🐱山猫ヨル先生の妖(あやかし)薬学医術之覚書~外伝は椿と半妖の初恋

蟻の背中

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初恋と命運

片鱗

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 魔女の家だ。

 実央は岩梵と一緒に、ヨルの診療所の門前に立っていた。

 椿が話していたように、確かに人を寄せ付けない佇まいではある。

 普通に廃墟かと見間違う程のボロ屋敷だ。

「どうぞ」

 外観が洋風なのに対して、家の中は中途半端な和洋折衷の昭和建築で、洋室があり、和室があり、増改築を繰り返したのか、突然地下への階段があったり、中庭が現れたりして、どこか迷路っぽい感じがある。

「ヨル先生、鈴木くんです!」

 岩梵がリビングの扉を開けて中を覗いた。

「あれ」

 岩梵は実央の方へ振り返り無表情に頷く。

 リビングは無人で、ソファの隣にあるダルマストーブで部屋は暖かい。
 ストーブの上に置いたヤカンから湯気がシュホシュホとのぼっている。

「大丈夫、どこかにはいます。ここで待っていて、今タオルと着替えを持ってくるから」

「あ、ども」

 実央はリビングに入ると濡れたダウンの上着やシャツを脱いでストーブの囲いにかけた。ズボンのポケットから玄関で脱いだ靴下を取り出し、それも下げる。

 ポタリ、ポタリと床に水滴が落ち水溜まりが出来ていく。

 絞った方が良さそうかな、そんなことを考えていたら、突然背後で大きな音がした。

 ガッシャン、ガラガラガラ

 そんな派手な音がリビングに響く。

 実央が驚いて音の方を向くと、戸口に立っているヨルと目が合った。

「あ、ええと、鈴木といいます」

 白衣を羽織っている格好から、この人がヨル先生かと思う。
 実央が想像していたよりもずっと若くて、そして好青年だった。

 彼の足元に、ステンレス製のハサミやらピンセットやら、トレーやら、その他銀色に光るものが、たくさん散らばっている。

 ヨルが実央の頭から爪先までをたっぷりと一往復見た。

 実央は柵からシャツを取って胸にあて上半身を隠した。

「あのすみませんこんな格好で」

 突然見知らぬやつが上裸で家にいたら、それは驚くのも無理はない、と実央は思ったが、そういう驚き方ではないような気もした。

「あ、ヨル先生、鈴木くんですよ」

 岩梵がヨルの脇を通り抜け入ってきた。

「鈴木くん……ああ、鈴木くん」

 ヨルはどこか上の空で、鈴木くん、と繰り返す。

「着替えと毛布を持ってきました。患者さん用のパジャマとパンツですけど」

「どうも」

 岩梵が畳んだ毛布の上にパジャマと下着をポンと置いた。

「これは洗って乾燥機に」

 岩梵はストーブの柵にかけてあるダウンと、実央が胸に抱いているシャツを奪いとり彼の前に立った。

「ズボンも脱いで、すぐに取りに来るからね」

「え、あ……」

「ヨル先生はどうしたんですか?こんなにとっ散らかして」

 岩梵は床に落ちたハサミやらトレーやらをまたいで出ていった。

「初めまして、ヨルです」

 実央は軽く会釈する。

「どうも」

「それ、診させてもらっても?」

「え」

「その火傷のあとを。嫌なら大丈夫です」

「べつに……どうぞ」

 ヨルは実央に近づき肩から腕にかけての火傷のあとを見た。

「言っていいのかな」

「はい?」

「ここに来て、私のことも知っているということは、どこまで話していいのだろう」

「ここはアヤカシの病院で、あなたはヨル先生、椿は……俺と一緒に火事にあって死ぬところをアヤカシに助けられた。俺は……半分人で半分が……」

 とそこで口ごもる。
 自分のことをあえてアヤカシと呼ぶにはまだ抵抗があった。

「……今まで辛いことがとても多かったでしょう」

 ヨルは実央の目をしっかり見て言った。

「どうでしょう、今朝いろいろと知ったばかりなので」

「人の皮膚の下に鱗があって、その強い鱗が君を炎から守ったんですね」

 実央は自分の腕をあらためて見た。
 鱗か、火傷のあとを自分自身でもまともに見たことはなかったが、言われてみれば傷痕が鱗のようにも見えなくもない。

「こんな真冬に水に落ちても平気なんて、普通ならブルブル震えるし、凍えてしまうよ」

「そういえばそんなに寒くはないかもしれません」

「それは、君の中に……」

「俺は、自分のことよりも椿のことが心配なんです」

 うん、とヨルが頷く。

「私も心配しています」

 実央はパジャマを来てストーブにあたった。

「椿、今日は来ませんか?」

「今週末が試験だから、なんとか対策っていうので、ずっと塾にいるはずです」

「そうですか」

「なのに今、ちょうど来たみたいだ」

 廊下を走る音と床が軋む音が同時に聞こえる。

「え?!椿が来たんですか?」

 実央が慌てて部屋を見回すと、ヨルが隣の部屋への扉を開き彼を促した。

「せんせ!!」

 椿が勢い良くリビングに入ってきた。

「やだ、なにこれ」

 椿は床に落ちたハサミやらピンセットやらを拾いあげトレーにのせた。

「せんせ?扉に張り付いて何してるんですか?」

「え、べつに何も」

「変だな、患者さんが来ているんだと思ったのに」

「どうして?」

「どうして?だって玄関にスニーカーがあったから」

「ぼ、梵天のシューズでは?」

「そうかな、びしょびしょだったけど」

 椿はどかっとソファに座った。

「わかった!」

 ヨルは頬をひきつらせ椿を見る。

「人の姿で水に入った?」

「ハハ、そうかもしれません。美味しそうな魚でも見つけたのかも」

「ボンボン、食い意地凄いもんね」


☆☆☆
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