『再誕・源義経 ~現代知識と英雄の本能で、二度目の歴史を塗り替える~』

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【疾風・戦神編】

海神の天秤、あるいは鶏を使わぬ賭け

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海がなければ、勝負にならない。
 屋島を落としたとはいえ、平家の主力は未だ健在だ。彼らは瀬戸内の海を知り尽くし、海上要塞のような船団を組んで西へ退いた。
 対する我ら源氏軍は、陸の王者ではあっても、海では赤子同然だ。
「船が足りぬ。それも、ただの船ではない。軍船だ」
 阿波の陣所で、俺は地図を睨みつけていた。
 このまま壇ノ浦へ突っ込めば、海戦の素人である坂東武者たちは、潮の流れに翻弄され、平家の格好の的になる。
「殿」
 弁慶が陣幕をくぐってきた。その顔には、珍しく緊張の色が走っている。
「来ましたぞ。熊野水軍の長、**熊野別当・湛増(たんぞう)**が」
 湛増。
 紀伊半島を支配する熊野水軍の棟梁。彼が率いる二百艘の軍船がどちらにつくかで、源平の運命が決まると言っても過言ではない。
 史実では、彼は「闘鶏(鶏合わせ)」で神意を占い、源氏についたとされる。
 だが、俺は知っている。彼は神にすがるような敬虔な信徒ではない。損得勘定で動く、老獪な海の怪物だ。
 ***
 海岸には、異様な威圧感を放つ男が立っていた。
 潮風に晒された褐色の肌。僧兵のような格好だが、腰には海賊が使う反りの深い太刀を差している。
 背後には、水平線を埋め尽くすほどの軍船団。
「……お初にお目にかかる。源氏の御大将」
 湛増の声は、波音に負けないほど太く響いた。
「噂は聞いているぞ。崖を馬で降り、嵐の海を小舟で渡る狂人だとな」
「狂人ではない。合理主義者と呼んでくれ」
 俺は単身、護衛もつけずに彼の間合いへと歩み寄った。
 湛増の目が光る。俺を試しているのだ。ここで一歩でも引けば、交渉は決裂する。
「単刀直入に言おう、湛増殿。あんたの船を貸せ。俺たちと共に平家を沈めろ」
「ほう。何ゆえに?」
 湛増はニヤリと笑い、懐から二羽の鶏を取り出した。
 赤毛の鶏と、白毛の鶏。
「熊野の神は迷っておられる。長年の恩義ある平家(赤)につくか、勢いのある源氏(白)につくか。……そこでだ。この鶏を戦わせ、勝った方に味方しようと思うのだが」
 周囲の兵たちが息を呑む。
 天下の行方を、たかが鳥の喧嘩で決めるというのか。
 ふざけた話だ。だが、当時の人間にとって「神意」は絶対だ。誰も文句は言えない。
 だが。
 俺は、湛増の手から鶏を奪い取ると、躊躇なくその首をひねった。
 グシャリ。
 鶏が絶命する鈍い音が、静寂を引き裂いた。
「な……っ!?」
 湛増が目を見開く。配下の水軍衆が殺気立ち、武器に手をかける。
「貴様、神の使いを!」
「神などいない!」
 俺は死んだ鶏を砂浜に放り投げ、怒号を飛ばした。
「湛増! あんたほどの男が、自分の運命を鳥畜生に決めさせるのか! 平家についても源氏についても、負ければ一族皆殺しだぞ。それを運任せにするほど、あんたは愚かか!」
 俺は一歩踏み出し、湛増の胸倉を掴み上げた。
「俺を見ろ! 俺は神頼みなどしない。勝てるように準備し、勝てる場所で戦い、勝つべくして勝ってきた。……俺の船に乗れ。そうすれば、神に祈るまでもなく勝たせてやる」
 湛増の顔から、余裕の笑みが消えた。
 至近距離で睨み合う。
 海賊の親玉の殺気と、修羅場をくぐってきた俺の覇気が衝突し、火花が散るようだ。
「……根拠は」
 湛増が低く唸る。
「平家は水軍のプロだ。数で並んだとしても、操船技術では奴らが上だ。どうやって勝つ」
 俺は懐から、一巻の羊皮紙を取り出した。
 前世の知識と、現地での測量を元に作成した**「潮流図」**だ。
「壇ノ浦の潮は生き物だ。一日に四度、流れを変える。平家はその流れを知っているつもりだろうが、俺は『分単位』で知っている」
 俺は図面を広げ、指でなぞった。
「開戦はおそらく午前。潮は東へ流れる。平家に有利だ。……だが、正午を過ぎれば逆転する。その瞬間、潮の流れは時速八ノットを超える激流となり、平家の船団を飲み込む壁となる」
 俺は湛増の目を射抜いた。
「俺はその『転換点(ターニングポイント)』を知っている。あんたの水軍は、その時が来るまで耐えればいい。潮が変わった瞬間、俺が合図を出す。そうすれば、あとは海が勝手に平家を殺してくれる」
 湛増が図面を覗き込む。
 海に生きる彼だからこそ、その図面の精緻さと、そこに込められた恐るべき計算が見て取れたはずだ。
 これは占いではない。未来予知にも等しい科学だ。
「……恐ろしい男だ」
 湛増がふっと息を吐き、手を離した。
「神意すらねじ伏せるか、源九郎。……よかろう」
 湛増は配下に向かって叫んだ。
「野郎ども! 白旗を掲げろ! 我らは源氏につくぞ!」
「「応ッ!!」」
 水軍衆の野太い声が轟く。
「ただし、条件がある」
 湛増が俺に耳打ちした。
「勝った暁には、日宋貿易の利権、熊野にも分けてもらおうか」
「約束する。堺だけでなく、紀伊の湊も国際港にしてやる」
 商談成立だ。
 これで手駒は揃った。
 熊野水軍二百艘、河野水軍などを合わせれば、総勢八百艘。平家の五百艘を数では凌駕した。
 ***
 その夜。
 俺は一人、波打ち際で太刀の手入れをしていた。
 月明かりの下、刀身の波紋が冷たく輝く。
「……義経」
 背後から声をかけられた。
 振り返ると、一人の男が立っていた。捕虜となった平家の雑兵……ではない。
 ボロボロの直垂(ひたたれ)を着ているが、その屈強な肉体と鋭い眼光は隠せようもない。
 平教経(たいらののりつね)。
 屋島で俺と刃を交え、姿を消したはずの男。
「……殺しに来たか」
 俺は手入れの手を止めずに聞いた。
 教経は首を振った。その顔には、深い疲労と、それ以上の苦悩が刻まれている。
「分からなくなった」
 彼は砂浜にドカと座り込んだ。
「宗盛兄上は、帝(安徳天皇)を連れて壇ノ浦へ逃げ込んだ。あそこは袋小路だ。もう逃げ場はない。……平家は終わる。あんたの言った通りだ」
 教経は拳を握りしめ、砂を噛むように言った。
「俺は武人だ。主君と共に死ぬのが誉れだと教わってきた。だが……あんな、自分だけ助かろうとする連中のために死ぬのが、本当に武士道なのか?」
 俺は太刀を鞘に納め、彼の隣に座った。
「教経。お前が守りたいのは『平家』という看板か? それとも『日本(ひのもと)』か?」
「……何?」
「平家が滅んでも、国は残る。民も残る。俺は、この国を強くしたい。外敵に脅かされず、飢えることのない国に。そのためには、お前のような強い男が必要なんだ」
 俺は懐から、一通の書状を取り出した。
 それは、俺が描いた「新国家構想図」。
 鎌倉(武力)と奥州(経済)の二極体制。そして大陸との交易ルート。
「俺についても、栄華は約束できない。兄・頼朝との殺し合いが待っているかもしれない。だが……退屈はさせないぞ」
 教経は書状を受け取り、月明かりでじっと読んでいた。
 やがて、彼は書状を懐にしまい、立ち上がった。
「……壇ノ浦で、最後の奉公をする」
 教経は海を見た。
「俺は一度戻る。そして、帝と二位の尼様だけは、何としてもお救いする。それが俺の、平家に対する最後のけじめだ」
 彼は俺を見下ろし、ニヤリと笑った。初めて見せる、憑き物が落ちたような快活な笑みだった。
「その上で、もし俺が生きていたら……その時は、あんたの夢に乗ってやる。地獄の底まで付き合ってやるよ、大将」
「約束だぞ」
 俺は拳を突き出した。
 教経はその拳をゴツンと自分の拳で突き返し、闇の中へと消えていった。
 最強の敵との、密約。
 これで役者は揃った。
 次は、いよいよ最終決戦・壇ノ浦。
 潮の流れ、船の数、そして人の心。全ての要素が、関門海峡という一点に収束していく。
 俺は海に向かって、静かに宣言した。
「待っていろ、平家。そして兄上。……歴史が変わる瞬間を、特等席で見せてやる」
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