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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.
第42話 チャンス
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公文書館はアイガイオン城のお堀の内側、官庁街の端にあります。背広に着替えたケラウノス卿と振袖に着替えたユリハルシラ卿、そしてドレスに着替えたわたくしとパトリシアはマスコミ向けの記念撮影をしたり、記者たちと歓談したりした後に公文書館内の奥の奥にある資料室に来ました。ここにはアイガイオン家がこのカドメイアに根付いてから収取してきた貴重な文献が大量に眠っているのです。部屋に入るときにわざわざ手袋をつけるように学芸員さんたちに指示されたくらいです。
「くぅううううう!お宝の匂いがするぞ!司書さん!案内してください!」
ケラウノス卿は年相応の少年らしい笑顔で鼻息を荒くしながら目的の資料の所へ向かっていきます。
「まったくもう。シャル君は本当に子供だなぁ…ふふふ」
その背中をユリハルシラ卿が楽し気な笑みを浮かべてついていきます。
「お姉さま。今のケラウノス卿の子供っぽい顔見ました?まったく殿方とはいくつになってもお子様過ぎて嫌になりますわね。まったくもう」
口先では小ばかにしているような感じですが、パトリシアはケラウノス卿のことを何処かホックりとした暖かな眼差しで見つめています。
「困りますわよね。うちのクラスの男子もああやって勝手に楽しそうに走り出して、何か見つけて持って帰ってきてわたくしたち女子に自慢してくるんですのよ。なんであんなに楽しそうなんでしょうか?見つけてくるものはガラクタなのに、本当に楽しそうで、わたくしもワクワクしてしまうんですの。ふふふ」
そういうものなのでしょうか。わたくしが知っている男性にそういうところはあまりなかったような気がします。父はわたくしに何でも与えてくれました。何かを探しに行くようなことは一度もなかったような気がします。フェンサリルはどうでしょうか?わたくしの前では落ち着きがあったと記憶しています。
「見つけた見つけた!こっちこっち!イルマ!パティ!これだよ!アイガイオン家が記録したニュルソス駐留のメドラウト軍閥についての覚書だ!」
ケラウノス卿はいつの間にやら仲良くなっていたパトリシアとユリハルシラ卿のことを手招きしています。両手に持っているのは、何やら古ぼけた巻物。今にも頬擦りしかねないほどの勢いを感じさせる笑顔です。
「どうしてああいう子供っぽい男に惹かれる女がいるのでしょうか?理解に苦しみませんか、ジョゼーファ殿下。そう思いませんか?」
護衛のラフォルグ中尉はケラウノス卿のことをどこか冷めたような目で見ています。わたくしはこの目が好きではありません。この人の眼鏡の奥の瞳はいつも冷たい。周りに対して何処か冷笑的です。
「男とはエヴェルトン陛下の様にどっしりと強く君臨しているのが好ましい。あのように軽く落ち着きの無い様には頼りなさしか覚えません」
ラフォルグ中尉は父上を持ち上げますが、わたくしはその意見には同調できませんでした。わたくしからすれば父のあの豹変や、普段から感じさせる偏執的な陰には気持ち悪ささえ感じるのです。
「女の手の届かない距離で人々を睥睨し君臨する強い男には確かに魅力があるのかも知れません。ですがケラウノス卿のように女たちと同じ目線で楽しく生きている男にはやはり魅力があると思いますよ。同じ時間を共有できるのですからね。与えるだけ与えて何もしない男よりも可愛いでしょうね」
私の反論を鼻で笑いながら、ラフォルグ中尉は近くの本棚の前をヒールを鳴らしながら歩いていきます。偶にちらっとほんのタイトルに目をやってはつまらなさげに眉を歪めまめていました。
「可愛い男なんて何の役にも立ちませんよ。私はそんな男には絶対に体を許せないでしょうね。だいたい男ならこんな陰気な場所ではなく、軍事や政治に大望を持っていただきたい。こんな古本の山にいったいどんな価値が…?!うそ!?これは?!」
ラフォルグ中尉は突然歩くのをやめて、本棚にあるとある本に目を向けていました。その本のタイトルは『プロセルピナ流剣術極意・聖の巻』と書いてありました。
「中尉?どうかしましたか?何ですかその本は?貴重な本なのですか?」
「ええ、とても貴重…というか500年前の第4次戦国時代に写本のすべてが失われたはずの幻の剣術指南書です…まさかお目にかかれるなんて…」
中尉の眼鏡の奥の瞳はキラキラと輝いています。陳腐な表現ですが、まるで恋に落ちた乙女の様に可愛らしく見えるのです。
「剣術好きなんですか?」
「はい!とても好きです!刀、サーベル、レイピア、なんでも大好きです!」
初めてこの人に人間味らしい何かを感じました。ただどちらかと言えばそれはオタクっぽいちょっと粘着質な感じのする情念なので、親近感を覚えるのには少し抵抗がありましたが。
「…お好きに読んだらどうですか?」
「いいんですか?!…ですが私には護衛の仕事が」
「ここに賊が入って来るとは思えません。ケラウノス卿たちも楽し気に自分の世界に入ってますし、どうぞお好きに読んでください」
「…ありがとうございます殿下。おい‼係の者!こっちに来てくれ!この本が読みたいんだ!」
ラフォルグ中尉は司書を呼びつけて、本棚から本を取ってもらい、近くの閲覧机に向かっていってしまいました。周りに誰もいなくなってしまったので、わたくしも何か面白そうな本でも探そうと思って本棚の間をウロウロします。その時です。
「ジョゼーファ殿下。声を出さないでください。ラフォルグ中尉の警戒と監視がない今しかチャンスがないんです」
わたくしの目の前にフェルヴァーク一等兵が姿を見せました。唇に指をあててわたくしに何も話さないように言っています。まだわたくしよりも背の低いこの幼い少年がそうすると不思議と可愛らしく見えます。
「くぅううううう!お宝の匂いがするぞ!司書さん!案内してください!」
ケラウノス卿は年相応の少年らしい笑顔で鼻息を荒くしながら目的の資料の所へ向かっていきます。
「まったくもう。シャル君は本当に子供だなぁ…ふふふ」
その背中をユリハルシラ卿が楽し気な笑みを浮かべてついていきます。
「お姉さま。今のケラウノス卿の子供っぽい顔見ました?まったく殿方とはいくつになってもお子様過ぎて嫌になりますわね。まったくもう」
口先では小ばかにしているような感じですが、パトリシアはケラウノス卿のことを何処かホックりとした暖かな眼差しで見つめています。
「困りますわよね。うちのクラスの男子もああやって勝手に楽しそうに走り出して、何か見つけて持って帰ってきてわたくしたち女子に自慢してくるんですのよ。なんであんなに楽しそうなんでしょうか?見つけてくるものはガラクタなのに、本当に楽しそうで、わたくしもワクワクしてしまうんですの。ふふふ」
そういうものなのでしょうか。わたくしが知っている男性にそういうところはあまりなかったような気がします。父はわたくしに何でも与えてくれました。何かを探しに行くようなことは一度もなかったような気がします。フェンサリルはどうでしょうか?わたくしの前では落ち着きがあったと記憶しています。
「見つけた見つけた!こっちこっち!イルマ!パティ!これだよ!アイガイオン家が記録したニュルソス駐留のメドラウト軍閥についての覚書だ!」
ケラウノス卿はいつの間にやら仲良くなっていたパトリシアとユリハルシラ卿のことを手招きしています。両手に持っているのは、何やら古ぼけた巻物。今にも頬擦りしかねないほどの勢いを感じさせる笑顔です。
「どうしてああいう子供っぽい男に惹かれる女がいるのでしょうか?理解に苦しみませんか、ジョゼーファ殿下。そう思いませんか?」
護衛のラフォルグ中尉はケラウノス卿のことをどこか冷めたような目で見ています。わたくしはこの目が好きではありません。この人の眼鏡の奥の瞳はいつも冷たい。周りに対して何処か冷笑的です。
「男とはエヴェルトン陛下の様にどっしりと強く君臨しているのが好ましい。あのように軽く落ち着きの無い様には頼りなさしか覚えません」
ラフォルグ中尉は父上を持ち上げますが、わたくしはその意見には同調できませんでした。わたくしからすれば父のあの豹変や、普段から感じさせる偏執的な陰には気持ち悪ささえ感じるのです。
「女の手の届かない距離で人々を睥睨し君臨する強い男には確かに魅力があるのかも知れません。ですがケラウノス卿のように女たちと同じ目線で楽しく生きている男にはやはり魅力があると思いますよ。同じ時間を共有できるのですからね。与えるだけ与えて何もしない男よりも可愛いでしょうね」
私の反論を鼻で笑いながら、ラフォルグ中尉は近くの本棚の前をヒールを鳴らしながら歩いていきます。偶にちらっとほんのタイトルに目をやってはつまらなさげに眉を歪めまめていました。
「可愛い男なんて何の役にも立ちませんよ。私はそんな男には絶対に体を許せないでしょうね。だいたい男ならこんな陰気な場所ではなく、軍事や政治に大望を持っていただきたい。こんな古本の山にいったいどんな価値が…?!うそ!?これは?!」
ラフォルグ中尉は突然歩くのをやめて、本棚にあるとある本に目を向けていました。その本のタイトルは『プロセルピナ流剣術極意・聖の巻』と書いてありました。
「中尉?どうかしましたか?何ですかその本は?貴重な本なのですか?」
「ええ、とても貴重…というか500年前の第4次戦国時代に写本のすべてが失われたはずの幻の剣術指南書です…まさかお目にかかれるなんて…」
中尉の眼鏡の奥の瞳はキラキラと輝いています。陳腐な表現ですが、まるで恋に落ちた乙女の様に可愛らしく見えるのです。
「剣術好きなんですか?」
「はい!とても好きです!刀、サーベル、レイピア、なんでも大好きです!」
初めてこの人に人間味らしい何かを感じました。ただどちらかと言えばそれはオタクっぽいちょっと粘着質な感じのする情念なので、親近感を覚えるのには少し抵抗がありましたが。
「…お好きに読んだらどうですか?」
「いいんですか?!…ですが私には護衛の仕事が」
「ここに賊が入って来るとは思えません。ケラウノス卿たちも楽し気に自分の世界に入ってますし、どうぞお好きに読んでください」
「…ありがとうございます殿下。おい‼係の者!こっちに来てくれ!この本が読みたいんだ!」
ラフォルグ中尉は司書を呼びつけて、本棚から本を取ってもらい、近くの閲覧机に向かっていってしまいました。周りに誰もいなくなってしまったので、わたくしも何か面白そうな本でも探そうと思って本棚の間をウロウロします。その時です。
「ジョゼーファ殿下。声を出さないでください。ラフォルグ中尉の警戒と監視がない今しかチャンスがないんです」
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