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初恋と命運
神獣
しおりを挟む神獣というのもまた未知の存在である。
高天原の神聖な森で生まれ一生をそこで過ごし、ひとたび戦となれば神と共に戦うというのが、ヨルが伝え聞いた話である。
神獣の持つ気高さと強い妖気は、神々にも劣らない力を持つという。
ゆえに神々は神獣を手厚く扱い、一生を一神へ捧げる契りを交わしその力を己のものとする。
その証が、彼の首についた傷だろうか。
ぐるりと首を回るアザと傷は痛々しく、墨を入れたようにはっきりと残っている。
なんと重い楔だろう。
ヨルの大師匠である千寿はその功績が認められ、高天原へ上り後に神獣となったアヤカシだ。
人が修行をし仙人となり天上界に招かれたり、自由に往来するのと同じだが、千寿は神々の権力を嫌い高天原にはほとんど寄り付かない。
「手を」
ヨルに促され臥鐵は顛の側へ来る。
「後で怒られるかも」
「なぜ?」
「私は嫌われているので」
「では内緒にしておきましょう」
ヨルは笑窪を浮かべ優しい眼差しを臥鐵へ向けた。
臥鐵は顛の手を取り目を閉じる。
部屋が明るく白々とした光に満たされていく。
椿と梵天が部屋へ入ってきた。
部屋の中は無数の光の粒でいっぱいだった。
椿はそれに目を奪われ無意識に目で追い始める。
(わぁあ、綺麗……これ見たことあるかも)
手のひらにのれば消えてしまう丸い光は、無秩序に宙を飛び、クリスマスのイルミネーションのようで華やかで美しかった。
「もう、大丈夫」
ヨルが臥鐵の手に自分の手を重ねた。
「ヨル先生は嘘つきですね……」
臥鐵はそう言って手を離すと、寂しそうに笑った。
「記憶を共有するなら、内緒には出来ない」
「妖気に記憶は残るからね、けれどほんの少しだし、顛くんは覚えていないと思いますよ」
「それなら尚更、僕が勝手に覗いたようで、なんだか悪い気がする」
妖気を混ぜるとお互いの経験値や記憶を共有出来るから、とヨル先生とソルもよくやっていて、椿はパソコンのデータを共有するのと似ているな、くらいであまり深くは考えていなかったが、実は本当に信頼しあえる仲じゃないとやってはいけないことなのかも、と今さらながら知る。
でも、ヨル先生とソルとのリンク場面では、こんな光は出なかったな、じゃあ私はどこでこんな光を見たのだろう。
「椿さん、それを顛くんに飲ませて」
「はい」
「なんですか?」
疑い深くなったのか、臥鐵が椿の持っている水差しを見てヨルに訊ねた。
「言ったでしょう、あなたの妖気は強いから、と」
「心配しなくても大丈夫です。雷魚の血と黒百合の蜂蜜をお湯で混ぜただけの、いってみれば毒消しみたいな?」
椿がツラツラと答える。
「毒消し??」
「妖気にも合う合わないがあるそうで、顛さんの妖気と臥鐵さんの妖気が合うように、お互いの癖を無効にして、顛さんのからだに純粋な妖気だけを巡らすためのもので、人の輸血でいえば成分だけを輸血するようなものです」
「ほぼ、そんなところです」
ヨルは出来の良い弟子へ向かい目を細め微笑んだ。
「ところで、今さらの確認なんですが、僕って、あなたに見えているんです、か?」
「ええ、もちろんです。(こんな超絶イケメン)見えないわけがないです!」
臥鐵は慌てて自分の姿を見回す。
「あれ? 僕は今、姿表現してましたっけ? まだ、よく出来なくて……時々忘れちゃうから、人の前で出たり消えたり。よく顛にも怒られる」
「すみません、この子は人ですがアヤカシが見えるんです」
「あ、そうですよね、見えてないはずですよね?普通なら。そうか、良かった」
「なんかすみません」
「いいえ、それなら美琴と同じです」
「え、他にも私のような方をご存じですか?みことさんて女の子??」
「あ、え、はい」
椿は興奮して臥鐵に詰め寄る。
「椿さん、あまり近づかない方が……」
ヨルの忠告は少し遅かった。
椿は、壁に当たり跳ね返るボールのように唐突に飛ばされた。
危うく畳に倒れて落ちるところをヨルが抱き抱えて防いだから、大事には至らなかった。
「え?!」
「妖気が半端じゃないから。見えない普通の人はそれを感じて近付かない、見えるが妖気を感じない鈍感な椿は近づいてはじかれる、ややこしいな」
椿が説明している間、かわりに顛へ薬湯を飲ませていた梵天がフフンと笑って言った。
「ええ!!うそぉ?!……鈍感なの私!!」
「いえ、ただアヤカシが見えるたけで後は普通の子という」
ヨルは良い意味で補足したつもりだったが、椿はその普通の子という言い回しが気になり不機嫌になる。
普通の子だったら、ここにはいないし。
出来ることなら普通になりたいのに。
もうアヤカシなんか、ヨル先生も見たくない!!
「あ、椿さん??」
椿は黙って部屋から出ていった。
「おい、雷魚の刺身は食べないのかー?」
梵天が部屋から顔を出して椿の背中へ訊ねた。
「いらない!あんな変な魚!!」
椿は振り返り言い放つ。
「前は美味しいって食べてたのに」
「お、美味しくないから、ぜっ、んぜん!!」
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