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【孤影・流転編】
北の要塞、そして鎌倉の憂鬱
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藤原秀衡の死は、巨大な防波堤が決壊したに等しかった。
奥州平泉に、鎌倉からの圧力が津波のように押し寄せていた。
「義経、また書状が来たぞ……!」
柳之御所。新当主となった藤原泰衡(やすひら)が、青ざめた顔で震えていた。
手には頼朝からの脅迫状。
『亡き父の遺言に背き、朝敵・義経を匿うならば、奥州全土を焼き払う』
泰衡の恐怖は限界に近い。このままでは、彼は圧力に耐えきれず暴発する。
俺は書状をひったくり、囲炉裏(いろり)の火に放り込んだ。
「う、うわっ! 何をする!」
「返事は不要です。言葉ではなく、力を見せなければ鎌倉は止まらない」
俺は泰衡と、並み居る奥州の古参将軍たちを見回した。彼らの目には、俺への疑念と侮蔑が浮かんでいる。
『よそ者の若造に何ができる』
『お前のせいで平和な奥州が火の海になる』
言葉で説得するのは不可能だ。
俺は腰の『薄緑』を鳴らした。
「皆様、外へ出られよ。私の『新しい軍』をお見せします」
***
平泉郊外の演習場。
そこには、俺が佐藤兄弟と共に鍛え上げた、選抜された五百の兵が整列していた。
彼らが持っているのは、弓でも太刀でもない。
長さ三間(約5.4メートル)もの**長槍(パイク)**だ。
「なんだあれは。あんな長い棒で戦になるか」
奥州きっての猛将・照井高直(てるいたかなお)が鼻で笑った。
「戦とは、馬で駆け、弓を射合うもの。あのような徒歩(かち)の集団など、我が騎馬隊で蹴散らしてくれるわ」
「では、試してみますか?」
俺は挑発した。
「照井殿の騎馬百騎で、あの歩兵五百を抜いてみてください。もし抜けたら、私は即刻ここを出て行って首を差し出しましょう」
照井の顔色が朱に染まった。
「抜かすな小童(こわっぱ)! 轢き潰してくれる!」
模擬戦が始まった。
照井率いる百騎の精鋭が、地響きを立てて突撃する。奥州馬の巨体と速度は、確かに脅威だ。普通の歩兵なら恐怖で逃げ出すだろう。
だが。
「構えッ!!」
佐藤忠信の号令。
五百の兵が、一斉に長槍を突き出した。
ザッ!
まるで巨大なハリネズミが出現したようだ。槍の穂先が、馬の目の高さに壁となって立ちはだかる。
「なっ……!?」
馬は賢い。目の前に迫る鋭利な金属の壁に対し、本能的にブレーキをかける。
先頭の馬が止まれば、後続の馬が突っ込む。
騎馬隊は突撃の勢いを殺され、団子状態になって立ち往生した。
「突けェッ!!」
号令と共に、槍襖(やりぶすま)が正確に繰り出される。
模擬戦ゆえに刃は潰してあるが、それでも打撃音と共に騎馬武者たちが次々と落馬する。
動けない騎兵は、ただの的だ。
「……勝負ありだ」
俺は呆然とする泰衡に囁いた。
「個人の武勇に頼る時代は終わりました。これからは『集団戦術(システム)』です。この長槍部隊を国境の峠に配置すれば、鎌倉の騎馬軍団など一歩も入れません」
泰衡の目に、恐怖ではなく、微かな希望の光が宿った。
「勝てるかもしれない」という実感が、人の心を一番強くする。
***
軍事演習を終えた俺は、馬を飛ばし、さらに北へと向かった。
三陸の海岸沿いにある、地図にない村。
潮の匂いがする質素な集落。
そこで俺を迎えたのは、日に焼けて真っ黒になった巨漢だった。
「……よお、大将。偉くなったもんだな」
鍬(くわ)を肩に担ぎ、ニカっと笑う男。
かつての平家最強の武人、**平教経(のりつね)**だ。
その姿に、鎧武者の面影はない。だが、大地を踏みしめる足腰の強さは、戦場にいた頃よりも増しているように見えた。
「元気そうだな、教経。……あの子は?」
「あっちだ。すっかり海の子になっちまったよ」
彼が指差す先、砂浜で子供たちが貝拾いをしている。
その中心で、一際大きな声を上げて笑っている少年。
安徳天皇。いや、今はただの村の子供だ。
都での窮屈な生活や、壇ノ浦の地獄を知る由もない無邪気な笑顔。
「……いい顔だ」
俺は呟いた。
「俺が守りたかったのは、源氏の面目なんかじゃない。こういう景色だったのかもしれないな」
「湿っぽいこと言うなよ」
教経が俺の背中をバンと叩いた。
「俺たちはここで生きてる。あんたのおかげでな。……だからよ、負けるなよ。あんたが負けりゃ、この村も終わる」
「ああ。負けないさ。俺はもう、誰かの駒にはならない」
俺は教経と握手を交わした。
かつて殺し合った手のひらは、今は共に未来を作る同志の温度を持っていた。
***
同時刻。
遥か南、鎌倉。
大蔵御所(おおくらごしょ)の執務室は、冷え切っていた。
書類の山に囲まれ、一人の男が筆を走らせている。
源頼朝。
鎌倉幕府の主(あるじ)。
「……秀衡が死んだか」
独り言のように呟く声には、感情の色が一切なかった。
側近の大江広元が、静かに頭を下げる。
「はい。これにより奥州のタガは外れます。泰衡など、恐るるに足りません」
「泰衡はな」
頼朝は筆を止めた。
その瞳の奥にあるのは、弟への愛情でも憎悪でもない。
理解できない怪物を見るような、底知れぬ**「警戒心」**だった。
(九郎……お前は何者だ?)
頼朝は心の中で問いかける。
一ノ谷の逆落とし。屋島の奇襲。壇ノ浦の潮の予測。
弟の戦術は、常に常識の外側にある。人間業ではない。まるで未来を見てきたかのような、異質な合理性。
そして今、奥州で独自の軍隊を作り、経済圏を築こうとしているという報告まである。
(あやつを生かしておけば、武家の秩序(ルール)が壊れる)
頼朝が作ろうとしているのは、御恩と奉公による堅実な管理社会だ。
そこに、義経のような「規格外の天才」は不要だ。天才は、存在するだけでシステムを乱すバグ(不具合)なのだ。
「……広元」
「は」
「泰衡を脅し続けろ。甘い汁も吸わせろ。奴の疑心暗鬼を育て、内部から義経を孤立させろ」
頼朝は再び筆を動かし始めた。
その顔は、冷徹な政治家の仮面を被っている。だが、その指先には、微かな焦燥が滲んでいた。
「九郎。お前が英雄であればあるほど、私はお前を殺さねばならん。……それが、この国のためなのだ」
鎌倉の夜は深い。
兄弟の思惑は決して交わることなく、最終決戦の時へと時を刻んでいた。
奥州平泉に、鎌倉からの圧力が津波のように押し寄せていた。
「義経、また書状が来たぞ……!」
柳之御所。新当主となった藤原泰衡(やすひら)が、青ざめた顔で震えていた。
手には頼朝からの脅迫状。
『亡き父の遺言に背き、朝敵・義経を匿うならば、奥州全土を焼き払う』
泰衡の恐怖は限界に近い。このままでは、彼は圧力に耐えきれず暴発する。
俺は書状をひったくり、囲炉裏(いろり)の火に放り込んだ。
「う、うわっ! 何をする!」
「返事は不要です。言葉ではなく、力を見せなければ鎌倉は止まらない」
俺は泰衡と、並み居る奥州の古参将軍たちを見回した。彼らの目には、俺への疑念と侮蔑が浮かんでいる。
『よそ者の若造に何ができる』
『お前のせいで平和な奥州が火の海になる』
言葉で説得するのは不可能だ。
俺は腰の『薄緑』を鳴らした。
「皆様、外へ出られよ。私の『新しい軍』をお見せします」
***
平泉郊外の演習場。
そこには、俺が佐藤兄弟と共に鍛え上げた、選抜された五百の兵が整列していた。
彼らが持っているのは、弓でも太刀でもない。
長さ三間(約5.4メートル)もの**長槍(パイク)**だ。
「なんだあれは。あんな長い棒で戦になるか」
奥州きっての猛将・照井高直(てるいたかなお)が鼻で笑った。
「戦とは、馬で駆け、弓を射合うもの。あのような徒歩(かち)の集団など、我が騎馬隊で蹴散らしてくれるわ」
「では、試してみますか?」
俺は挑発した。
「照井殿の騎馬百騎で、あの歩兵五百を抜いてみてください。もし抜けたら、私は即刻ここを出て行って首を差し出しましょう」
照井の顔色が朱に染まった。
「抜かすな小童(こわっぱ)! 轢き潰してくれる!」
模擬戦が始まった。
照井率いる百騎の精鋭が、地響きを立てて突撃する。奥州馬の巨体と速度は、確かに脅威だ。普通の歩兵なら恐怖で逃げ出すだろう。
だが。
「構えッ!!」
佐藤忠信の号令。
五百の兵が、一斉に長槍を突き出した。
ザッ!
まるで巨大なハリネズミが出現したようだ。槍の穂先が、馬の目の高さに壁となって立ちはだかる。
「なっ……!?」
馬は賢い。目の前に迫る鋭利な金属の壁に対し、本能的にブレーキをかける。
先頭の馬が止まれば、後続の馬が突っ込む。
騎馬隊は突撃の勢いを殺され、団子状態になって立ち往生した。
「突けェッ!!」
号令と共に、槍襖(やりぶすま)が正確に繰り出される。
模擬戦ゆえに刃は潰してあるが、それでも打撃音と共に騎馬武者たちが次々と落馬する。
動けない騎兵は、ただの的だ。
「……勝負ありだ」
俺は呆然とする泰衡に囁いた。
「個人の武勇に頼る時代は終わりました。これからは『集団戦術(システム)』です。この長槍部隊を国境の峠に配置すれば、鎌倉の騎馬軍団など一歩も入れません」
泰衡の目に、恐怖ではなく、微かな希望の光が宿った。
「勝てるかもしれない」という実感が、人の心を一番強くする。
***
軍事演習を終えた俺は、馬を飛ばし、さらに北へと向かった。
三陸の海岸沿いにある、地図にない村。
潮の匂いがする質素な集落。
そこで俺を迎えたのは、日に焼けて真っ黒になった巨漢だった。
「……よお、大将。偉くなったもんだな」
鍬(くわ)を肩に担ぎ、ニカっと笑う男。
かつての平家最強の武人、**平教経(のりつね)**だ。
その姿に、鎧武者の面影はない。だが、大地を踏みしめる足腰の強さは、戦場にいた頃よりも増しているように見えた。
「元気そうだな、教経。……あの子は?」
「あっちだ。すっかり海の子になっちまったよ」
彼が指差す先、砂浜で子供たちが貝拾いをしている。
その中心で、一際大きな声を上げて笑っている少年。
安徳天皇。いや、今はただの村の子供だ。
都での窮屈な生活や、壇ノ浦の地獄を知る由もない無邪気な笑顔。
「……いい顔だ」
俺は呟いた。
「俺が守りたかったのは、源氏の面目なんかじゃない。こういう景色だったのかもしれないな」
「湿っぽいこと言うなよ」
教経が俺の背中をバンと叩いた。
「俺たちはここで生きてる。あんたのおかげでな。……だからよ、負けるなよ。あんたが負けりゃ、この村も終わる」
「ああ。負けないさ。俺はもう、誰かの駒にはならない」
俺は教経と握手を交わした。
かつて殺し合った手のひらは、今は共に未来を作る同志の温度を持っていた。
***
同時刻。
遥か南、鎌倉。
大蔵御所(おおくらごしょ)の執務室は、冷え切っていた。
書類の山に囲まれ、一人の男が筆を走らせている。
源頼朝。
鎌倉幕府の主(あるじ)。
「……秀衡が死んだか」
独り言のように呟く声には、感情の色が一切なかった。
側近の大江広元が、静かに頭を下げる。
「はい。これにより奥州のタガは外れます。泰衡など、恐るるに足りません」
「泰衡はな」
頼朝は筆を止めた。
その瞳の奥にあるのは、弟への愛情でも憎悪でもない。
理解できない怪物を見るような、底知れぬ**「警戒心」**だった。
(九郎……お前は何者だ?)
頼朝は心の中で問いかける。
一ノ谷の逆落とし。屋島の奇襲。壇ノ浦の潮の予測。
弟の戦術は、常に常識の外側にある。人間業ではない。まるで未来を見てきたかのような、異質な合理性。
そして今、奥州で独自の軍隊を作り、経済圏を築こうとしているという報告まである。
(あやつを生かしておけば、武家の秩序(ルール)が壊れる)
頼朝が作ろうとしているのは、御恩と奉公による堅実な管理社会だ。
そこに、義経のような「規格外の天才」は不要だ。天才は、存在するだけでシステムを乱すバグ(不具合)なのだ。
「……広元」
「は」
「泰衡を脅し続けろ。甘い汁も吸わせろ。奴の疑心暗鬼を育て、内部から義経を孤立させろ」
頼朝は再び筆を動かし始めた。
その顔は、冷徹な政治家の仮面を被っている。だが、その指先には、微かな焦燥が滲んでいた。
「九郎。お前が英雄であればあるほど、私はお前を殺さねばならん。……それが、この国のためなのだ」
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