『再誕・源義経 ~現代知識と英雄の本能で、二度目の歴史を塗り替える~』

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【覇道・新国家編】

原の悪魔、凍てつく海の向こうより

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建仁四年(一二〇四年)。
 北海国が建国されてから十年余り。
 南の鎌倉が権力争いという「コップの中の嵐」に明け暮れている頃、我々は本当の嵐の接近に肌を粟(あわ)立たせていた。
 冬のオホーツク海は、流氷に閉ざされようとしていた。
 その鉛色の海を、一艘のボロボロになった船が漂着した。
 乗っていたのは、交易相手である女真族(じょしんぞく)の商人たち。だが、その姿はあまりに凄惨だった。
 腕を失った者、顔を焼かれた者。そして何より、全員が魂を抜かれたように虚ろな目をしていた。
「……何があった」
 宇須岸の診療所。
 俺は、唯一意識を取り戻した男に問いかけた。通訳のアイヌが、震える声でその言葉を訳す。
『……来た。悪魔が来た』
『城壁も、鉄の扉も意味がない。奴らは風のように現れ、イナゴのように全てを食い尽くして去っていく』
『青き狼……。テムジン……』
 男はガタガタと歯を鳴らし、俺の袖を掴んだ。
『逃げろ。海を越えて、世界の果てまで逃げろ。奴らは人間じゃない。殺戮の嵐だ』
 男はそのまま息絶えた。
 部屋に沈黙が落ちる。弁慶が重苦しい溜息をついた。
「……やはり、始まりましたか」
「ああ。金(きん)王朝が食い破られ始めた」
 俺は窓の外、北西の空を睨んだ。
 俺の記憶にある歴史よりも、少し早い。
 おそらく、我々が大陸に大量の鉄や物資を輸出した影響で、歴史の歯車が狂い、モンゴルの拡大が加速したのだ。
「弁慶。安(安徳)を呼べ。……沿海州へ渡るぞ」
「なっ!? まさか、戦うおつもりで?」
「偵察だ。敵を知らずして、国は守れん。その『悪魔』とやらがどれほどのものか、この目で確かめる」
 ***
 数日後。アムール川河口付近。
 大陸側の交易拠点であるこの地は、黒煙に包まれていた。
 俺たちが上陸した時、そこにはもう「街」はなかった。
 あるのは瓦礫の山と、京の都で作られる京観(きょうかん・死体を積み上げた塔)よりも高く積まれた死体の山。
 腐臭と焦げ臭さが、鼻の粘膜を焼き尽くす。
「……酷(ひど)い」
 安が口元を押さえる。彼も戦場を知る男だが、これは戦争の跡ではない。虐殺の跡だ。
 生存者はいない。犬一匹、残されていなかった。
「警戒せよ!」
 俺が叫んだ、その瞬間だった。
 ヒュンッ!!
 風を裂く音と共に、先行していた竜騎兵の喉元に矢が突き刺さった。
 どこだ?
 俺は周囲を見渡す。森? 丘?
 いない。敵の姿が見えない。
「地を這(は)っているぞ! 草むらだ!」
 弁慶が吠え、飛来した第二の矢を薙刀で叩き落とす。
 枯草の中から、ゆらりと影が現れた。
 十騎ほど。
 小柄な馬に乗り、薄汚れた羊の毛皮を纏った男たち。
 だが、その目は猛禽類のように鋭く、手には異様な形状の弓――**複合弓(コンポジットボウ)**が握られている。
 モンゴルの斥候部隊だ。
「撃てッ!」
 俺の号令で、竜騎兵たちが鉄筒(ショットガン)を構える。
 轟音。
 散弾が草むらを薙ぎ払う。
 普通の敵なら、この爆音だけでパニックになるはずだ。
 だが、彼らは違った。
 爆音が響くより早く、彼らは馬の腹に身体を隠し、散弾を避けたのだ。そして次の瞬間には、馬上で身体を起こし、正確無比な矢を放ってきた。
 速い。
 日本の騎射(きしゃ)とは次元が違う。
 彼らにとって馬は乗り物ではなく、身体の一部なのだ。
「引くな! 押し包め!」
 安が槍を構えて突っ込む。
 だが、モンゴル兵は交戦しようとしない。安が近づくと、クルリと馬を反転させ、逃げるふりをして背後へ矢を放つ。
 パルティアン・ショット(背走射撃)。
 安の馬の足が射抜かれ、崩れ落ちる。
「くそっ!」
 安が地面に転がる。敵の一人が、サーベルのような湾刀を抜き、安の首を刎ねようと迫る。
 させん。
 俺は『薄緑』を抜き、馬を全速力で走らせた。
 敵の太刀筋を読む。
 単純だが、速くて重い。
 ガギィンッ!!
 火花が散る。
 俺は敵の刃を受け流し、すれ違いざまにその胴を斬り裂いた。
 鮮血が舞う。
「……退け! 深追いはするな!」
 俺は安を引き上げ、全軍に撤退を命じた。
 敵はわずか十騎。こちらは五十騎。
 だが、直感が告げている。こいつらは「指先」に過ぎない。この背後には、数万、数十万の「本体」がいる。ここで足止めを食らえば、包囲されて終わる。
 我々は煙幕弾を投げつけ、船へと走った。
 船が岸を離れるまで、彼らは岸辺に立ち、じっとこちらを見ていた。
 追撃もしない。喚きもしない。
 ただ、獲物を品定めするような、冷酷な視線。
 ***
 船上。
 安は、射抜かれた自分の馬が岸に残され、殺されるのを呆然と見ていた。
「……勝てません」
 安が震える声で言った。
「あいつらは、今までの敵とは違う。鎌倉武者は名乗りを上げ、女真族は力任せだった。でも、あいつらは……ただ『殺す』ことだけに特化した機械です」
「ああ」
 俺は刀の血を拭った。手が、微かに震えていた。
 現代知識として知っていたモンゴル軍の強さ。
 だが、実際に肌で感じたそれは、知識を遥かに超える絶望感だった。
 個の戦闘力、機動力、そして統率。すべてが完成されている。
 あんな化け物たちが、海を越えて北海国へ、そして日本本土へ押し寄せたらどうなるか。
 鎌倉の御家人など、赤子のように捻り潰されるだろう。
「帰るぞ、宇須岸へ」
 俺は安の肩を抱いた。
「国中の鍛冶屋を総動員する。鉄砲、大砲、そして城塞。……持てる技術の全てを注ぎ込まなければ、我々は歴史から消滅する」
 一二〇六年。
 テムジンはチンギス・カンと名乗り、モンゴル帝国を建国する。
 世界が震える音が、すぐそこまで迫っていた。
 北海国・独立戦争の次は、人類史上最大の帝国との生存競争(サバイバル)が始まる。
 俺は誓った。
 兄上。あなたが守りたかった「日本」という国。
 皮肉にも、それを守る防波堤になれるのは、あなたが捨てた弟だけのようだ。
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