神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第2章 その瞳が見つめる未来は

24話 クナレスト(貫け)!

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ドニービナウク縛鎖のブレドルヌス霹靂を……)

 抵抗されて先に進めないと判断した森永たちが別の糸からの進入を始めたころ、灯真の頭にディーナの声が響いた。チラリと彼女の方を見ると、明希を心配そうに見つめながらも、静まり返ったこの場で声を出すのをためらっている。聞こえてきたのは、彼女の心の声だ。

(魔法の毒を止めるなら……)

 ディーナは自分の頭の中にある知識でしか、自分から何かを語ることはない。いつもの彼女とはどこか違うような感じを覚えながらも、灯真は彼女の言葉の意味を考える。
 ドニービナウク縛鎖のブレドルヌス霹靂……灯真がドルアークロでも使ったその魔術は、雷撃に触れたモノの動きを封じる。そして、それは人以外にも効果がある。例えば魔法に対しても。その魔法の本来の使用者であるアーネスが、これを敵の攻撃から身を守るために使っていたのを灯真は思い出す。

(確かにそれなら……でも、今それを使う余力は……)

 扱いに慣れていない浄化の魔法を使いながらでは、魔術の使用は困難。そう悩んでいた灯真の頭の中に、突然ある魔法が過ぎる。「動きを封じる」のではなく、「動きを維持する」という効果を持った魔法のことが。その時、園村もまた同じ答えにたどり着いていた。

「「高見先生」」

 二人の女性から同時に呼ばれた高見が、体をビクッとさせる。彼を呼んだのはこの状況を打破できる手段を思いついた園村と、灯真が思い出した記憶を読み取ったディーナだった。驚きながら目を合わせた二人は、何かを察したように頷くと高見のそばまで歩み寄る。

「高見先生の力を貸してください」
「私の?」
「エミトォウ エペク ダ時を保持する手ン……あらゆる生命の状態を保つ高見先生の魔法で、毒が枝を伸ばさないようにするんです。その間に、他のルートから森永さんたちの浄化の力が届けば」

 ディーナは園村の隣で相槌を打つように首を縦に振る。 

「そんなことが可能なんですか!?」
「先生の魔法は、生物の肉体だけでなく魂にも作用します。なら、魂の中にある毒の状態も保持できるはず……確証はありませんが……」
「……わかりました」

 断るという選択肢は高見の中になかった。それはきっと彼の、患者を助けるという医師としての信念がそうさせるのだろう。高見は決意が漲る眼差しを明希に向けながら近寄り、彼女の右手を取る。自身の作り出した眼鏡を通して園村は、明希の右手を掴む高見の両手を淡く白い光が覆っていくのを見つめる。彼の魔法が発動した瞬間だった。

「こっちのが届いたっぽいよ」

 蛍司の浄化の魔法が、リボンを通って魂の最奥へとたどり着いた。狭い通路から広い空間に魔法が入ったことはわかったが、森永たちが言っていたような抵抗は感じない。毒の本体から枝が伸びてこなかったからだ。

「急いで! 完全には止まってない!」

 光秀には毒の本体が枝を伸ばそうと踠いているように見えた。無数の小さな突起が毒本体の表面に作られている。

「高見先生の魔法にも抵抗するなんて……」
「どうすればいい!?」
「先生はそのまま。あたしたちのも届いた!」

 別ルートから進んだ森永たちの浄化の魔法が魂の内部へと進入していく。灯真の魔法がそれに続くように中へ入ると、二色の魔法は水に落としたインクのように広がる。中に張られた薄紫の枝は力を解放したそれに触れると、白く変色していく。

 高見の魔法は、外から新たに加えられた力に対して効果が薄いという性質を持つ。相応の魔力を消費すれば永遠にその状態を保つことも可能であるだろうと言われているが、効果を調整することで状態の悪化を防ぎつつ手術や薬物による治療を進められるため、特に緊急性の高い手術で重宝されている。

 外部から投入されている浄化の魔法は、高見が使っている魔法の影響を受けることなくその効力を発揮し、薄紫の枝の白色化は無毒化したことを意味した。
 枝は白くなった部分から表面が砂のように崩れていき、森永たちが使わなかったルートから魂の外へと排出されていった。

「ヒデミー、状況は?」
「順調に浄化は広がってる……けど、まだ本体がそれを遠ざけようとしてる。ちょっとずつ近づけてはいるけど……」

 外から入り続けている浄化の魔法と違い、元々中にあった毒は高見の魔法によって反応が鈍い。それでも毒の本体は抵抗し枝を伸ばす。浄化の力により崩れればまた新たな枝を伸ばし、一進一退の状況。

「先生、効果を強めることは!?」

 園村の問いに、高見は眉を顰める。

「どの程度抵抗されているのか見えないことには加減はできません。強くしすぎれば、皆さんの浄化の魔法を無効にする恐れが」
「そんな……」

 手術であれば血圧や脈拍といった状態を把握するものが目に見えているが、今はそれがない。高見はこれまでの経験から得た勘で魔法の微調整を繰り返している。
 園村の策は間違っていない。むしろ、これが今ある最善のものといってもいい。だが、このままでは再び我慢比べ。園村は頭の中の引き出しを開けては閉め、更なる一手を模索する。

「そのままで大丈夫です」
「え?」

 光秀の言葉に、園村は耳を疑った。

「そのまま進めてください。僕が、狙い撃ちます」
「狙い撃つって……」

 園村が気が付くと、光秀のレンズから出ていた光が先ほどよりもずっと弱くなっていた。

「園村さん、大丈夫です」
「そうそう。ヒデミーの使ってるあれは、まだ本領発揮してないから」
 
 二人は知っている。光秀が使った魔術が、ストナクシィ貫癒フキゥライリー光槍アがまだ照準を合わせているだけだということを。そして光が弱まったことが、次の段階に入ったことを示しているのだと。
 光秀が毒の本体が枝を伸ばすタイミングを計る。高見の魔法によって動きに制限を受けている毒は、枝を一本ずつしか伸ばせていない。狙うのはその時。

「何をするのかわからないけど、あたしらはこのままでいいってこと?」
「はい。そのままでお願いします」

 迷いのない光秀の返事の直後、彼のレンズから漂う強い匂いを森永は感じる。彼女だけが感じているそれは、光秀の魔力。君島が視覚で魔力を捉えられるのと似て、森永は嗅覚で魔力を捉えることができる。魔力が多いほど、彼女が感じる匂いは強くなる。

(すごい量……一体何をするつもり?)

 君島も眼鏡の隙間から、光秀のレンズに向かって移動する魔力の流れが見えていた。彼が何かを仕掛けようとしているのは間違いなかった。

(魔術は、魔法の模倣……)

 光秀は記憶の中にある知識を反芻するように、頭の中で言葉を繰り返す。彼のレンズが毒の本体を視野の真ん中に捉えている。

(魔術は、他人の魔法をただ真似するものにあらず……)

 魔力が注がれた光秀のレンズが再び光を放つと、先ほどとは比べものにならないほどの光量で明希の体を照らす。二色の浄化魔法に抵抗しているためか、その光に浄化の力がなく脅威ではないと察したのか、毒から枝は伸びてこなかった。
 強い光が今度こそ毒の本体に届く。そして見えたのは、中で弱い光を発している小さなもの。シャボン玉のようなこの空間を漂っているものと同じ光の粒だ。それが毒の中にたくさん取り込まれていた。

(伝授されし魔法を、自分の魔法を用いて再現する術……)

 園村とディーナが息を呑んで様子を見守る中、毒が接近する青い浄化の力を伸ばした枝で押し退けた、その瞬間だった。

クナレスト貫け!」

 それまで明希を照らしていた強い光が突然消えたかと思うと、レンズの中央から出た細い光が明希の体を貫いた。1秒にも満たない時間で消えたその光線は、明希の肉体や魂を、着ている服や寝ているベッドも傷つけることなく、一瞬にして彼女の中に巣食っていた毒の本体を消滅させた。光秀のレンズにはもう毒の本体の姿は映っていない。あるのは、解放された光の粒たちと最後に本体が伸ばした一本の枝だけ。
 光の粒たちは次第に明るさを取り戻し、所定の位置でもあるかのように自然と分散していく。そして残ったその薄紫の枝が青と黄緑の浄化の力によって崩れ去ると、明希の瞼がピクピクと動き始めた。

「みなさん、魔法を止めてください!」

 明希の反応を確認した園村の合図で、全員が魔法の使用を止める。中を染めていた青と黄緑の魔法は通ってきたルートを逆流し外へ出ていった。そして光秀のレンズが映したのは、異物が消えた本来の魂の姿。無数の光の粒が規則的な流れで揺蕩う光景は、幼い頃に見た星空のようで光秀は目を奪われる。

「綺麗だ……」

 光秀がボソッとそう口にした直後、中心にあった一回り大きな光の粒が強い輝きを放つ。それの周囲を、他の粒たちが速度を上げて回り出すと、真っ暗だった空間がオレンジ色のベールで彩られていく。

「身体中に魔力が流れていってる……これは……」

 細胞へとつながる糸に微量の魔力が流れていくのを確認すると、園村の表情に笑みが生まれた。

「んん……」

 それは確かに、明希の口から出た声だった。自分の手を弱い力で握り返してきたことに気付いた高見もそれに返すように優しく握る。

「稲葉さん、わかりますか?」
「……は……い……?」

 光秀の目が元の濁った色に戻っていく。彼女の声を聞いて、自然と魔法を解いたのだった。いつものように微かな光しか感じられない視界の中、誰かに手を引っ張られる。

「そんなところに突っ立ってる場合じゃないだろ」

 蛍司に手を引かれ、光秀は明希の左側へ移動させられる。そして、彼に手首を掴まれるとその手を明希の左手の上に乗せられた。薬指に付けられた指輪の形から、それが明希の手であることに気付く。

「明希……?」
「ん……みー……ちゃん……?」

 瞼が開くのを確認し、高見は彼女の右手からそっと手を離した。照明の眩しさに顔を顰めながら、明希は体を動かそうとするが上手くいかない。視界がぼやけてよく見えない中で、左手に感じる慣れ親しんだ感触が光秀の存在を教えてくれた。

「迎えに……来てくれたの?……早く……帰らないと……舞とご飯……」
 
 その耳でハッキリと彼女の声を確認すると、光秀の頬を一雫の涙が溢れ落ちた。
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