34 / 51
初恋と命運
釣堀
しおりを挟む「鈴木くんならきっと届けてくれると思った、それ」
岩梵は実央が持っている古書を指差した。
「偶然じゃ、ないんでしょう?」
岩梵は実央の手から古書を受けとると、斜めにかけたバッグに丁寧にしまった。
「ありがとう。失くすと大変なんだ写しとはいえ」
「全部、分かっていて、それでわざとそれを置いていった」
「読んだ、ていうか、読めたの?!」
「読むというか、内容はわかりました」
「ふーん……」
岩梵は口をすぼめ、そして突然アシカのように手を叩いた。
「すごいね!!」
「いや、とぼけないで」
実央の冷静なツッコミに、岩梵はニコリと笑い眼鏡を外した。
「岩梵さん、あなた、いったい何者なんですか?」
そして、俺はいったい何なんですか?
「シっ!!こんな人の多い所で、声が大きいっ」
小学生の群が、道の真ん中で言い争う若い二人の男を、不審者を見るような目で通りすぎて行く。
実央は岩梵に腕を掴まれ引っ張られた。
「で、どうしてここなんですか」
実央は水面に釣糸を垂らしてじっとウキを見ている岩梵へ声をかける。
二人は釣り堀に来ていた。
ボートを借りて人口池の真ん中に浮いている。
実央は握っていた釣竿を脇に置き腕を組んで岩梵を見た。
「なにも教えてくれないつもりなら、もう帰ります」
「シーッ!」
またもや、黙れと合図を送られる。
つん、つん、とウキが動いた。
「ほら、くってる」
「え?」
「魚が食いついた」
実央が慌てて竿を手に取りリールを巻いた。
「あ、もっとゆっくり」
「え、どんな?こう?」
「そうそう」
「意外と力が強い……え、強すぎないか?」
「いっきに巻いて!」
「!」
実央が糸を巻いていると、水面に魚の影が見えた。
「大きいね、頑張って!!」
「え、え?大きい?!」
実央は魚の力に負けないよう立ち上がりしっかりと竿を持った。
「うん、その調子、もう少し」
針に食いついたフナが、ぴょん、と水面を跳ねた。
「あ!」
プチンと糸が切れ、実央は急に手応えのなくなった竿を持ったまま、後ろ向きに池へ落ちた。
ざんっ、という音を聞いたかと思えば、もうすでに冷たい水の中に頭まで沈んでいる。
慌てて水を掻いて水面を見上げると、今まで乗っていたボートが見えた。
水面に顔が浮かぶとボートのヘリを掴んで頭を出し、思いっきり息を吸った。
「大丈夫?!」
差し出された岩梵の手をしっかり握り、実央はボートによじ登った。
「まさか落ちるとはね、こんな寒い日に、ハハハ」
「……」
実央は黙ってダウンを脱いで水を絞った。
突然のことで自分でも驚いていた。
そもそも何故俺は朝から岩梵と釣りをしているんだ?
「まさか、こんな真冬に泳ぐとはね」
実央は、ムッとした顔で岩梵を睨み、そうなじった。
「おい」
野太い声がして、ふたりは同時に水面を見た。
「すまないな、寝過ごしたワイ」
水面に大きな真っ白い物体が浮かんでいた。
大きな口、口の両端についた小さな赤い目玉。
口の下には髭のようなものがニュルっと数本生えていた。
「あ、博士先生、お騒がせしてすみません」
梵天がちょんと頭を下げて斜め掛けバッグの中を探る。
「人か?アヤカシか?」
軽自動車ほどの大きさはあるだろうか、白く丸い頭は、はんぺんのように弾力があり柔らかそうだった。
ナマズかな、実央は自分が知っている物の中で一番近いだろう形態のそれにあてはめてみた。
「私が見えるならばアヤカシか」
「博士先生、いつものお薬です」
口が大きく開くと、岩梵が何かをその中へと投げ込んだ。
「あいかわらず酷い味だ」
「良薬口に苦しですよ、お変わりはないですか?」
「ん、まぁ、変わりはないさ。新しい助手か?」
「違います、助手はまだ決まってないんです」
「ソルのやつ、そんなに悪いのか?」
「静かなところで休んだ方がいいってことで、田舎へ帰ってるんですよ。じき良くなると思います」
「あいつはガチャガチャとうるさいが、いないとなれば、それはそれで寂しいものだワイ」
「そうですね」
「ヨルに、よろしくと伝えてくれ」
「はい、伝えます」
白いナマズはすっと水面の下へ潜り消えていった。
「今、ヨルって言いました?あの、ええと、もしかしてアヤカシの先生の」
「そうですよ、ヨル診療所のヨル先生のことです」
椿が言っていたアヤカシのヨル先生、その人なのか。
「はぁわ、っしゅん!!」
実央が大きなくしゃみをひとつした。
「早く着替えた方が良いみたい」
梵天がオールを持って漕ぐと、ボートはすいっと進んで岸へと向かった。
☆☆☆
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
迦国あやかし後宮譚
シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」
第13回恋愛大賞編集部賞受賞作
タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として5巻まで刊行。大団円で完結となりました。
コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です!
妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?
翡翠の歌姫と2人の王子〜エスカレートする中傷と罠が孤児の少女を襲う【中華×サスペンス×切ない恋】
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
次は一体何が起きるの!? 孤児の少女はエスカレートする誹謗中傷や妨害に耐えられるのか?
約束の記憶を失った翠蓮(スイレン)は、歌だけを頼りに宮廷歌姫のオーディションへ挑む。
しかしその才能は早くも権力の目に留まり、後宮の派閥争いにまで発展する。
一方、真逆なタイプの2人の王子・蒼瑛と炎辰は、熾烈な皇位争いを繰り広げる。その中心にはいつも翠蓮がいた。
彼に対する気持ちは、尊敬? 憧れ? それとも――忘れてしまった " あの約束 " なのか。
すれ違いながら惹かれ合う二人。はらはらドキドキの【中華×サスペンス×切ない恋】
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる