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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.
幕間 或る女の独演・後
しおりを挟む先生。僕はね。ジョゼーファこそが最強の悪役令嬢だって思ってるよ。
「悪役令嬢ねぇ…。確かにそうだね。一周目では違和感を覚えなかった。私が女だからかもしれない。ジョゼーファは主人公ともっとも性交渉の機会を持ったキャラクターだ。それ自体は18禁の男性向けノベルゲームとしては何ら違和感のない描写だ。だが回数がおかしい。男性のハーレムについて私は一つ誤解していた。男性がより多くの女性と性交渉の機会を持ちたがるというのは、経験則上間違いないことだと断言するし、進化生物学的も妥当な知見だろうね。だけどね。ジョゼーファへの主人公の態度はおかしいの一言だ。最初は捕虜として手に入れた美女を玩具にしているのかと思った。美女を好きに支配するっていうのは、男性ユーザーの欲求を満たす物語上の演出だ。実際テキスト上でもジョゼーファは主人公の所有物であり、都合のいい女に見えるんだ。だけどね。現実の男っていうのは、都合のいい女。すなわち体だけにしか価値を見出さない女とずっとセックスし続けるほど、忍耐深い生き物でも情の深い生き物でもないんだ。例え美女でも都合のいい女であれば、ある程度抱いて遊べば必ず飽きて捨てる。絶対に捨てるんだ。ずっとその体を愉しみ続ける男って奴を私は見たことがない。フィクションだからなのかと思った。主人公のカンナギ・ルイカがジョゼーファを抱き続けるのをそういう物だと思っていた。違う。何週目だったかな?メインヒロイン。『女神のアバター』であるディアスティマが何かの乱数変化でジョゼーファを殺した。その時主人公にその動機を問い詰められてシレッと『エッチの回数が増えるから』なんて冗談めかして言った。最初はナンセンスジョークの類なのかと思った。ちがう。あれはつたない言葉しかつかえないディアスティマの精一杯の抗議だ。男は本命の女を差し置いてまで都合のいい女を抱き続けるなんてことはしないんだ。あのゲームにおいてジョゼーファというヒロインは間違いなく他のヒロイン達と一段違う扱いを受けている。言葉になっていないから気づかなかった。あれは一種の叙述トリックだ。女は言葉を欲しがるとはよく言ったもので、カンナギ・ルイカがちっともジョゼーファに愛してるなんて言わないから、私はすっかりジョゼーファを愛されていない都合のいい女だと思っていた。違う。ジョゼーファは…主人公カンナギ・ルイカの本命の女なんだ。悪役令嬢とはよく言ったものだよ。序盤の学園ラブコメでディアスティマを苛めている嫌な女だという印象を轢きづるから気がつかなかった。ジョゼーファはハーレムに入ってなお、ディスティマを苛めていた。主人公カンナギ・ルイカの寵愛をディアスティマから奪っていたんだ。恐ろしい女の子だねジョゼーファは!あんなに沢山の魅力あるヒロイン達を差し置いて、英雄の特別の寵愛を受け続けていたんだからね!他のハーレムヒロイン達との交流がないのは当然だ。特別な女が他のヒロインと同じ土壌に下りていくことなどあるわけがない。ハブられているのかと思った。逆だ。君臨していたんだ。ジョゼーファはまさしくヒロインがヒーローから愛を得るための障害をまっとうしていた。ハーレムに入ってからこそが悪役令嬢としての真の彼女の力が見られる時だったわけだ!」
そう。その通り。上っ面だけ捉えるとジョゼーファという悪役令嬢の真価がわからない。彼女はね。カンナギ・ルイカの本命なんだよ。『女神』ディアスティマが『天上の恋人』であるならば、ジョゼーファは『地上の花嫁』。あの物語の裏側には一人の英雄。いいや王子様を奪い合う二人の女の物語があったんだ。ただ『Holy warlord』においては最終的にディアスティマが勝利を治める。セカイ系は『女神』の勝利で二万年の因縁に決着をつけて終わりを迎えるんだ。まあそれはそれで美しい物語だ。くくく。そう。美しい物語だよ。なにせ天上の恋人は恋のことしか考えていないんだからね。美しい物語になるに決まっている。それ以外の何物も描写はされないんだからね。
「ジョゼーファルートがないことが悔やまれるね。色々と設定は臭わされているみたいだったけど。何もなく終わってしまった。それはとても惜しいことだと思うよ。彼女の物語が見てみたかった」
そう言ってくれるのはうれしいね!僕も早く見てみたいんだ!ジョゼーファの物語を!女神が勝利する予定調和を崩す物語を!!僕は悪役令嬢が大好きだ!!予定調和を破壊して、世界に新たなる革新を齎す革命家の物語をね!!
「悪役令嬢も君に読まされたな。ヴィランネス。どう解釈すればいいのかな?君のその悪役令嬢好きは…。君は仮託しているんだろう?…ジョゼーファにも姓がなかった。君も姓を頑なに名乗ろうとしない。…君は家を嫌っているね。でも嫌っているのは家族ではなく、『家』…いや…家父長制度か」
別にそれそのものは否定しない。全世界的に普遍的に見られる社会制度ということは、人類史にとって何かしら有益だったんだろう。他の女がそれに従おうが、歯向かおうが僕にとってはどうでもいいことだ。まあ彼女が父親と兄の呪縛に未だに囚われ続けているのを見ると、敵対はしたくなる。だがそれは彼女の物語だよ。助けは出すけど、彼女が決めることだ。
「君のお友達はいい子だね。日本から来た軍人さん。あの子がアメリカに留学に来て以来。君への投薬は劇的に減ったのだからね…。ずっとこっちにいてくれればいいと思うんだがね」
それは出来ないよ。彼女は僕のものじゃないんだからね。悲しいけど…一緒に生きられるわけじゃない。願わくば一緒に居続けたい。だけどそれは叶わない夢。
「君は彼女に話したのかい?金枝のお伽噺を。君が見てしまったという美しき金の森のことを」
信じてもらえるわけがない。彼女に信じてもらえないことがきっと最もつらい傷になる。僕は金枝を折れなかった。僕は森の王、レックス・ネモレンシスにはなれなかった。でもそれは当たり前の話だ。王とは男であることを前提とする概念。女の僕が王になれるはずもなかったんだ。
「私は医者だから君の話を基本的には疑って聞いている。それでも君が語る金枝の話はなかなか興味深いと思っている。はっきり言って幻や妄想の類だと今も思っている。実際に君には危険水域って言えるレベルの心の不均衡さがあるんだからね。いつ病院のベットに縛り付けられてもおかしくないレベルなんだ。君は聡明な頭脳で自分自身を客観視して皮肉って精神の均衡を保ってる。…医師としては悲しいよ。君の心の傷を治す手段がわかりかねている。対処療法に甘んじ続けているこの現状が歯がゆくて仕方がない」
治すのは簡単だよ。簡単も簡単。僕が…いいえ、わたくしが金の枝を手折ればいいだけの事なのです。わたくしは手を伸ばした。その手を振り払ったのはあの女神…。ああ…彼女はわたくしに言ったのです…。これは王子のものだと…でもわたくしは引き下がれない事情があった。わたくしは人類を救う神聖な義務を負っていたのですから。でもあの女神はわたくしの話に等ちっとも耳を貸そうとしなかった。
「そして世界が滅びるねぇ。流石にね」
ええ、わたくしは残念ながら確信しておりますわ!人類は遺憾なことに滅びる定めなのです!そう!すべてはこのわたくしの所為!このわたくしが皆の期待を裏切って金枝を折ることが出来なかったから!わたくしは王にはなれなかった!故に人類は須らく滅びます!わたくしはこの世界のすべて者たちに詫びなければなりませんの!ごめんなさい!わたくしがへまをしたせいで、あなたたちが生きる意味すべてを奪ってしまってごめんなさい!わたくしは大変遺憾に思っていましてよ!ただでさえ生まれたくもなかったでしょうに!こんな世界に生まれたくもなかったでしょうに!大嫌いな自分に生まれたくもなかったでしょうに!なのに生まれてきた意味さえも奪ってしまって!!あまつさえ!あまつさえも!!あああ!わたくしは!みんなのことを第一に考えていたのにぃ!!どうしてなんですか!どうしてなのですか!どうしてぇ!どうしてなのぅ!どうして!あんなに頑張ったのに世界が終ってしまうの!おかしいでしょう!あんまりでしょう!どうして!どうして!どうしてぇ!救えるはずだった!完璧だった!わたくしには出来るはずだった!なのにできなかった!自分の力の及ばないところでもう自分の運命は決まっていて!…ああ…どうして…どうしてなの…。あんなにキラキラ綺麗に光っているのに…チラチラと見せびらかしているのが悪いんでしょう?手を伸ばしても良いじゃないですか…何でわたくしは駄目なんですか?なんでわたくしじゃ駄目なんですか!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!ああ、あああ!いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
「ナース!!すぐにジョゼフィンを取り押さえて!ベルトで縛ってもいい!鎮静剤を投与します!押さえろ!早く抑えてあげて!見てられない!こんなの見ていられない!見ていられないから!!」
わたくしには金の枝に手を伸ばす資格はなかった。
だから世界を救うことは叶わず、自分の事さえも救えなかったのです。
だからわたくしは決めたのです。
何万年かかっても、必ず金の枝に手を伸ばすと。
例え世界が一変してもいいと。
何を犠牲にしたっていいと。
例え愛する者の命を消費しても構わないと。
その果てに世界が壊れてしまっても構わないと。
だってそうでしょう?
わたくしが正しいことを成せなかったこんな世界なんて…。
終ってしまえばいいのだから!
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