『再誕・源義経 ~現代知識と英雄の本能で、二度目の歴史を塗り替える~』

夢見中

文字の大きさ
27 / 50
【孤影・流転編】

北の要塞、そして鎌倉の憂鬱

しおりを挟む
藤原秀衡の死は、巨大な防波堤が決壊したに等しかった。
 奥州平泉に、鎌倉からの圧力が津波のように押し寄せていた。
「義経、また書状が来たぞ……!」
 柳之御所。新当主となった藤原泰衡(やすひら)が、青ざめた顔で震えていた。
 手には頼朝からの脅迫状。
 『亡き父の遺言に背き、朝敵・義経を匿うならば、奥州全土を焼き払う』
 泰衡の恐怖は限界に近い。このままでは、彼は圧力に耐えきれず暴発する。
 俺は書状をひったくり、囲炉裏(いろり)の火に放り込んだ。
「う、うわっ! 何をする!」
「返事は不要です。言葉ではなく、力を見せなければ鎌倉は止まらない」
 俺は泰衡と、並み居る奥州の古参将軍たちを見回した。彼らの目には、俺への疑念と侮蔑が浮かんでいる。
 『よそ者の若造に何ができる』
 『お前のせいで平和な奥州が火の海になる』
 言葉で説得するのは不可能だ。
 俺は腰の『薄緑』を鳴らした。
「皆様、外へ出られよ。私の『新しい軍』をお見せします」
 ***
 平泉郊外の演習場。
 そこには、俺が佐藤兄弟と共に鍛え上げた、選抜された五百の兵が整列していた。
 彼らが持っているのは、弓でも太刀でもない。
 長さ三間(約5.4メートル)もの**長槍(パイク)**だ。
「なんだあれは。あんな長い棒で戦になるか」
 奥州きっての猛将・照井高直(てるいたかなお)が鼻で笑った。
「戦とは、馬で駆け、弓を射合うもの。あのような徒歩(かち)の集団など、我が騎馬隊で蹴散らしてくれるわ」
「では、試してみますか?」
 俺は挑発した。
「照井殿の騎馬百騎で、あの歩兵五百を抜いてみてください。もし抜けたら、私は即刻ここを出て行って首を差し出しましょう」
 照井の顔色が朱に染まった。
「抜かすな小童(こわっぱ)! 轢き潰してくれる!」
 模擬戦が始まった。
 照井率いる百騎の精鋭が、地響きを立てて突撃する。奥州馬の巨体と速度は、確かに脅威だ。普通の歩兵なら恐怖で逃げ出すだろう。
 だが。
「構えッ!!」
 佐藤忠信の号令。
 五百の兵が、一斉に長槍を突き出した。
 ザッ!
 まるで巨大なハリネズミが出現したようだ。槍の穂先が、馬の目の高さに壁となって立ちはだかる。
「なっ……!?」
 馬は賢い。目の前に迫る鋭利な金属の壁に対し、本能的にブレーキをかける。
 先頭の馬が止まれば、後続の馬が突っ込む。
 騎馬隊は突撃の勢いを殺され、団子状態になって立ち往生した。
「突けェッ!!」
 号令と共に、槍襖(やりぶすま)が正確に繰り出される。
 模擬戦ゆえに刃は潰してあるが、それでも打撃音と共に騎馬武者たちが次々と落馬する。
 動けない騎兵は、ただの的だ。
「……勝負ありだ」
 俺は呆然とする泰衡に囁いた。
「個人の武勇に頼る時代は終わりました。これからは『集団戦術(システム)』です。この長槍部隊を国境の峠に配置すれば、鎌倉の騎馬軍団など一歩も入れません」
 泰衡の目に、恐怖ではなく、微かな希望の光が宿った。
 「勝てるかもしれない」という実感が、人の心を一番強くする。
 ***
 軍事演習を終えた俺は、馬を飛ばし、さらに北へと向かった。
 三陸の海岸沿いにある、地図にない村。
 潮の匂いがする質素な集落。
 そこで俺を迎えたのは、日に焼けて真っ黒になった巨漢だった。
「……よお、大将。偉くなったもんだな」
 鍬(くわ)を肩に担ぎ、ニカっと笑う男。
 かつての平家最強の武人、**平教経(のりつね)**だ。
 その姿に、鎧武者の面影はない。だが、大地を踏みしめる足腰の強さは、戦場にいた頃よりも増しているように見えた。
「元気そうだな、教経。……あの子は?」
「あっちだ。すっかり海の子になっちまったよ」
 彼が指差す先、砂浜で子供たちが貝拾いをしている。
 その中心で、一際大きな声を上げて笑っている少年。
 安徳天皇。いや、今はただの村の子供だ。
 都での窮屈な生活や、壇ノ浦の地獄を知る由もない無邪気な笑顔。
「……いい顔だ」
 俺は呟いた。
「俺が守りたかったのは、源氏の面目なんかじゃない。こういう景色だったのかもしれないな」
「湿っぽいこと言うなよ」
 教経が俺の背中をバンと叩いた。
「俺たちはここで生きてる。あんたのおかげでな。……だからよ、負けるなよ。あんたが負けりゃ、この村も終わる」
「ああ。負けないさ。俺はもう、誰かの駒にはならない」
 俺は教経と握手を交わした。
 かつて殺し合った手のひらは、今は共に未来を作る同志の温度を持っていた。
 ***
 同時刻。
 遥か南、鎌倉。
 大蔵御所(おおくらごしょ)の執務室は、冷え切っていた。
 書類の山に囲まれ、一人の男が筆を走らせている。
 源頼朝。
 鎌倉幕府の主(あるじ)。
「……秀衡が死んだか」
 独り言のように呟く声には、感情の色が一切なかった。
 側近の大江広元が、静かに頭を下げる。
「はい。これにより奥州のタガは外れます。泰衡など、恐るるに足りません」
「泰衡はな」
 頼朝は筆を止めた。
 その瞳の奥にあるのは、弟への愛情でも憎悪でもない。
 理解できない怪物を見るような、底知れぬ**「警戒心」**だった。
(九郎……お前は何者だ?)
 頼朝は心の中で問いかける。
 一ノ谷の逆落とし。屋島の奇襲。壇ノ浦の潮の予測。
 弟の戦術は、常に常識の外側にある。人間業ではない。まるで未来を見てきたかのような、異質な合理性。
 そして今、奥州で独自の軍隊を作り、経済圏を築こうとしているという報告まである。
(あやつを生かしておけば、武家の秩序(ルール)が壊れる)
 頼朝が作ろうとしているのは、御恩と奉公による堅実な管理社会だ。
 そこに、義経のような「規格外の天才」は不要だ。天才は、存在するだけでシステムを乱すバグ(不具合)なのだ。
「……広元」
「は」
「泰衡を脅し続けろ。甘い汁も吸わせろ。奴の疑心暗鬼を育て、内部から義経を孤立させろ」
 頼朝は再び筆を動かし始めた。
 その顔は、冷徹な政治家の仮面を被っている。だが、その指先には、微かな焦燥が滲んでいた。
「九郎。お前が英雄であればあるほど、私はお前を殺さねばならん。……それが、この国のためなのだ」
 鎌倉の夜は深い。
 兄弟の思惑は決して交わることなく、最終決戦の時へと時を刻んでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

死神と恐れられた俺、転生したら平和な時代だったので自由気ままな人生を享受する

オカさん
ファンタジー
たった一人で敵軍を殲滅し、『死神』と恐れられた男は人生に絶望して自ら命を絶つ。 しかし目を覚ますと500年後の世界に転生していた。 前世と違う生き方を求めた彼は人の為、世の為に生きようと心を入れ替えて第二の人生を歩み始める。 家族の温かさに触れ、学園で友人を作り、世界に仇成す悪の組織に立ち向かって――――慌ただしくも、充実した日々を送っていた。 しかし逃れられたと思っていたはずの過去は長い時を経て再び彼を絶望の淵に追いやった。 だが今度こそは『己の過去』と向き合い、答えを導き出さなければならない。 後悔を糧に死神の新たな人生が幕を開ける!

ざまぁにはざまぁでお返し致します ~ラスボス王子はヒロインたちと悪役令嬢にざまぁしたいと思います~

陸奥 霧風
ファンタジー
仕事に疲れたサラリーマンがバスの事故で大人気乙女ゲーム『プリンセス ストーリー』の世界へ転生してしまった。しかも攻略不可能と噂されるラスボス的存在『アレク・ガルラ・フラスター王子』だった。 アレク王子はヒロインたちの前に立ちはだかることが出来るのか?

趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。 剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。 それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。 そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー 「ご命令と解釈しました、シン様」 「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」 次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。

処理中です...