にはとてもおそろしいものにしかみえない。与えることで女を支配し縛り上げる男の蛮性の極致。私は負けた。父に負けた。自分が今までやって来たやり方をそのまま返されて負けた。敗者たる女は男の前で笑わなければならない。それがきっとこの世のルール。
「父上。いいえ、カドメイア王国国王陛下。この度のアイガイオン家の王政復古をお祝い申し上げます」
私は記者たちの前で父に首を垂れた。それは言葉とは相反した意味。私の降伏宣言に他ならない。そして頭を上げて、記者たちの前に笑顔を向けて言った。一斉にフラシュが焚かれる。
「御集りの皆さま。わたくし、ジョゼーファ・ネモレンシスは、未来の連合王国の希望を謹んでお引き受けいたします。わたくしが未来のあなたたちの『女王』です」
玉座が遠のく声が私の口から響いていた。私は『王』になり損ねて、『女王』に押し込められてしまったんだ。
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