『再誕・源義経 ~現代知識と英雄の本能で、二度目の歴史を塗り替える~』

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【雌伏・覚醒編】

北の王者と黄金の都

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旅は驚くほど順調だった。
 京の都から奥州平泉まで、およそ八百キロの道のり。通常なら一ヶ月以上を要する長旅だが、俺たちはその半分の日数で踏破しようとしていた。
「若君、ちと早すぎはしませぬか」
 息を切らせた金売り吉次が、馬上で悲鳴を上げる。
 一方で、俺の横を歩く武蔵坊弁慶は、涼しい顔でついてきていた。
「無駄な休憩が多いから遅くなるのだ」
 俺は地図――現代の地理知識で補正した正確なもの――を見ながら答えた。
「疲れてから休むのではなく、疲れる前に短い休息を入れる。そして食事は一度に満腹まで詰め込まず、行動食を細かく摂る。そうすれば血糖値の乱高下を防ぎ、一日の移動距離を最大化できる」
 俺が実践したのは、現代の登山や長距離行軍の理論だ。
 精神論で足を棒にするのではなく、身体の機能を維持したまま距離を稼ぐ。この行軍速度そのものが、来るべき戦乱での俺の武器になる。
 やがて、北の空気が変わった。
 風に混じる冷気と、どこか土の匂いが濃くなる感覚。
「見えて参りましたぞ」
 吉次が声を張り上げた。
 丘を越えた瞬間、眼下に広がった光景に、俺は息を呑んだ。
 平泉。
 京の都が「過去の権威」にすがりつく黄昏の街だとすれば、ここは「未来の欲望」が渦巻く新興都市だった。
 立ち並ぶ寺院の屋根は黄金に輝き、北上川の水面には交易船がひしめき合っている。
 あそこには、砂金がある。良馬がいる。そして何より、中央の朝廷に縛られない独立した経済圏がある。
(懐かしい……)
 前世の記憶――義経としての記憶が蘇る。
 かつて俺は、頼朝に追われてここに逃げ込み、最後はこの地を戦場にして死んだ。
 だが、今度は違う。
 俺はここを墓場にはしない。最強の後方支援基地にするのだ。
 ***
 藤原秀衡の館、柳之御所(やなぎのごしょ)。
 広間の空気は、張り詰めた弓弦のように重かった。
 上座に座るのは、奥州一帯を支配する「北の王者」藤原秀衡。
 六十近い年齢のはずだが、その眼光は老いを感じさせない。むしろ、数多の戦場と政治的修羅場をくぐり抜けてきた古木のような、圧倒的な存在感を放っていた。
「……面を上げよ」
 低く、重々しい声。
 俺は静かに顔を上げた。
 周囲には秀衡の息子たちや重臣が並び、値踏みするような視線を投げかけている。
 無理もない。平清盛の威光が日増しに強まる今、源氏の遺児を匿うことは、平家に対する明確な反逆行為だ。
「鞍馬を出奔した遮那王(しゃなおう)とやら。儂を頼ってきたということは、命惜しさに逃げてきたか?」
 秀衡が試すように問う。
 かつての俺なら、「平家が憎い、どうか力を貸してほしい」と涙ながらに訴えただろう。秀衡は情に厚い男だ。それでも匿ってくれたはずだ。
 だが、それでは対等になれない。ただの「保護される子供」で終わる。
 俺は居住まいを正し、秀衡の目を真っ直ぐに見据えた。
「逃げてきたのではありません。御館様(おやかたさま)に、商談を持ちかけに参りました」
 広間がざわめいた。
 秀衡も眉をぴくりと動かす。
「商談、とな?」
「はい。平家はいずれ滅びます。これは願望ではなく、確定した未来です」
 俺は懐から、旅の途中で書き留めた書状を取り出した。
 そこには、平家政権の経済的な脆弱さと、関東武士団の不満の分布図、そして今後起こりうる内乱の予測が記されていた。
「平清盛の支配は、恐怖と銭の力によるものです。しかし、銭の価値は信用によって成り立つ。平家が驕り、地方をないがしろにすれば、その信用は地に落ちる。……遠からず、源頼朝が東国で立ち上がるでしょう」
「頼朝が……流人の身でか?」
「立ちます。彼にはその野心と、冷徹な計算高さがある。そして戦乱が始まれば、この平泉も無傷ではいられません。平家が勝てば次は奥州の金を奪いに来る。頼朝が勝てば、鎌倉の背後を脅かすこの地を潰しに来る」
 俺の言葉に、重臣たちの顔色が変わった。彼らも薄々は感じていた危機感だ。
 秀衡が身を乗り出した。
「では、どうする。奥州はどう動くべきと申すか」
「私に投資してください」
 俺ははっきりと言い放った。
「私に兵と馬、そして軍資金を与えていただきたい。私が頼朝の『矛』となり、平家を討ち滅ぼします。私が前線で戦果を上げ、発言力を強めれば、兄・頼朝といえども奥州には手出しできません。私が鎌倉と平泉の間の『防波堤』になります」
 一瞬の静寂。
 やがて、秀衡の口元に笑みが浮かんだ。
「……面白い。儂に、源氏の棟梁たちの争いの仲裁役になれと言うか。自分自身を人質にして」
「人質ではありません。私は、奥州の黄金を守り、さらに増やすための『最強の傭兵』です」
 秀衡はしばらく俺を見つめていたが、やがて声を上げて笑った。
「はっはっは! 愉快だ。吉次から『とんでもない麒麟児』だと聞いてはおったが、まさかこれほどとはな」
 秀衡の眼差しから、険しさが消え、代わりに親愛と敬意が宿った。
「よかろう。遮那王、そなたを受け入れる。……いや、源氏の御曹司として、相応の扱いをせねばなるまい」
 秀衡が手を叩くと、家臣が三宝(さんぽう)に載せた烏帽子(えぼし)を持ってきた。
 元服の儀だ。
「名は何とする」
 秀衡が問う。
 俺は立ち上がり、広間を見渡した。
 弁慶が、吉次が、そして奥州の武人たちが俺を見ている。
 腹は決まっている。
 前世と同じ名。だが、その意味は全く違う。
 悲劇の英雄の名ではなく、運命をねじ伏せる覇者の名として。
「……義経。源九郎義経と名乗ります」
 俺は自らの手で烏帽子を取り、頭に載せた。
 その瞬間、身体の芯に杭を打たれたような衝撃が走った。
 牛若丸は死んだ。
 ここからは、源義経だ。
 かつて衣川で終わった命が、今ここで再び動き出す。
「見事だ」
 秀衡が頷いた。
「義経殿。この平泉の北の郭(くるわ)を使われよ。兵も馬も、好きに鍛え上げるがよい。……時が来るまで、な」
「感謝いたします。父上」
 俺はあえてそう呼んだ。
 前世で俺を息子のように愛してくれたこの老英雄に、今度こそ報いなければならない。それは、奥州を滅亡の運命から救うことだ。
 ***
 その夜、俺は与えられた館の縁側で、月を見ていた。
 弁慶が酒器を持って現れる。
「殿。……いや、義経様。見事な口上でございました」
「口先だけじゃないさ。これからが正念場だ」
 俺は拳を握りしめた。
 史実通りなら、あと数年で頼朝が挙兵する。
 それまでに、俺はこの平泉で「最強の軍団」を作り上げなければならない。
 旧来の武士団のような、個人の武勇に頼る集団ではない。
 組織化され、統率され、兵站という概念を理解した、近代的な軍隊を。
「弁慶、忙しくなるぞ。まずは周辺の地図作りと、兵糧の備蓄計画からだ。それと、馬の品種改良も試したい」
「やれやれ。人使いの荒い主君を持ったものです」
 弁慶は苦笑しながらも、その目は楽しげだった。
 歴史の歯車が、大きく軋みを上げて回り始めた。
 黄瀬川での兄との再会まで、あと六年。
 俺はその日を、牙を研いで待ち続ける。
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