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【孤影・流転編】
帝の刻印、あるいは黒き雷の産声
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文治五年(一一八九年)、初夏。
平泉の風には、血の匂いが混じり始めていた。
鎌倉の源頼朝が、ついにジョーカーを切ったのだ。
『奥州追討の宣旨(せんじ)』。
朝廷から正式に出された、「藤原泰衡と源義経を討て」という命令書。
これにより、我々はただの地方政権から、国家公認の**「朝敵(テロリスト)」**へと堕とされた。
「……終わりだ。もう、おしまいだ……!」
柳之御所。藤原泰衡は、震える手で顔を覆い、床に蹲(うずくま)っていた。
経済的な成功で得た自信など、朝廷という絶対権威の前では砂の城のように崩れ去った。
「義経! お前のせいだ! お前さえいなければ、奥州は『賊』になどならなかった! 父上の遺言など知るか! 今すぐお前の首を鎌倉へ送れば、まだ助かるかもしれん!」
泰衡が叫ぶ。その目は恐怖で濁り、錯乱している。
周囲の重臣たちも、同様に動揺し、俺を見る目に敵意を宿している。
史実では、この圧力に屈した泰衡が俺を襲撃し、衣川で自害に追い込む。
まさに今、歴史の修正力が俺の首に手をかけている。
だが、俺は動じなかった。
泰衡の前に歩み寄り、その肩を掴んで無理やり立たせた。
「目を覚ませ、泰衡!」
「ひっ!?」
「紙切れ一枚で死ぬつもりか! 帝の判子が押してあれば、お前の家族や民を殺してもいいという理屈になるのか!」
俺は泰衡を睨みつけた。
「賊軍? 上等だ。勝てば我々が官軍になる。それが歴史だ。……鎌倉が攻めてくるなら迎え撃つ。そのための『牙』は、もう研いである」
俺は泰衡の手を引き、強引に屋敷の外へ連れ出した。
***
平泉の郊外、山深くにある隠し洞窟。
そこは、鼻を突く硫黄の臭いで満ちていた。
「……こ、これは……?」
泰衡がハンカチで鼻を押さえながら尋ねる。
「金売り吉次が大陸から持ち込んだ知識と、奥州の資源の結晶です」
俺が指差した先には、素焼きの壺が無数に並べられていた。
中身は、硝石、硫黄、木炭を調合した黒い粉。
黒色火薬だ。
現代の知識を持つ俺が、成分比率を最適化した特製品。
「試してみましょう」
俺は導火線をつけた壺を、岩場の陰に設置した。
火種を近づける。
導火線がジジジと音を立てて燃え進む。
「耳を塞いでください」
俺と泰衡が岩陰に身を隠した、その瞬間。
ドゴォォォォォンッ!!
鼓膜を破るような轟音。
地面が揺れ、岩の破片がバラバラと降り注ぐ。
土煙が晴れた後には、巨大な岩が粉々に砕け散り、黒く焦げたクレーターが残っていた。
「な……あ……」
泰衡は腰を抜かし、パクパクと口を開閉させている。
言葉にならない恐怖。それは「未知の暴力」に対する根源的な畏れだ。
「これを『震天雷(しんてんらい)』と名付けました」
俺は泰衡に手を差し伸べた。
「鎌倉の武士は、これを知らない。密集した軍勢にこれを撃ち込めばどうなるか。……数万の軍勢も、一瞬でパニックに陥り壊滅します」
泰衡の目に、再び光が戻った。
それは希望というよりは、あまりに強大な力に魅入られた者の、狂信的な光だった。
「……雷(いかずち)だ。我々は、雷を手に入れたのか」
***
その夜。洞窟の工房。
俺は一人、火薬の調合比率を記録していた。
護衛の弁慶は表で見張りをしている。
ふと、背筋に冷たいものが走った。
殺気。
それも、ただの殺気ではない。気配を完全に殺した、プロの暗殺者のものだ。
「……客か」
俺が呟いたのと同時に、天井から黒い影が落ちてきた。
音もなく着地した三つの影。
顔は黒布で覆われ、手には短い忍者刀。
鎌倉が放った隠密部隊――後の「御庭番(おにわばん)」の原型となるスパイたちだ。狙いは火薬庫の爆破か。
「弁慶!」
俺が叫ぶより早く、表の扉が蹴破られた。
弁慶が巨体を躍らせて飛び込んでくる。
「殿! 囲まれております!」
「火を使わせるな! ここで爆発すれば山ごと吹き飛ぶぞ!」
俺は『薄緑』を抜き、手近な影に斬りかかった。
敵は速い。剣戟(けんげき)を受け流し、毒を塗ったクナイを投げてくる。
俺はそれを鉄扇で弾き、踏み込んで胴を薙ぐ。
手応えあり。影の一つが崩れ落ちる。
だが、残りの影が火種――松明を火薬壺へ投げようとした。
「させぬわァッ!!」
弁慶が吠えた。
薙刀ではない。彼はとっさに近くにあった「火薬の詰まっていない空の壺」を掴み、剛速球で投げつけた。
ガシャァン!
空中の松明に壺が直撃し、火種ごと壁に叩きつけられて消火される。
「今だ、やれ!」
俺の合図で、物陰から潜んでいた佐藤兄弟が飛び出した。
不意を突かれた暗殺者たちは、一瞬で取り押さえられ、関節を外されて無力化された。
「……ふぅ」
俺は額の汗を拭った。
ギリギリだった。もし火薬に引火していれば、俺たちは歴史から消し飛んでいた。
俺は捕らえた暗殺者の一人の覆面を剥いだ。
見覚えのない、のっぺらぼうのような特徴のない顔。
だが、その懐から出てきたのは、鎌倉幕府の紋が入った短刀だった。
「……頼朝公も、焦っておられるようですな」
弁慶が荒い息で言う。
「このような搦め手を使ってくるとは」
「ああ。焦っている証拠だ」
俺は短刀を放り捨てた。
「院宣も、暗殺も、すべては俺たちが怖いからだ。……自信を持て、弁慶。俺たちは今、日本最強の軍事機密を握っている」
俺は工房の奥に積まれた「黒い粉」を見つめた。
これは、ただの兵器ではない。
時代のルールを変える鍵だ。
個人の武勇も、家柄も、精神論も、すべてを等しく爆風で吹き飛ばす「近代」の予兆。
「泰衡殿の腹も決まっただろう。これで迎え撃てる」
外に出ると、東の空が白み始めていた。
鎌倉軍二十八万騎、発進の報が届くのは、もう間もなくだった。
奥州合戦(おうしゅうかっせん)。
史実では一方的な虐殺に終わったこの戦いが、今、全く異なる「ハイテク戦争」へと変貌しようとしていた。
平泉の風には、血の匂いが混じり始めていた。
鎌倉の源頼朝が、ついにジョーカーを切ったのだ。
『奥州追討の宣旨(せんじ)』。
朝廷から正式に出された、「藤原泰衡と源義経を討て」という命令書。
これにより、我々はただの地方政権から、国家公認の**「朝敵(テロリスト)」**へと堕とされた。
「……終わりだ。もう、おしまいだ……!」
柳之御所。藤原泰衡は、震える手で顔を覆い、床に蹲(うずくま)っていた。
経済的な成功で得た自信など、朝廷という絶対権威の前では砂の城のように崩れ去った。
「義経! お前のせいだ! お前さえいなければ、奥州は『賊』になどならなかった! 父上の遺言など知るか! 今すぐお前の首を鎌倉へ送れば、まだ助かるかもしれん!」
泰衡が叫ぶ。その目は恐怖で濁り、錯乱している。
周囲の重臣たちも、同様に動揺し、俺を見る目に敵意を宿している。
史実では、この圧力に屈した泰衡が俺を襲撃し、衣川で自害に追い込む。
まさに今、歴史の修正力が俺の首に手をかけている。
だが、俺は動じなかった。
泰衡の前に歩み寄り、その肩を掴んで無理やり立たせた。
「目を覚ませ、泰衡!」
「ひっ!?」
「紙切れ一枚で死ぬつもりか! 帝の判子が押してあれば、お前の家族や民を殺してもいいという理屈になるのか!」
俺は泰衡を睨みつけた。
「賊軍? 上等だ。勝てば我々が官軍になる。それが歴史だ。……鎌倉が攻めてくるなら迎え撃つ。そのための『牙』は、もう研いである」
俺は泰衡の手を引き、強引に屋敷の外へ連れ出した。
***
平泉の郊外、山深くにある隠し洞窟。
そこは、鼻を突く硫黄の臭いで満ちていた。
「……こ、これは……?」
泰衡がハンカチで鼻を押さえながら尋ねる。
「金売り吉次が大陸から持ち込んだ知識と、奥州の資源の結晶です」
俺が指差した先には、素焼きの壺が無数に並べられていた。
中身は、硝石、硫黄、木炭を調合した黒い粉。
黒色火薬だ。
現代の知識を持つ俺が、成分比率を最適化した特製品。
「試してみましょう」
俺は導火線をつけた壺を、岩場の陰に設置した。
火種を近づける。
導火線がジジジと音を立てて燃え進む。
「耳を塞いでください」
俺と泰衡が岩陰に身を隠した、その瞬間。
ドゴォォォォォンッ!!
鼓膜を破るような轟音。
地面が揺れ、岩の破片がバラバラと降り注ぐ。
土煙が晴れた後には、巨大な岩が粉々に砕け散り、黒く焦げたクレーターが残っていた。
「な……あ……」
泰衡は腰を抜かし、パクパクと口を開閉させている。
言葉にならない恐怖。それは「未知の暴力」に対する根源的な畏れだ。
「これを『震天雷(しんてんらい)』と名付けました」
俺は泰衡に手を差し伸べた。
「鎌倉の武士は、これを知らない。密集した軍勢にこれを撃ち込めばどうなるか。……数万の軍勢も、一瞬でパニックに陥り壊滅します」
泰衡の目に、再び光が戻った。
それは希望というよりは、あまりに強大な力に魅入られた者の、狂信的な光だった。
「……雷(いかずち)だ。我々は、雷を手に入れたのか」
***
その夜。洞窟の工房。
俺は一人、火薬の調合比率を記録していた。
護衛の弁慶は表で見張りをしている。
ふと、背筋に冷たいものが走った。
殺気。
それも、ただの殺気ではない。気配を完全に殺した、プロの暗殺者のものだ。
「……客か」
俺が呟いたのと同時に、天井から黒い影が落ちてきた。
音もなく着地した三つの影。
顔は黒布で覆われ、手には短い忍者刀。
鎌倉が放った隠密部隊――後の「御庭番(おにわばん)」の原型となるスパイたちだ。狙いは火薬庫の爆破か。
「弁慶!」
俺が叫ぶより早く、表の扉が蹴破られた。
弁慶が巨体を躍らせて飛び込んでくる。
「殿! 囲まれております!」
「火を使わせるな! ここで爆発すれば山ごと吹き飛ぶぞ!」
俺は『薄緑』を抜き、手近な影に斬りかかった。
敵は速い。剣戟(けんげき)を受け流し、毒を塗ったクナイを投げてくる。
俺はそれを鉄扇で弾き、踏み込んで胴を薙ぐ。
手応えあり。影の一つが崩れ落ちる。
だが、残りの影が火種――松明を火薬壺へ投げようとした。
「させぬわァッ!!」
弁慶が吠えた。
薙刀ではない。彼はとっさに近くにあった「火薬の詰まっていない空の壺」を掴み、剛速球で投げつけた。
ガシャァン!
空中の松明に壺が直撃し、火種ごと壁に叩きつけられて消火される。
「今だ、やれ!」
俺の合図で、物陰から潜んでいた佐藤兄弟が飛び出した。
不意を突かれた暗殺者たちは、一瞬で取り押さえられ、関節を外されて無力化された。
「……ふぅ」
俺は額の汗を拭った。
ギリギリだった。もし火薬に引火していれば、俺たちは歴史から消し飛んでいた。
俺は捕らえた暗殺者の一人の覆面を剥いだ。
見覚えのない、のっぺらぼうのような特徴のない顔。
だが、その懐から出てきたのは、鎌倉幕府の紋が入った短刀だった。
「……頼朝公も、焦っておられるようですな」
弁慶が荒い息で言う。
「このような搦め手を使ってくるとは」
「ああ。焦っている証拠だ」
俺は短刀を放り捨てた。
「院宣も、暗殺も、すべては俺たちが怖いからだ。……自信を持て、弁慶。俺たちは今、日本最強の軍事機密を握っている」
俺は工房の奥に積まれた「黒い粉」を見つめた。
これは、ただの兵器ではない。
時代のルールを変える鍵だ。
個人の武勇も、家柄も、精神論も、すべてを等しく爆風で吹き飛ばす「近代」の予兆。
「泰衡殿の腹も決まっただろう。これで迎え撃てる」
外に出ると、東の空が白み始めていた。
鎌倉軍二十八万騎、発進の報が届くのは、もう間もなくだった。
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