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【孤影・流転編】
阿津賀志山、二十八万の悪夢
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文治五年(一一八九年)八月。
奥州の玄関口、福島・阿津賀志山(あつかしやま)。
大地が震えていた。
地震ではない。鎌倉から押し寄せた二十八万騎という、日本史上かつてない大軍勢の蹄(ひづめ)の音だ。
地平線を埋め尽くす「笹竜胆(ささりんどう)」の旗印。その光景は、もはや軍隊というよりは、全てを食らい尽くすイナゴの災害そのものだった。
「……ひ、ひぃぃ……」
防衛線の櫓(やぐら)の上で、藤原泰衡が腰を抜かしていた。
「無理だ、義経! あんな数、どうやって止める! こちらは全軍合わせても二万だぞ! 十倍以上の敵に勝てるわけがない!」
周囲の兵たちも、顔面蒼白で震えている。絶望というウイルスが蔓延していた。
だが、俺は冷静に眼下の敵を見下ろしていた。
「泰衡殿。算術の問題です」
俺は静かに言った。
「二十八万といっても、一度に戦えるのは最前線の数千だけ。ここは山と川に挟まれた狭い回廊(ボトルネック)だ。彼らの『数』という利点は、ここでは渋滞という『弱点』に変わる」
俺は扇子で前方を指し示した。
そこには、俺が半年かけて構築させた、異様な光景が広がっていた。
全長三キロに及ぶ、巨大な**「空堀(からぼり)」と「土塁」。
ただの溝ではない。現代の土木工学を用い、馬が絶対に飛び越えられない角度と深さで計算された、対騎馬用防御ライン。
史実にも「阿津賀志山の防塁」は存在するが、俺が作ったのはその強化版――「殺戮領域(キルゾーン)」**付きの要塞だ。
「見ているがいい。今日、古い戦争の常識が死ぬ」
***
鎌倉軍先陣、畠山重忠(はたけやましげただ)。
坂東武者の鑑(かがみ)と謳われる猛将は、馬上で眉をひそめていた。
「……妙だな」
重忠は、目の前に立ちはだかる土の壁を見上げた。
敵の姿が見えない。矢も飛んでこない。不気味なほどの静寂。
「奥州の田舎侍ども、恐れをなして逃げたか? ……いや、義経殿がいるなら、ただで済むはずがない」
だが、背後からは後続部隊が押し寄せている。止まることは許されない。
「進めぇッ! 土塁を乗り越え、平泉まで駆け抜けろ!」
どっと喚声が上がり、数千の騎馬が一斉に突撃を開始した。
彼らは知らなかった。
その土塁の手前が、踏み込めば二度と出られない泥沼のように、柔らかく掘り返されていることを。
ズボッ。
先頭の馬が足を取られ、転倒した。
そこへ後続が突っ込み、将棋倒しになる。
「な、なんだ!? 地面が……!」
重忠が叫ぶ。
動きの止まったその瞬間、土塁の上から号令が響いた。
「撃てェッ!!」
ヒュンヒュンヒュンッ!!
空を黒く塗りつぶすほどの矢の雨。
だが、ただの矢ではない。鏃(やじり)が重く、鎧を貫通するために特化した「徹甲矢(アーマーピアッシング)」だ。
密集して動けない鎌倉兵たちは、格好の的だった。
悲鳴。絶叫。馬のいななき。
数秒前まで威容を誇っていた軍団が、一瞬で地獄絵図と化す。
「ひるむな! 盾を構えて乗り越えろ!」
重忠が叱咤し、精鋭たちが矢の雨をかいくぐって土塁に取り付く。
さすがは坂東武者だ。死を恐れぬ突撃精神は本物だ。
だが、俺はそれすらも「計算」していた。
「……引きつけろ」
櫓の上で、俺は右手を挙げた。
敵が土塁の真下、もっとも密集した瞬間。
「今だ。……雷(いかずち)を落とせ」
俺が手を振り下ろすと同時に、投石機が唸りを上げた。
飛んでいくのは石ではない。
導火線に火がついた、素焼きの壺――**震天雷(しんてんらい)**だ。
ヒュルルルル……
壺は放物線を描き、鎌倉軍の密集地帯へと吸い込まれていく。
「なんだあれは? 酒瓶か?」
兵士の一人が見上げた、次の瞬間。
カッ!!
ズドォォォォォォンッ!!
閃光。そして鼓膜を破壊する爆音。
爆風が人を吹き飛ばし、破片が鎧を貫く。
だが、最大の被害は「音」だった。
未知の爆音に、馬たちが完全に狂乱したのだ。
「ヒヒィィィンッ!!」
制御不能になった数千頭の馬が、敵味方関係なく暴れ回り、主(あるじ)を振り落とし、踏み砕く。
鎌倉軍は大混乱(パニック)に陥った。
そこに統制などない。あるのは、正体不明の「雷」への原始的な恐怖だけ。
「ば、化け物だ……! 奥州は妖術を使うぞ!」
「逃げろ! 祟られるぞ!」
前線が崩壊した。
二十八万の大軍が、我先にと背を向けて逃げ出し、互いを踏みつけ合う。
俺はその光景を、冷徹に見下ろしていた。
「……見たか、兄上。これが『技術格差』というものだ」
隣で見ていた泰衡は、腰を抜かしたまま震えていたが、その表情は先ほどとは違っていた。
恐怖ではない。
圧倒的な勝利への、興奮と陶酔。
「か、勝った……。あの大軍が、ゴミのようだ……」
「まだです。これは挨拶代わりの一撃」
俺は『薄緑』を抜き、全軍に命じた。
「追撃だ! 長槍隊、前へ! 混乱した敵を押し包み、一兵たりとも阿津賀志山を越えさせるな!」
奥州軍の五百本の槍が、整然と前進を開始する。
それは、ただの防衛戦の終わりではない。
鎌倉幕府という絶対権威が、泥にまみれて敗北する、歴史の転換点だった。
戦場の後方。
鎌倉本陣の源頼朝は、遠く響く爆音と、崩れ立つ前線を見て、扇子を握りしめる手に血が滲むほど力を込めていた。
「……九郎。お前は……人間であることを辞めたか」
兄弟の戦争は、未知の領域へと突入した。
次は、頼朝自身が動く。
魔王が本気になった時、俺の科学がどこまで通用するか。
本当の地獄は、まだこれからだ。
奥州の玄関口、福島・阿津賀志山(あつかしやま)。
大地が震えていた。
地震ではない。鎌倉から押し寄せた二十八万騎という、日本史上かつてない大軍勢の蹄(ひづめ)の音だ。
地平線を埋め尽くす「笹竜胆(ささりんどう)」の旗印。その光景は、もはや軍隊というよりは、全てを食らい尽くすイナゴの災害そのものだった。
「……ひ、ひぃぃ……」
防衛線の櫓(やぐら)の上で、藤原泰衡が腰を抜かしていた。
「無理だ、義経! あんな数、どうやって止める! こちらは全軍合わせても二万だぞ! 十倍以上の敵に勝てるわけがない!」
周囲の兵たちも、顔面蒼白で震えている。絶望というウイルスが蔓延していた。
だが、俺は冷静に眼下の敵を見下ろしていた。
「泰衡殿。算術の問題です」
俺は静かに言った。
「二十八万といっても、一度に戦えるのは最前線の数千だけ。ここは山と川に挟まれた狭い回廊(ボトルネック)だ。彼らの『数』という利点は、ここでは渋滞という『弱点』に変わる」
俺は扇子で前方を指し示した。
そこには、俺が半年かけて構築させた、異様な光景が広がっていた。
全長三キロに及ぶ、巨大な**「空堀(からぼり)」と「土塁」。
ただの溝ではない。現代の土木工学を用い、馬が絶対に飛び越えられない角度と深さで計算された、対騎馬用防御ライン。
史実にも「阿津賀志山の防塁」は存在するが、俺が作ったのはその強化版――「殺戮領域(キルゾーン)」**付きの要塞だ。
「見ているがいい。今日、古い戦争の常識が死ぬ」
***
鎌倉軍先陣、畠山重忠(はたけやましげただ)。
坂東武者の鑑(かがみ)と謳われる猛将は、馬上で眉をひそめていた。
「……妙だな」
重忠は、目の前に立ちはだかる土の壁を見上げた。
敵の姿が見えない。矢も飛んでこない。不気味なほどの静寂。
「奥州の田舎侍ども、恐れをなして逃げたか? ……いや、義経殿がいるなら、ただで済むはずがない」
だが、背後からは後続部隊が押し寄せている。止まることは許されない。
「進めぇッ! 土塁を乗り越え、平泉まで駆け抜けろ!」
どっと喚声が上がり、数千の騎馬が一斉に突撃を開始した。
彼らは知らなかった。
その土塁の手前が、踏み込めば二度と出られない泥沼のように、柔らかく掘り返されていることを。
ズボッ。
先頭の馬が足を取られ、転倒した。
そこへ後続が突っ込み、将棋倒しになる。
「な、なんだ!? 地面が……!」
重忠が叫ぶ。
動きの止まったその瞬間、土塁の上から号令が響いた。
「撃てェッ!!」
ヒュンヒュンヒュンッ!!
空を黒く塗りつぶすほどの矢の雨。
だが、ただの矢ではない。鏃(やじり)が重く、鎧を貫通するために特化した「徹甲矢(アーマーピアッシング)」だ。
密集して動けない鎌倉兵たちは、格好の的だった。
悲鳴。絶叫。馬のいななき。
数秒前まで威容を誇っていた軍団が、一瞬で地獄絵図と化す。
「ひるむな! 盾を構えて乗り越えろ!」
重忠が叱咤し、精鋭たちが矢の雨をかいくぐって土塁に取り付く。
さすがは坂東武者だ。死を恐れぬ突撃精神は本物だ。
だが、俺はそれすらも「計算」していた。
「……引きつけろ」
櫓の上で、俺は右手を挙げた。
敵が土塁の真下、もっとも密集した瞬間。
「今だ。……雷(いかずち)を落とせ」
俺が手を振り下ろすと同時に、投石機が唸りを上げた。
飛んでいくのは石ではない。
導火線に火がついた、素焼きの壺――**震天雷(しんてんらい)**だ。
ヒュルルルル……
壺は放物線を描き、鎌倉軍の密集地帯へと吸い込まれていく。
「なんだあれは? 酒瓶か?」
兵士の一人が見上げた、次の瞬間。
カッ!!
ズドォォォォォォンッ!!
閃光。そして鼓膜を破壊する爆音。
爆風が人を吹き飛ばし、破片が鎧を貫く。
だが、最大の被害は「音」だった。
未知の爆音に、馬たちが完全に狂乱したのだ。
「ヒヒィィィンッ!!」
制御不能になった数千頭の馬が、敵味方関係なく暴れ回り、主(あるじ)を振り落とし、踏み砕く。
鎌倉軍は大混乱(パニック)に陥った。
そこに統制などない。あるのは、正体不明の「雷」への原始的な恐怖だけ。
「ば、化け物だ……! 奥州は妖術を使うぞ!」
「逃げろ! 祟られるぞ!」
前線が崩壊した。
二十八万の大軍が、我先にと背を向けて逃げ出し、互いを踏みつけ合う。
俺はその光景を、冷徹に見下ろしていた。
「……見たか、兄上。これが『技術格差』というものだ」
隣で見ていた泰衡は、腰を抜かしたまま震えていたが、その表情は先ほどとは違っていた。
恐怖ではない。
圧倒的な勝利への、興奮と陶酔。
「か、勝った……。あの大軍が、ゴミのようだ……」
「まだです。これは挨拶代わりの一撃」
俺は『薄緑』を抜き、全軍に命じた。
「追撃だ! 長槍隊、前へ! 混乱した敵を押し包み、一兵たりとも阿津賀志山を越えさせるな!」
奥州軍の五百本の槍が、整然と前進を開始する。
それは、ただの防衛戦の終わりではない。
鎌倉幕府という絶対権威が、泥にまみれて敗北する、歴史の転換点だった。
戦場の後方。
鎌倉本陣の源頼朝は、遠く響く爆音と、崩れ立つ前線を見て、扇子を握りしめる手に血が滲むほど力を込めていた。
「……九郎。お前は……人間であることを辞めたか」
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