🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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再会と初雪

秘密

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 椿が三年C組というプレートのある扉を抜け教室に入ると、まだクラスの3分の1程度の生徒しか登校していなかった。

「あ、椿来たー!!」

 一番後ろの席から、彩季さきが茶髪の髪にアイロンを当てたまま、椿へ笑顔を投げて寄越した。

「ほとんど来てないね」

「うん、体育潰れて自習だったよ。事故? 故障? なんだった?」

「うーん、故障? 架線が燃えたとかなんとか」

「かせん? それってなに?」

「電車の上にある、違うか線路の上か、黒い電線みたいなの」

 椿は指先で頭の上につつつっと線を引き、大きな身振りをつけて説明する。

「ふーん」

 分かったのか分からないのか、彩季は曖昧に頷いた。

 椿は電車の中から見た黒い「あれ」を思い出していた。
 胴の長いトカゲの様な顔をした未確認生物を。

 少なくとも椿はあの形態の「あれ」は今までに見たことがなかった。
 奇妙な背中の羽飾りまではっきり覚えていて、絵に書こうと思えば書けそうだった。

「あれ」がなんなのか。
 初めはもちろん椿にしか見えないのだから分かる訳もなかった。

 椿は「鈴の家」の火災事故にあい意識が戻った辺りから、人には見えない「あれ」らが見え始めるようになった。

 その頃「あれ」らは誰にでも見えている物と認識していたから、椿は「あれ」が見える度、普通に口に出してまわりの友達や大人達を驚かせた。

 しかし、どうやら「あれ」らは自分にしか見えず、この世には存在しないものだということを、まわりの反応から知り、自然と自衛的な学習をしたのだ。

 そしてある日「先生」と出会い教えてもらった。

 あれらは生き物で、確かにこの世に存在するものだと。

 人にはまったくの無害であり、様々な種類がいて個体各々にも個性があるということ。

 彼らの知能はさほど高くはないというから、今日の電車の架線トラブルも間接的には「あれ」の仕業になるのだろうが、彼らが狙ってそうしている訳では決してなくて、結果としてそうなってしまっただけなのだ。

 おそらく電気が好きで、食べるために咬み付いていたか、または好奇心から遊んでいただけなのだろう、というのが椿の考察だ。


 ただそんな事を彩季に言ったところで、いや、誰に言ったところで、変人か、妄想の激しい頭がおかしい人、または極度のかまってちゃんとしか思われない。


「彩季はいいな、家が近くて。人だらけでほんとに疲れた」

 椿は彩季の隣のあいている席へドカッと腰を下ろした。

「お疲れ様でした」

 彩季はにこにこと笑いながら髪にアイロンを滑らせている。

「……あのさ、ちょっと参考までに聞くんだけど」

「んー?」

「一度しか会ったことがなくて、それも偶然に……、その人にまた会いたいと思ったらどうすればいいかな? 会った? いや見かけた、かな」

「なーにそれ、つまり偶然会った人にまた会うにはどうしたらいいかってこと?」

「あ、そうそう、さすが彩季」

「 誰かに一目惚れでもしたわけぇ?」

 彩季はアイロンをやめ椿の方へ向く。

「いやぁ?(否)」

 椿は出来る限り平静を装った顔を彩季へ向けるが、笑顔は不自然で強ばっている。

「へぇー」

 彩季はそのぎこちない椿の顔を見て意味深に笑った。

「いやいやいや、そうじゃない、そうじゃなくて、ちょっと聞きたいことがあって、本当に聞きたいことがあるの。大事なことなの」

 人には見えない「あれ」があの人にも見えていたのだろうか?
 だとすれば人で初めて会った同士、ということになる。

 本当に自分と同じ物を見ていたのだろうか?黒くて長いトカゲみたいな?背中にヒラヒラのついた?

 そう聞いてみたかった。

「なにを聞きたいわけ?」

「あ、うん、ええと」

 椿は言葉に詰まる、彩季は中学部からずっと一緒にいる一番仲の良い友達だった。

 その友達に自分のこの秘密を話していないこと、そこに少なからずの負い目があった。

 かと言って、何もかも話すという勇気も覚悟も、今現在まで持てずにいる。

「ふーん、なるほどぉ。椿にもやっと気になる人が現れましたか」

「へ? 」

 彩季が謎の微笑みを浮かべ椿の手首をガシッと掴んだ。

「どこの高校? どんな制服だった?」

「高校? たぶんだけど、高校生じゃないと思う。制服じゃなかった」

「社会人? スーツ? 」

「スーツとかでもない。学生かな」

「そっか、難しいね」

「だよね」

「でも、偶然出会った人なら、また偶然会う可能性はなくもない、あると思う」

 彩季がポンポンと椿の肩を叩いた。

「そうかな……?」

「うん、ある!!」

 そこへ、副担任の女性教師が入ってきた。

「はーい、チャイム鳴りましたよー、あれ、まだこれしか来てないんだ? 」

 授業が始まり、各々の席へ戻った二人の会話はそこで終了した。


☆☆☆
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