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第一章:聖女から冒険者へ

66.二人の案内人②

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 馬車が動き出してから、暫くの間沈黙が続いた。
 私の中には沢山の疑問が生まれていたが、あまりもそれが多すぎて何から聞けばいいのかと一人悩んでいた。
 それに、目の前にいる二人はつい先ほど出会ったばかりで、当然簡単に信用することなどできない。
 
(どうしよう……。ここには頼れる仲間もいない。慎重に動かないと……)

 普段ならば、こういう時はいつもイザナが行動してくれた。
 私は自分がどれだけ彼に頼りきっていたのか思い知る。
 そして、彼のことを思い出すと心細さが深まり、泣きなくなった。

(イザナ、今どこにいるんだろう。なんで、二人は私を置いてったの……。酷いよっ!)

 それから間もなくして「あの、ルナ様」と名前を呼ばれて、私の体はびくっと小さく震え、反射的に顔を上げた。
 警戒しているせいか、私の表情は強張って見ているのかもしれない。
 残念ながら、私にはイザナのように感情を隠すなんて器用なことはできるはずもなかった。

「先ほどは、私たちの言葉を素直に受け入れて頂き感謝致します。こんな形で強引に馬車に乗せたのですから、怪しまれているの承知です。数々のご無礼、お許しください」

 声の主はシエナの姉と呼ばれる女性だった。
 茶色い髪色はシエナと同じで、年齢は見た感じ私と同じか、少し上くらいだろう。
 穏やかな雰囲気を纏っていて、嫌な感じは全くしない。
 だが、彼女達の素性が分からない以上、それだけで信用するのは危険だ。

「まだ名乗っていませんでしたね。大変、失礼致しました。私の名前はリーシャと申します。この子の姉であり、私達はある方にお仕えしています」
「ある方……?」

 含ませる言い方をされ、私は少し眉を顰めた。

「アンゼルム・ロイ・ラーズ様です」
「え……?」

 その名前には当然聞き覚えなどなかったが、最後のラーズという言葉に私はハッとした。

(ラーズってまさか……)

 ラーズ帝国と言えば、これから私たちが向かおうとしていた場所だ。
 しかし、イザナ達はきな臭い噂があると、何やら警戒していた。
 今回敢えてラーズ帝国には入らず、間にあるアイリスに立ち寄ったのもそれが理由だと私は思っている。
 だからこそ、その名前を聞いて私の不安はさらに膨らんでいく。

「アンゼルム様は、ラーズ帝国の第三皇子であります。ですが、ある事情から表舞台には一切出ずひっそりと暮らしております」
「その方は、イザナとは知り合いってことですか?」

「はい、その通りです。アンゼルム様には直にお会いできると思いますので、その時に色々質問をしてみたらいかがでしょうか? きっと全てお答えして頂けると思いますよ」
「……わかり、ました」

 私は隣国との付き合いについてはあまり詳しくないが、高い地位に立つ者同士、何かしらの交流は少なからずあるのだろう。
 今はそれ以外に思い付く理由が見つからなかったので、そう思うことにした。

「あのっ、イザナ達は今どこにいるんですか? もしかして、アンゼルム様と一緒に行動されているんですか?」
「……それは」

 私は我慢できなくなり、一番気になっていることを口にする。
 するとリーシャの顔色が一瞬曇った。

「教えてくださいっ!」

 私は嫌な予感を抱きながらも、さらに詰め寄った。
 これを聞かない限り、安心することは絶対ににないと確信していたから。

「とても、言いづらいのですが……」
「構いません! 教えてください」

「イザナ様とゼロ様はここではなくラーズ帝国に向かいました」
「え?」

 思いも寄らなかった返答に、私はきょとんとした顔をみせてしまう。
 しかし、先ほどリーシャはラーズ帝国の皇子とイザナは行動を共にしていると話していた。
 そう考えると分からないことは多いが、納得はいく。

「これは囮作戦です」
「囮……?」

「ルナ様を、安全に保護するための。もっと分かりやすく言えば、ダクネス法国の追ってを撒くため、とでもいいましょうか。私が窺っている話ではルナ様を先に飛ばせて姿を眩ませ、後から移動するイザナ様たちは追手を惹き付けるために高度を変えて移動するのだと聞きました。通過地点にルナ様の身代わりを待機させ、合流したところでラーズ帝国へと向かう。そうすれば、ダクネス法国からの追手の目を欺くことができます」
「……なんで、そんなこと」

 私の声は僅かに震えていた。
 あの国の狙いは私なのだと、改めて知ってしまったからだ。

「ダクネス法国は、聖女だったルナ様に興味を持っているのはないでしょうか」
「……っ、あの国でも新しい聖女を召喚したんでしょ?」

 なんとなく気付いてはいた。
 だけど、私は受け入れたくなくて必死に言い返していた。

「聖女については昔から何かと謎が多い。現れる時期も規則的ではないのです」
「…………」

「昔は国同士情報を共有していたと聞きますが、残念ながら今は違うようです。表向きでは協定などを結んでますが、どの国も優位な立場になろうと、その機会を窺っているのでしょう。聖女という存在は人々を災厄から守る救世主でもありますが、世界を救った後はあまりにも大きな力ゆえに国の道具にされてしまうことが多いようです」
「……っ」

「今まで召喚された聖女の殆どは、王族や、それに等しい人間と婚姻を結んだと聞きます。ルナ様も……」

 以前、イザナからそんなような話を聞いていたので、リーシャの言葉を聞いてもあまり驚かなかった。
 だけど、道具と聞いて少しだけ胸の奥が痛んだ。
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