『再誕・源義経 ~現代知識と英雄の本能で、二度目の歴史を塗り替える~』

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【雌伏・覚醒編】

北の兵営、古き武士の常識を砕く

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みちのくの冬は、物理的な暴力として襲いかかってくる。
 肌を刺すような寒気、視界を白一色に塗りつぶす猛吹雪。
 だが、俺――源義経にとって、この過酷な気候こそが最強の味方だった。
 治承(じしょう)三年(一一七九年)。
 平泉に来てから五年が経過し、俺は二十一歳になっていた。
 藤原秀衡公から与えられた北の郭(くるわ)。かつては荒地だったその場所は今、異様な熱気に包まれた「軍事実験施設」へと変貌を遂げていた。
「――構え!」
 俺の号令が、雪原に響き渡る。
 吹雪の中、整列しているのは二百名の兵士たちだ。
 彼らの装備は、当時の常識からかけ離れている。
 名乗りを上げて一対一で戦うための豪華な大鎧(おおよろい)ではない。動きやすさを重視した軽量な腹当(はらあて)と、統一された長さの長槍。そして何より異質なのは、彼らが「個」ではなく、巨大な一つの生き物のように密集隊形を組んでいることだった。
「第一班、前進。第二班、左翼へ展開。隙間を作るな、盾を重ねろ!」
 ザッ、ザッ、ザッ。
 雪を踏みしめる音が完全に同期する。
 俺が導入したのは、古代ギリシャのファランクス(密集陣形)と、現代の暴動鎮圧部隊(ライオットポリス)の動きを融合させた集団戦法だ。
 個々の武勇を誇る坂東武者や平家の侍たちに対し、個の力を殺して「群れ」の暴力で圧殺する。それが、俺が考案した対侍用ドクトリン(戦闘教義)だった。
 その様子を、呆れたような、しかしどこか畏怖を含んだ目で見つめる二人の男がいた。
 奥州藤原氏の重臣、佐藤基治(さとうもとはる)の息子たち。
 兄の佐藤継信(つぐのぶ)と、弟の佐藤忠信(ただのぶ)だ。
 奥州きっての勇者と謳われるこの兄弟は、秀衡公の命により、俺の監視役兼補佐として派遣されていた。
「……弟よ。あれをどう見る」
 兄の継信が、腕を組みながら呟く。
「どう見るも何も、兄者。あれじゃあまるで芋虫だ。あんなみっともない戦い方、武士の誇りってもんがないぜ。戦ってのは、己の武名を轟かせてなんぼだろう?」
 弟の忠信が鼻で笑う。彼は豪快な男で、個人の武勇こそが至上と信じて疑わない典型的な武士だ。
 俺は演習を一時中断し、彼らの元へと歩み寄った。
 五年間の鍛錬で、俺の身体は一回り大きくなっている。身長こそ当時の平均的だが、分厚い胸板と太い首、そして何より常に思考を回転させ続ける瞳の鋭さが、周囲を威圧していた。
「忠信。みっともないと言ったか」
「おおよ、言ったとも! 義経殿、あんたは確かに賢いかもしれんが、戦を知らねえ。そんな密集してたら、優れた騎馬武者に周りを囲まれて弓で射殺されて終わりだ」
 俺はニヤリと笑った。
 待っていた。その言葉を。
 古いパラダイム(規範)に囚われた優秀な人材ほど、それを破壊した時の反動で強力な信奉者になる。
「ならば試してみるか? お前たち兄弟二人対、俺の兵五十人だ」
「はあ? 五十人相手でも、あんな動きのトロい連中なら俺らだけで十分だぜ」
 忠信が好戦的な笑みを浮かべ、継信も静かに頷いた。
「若君がそこまで仰るなら、奥州武士の意地、お見せしましょう」
 ***
 模擬戦の舞台は整った。
 木刀に布を巻いた安全な武器だが、当たれば骨折は免れない。
 佐藤兄弟は馬に乗り、意気揚々と距離を取る。対する俺の兵五十名は、徒歩で密集陣形を組み、じっと待ち構えている。
「行くぜぇッ!」
 忠信が叫び、馬腹を蹴った。
 速い。
 雪原を疾走する騎馬の速度は、時速四十キロを超える。その運動エネルギーを乗せた一撃は、歩兵の盾など紙のように突き破る威力がある。通常ならば、歩兵は恐怖で散り散りになり、そこを各個撃破されて終わりだ。
 だが、俺の兵は動じない。
 彼らは知っているからだ。背後にいる指揮官(俺)の計算が、絶対に間違わないことを。
「槍衾(やりぶすま)、構え! 角度三十度!」
 俺の声に反応し、最前列の兵が巨大な盾を地面に突き立て、その後ろから無数の長槍が突き出された。
 まるでハリネズミだ。
 馬という生き物は、本能的に尖った先端の密集に向かって突っ込めない。
「チッ、なら横から崩すまで!」
 忠信は手綱をさばき、急旋回して側面に回り込もうとする。冷静な継信も反対側へ展開し、挟み撃ちを狙う。
 見事な連携だ。個人の技量としては超一流と言っていい。
 しかし、俺の脳内では、彼らの動きはすでに二次元の座標データとして処理されていた。
「第三小隊、散開投擲(とうてき)!」
 陣形の中央が開いた瞬間、そこから飛び出したのは、手に拳大の雪玉――中に石を詰めた模擬弾――を持った投石部隊だった。
 彼らは弓を使わない。弓は習熟に時間がかかるが、投石紐(スリング)を使った投擲なら、農民でも数ヶ月で殺傷力のある速度を出せる。
 ヒュン、ヒュン、ヒュン!
 風を切る音と共に、無数の弾丸が佐藤兄弟を襲う。
「な、なんだコリャ!?」
 忠信が慌てて太刀で払おうとするが、多勢に無勢。馬が嫌がり、足が止まる。
 その一瞬の隙を見逃す俺ではない。
「包囲! 圧縮せよ!」
 ドラムのような太鼓の音と共に、展開していた槍部隊がアメーバのように形を変え、立ち往生した二人を完全に取り囲んだ。
 四方八方から突き出される槍、槍、槍。
 逃げ場はない。
 忠信がどれほど剛剣を振るおうと、一度に十本の槍を弾くことはできない。
「……そこまで」
 俺が静かに告げると、兵たちは即座に槍を引き、整然と元の隊列に戻った。
 雪の上に残されたのは、馬から引きずり下ろされ、雪まみれになった佐藤兄弟の呆然とした姿だけだった。
「……完敗だ」
 兄の継信が、悔しさを通り越して感嘆の息を吐いた。
「個人の武勇が、組織の暴力にこうも無力とは……。若君、これは一体なんという戦術なのですか」
 俺は二人に手を差し伸べた。
「名付けるなら『集団戦(グループ・タクティクス)』だ。一騎当千の英雄などいらない。凡人が百人集まり、一つの意志で動けば、天才をも殺せる。それがこれからの戦だ」
 俺は二人の目を見て、言葉を続けた。
「継信、忠信。お前たちの武勇は素晴らしい。だが、それを古臭い『名誉』のために消費するな。俺のために使え。お前たちが指揮官(オフィサー)となり、この新しい戦術を率いるなら、我々は源平の戦いどころか、大陸の帝国とすら渡り合える」
 忠信が、顔についた雪を拭いながら、ニカっと笑った。
「へっ……負けたよ。あんた、源氏の御曹司だと思ってたが、とんでもねえ『バケモノ』だ。気に入った。俺の命、あんたの作る新しい軍隊に預けるぜ」
「私もです」
 継信が深く頭を下げた。
「あなたの見ている景色、その先を共に見てみたい」
 こうして、俺は最強の両翼を手に入れた。
 冷静沈着な司令官タイプの継信。
 猪突猛進だが現場の士気を高める忠信。
 そして、全てを統括する参謀の弁慶。
 役者は揃った。
 あとは、歴史という名の脚本が、俺たちを舞台に上げるのを待つだけだ。
 ***
 そして、運命の治承四年(一一八〇年)が訪れる。
 春の雪解けと共に、平泉に一報が届いた。
 京の都より、以仁王(もちひとおう)の令旨(りょうじ)――平家追討の命令書が出されたのだ。
 さらに数ヶ月後、伊豆に流されていた兄・源頼朝が、ついに挙兵したとの報せ。
 俺は柳之御所の自室で、その報告書を握りしめていた。
 指先が震えている。恐怖ではない。
 前世の記憶が、魂が、歓喜の声を上げているのだ。
(やっとだ……。やっと、この時が来た)
 現代知識を持つ俺は知っている。
 頼朝の挙兵は、最初は失敗する。石橋山の戦いで惨敗し、房総半島へ逃げ延びる。
 俺が合流すべきタイミングは、彼が再起し、鎌倉に入って勢力を盛り返した直後。黄瀬川の陣だ。
 俺は立ち上がり、壁に掛けてあった刀を手に取った。
 以前、吉次から貰った黄金作りの太刀ではない。
 この数年、奥州の刀鍛冶に指示し、炭素含有量を調整させて作らせた、折れず曲がらず、凄まじい切れ味を誇る実戦刀『薄緑(うすみどり)』。
「行くぞ、弁慶、継信、忠信」
 振り返ると、そこには武装を整えた郎党たちが、すでに跪いて待っていた。
 彼らの目には、迷いはない。
「目指すは鎌倉、黄瀬川。……兄上を助け、平家を滅ぼす。そしてその先に、俺たちの国を作る」
 雌伏の時は終わった。
 北の地で研ぎ澄まされた牙が、いよいよ日本全土へと解き放たれる。
 再誕した源義経の、本当の伝説がここから始まるのだ。
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