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【疾風・戦神編】
最強の敵、そして運命を逸らす盾
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屋島の闇は、血と潮の匂いで満ちていた。
那須与一が扇を射抜いた余韻など、もはや微塵もない。あるのは泥沼の乱戦だ。
陸に上がった源氏軍と、船から応戦する平家軍。
矢が雨あられと飛び交い、松明の明かりが水面に揺れる修羅場の中、俺は一点を見つめていた。
来る。必ず来る。
俺の歴史知識(記憶)が、警報を鳴らしている。
この屋島の戦いで、俺の愛すべき家臣――佐藤継信(つぐのぶ)が死ぬはずだった。
だが、前回の改変で継信は生き残り、後方にいる。
ならば、歴史の修正力はどこへ向かう?
「……大将! 危ない!」
鋭い叫びと共に、俺の前に立ちはだかる影があった。
佐藤忠信(ただのぶ)だ。
継信の弟。兄が前線を退いた今、俺を守るのは自分の使命だと、その背中が語っている。
ヒョォォォッ!!
闇を裂いて、極太の強弓が飛来した。
狙いは俺の眉間。
だが、忠信がそれを遮るように身体を投げ出した。
史実の再現だ。このままでは、忠信が俺の身代わりとなって死ぬ。
「させんッ!!」
俺は忠信の襟首を掴み、強引に後ろへ引き倒した。
同時に、持っていた鉄扇を顔の前にかざす。
ガギィンッ!!
凄まじい衝撃が手首を襲った。
鉄扇がひしゃげ、火花が散る。
矢は俺の頬をかすめ、背後の松の木に深々と突き刺さった。
「……大将!?」
尻餅をついた忠信が、信じられないものを見る目で俺を見上げている。
「なぜ……! 私が盾になれば、大将は無傷で済んだものを!」
「ふざけるな!」
俺は怒鳴りつけた。
冷や汗が止まらない。あと数センチで俺の頭は柘榴(ざくろ)になっていた。
「俺を守って死ぬのが忠義か? 違う! 生きて俺の覇業を見届けるのがお前の仕事だ! 二度と俺の前に飛び出すな!」
俺は忠信を怒鳴りつけながら、矢の飛んできた方角を睨み据えた。
この強烈な殺気。
一ノ谷で継信を再起不能にした、あの男だ。
波打ち際の岩場に、鬼が立っていた。
身の丈六尺(約180cm)を超える巨躯。豪奢な大鎧を着込み、丸太のような腕で剛弓を構えている。
平家最強の猛将、能登守(のとのかみ)・平教経(たいらののりつね)。
「……チッ。外しおったか」
教経が舌打ちをする。
その目は、獲物を狙う猛禽のようにギラギラと輝いていた。
「源九郎。小賢しい真似を。そこな雑魚を盾にすれば楽に死ねたものを」
「教経!」
俺は馬を進めた。弁慶たちが制止するのを手で払いのける。
「相変わらずだな。総大将の宗盛(むねもり)殿はとっくに沖へ逃げたぞ。なぜお前だけが殿(しんがり)に残って戦う?」
教経は弓を捨て、背中の巨大な太刀を抜いた。
「宗盛兄上がどうあれ、俺は平家の武人よ。貴様ら源氏の薄汚い野望、この俺がへし折ってくれる!」
教経が跳んだ。
岩場を一足飛びに駆け抜け、俺に肉薄する。
速い。巨体に似合わぬ俊敏さ。
俺は『薄緑』を抜き放ち、その斬撃を受け止める――つもりはなかった。
受ければ折れる。
俺は馬上で身体を沈め、紙一重で刃をかわす。風圧だけで肌が切れるようだ。
「くたばれェッ!」
返しの刃が襲う。
俺は馬の腹を蹴り、強引に体当たりを敢行した。
ドォン!
馬ごとの衝突。教経がたたらを踏む。
その隙に俺は距離を取り、叫んだ。
「教経! お前ほどの男が、なぜ腐った平家と心中する!」
「何だと?」
「見ただろう! 一ノ谷でも、ここ屋島でも、お前の主君たちは真っ先に逃げた! 兵を見捨て、女子供を見捨ててな! そんな連中に、お前の命を捧げる価値があるのか!」
教経の動きが、一瞬止まった。
痛いところを突かれた顔だ。
彼は武の化身だが、愚かではない。平家上層部の腐敗と臆病さに、誰よりも絶望しているのは彼自身のはずだ。
「……黙れ」
教経の声が低く響く。
「腐っても平家は我が家。裏切ることなどできぬ」
「裏切りではない! 『見限る』のだ!」
俺は太刀を下ろし、彼を見据えた。
こいつを殺すのは惜しい。
史実では、彼は壇ノ浦で俺を道連れにしようとして海に沈む。だが、この圧倒的な武力、この純粋な武士道。もし味方にできれば……。
「俺に来い、教経! 以前の世などどうでもいい。俺が作るのは、お前のような本物の武人が報われる国だ! 逃げ回る貴族の番犬で終わるつもりか!」
戦場に、奇妙な静寂が落ちた。
源氏の兵も、平家の兵も、二人の対峙を固唾を飲んで見守っている。
教経の瞳が揺れた。
怒り、葛藤、そして微かな期待。
だが、彼は首を振った。
「……戯言(たわごと)を」
教経は太刀を構え直した。だが、そこから先ほどの殺気は消えていた。
「源義経。貴様が作る国とやら……地獄の底から見物してやる。だが今はまだ、その時ではない!」
教経は懐から焙烙(ほうろく・火薬玉)を取り出し、地面に叩きつけた。
爆音と白煙。
視界が遮られる。
「追うな!」
俺は兵を止めた。
煙が晴れたとき、教経の姿は消え、沖へ向かう小舟に乗っていた。
彼は船上から、じっと俺を見ていた。憎しみではなく、何かを値踏みするような目で。
「……逃がしましたな」
弁慶が安堵の息を吐く。
「あやつ、化け物です。まともにやり合えば、こちらの被害も甚大でしたでしょう」
「ああ。だが、種は蒔いた」
俺は鞘に刀を納めた。
教経の心に楔(くさび)は打ち込んだ。
彼は迷い始めている。沈みゆく船と心中するか、それとも武人としての新たな道を生きるか。
足元では、忠信がまだへたり込んでいた。
「……大将」
「立て、忠信。お前の命は俺のものだと言ったろう。勝手に使い捨てるな」
俺は手を差し伸べた。
忠信はその手を強く握り返し、涙ぐみながら立ち上がった。
史実の悲劇は回避した。
佐藤兄弟は二人とも生き残り、最強の敵・平教経との間にも、奇妙な因縁が生まれた。
屋島は落ちた。
平家はいよいよ、最後の拠点――長門国・壇ノ浦へと追い詰められる。
そこは、海流が渦巻く死の海峡。
「行くぞ。次が最後だ」
俺は西の空を見上げた。
夜明け前の空に、一番星が光っていた。
それは平家の滅亡を告げる凶星か、それとも新しい国を照らす希望の光か。
決戦の時は近い。
俺は、教経を仲間に引き入れる算段を、頭の中で巡らせ始めていた。
那須与一が扇を射抜いた余韻など、もはや微塵もない。あるのは泥沼の乱戦だ。
陸に上がった源氏軍と、船から応戦する平家軍。
矢が雨あられと飛び交い、松明の明かりが水面に揺れる修羅場の中、俺は一点を見つめていた。
来る。必ず来る。
俺の歴史知識(記憶)が、警報を鳴らしている。
この屋島の戦いで、俺の愛すべき家臣――佐藤継信(つぐのぶ)が死ぬはずだった。
だが、前回の改変で継信は生き残り、後方にいる。
ならば、歴史の修正力はどこへ向かう?
「……大将! 危ない!」
鋭い叫びと共に、俺の前に立ちはだかる影があった。
佐藤忠信(ただのぶ)だ。
継信の弟。兄が前線を退いた今、俺を守るのは自分の使命だと、その背中が語っている。
ヒョォォォッ!!
闇を裂いて、極太の強弓が飛来した。
狙いは俺の眉間。
だが、忠信がそれを遮るように身体を投げ出した。
史実の再現だ。このままでは、忠信が俺の身代わりとなって死ぬ。
「させんッ!!」
俺は忠信の襟首を掴み、強引に後ろへ引き倒した。
同時に、持っていた鉄扇を顔の前にかざす。
ガギィンッ!!
凄まじい衝撃が手首を襲った。
鉄扇がひしゃげ、火花が散る。
矢は俺の頬をかすめ、背後の松の木に深々と突き刺さった。
「……大将!?」
尻餅をついた忠信が、信じられないものを見る目で俺を見上げている。
「なぜ……! 私が盾になれば、大将は無傷で済んだものを!」
「ふざけるな!」
俺は怒鳴りつけた。
冷や汗が止まらない。あと数センチで俺の頭は柘榴(ざくろ)になっていた。
「俺を守って死ぬのが忠義か? 違う! 生きて俺の覇業を見届けるのがお前の仕事だ! 二度と俺の前に飛び出すな!」
俺は忠信を怒鳴りつけながら、矢の飛んできた方角を睨み据えた。
この強烈な殺気。
一ノ谷で継信を再起不能にした、あの男だ。
波打ち際の岩場に、鬼が立っていた。
身の丈六尺(約180cm)を超える巨躯。豪奢な大鎧を着込み、丸太のような腕で剛弓を構えている。
平家最強の猛将、能登守(のとのかみ)・平教経(たいらののりつね)。
「……チッ。外しおったか」
教経が舌打ちをする。
その目は、獲物を狙う猛禽のようにギラギラと輝いていた。
「源九郎。小賢しい真似を。そこな雑魚を盾にすれば楽に死ねたものを」
「教経!」
俺は馬を進めた。弁慶たちが制止するのを手で払いのける。
「相変わらずだな。総大将の宗盛(むねもり)殿はとっくに沖へ逃げたぞ。なぜお前だけが殿(しんがり)に残って戦う?」
教経は弓を捨て、背中の巨大な太刀を抜いた。
「宗盛兄上がどうあれ、俺は平家の武人よ。貴様ら源氏の薄汚い野望、この俺がへし折ってくれる!」
教経が跳んだ。
岩場を一足飛びに駆け抜け、俺に肉薄する。
速い。巨体に似合わぬ俊敏さ。
俺は『薄緑』を抜き放ち、その斬撃を受け止める――つもりはなかった。
受ければ折れる。
俺は馬上で身体を沈め、紙一重で刃をかわす。風圧だけで肌が切れるようだ。
「くたばれェッ!」
返しの刃が襲う。
俺は馬の腹を蹴り、強引に体当たりを敢行した。
ドォン!
馬ごとの衝突。教経がたたらを踏む。
その隙に俺は距離を取り、叫んだ。
「教経! お前ほどの男が、なぜ腐った平家と心中する!」
「何だと?」
「見ただろう! 一ノ谷でも、ここ屋島でも、お前の主君たちは真っ先に逃げた! 兵を見捨て、女子供を見捨ててな! そんな連中に、お前の命を捧げる価値があるのか!」
教経の動きが、一瞬止まった。
痛いところを突かれた顔だ。
彼は武の化身だが、愚かではない。平家上層部の腐敗と臆病さに、誰よりも絶望しているのは彼自身のはずだ。
「……黙れ」
教経の声が低く響く。
「腐っても平家は我が家。裏切ることなどできぬ」
「裏切りではない! 『見限る』のだ!」
俺は太刀を下ろし、彼を見据えた。
こいつを殺すのは惜しい。
史実では、彼は壇ノ浦で俺を道連れにしようとして海に沈む。だが、この圧倒的な武力、この純粋な武士道。もし味方にできれば……。
「俺に来い、教経! 以前の世などどうでもいい。俺が作るのは、お前のような本物の武人が報われる国だ! 逃げ回る貴族の番犬で終わるつもりか!」
戦場に、奇妙な静寂が落ちた。
源氏の兵も、平家の兵も、二人の対峙を固唾を飲んで見守っている。
教経の瞳が揺れた。
怒り、葛藤、そして微かな期待。
だが、彼は首を振った。
「……戯言(たわごと)を」
教経は太刀を構え直した。だが、そこから先ほどの殺気は消えていた。
「源義経。貴様が作る国とやら……地獄の底から見物してやる。だが今はまだ、その時ではない!」
教経は懐から焙烙(ほうろく・火薬玉)を取り出し、地面に叩きつけた。
爆音と白煙。
視界が遮られる。
「追うな!」
俺は兵を止めた。
煙が晴れたとき、教経の姿は消え、沖へ向かう小舟に乗っていた。
彼は船上から、じっと俺を見ていた。憎しみではなく、何かを値踏みするような目で。
「……逃がしましたな」
弁慶が安堵の息を吐く。
「あやつ、化け物です。まともにやり合えば、こちらの被害も甚大でしたでしょう」
「ああ。だが、種は蒔いた」
俺は鞘に刀を納めた。
教経の心に楔(くさび)は打ち込んだ。
彼は迷い始めている。沈みゆく船と心中するか、それとも武人としての新たな道を生きるか。
足元では、忠信がまだへたり込んでいた。
「……大将」
「立て、忠信。お前の命は俺のものだと言ったろう。勝手に使い捨てるな」
俺は手を差し伸べた。
忠信はその手を強く握り返し、涙ぐみながら立ち上がった。
史実の悲劇は回避した。
佐藤兄弟は二人とも生き残り、最強の敵・平教経との間にも、奇妙な因縁が生まれた。
屋島は落ちた。
平家はいよいよ、最後の拠点――長門国・壇ノ浦へと追い詰められる。
そこは、海流が渦巻く死の海峡。
「行くぞ。次が最後だ」
俺は西の空を見上げた。
夜明け前の空に、一番星が光っていた。
それは平家の滅亡を告げる凶星か、それとも新しい国を照らす希望の光か。
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