『再誕・源義経 ~現代知識と英雄の本能で、二度目の歴史を塗り替える~』

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【孤影・流転編】

北のシルクロード、あるいは黄金の兵糧攻め

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戦争には二つの種類がある。
 血を流す戦いと、金を流す戦いだ。そして後者の方が、時には残酷に国を殺す。
 文治四年(一一八八年)。
 奥州平泉は、静かなる窒息の危機に瀕していた。
「……義経。もう限界だ」
 柳之御所。藤原泰衡が、青ざめた顔で報告書を叩きつけた。
「塩が入ってこない。鉄もだ。鎌倉が関東からの物流を完全に止めた。このままでは、冬を越せずに民が餓死するぞ!」
 頼朝の手口は陰湿で、完璧だった。
 軍を送るのではなく、経済制裁(ブロック)で奥州を干上がらせる。
 塩がなければ人は生きられない。鉄がなければ武器も農具も作れない。真綿で首を絞めるような、国家規模の兵糧攻めだ。
「泰衡殿。予想通りです」
 俺は慌てることなく、茶を啜った。
「兄上は慎重だ。正面から攻めればこちらの長槍部隊に痛手を受けると学習した。だから、戦わずして勝つ道を選んだのでしょう」
「落ち着いている場合か! どうするんだ、降伏して塩を乞うしかないのか!」
「逆ですよ。……兄上が南を塞ぐなら、我々は北を開けばいい」
 俺は立ち上がった。
「行きましょう。十三湊(とさみなと)へ。……懐かしい友人が、お土産を持って待っています」
 ***
 奥州の北端。日本海に面した十三湊。
 そこは、泰衡が想像もしなかった光景が広がっていた。
 活気。熱気。そして異国の言葉。
 港を埋め尽くすのは、大陸仕様のジャンク船や、アイヌの丸木舟。
 荷揚げされているのは、俵詰めされた米ではない。見たこともない毛皮、そして重そうな鉱石の袋だ。
「……なんだ、これは。ここは本当に奥州か?」
 泰衡が口を半開きにして立ち尽くす。
「ようこそ、北の玄関口へ!」
 人混みをかき分けて現れたのは、派手な着物を着た小柄な老人だった。
 かつて俺を鞍馬山から奥州へ連れてきてくれた恩人、金売り吉次だ。
「吉次! 生きていたか!」
「へへっ、商人(あきんど)はしぶといのが取り柄でしてね。御曹司……いや、義経様の命令通り、大陸とのパイプを繋いできましたぜ」
 吉次は得意げに、積荷の一つを小刀で突き刺した。
 中からこぼれ落ちたのは、黒光りする鉄の塊だった。
「アムール川流域の上質な鉄鉱石です。これがあれば、鎌倉の鉄などいりません。それに……」
 吉次は声を潜め、別の壺を指差した。
「宋の商人から仕入れた『岩塩』です。南の海塩が止まっても、これがあれば民は一年遊んで暮らせます」
 これが、俺の描いた**「北方交易圏(ノーザン・ルート)」**構想だ。
 鎌倉が支配する太平洋側ではなく、日本海を渡り、北海道(蝦夷)、そして大陸(宋・金・沿海州)と直接繋がる。
 現代の地政学で言えば、日本列島を飛び越えたグローバル・サプライチェーンの構築。
「泰衡殿。見てください」
 俺は港を指差した。
「鎌倉は『日本』という枠の中で我々を閉じ込めようとした。だが、世界はもっと広い。我々は今日から、日本の一地方政権ではなく、北東アジアの貿易センターになるのです」
 泰衡の瞳が、黄金色に輝いた。
 恐怖が消え、為政者としての欲と自信が芽生え始めている。
「……すごい。これなら、勝てる。いや、頼朝を見下ろせる!」
 その時、吉次が俺に耳打ちをした。
「ところで大将。頼まれていた『あれ』も、手に入りましたぜ。……宋の軍隊が使っているという、爆発する黒い粉の原料が」
 硝石(しょうせき)と硫黄。
 火薬の原料だ。
 俺はニヤリと笑った。
「でかした。……まだ量は少ないな。気づかれないように集め続けろ。決戦の日に、兄上の度肝を抜く花火を打ち上げてやる」
 この伏線は、必ず生きる。
 鎌倉の大軍を、数ではなく「化学」で粉砕する切り札になるはずだ。
 ***
 一ヶ月後。京の都。
 頼朝による経済封鎖の効果が出始める頃だと、誰もが思っていた。
 だが、市場には奇妙な現象が起きていた。
 奥州産の砂金の価格が、暴落したのだ。
「なぜだ!?」
 鎌倉からの使者が、六波羅探題で悲鳴を上げた。
「奥州は困窮しているはず! なぜこれほど大量の金が流出している!」
 答えは簡単だ。
 交易で潤った奥州が、余った金を京へばら撒いたのだ。
 意図的な**「金融緩和(インフレ誘導)」**。
 金が溢れれば、貨幣価値は下がる。鎌倉が必死に貯め込んでいる軍資金の実質的価値を目減りさせ、京の貴族たちを「気前のいい奥州」の味方につける。
 公家たちは噂した。
『頼朝はケチだが、義経は太っ腹だ』
『奥州はいよいよ栄えているらしいぞ』
 情報戦(プロパガンダ)の勝利だ。
 頼朝の面目は丸潰れとなった。
 ***
 平泉、柳之御所。
 泰衡が、珍しく上機嫌で酒を飲んでいた。
「義経、痛快だ! 鎌倉の使者が、悔しそうな顔で帰っていったぞ!」
「油断は禁物です。兄上は、プライドを傷つけられた時が一番怖い」
 俺は静かに釘を刺したが、心の中では手応えを感じていた。
 泰衡は変わった。
 「守る」ことしか知らなかった男が、「攻める」喜びを知った。
 経済という武器を手に入れた彼は、もう簡単には鎌倉に屈しないだろう。
 だが、俺は知っている。
 頼朝は、経済で勝てないと悟れば、なりふり構わず**「暴力」**に訴えてくる。
 その時こそが、本当の正念場だ。
 俺は窓の外、南の空を見上げた。
 吉次が運んできた硝石の匂いが、微かに鼻をかすめた。
「……準備はいいですか、兄上。次はこちらから仕掛けますよ」
 衣川の戦いまで、あと一年。
 歴史の修正力は、確実にその日へと向かっている。
 だが、俺の手札には、史実にはなかったジョーカーが何枚も揃いつつあった。
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