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【覇道・新国家編】
鉄と筋肉の黄昏、そして国家総動員
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建暦二年(一二一二年)。
モンゴルの使者が去ってから一年。北海国の首都・宇須岸(うすけし)は、巨大な兵器工場と化していた。
夜空を焦がす溶鉱炉の赤光。
鳴り止まぬ鍛冶の音は、戦の神への奉納太鼓のように二十四時間響き渡っていた。
港には、鎌倉からひっきりなしに輸送船が入港する。積み荷は、関東・東海から集められた鉄、硫黄、そして木炭。
「……精が出ますな」
工廠(こうしょう)の隅で、武蔵坊弁慶は焼けた鉄の匂いを嗅いでいた。
還暦を過ぎ、その巨体には白いものが混じり、かつての鬼神のような覇気は、深い皺の奥に静かにしまわれている。
彼の目の前では、奇妙な光景が繰り広げられていた。
鎌倉から派遣された若い御家人たちが、刀ではなく、スパナや金槌を握り、大砲の砲架(ほうか)を組み立てているのだ。
名門の武士が、油まみれになって職人仕事をする。十年前なら切腹ものの屈辱だろう。
「文句も言わずに働いておるわ」
弁慶が感心したように呟く。
「彼らも理解したのです。先日の与一殿の一撃を見て。……もはや、個人の武勇で国は守れぬと」
「寂しいか、弁慶」
背後から声をかけられた。義経だ。
彼は設計図を片手に、油で汚れた作業着を着ていた。王というよりは、現場監督の顔だ。
「……正直に申せば」
弁慶は自分の太い腕を見た。
「この筋肉が、役立たずになる時代が来るとは思いませんでした。五条大橋で暴れていた頃が、遠い昔の夢のようです」
弁慶は、工場の奥で組み上げられつつある新型の「連発式火器」に目を向けた。
あれがあれば、子供でも弁慶以上の殺傷力を持つ。
「俺も同じさ」
義経は弁慶の隣に並んだ。
「鵯越(ひよどりごえ)を駆け下りたあの高揚感は、もう二度と味わえない。これからの戦争は、冷徹な計算と物量のぶつけ合いだ。……ロマンのかけらもない、ただの破壊作業だ」
義経は、工場の熱気を見つめながら続けた。
「だが、だからこそ勝てる。モンゴルは『最強の個』の集団だ。だから我々は『最強のシステム』で対抗する。……弁慶、お前の筋肉はまだ必要だぞ。この巨大なシステムを動かすための、精神的支柱としてな」
弁慶はニヤリと笑い、主君の肩を軽く叩いた。
「フン、口が上手くなられましたな。……ご安心を。この老骨、殿の盾となるくらいは、まだ務まりまする」
***
数日後。
北海国の最北端、宗谷の丘陵地帯。
眼下には、オホーツク海と、その向こうに樺太(サハリン)の島影が見える。
そこに集結したのは、歴史上類を見ない混成軍だった。
最新のライフル銃を装備した北海竜騎兵。
長槍と旧式火器を持つ、平家の残党部隊。
そして、鎌倉から送られてきた、重厚な鎧に身を包む坂東武者たち。
総勢、二万。
数は少ない。だが、その火力密度は同時代のどの軍隊よりも高い。
「……来るなら、北からだ」
丘の頂上で、義経は北の海を睨んでいた。隣には、鎌倉軍の指揮官として派遣された北条泰時がいる。
「モンゴルは、まず樺太のアイヌを服属させ、そこを足がかりに海を渡る。博多ではない。ここが最前線になる」
「二万で、防ぎきれますか」
泰時が緊張した面持ちで尋ねる。彼もまた、この数年で北の冷気と新技術に触れ、顔つきが精悍な武人へと変わっていた。
「海岸線で全てを止めるのは不可能だ」
義経は足元の地図を指した。
「だから『縦深陣地(じゅうしんじんち)』を敷く。第一線が破られても、第二、第三の防衛線で敵に出血を強いる。……奴らは補給線が伸びきっている。この冬の寒さと、我々の遅滞戦術で、モンゴルの足を凍らせてやる」
その時。
北の海上を監視していた見張り台から、狼煙(のろし)が上がった。
一本、二本、三本。
敵艦隊発見の合図。
「……来たか」
義経の声は、凍りつくように静かだった。
風が変わった。
海から吹き付ける風に、微かに血と獣の臭いが混じり始めた。
「総員、配置につけ!」
泰時の号令が飛ぶ。
鎌倉武者たちが、先祖伝来の弓を置き、慣れない手つきで火縄銃の準備を始める。
北海兵たちが、大砲の覆いを外す。
水平線の彼方。
黒い点が無数に現れた。
それはやがて、海を埋め尽くすほどの船団となり、その全てに、あの不吉な「九旒白旗(きゅうりゅうはっき)」が翻っていた。
その数、およそ一千艘。兵力、推定四万。
第一次北海戦役(史実における文永の役)が、世界の北の果てで始まろうとしていた。
「……兄上、見ていてくれ」
義経は『薄緑』の柄に手をかけ、呟いた。
「あなたが愛し、私が作ったこの国。……指一本、触れさせはしない」
轟音と共に、海岸要塞の青龍砲が火を噴いた。
人類史上最強の征服軍と、時代を先取りしたオーパーツ軍団の、最初の衝突だった。
モンゴルの使者が去ってから一年。北海国の首都・宇須岸(うすけし)は、巨大な兵器工場と化していた。
夜空を焦がす溶鉱炉の赤光。
鳴り止まぬ鍛冶の音は、戦の神への奉納太鼓のように二十四時間響き渡っていた。
港には、鎌倉からひっきりなしに輸送船が入港する。積み荷は、関東・東海から集められた鉄、硫黄、そして木炭。
「……精が出ますな」
工廠(こうしょう)の隅で、武蔵坊弁慶は焼けた鉄の匂いを嗅いでいた。
還暦を過ぎ、その巨体には白いものが混じり、かつての鬼神のような覇気は、深い皺の奥に静かにしまわれている。
彼の目の前では、奇妙な光景が繰り広げられていた。
鎌倉から派遣された若い御家人たちが、刀ではなく、スパナや金槌を握り、大砲の砲架(ほうか)を組み立てているのだ。
名門の武士が、油まみれになって職人仕事をする。十年前なら切腹ものの屈辱だろう。
「文句も言わずに働いておるわ」
弁慶が感心したように呟く。
「彼らも理解したのです。先日の与一殿の一撃を見て。……もはや、個人の武勇で国は守れぬと」
「寂しいか、弁慶」
背後から声をかけられた。義経だ。
彼は設計図を片手に、油で汚れた作業着を着ていた。王というよりは、現場監督の顔だ。
「……正直に申せば」
弁慶は自分の太い腕を見た。
「この筋肉が、役立たずになる時代が来るとは思いませんでした。五条大橋で暴れていた頃が、遠い昔の夢のようです」
弁慶は、工場の奥で組み上げられつつある新型の「連発式火器」に目を向けた。
あれがあれば、子供でも弁慶以上の殺傷力を持つ。
「俺も同じさ」
義経は弁慶の隣に並んだ。
「鵯越(ひよどりごえ)を駆け下りたあの高揚感は、もう二度と味わえない。これからの戦争は、冷徹な計算と物量のぶつけ合いだ。……ロマンのかけらもない、ただの破壊作業だ」
義経は、工場の熱気を見つめながら続けた。
「だが、だからこそ勝てる。モンゴルは『最強の個』の集団だ。だから我々は『最強のシステム』で対抗する。……弁慶、お前の筋肉はまだ必要だぞ。この巨大なシステムを動かすための、精神的支柱としてな」
弁慶はニヤリと笑い、主君の肩を軽く叩いた。
「フン、口が上手くなられましたな。……ご安心を。この老骨、殿の盾となるくらいは、まだ務まりまする」
***
数日後。
北海国の最北端、宗谷の丘陵地帯。
眼下には、オホーツク海と、その向こうに樺太(サハリン)の島影が見える。
そこに集結したのは、歴史上類を見ない混成軍だった。
最新のライフル銃を装備した北海竜騎兵。
長槍と旧式火器を持つ、平家の残党部隊。
そして、鎌倉から送られてきた、重厚な鎧に身を包む坂東武者たち。
総勢、二万。
数は少ない。だが、その火力密度は同時代のどの軍隊よりも高い。
「……来るなら、北からだ」
丘の頂上で、義経は北の海を睨んでいた。隣には、鎌倉軍の指揮官として派遣された北条泰時がいる。
「モンゴルは、まず樺太のアイヌを服属させ、そこを足がかりに海を渡る。博多ではない。ここが最前線になる」
「二万で、防ぎきれますか」
泰時が緊張した面持ちで尋ねる。彼もまた、この数年で北の冷気と新技術に触れ、顔つきが精悍な武人へと変わっていた。
「海岸線で全てを止めるのは不可能だ」
義経は足元の地図を指した。
「だから『縦深陣地(じゅうしんじんち)』を敷く。第一線が破られても、第二、第三の防衛線で敵に出血を強いる。……奴らは補給線が伸びきっている。この冬の寒さと、我々の遅滞戦術で、モンゴルの足を凍らせてやる」
その時。
北の海上を監視していた見張り台から、狼煙(のろし)が上がった。
一本、二本、三本。
敵艦隊発見の合図。
「……来たか」
義経の声は、凍りつくように静かだった。
風が変わった。
海から吹き付ける風に、微かに血と獣の臭いが混じり始めた。
「総員、配置につけ!」
泰時の号令が飛ぶ。
鎌倉武者たちが、先祖伝来の弓を置き、慣れない手つきで火縄銃の準備を始める。
北海兵たちが、大砲の覆いを外す。
水平線の彼方。
黒い点が無数に現れた。
それはやがて、海を埋め尽くすほどの船団となり、その全てに、あの不吉な「九旒白旗(きゅうりゅうはっき)」が翻っていた。
その数、およそ一千艘。兵力、推定四万。
第一次北海戦役(史実における文永の役)が、世界の北の果てで始まろうとしていた。
「……兄上、見ていてくれ」
義経は『薄緑』の柄に手をかけ、呟いた。
「あなたが愛し、私が作ったこの国。……指一本、触れさせはしない」
轟音と共に、海岸要塞の青龍砲が火を噴いた。
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