軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

文字の大きさ
195 / 212
第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第57話 お姫さまの死

しおりを挟む
ルイカはバルコニー付近に近づき、その様子を伺う。だがさっきと違って、人はもう出入りしておらず、警備兵もどことなく緊張感に包まれていて隙が無くなっていた。

「潜入は難しくなっちゃったな。何かイベントがあるみたいだし、それを待ってみるか…」

 ルイカはVIP席を離れて、会場に戻る。近くをすれ違った給仕係から、ラムネの瓶を受け取る。会場の端にある城の外壁に背中を預けて、一人バルコニーの方へ視線を向ける。これからバルコニーの方で何かが起きるという。それをとりあえず見物してみようと思ったのだ。

「ねぇねぇ見てシャルぅ。あそこの邪気眼前世(笑)野郎が一人で壁に背中を預けて、なんか強キャラ感出してかっこつけてるぅ。ださぃ!」

「しっ!見ちゃいけません!僕と一緒に大人しくあっちに行こうね」

「はーい!べー!そこでマスでも掻いてろ!チーレム野郎!精子を出すのは得意だろ!ぷげら!」

 超ウザいあっかんべーを近くを通りかかったジェーンにされて、ルイカはイラっと来た。だがここで騒いでも仕方がないのでスルーする。そしてしばらくして会場にアナウンスが入った。

『皆さま!大変長らくお待たせいたしました!カドメイア王国第一王女にして未来の連合王国二重女王にあらせられますジョゼーファ・ネモレンシス殿下の御入場です!』

 人々の視線が一斉にバルコニーに集まる。城の方から煌びやかに飾った一団が現れた。豪奢なドレスに身を包んだ女たちと豪華な軍服を身にまとった男たち。そしてその中心にいたのは灰色がかった銀髪のとても美しい女。ジョゼーファ・ネモレンシスがそこにいた。

「…っあ…すごい…ジョゼーファさんてあんなに綺麗な人だったんだ…」

 思わず息をのむ。美人には見慣れているつもりだった。確かにルイカの周りにいる美女たちだってジョゼーファと見劣りするものではない。だけど何かが違う。纏っているオーラとでも言えばいいのだろうか。彼女は緩やかで気品ある足取りで城からバルコニーの方へと歩いていく。それは女王の一団に相応しい権威を感じさせた。同時に姫のような愛らしさを。

「…あれ…おかしいな…頬がにやける…なんでだ…」

 彼女の姿を目にした時から、頬が緩んで仕方がない。ひどく心臓が高鳴るのを感じる。恋なのか。最初はそう思った。幼馴染のディアスティマと共にいると時に似たような高揚感を感じる。体の奥から突き動かされる熱のような強い強い感情の高鳴り。男だから魅力的な女がいればいつだってその肌に触れたいと思う。だけど違う。あのジョゼーファという女に感じる思いは他の女とは違う。

「ふぅ…。はぁ……っ…はぁ…あれ?なんで?どうして息が震える?」

 恋に落ちてしまったのか?いや違う。恋ではない。間違ってもそんなちゃちな感情なんかでは決してない。そうじゃない。そんなものでは収まらない。

「龍の後ろに美姫びきありて。龍屠りて、姫娶るべし。姫、塔に逃げたなら、火を放ち給いて、燻し追い出し、追い詰めて。どこまでもどこまでもどこまでも…。うっ…ぐぅ…なんだよこれ…僕は何を言ってるんだ…」

 ルイカの脳裏に知らないはずの情景が写る。淡く金色の光に満たされた森の奥で、桜色の髪の美女は龍の様な瞳で、赤い瞳の女を責めてている。

『それはあたしの王子様のもの!返して!返してよ!それがなければあたしはお姫様になれないのに!』

お姫様ヒロイン王子様ヒーローも他の誰かの犠牲がいなければ成り立たない空疎なものでしかないわ。あなたは永遠にこの箱庭でそんなおままごとを続けるの?』

『永遠ならもう知ってるわ!あたしはそんなものいらない!さみしいからお姫様になったのに!それに触れるな!その枝は王子様のものなんだからぁ!』 

『あなたのガラスの靴で踏みつぶされる世界はもううんざりよ。だからあなたを■ってあげる。あなたは■■へと零落するの』

『なら全部全部道連れにしてあげる!全部ぶっ壊してまた創り直してやる!彼があたしを愛するまで、何度だってやり直し続けてやるの!あたしは飽きないよ!永遠ならもう知ってるもの!愛のない世界ならずっとずっと知ってるんだからぁ!だからあたしはやめないよ!愛に辿り着くまであたしは何度でも何度でも何度でも繰り返し繰り返し繰り返し!あたし以外のお姫様をみんなみんなみんな!ぶち殺し続けてやる!』

『ならばわたくしは姫を守ろう。何度も何度も何度でも繰り返し繰り返し繰り返し守り続けましょう。あなたが姫を諦めるまで。何度だって邪魔してあげる。だってわたくしは…■■令■…なのだから!』

…龍は姫を殺そうとして、王子に邪魔されて、だから姫は愛されて。
…龍はずっと指を咥えて嫉妬に身を焦がし続けていた。

「なんなんだよ。今見えたものは一体なんなんだよ…。意味が解らないよぅ…ぐぅ…」

 ルイカは胸を押さえる。今にも壊れてしまいそうなほど、高鳴っていた。ジョゼーファは家臣たちを引き連れて、バルコニーから中庭に続く階段を降りていく。

『ああ、なんて綺麗なんだろう!』『素敵よね!ああ、なんて素敵なの!』『あのお顔、なんて愛らしい!彼女ほど姫に相応しい人はいない!』『あのお姿とても麗しい!あの御方こそ女王に誰よりもふさわしい!』

 周りの人々はみなジョゼーファに夢中だった。彼女こそがまさにこの世界の中心にお姫様。そう。だから。

助けなきゃ・・・・・…だって僕は王子様なんだから…あはっ!」

 ルイカは左の親指で刀の鍔を少し押した。いつでも刀を抜く準備は整った。

『殿下!』『ジョゼーファ様!』『姫様!』『未来の女王陛下万歳!』

まずジョゼーファと共に階段を歩く男たちを斬り捨てる。次に会場にいる兵士たちを皆殺しにする。その次にこの場にいて彼女の姿を目にした男たちを殺す。父親を含めた男の家族も殺す。女たちは放っておいてもいいが、抵抗するなら殺す。恭順を示すなら捕虜とし、ジョゼーファを抱けない時のための玩具として生かしてやる。やるべき方針は定まった。

『ばんざーい』『ばんざーい』『ばんざーい』『ばんざーい』『ばんざーい』

 ジョゼーファを讃える声が会場に響き渡っている。ジョゼーファは手を振りながら階段をゆったりとゆったりと降りていく。

「さて…じゃあ行こうかな…」

 刀に右手をかけながら、ルイカが一歩を踏み出した。その時だ。ジョゼーファの足が突然止まった。彼女は階段の中場で足を止める。ジョゼーファの周りを侍る家臣団も足を止める。止まってないのは、ライフルを持った金髪の女だけだ。

「…っ!気づかれた?!」

 自分が漏らす殺気に気づかれたのか。ルイカはそう思った。だけどジョゼーファの視線はルイカではなく、ライフルを持って階段を一人降りていく金髪の女に向けられていた。

「なんで僕じゃなくて、そんな女を見てるんだ…?…ムカつく女だな。ジョゼーファ…!」

 ルイカは奥歯をギリッと噛み締める。少し長い前髪の間から、恐ろしい目でジョゼーファを睨んでいる。そしてジョゼーファはルイカの視線になど気づきもせず、スカートの裾を少し持ち上げて、階段を早足で降りていき、金髪女の真後ろに立って。そして。

「…え…?…えええええ!?」

 叫んだのはルイカだけではなかった。

「きゃ!ヒールが?!きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 金髪の女はバランスを崩してよろけてしまい持っていたライフルを放り投げてしまった。そして派手に転んで、そのままグルグルと回りながら、階段の上を派手に転がっていく。そして中庭に落ちて、蹲まってしまう。その顔には痛みに耐えているのだろう、脂汗が浮いている。ドレスの一部は中庭の石畳のささくれに引っかかって破けてしまっている。見るも哀れな姿になってしまった。その痛々しい姿を見てルイカの心は不思議と平静を取り戻した。さっきまでの熱に浮かされたような気持ちはもうどこにもなかった。闘争本能が萎えてしまったのだ。刀に置いていた手を引っ込める。

「痛い…痛い…。…なんで…なんでなんですか…」

 金髪の女はラフォルグ中尉だった。突然の事態に顔を引きつらせている。彼女はおそるおそる階段の上にいるジョゼーファのことを見上げて叫ぶ。

「姫殿下!なんで私を蹴ったのですか!」

 そう、この会場の誰もが見ていた。ジョゼーファはラフォルグ中尉のヒールを思い切り蹴飛ばしたのだ。ヒールは折れてラフォルグ中尉はバランスを崩して派手に転がっていた。

「わたくしがあなたを蹴った?このわたくしが?あなたごときを蹴った?…ふふふ、くくく、あーははははははは!」

 ジョゼーファは笑っていた。大胆に不敵に、そして何より艶やかに。さっきまでとは何かが違う。その何かははっきりとはわからなかった。だけど一つだけ言えることがある。きっとさっきまでルイカが焦がれた姫はもうここにはいない。ジョゼーファが自らという姫を殺してしまった。悲しいけど、それだけはなぜかよくわかってしまった。龍に捕らわれることもなく、塔に囚われることもなく、ルイカのお姫さまは死んでしまったのだ!

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

妹が「この世界って乙女ゲーじゃん!」とかわけのわからないことを言い出した

無色
恋愛
「この世界って乙女ゲーじゃん!」と言い出した、転生者を名乗る妹フェノンは、ゲーム知識を駆使してハーレムを作ろうとするが……彼女が狙った王子アクシオは、姉メイティアの婚約者だった。  静かな姉の中に眠る“狂気”に気付いたとき、フェノンは……

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。

彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました! 裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。 ※2019年10月23日 完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...