🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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初恋と命運

豆撒(まめまき)

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 椿は診療所から帰ろうとして庭に出た。

 診療室の窓が壊れて寒風が吹き込んでいるのを見て足がとまる。

 その景色に心が傷んだ。

 診療所は椿にとっては第二の家みたいなもので、大事な居場所である。

 自分を偽らず唯一いられる場所。

「入り口わからないってなに?!」

 今度は違う怒りが沸いてきた。

「わかるでしょ、窓が入り口じゃないってことぐらいはさ!!」

 椿はくるりと反転し診療所へ戻った。

 玄関をあがると、和室の方からドタバタと何やら騒がしい音が聞こえてくる。

「いや、だから!!離せって!!」

「まだ、動いちゃ駄目だって!!」

「そうです、少なくとも一晩は安静に!!」

「大丈夫って、本人が言ってるの!!」

「ヨル先生の言うこと聞いて!!!」

「お前、コノ、俺の錫杖しゃくじょうを返せって!!」

「これ、預かります」

「はぁ??臥鐵おまえーー!!」

 襖と一緒に何人かがバタバタと廊下へ倒れてきた。

 椿はその重なりあったアヤカシ達を呆然と眺めた。

 一番下に錫を握った臥鐵、その上に鬼の顛、そして一番上がヨルだった。

「なにしてるの?」

「おや、椿さん戻ったんですか?」

「やはり、刺身が食べたくなったのか?」

 梵天がひょいっとヨルの背中へ飛びのり言った。

「椿さんこれを預かって下さい」

 一番下の臥鐵が、長い杖のようなものを椿に向けた。
 先端は尖り、小さな輪に大きな輪を3つ通した飾りがついている。

「え、これ?」

「お前は誰だ、なに者だ?!」

 椿は臥鐵から錫を受けとった、想像していたより重く、慌てて両手で持ち上げ床に立たせた。

「おい、人の物に気安く手を触れるんじゃない」

「あー、まったく」

 梵天がスルッと人の姿に戻り、椿から錫を受けとるとそのまま走って地下へ行く階段を下りていった。

 椿も台所へ走っていく。

「お、ちょ、おまえ!!俺の錫!!」

 顛は下から臥鐵、上からヨルに押さえられ身動きが取れないようだ。

「明日の朝には返しますから!!今夜はここで安静に!!」

 ヨルの言葉は丁寧だが、その手はなかなか乱暴に顛の首根っこと腕を押さえつけていた。

「だからっ、俺はもう大丈夫なの!!」

「まだ、原因もわかってません!」

「こんなことをしている間にあいつら逃げちまうんだよ!!」

「大丈夫です、隊長と他の隊員達が捕獲に向かっていますから!」

 パシっ、パラパラパラ
 パシっ、パラパラパラ

 重なっている三人の回りで何か軽いものが無数に飛びはね転がった。

 三人は静かになり、それが降ってきた方を見上げる。

 そこには小豆を入れたステンレスのボールを抱えた椿が立っていた。

 手に小豆を握っている。

「今、小豆を……投げましたか?」

 ヨルが目を大きくして椿に訊ねた。

「煩いんですよ!顛さん、ここは診療所ですよ!静かにしてください!!窓を壊したら次は襖ですか!!いい加減にして!!!」

 椿が拳を振り上げる。

「痛いとかじゃなくてなんか地味に嫌な感じがする……何故だろう」

 臥鐵がボソッと言って起き上がる。

 ヨルが大人しくなった顛を抱え起こした。

「これはなに?」

 臥鐵が床に散らばった小豆を一粒拾う。

「大豆がなかったので、小豆になりました」

「?」

 顛が不思議そうな顔で椿を見た。

「もしかして鬼は」

 ヨルが呟く。

「外」

 椿が答える。

「福は」

「内」

「……」

「豆を投げても実際にはノーダメージですよ」

「なんの話ですか?顛に投げたんですか、豆を?」

「オニハソト??」

 顛が小豆を拾いじっと見つめる。

「後で小豆のお粥を炊きましょうね」

 ヨルはそう言ってニコニコしながら、顛を部屋へ連れ戻した。

「窓を壊した?」

「ええ、まぁ」

 と、顛は臥鐵の方を振り返る。

 臥鐵は目を反らし下を向いた。

「すみません……修理代は閻魔庁の刑吏部へ請求してください」

「うん、そうする」

「あー、なんかやっぱり少し目眩がするみたいだ」

 顛が額の辺りを押さえて目を閉じる。

「そうでしょう、妖気を消失して死にかけたんですから」

 ヨルは顛をベッドへ促した。

「死にかけた??」

「はい、ですから今夜はちゃんと休んでください」

「俺の錫杖は?」

「明日、ちゃんとお返しします」

 顛は諦めたようにベッドへ戻り、ヨルが布団を被せた。



 外れた襖をはめようと四苦八苦しながら臥鐵が椿に小声で聞いた。

「小豆のお粥って美味しいんですか?」

「ヨル先生の作るものはなんでも美味しいです」

 臥鐵は、ふうん、と春の日差しのように笑った。


 ☆☆☆
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