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第一章
【7月】ベランダで。
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「もしもし。郁三くん、久しぶりー」
「もしもし。え?リサちゃん?」
彼女は地元の知り合いで、中学も高校も僕とは違う地区の女子校に通っていたお嬢様だ。
「あっごめん。今ちょうど電車に乗るところなんだ。降りたら折り返しかけるよ」
「うん、わかった。待ってるねー」
僕は通話を切り、ホームに滑り込んできた冷房の効いた電車に乗り込んで、溜め息をつく。
リサちゃんとは、小学六年生のときに通っていた学習塾が同じだった。
そして、僕に「好き」と告白してくれた唯一の人だ。
といっても、それは小学生レベルのことで、彼女の中ではもう数にも入っていないかもしれない。
あの時は、塾の授業が始まる前に「私、郁三くんが好き。ねぇ、つきあって」と突然言われたのだ。
「無理、無理、無理、無理」
幼い頃から大人の恋や愛の悲しい話を、嫌というほど聞かされてきた僕は、すごい勢いで断った記憶がある。
「ひどい、郁三くん。そんなに嫌がらなくてもいいじゃん」
リサちゃんは塾の机に顔を伏せてビィービィーと泣き、僕はとても気まずい思いをした。
でも、驚くことに次の週には、また違う男子に告白していたのだ。
僕の目の前で。
彼女は、その頃から恋多き女の子だった。
リサちゃんは、僕に恋の辛さを話すとスッキリすることを実体験から学び、意図的に有効活用している唯一の人でもある。
いや、僕だって、頻繁に失恋するリサちゃんの話を聞いてあげて、彼女が元気に回復することが、嫌なわけじゃない。
彼女は、恋に夢中になりすぎる意外は、とてもいい人だから。
でも、中学生から高校生になり、彼女のする恋もどんどんと大人のものになっていった。
だから、高校三年生の冬に、電話で呼びだされては聞かされる恋話に、正直うんざりとしていた。
恋が終わりを迎えてから僕に話してくれれば、彼女はスッキリと立ち直り、次の恋へ進むだろう。
でも、終わりそうな恋の話を僕にするのだ。
「それでね、昨日彼が、他の女の子とデートしてるのを見ちゃったの……」
「うんうん、そうなんだ」
「でも、郁三くんに話したら、元気でたよ!私、彼が戻ってきてくれるように頑張るね!」
そうやって、浮き沈みを何度も繰り返すのだ。
さすがに見かねて、アドバイスのようなことを口にしたこともある。
「リサちゃん、もうその人のこと、諦めたら?このままじゃリサちゃんが辛いだけだよ」
「ううん。大丈夫。郁三くんと話したら元気でたから。もう少し頑張れる」
さっきの電話もきっと、新しい恋の話だ。
物事がうまくいかないから、僕へ電話をしてきたのだ。
彼女も確か、東京の大学へ進学すると言っていたはず。
「会って話がしたいの」と言われるんだろうな……。
折り返し電話するのは、マンションに帰ってからにしようと決めて、冷房の効いた電車を降りると、外は夕方とは思えぬ初夏の暑さだった。
—
僕の大学と、リサちゃんが通っている女子大は、思いのほか近くにあり、このところ頻繁に彼女に会っている。
僕と話をして元気になっては彼氏に立ち向かい、また辛い思いをして僕を呼び出す電話をしてくる。
電話が頻繁にかかってくることや、具合が頻繁に悪くなることを、吉野が不審に思うのも当たり前だった。
「郁三さま。彼女でもできたのですか?」
「まさか」
「隠さなくてもいいのですよ」
ブルブルと首を振り、結局リサちゃんのことを吉野に話す羽目になる。
「それはお人好し過ぎます。感心しませんね」
「でも……」
「でもではなく、拒絶することも彼女のためだと思いますよ。強い意志で断るべきです」
吉野の言うことは良く理解でき、それからはリサちゃんからの電話をのらりくらりと、かわすようになった。
「明日は、提出間近のレポートをしなきゃいけなくて」
「じゃ、明後日は?」
「その日は、友達にカラオケに誘われていて」
ただ、彼女はこんなことで何かを察してくれたり、諦めたりする人ではなかった。
だから結局、会う約束をしてしまう。
「あのねリサちゃん。僕、色々と忙しいんだ。だからもうしばらく会えない。それでもいいなら、最後に一度だけ話を聞くよ。でも本当にこれが最後だよ」
「うん。それでいい。ありがとう郁三くん」
根負けしてリサちゃんと会うことを、吉野には言えなかった。
—
カフェでリサちゃんの話を聞き、案の定、身体はしんどく、ぐったりとする。
「やっぱり郁三くんは凄いよ。こうして話してると、スッキリするの。不思議だよね、郁三くんだけなんだよ、こんな気分良くなるのって」
「でも、約束したようにこれが最後だから。それにもう諦めたほうがいいよ、その人。リサちゃんのこと大切にしてくれないなんて、ひどいもん。リサちゃんならもっといい人に出会えるはずだから」
カフェの前で、リサちゃんは笑顔で手を振って去っていった。
体調の悪さに暑さが加わり、僕は駅からの道を、亀のような歩みで進み、帰路についた。
「ただいま」
僕は体調の悪さを隠そうと、できるだけ元気な声を出し、玄関にあがる。
吉野は部屋にいるようだが、出てくることはなくホッとする。
そのまま自室へ行き、ベッドに倒れ込むように寝転がった。
夕食までひと眠りすれば、それなりに回復するだろう。
そう思いながら、深い眠りへと落ちていった。
「郁三さま。食事の準備ができましたよ」
吉野のノックの音で目が覚める。
体調は、良くはなっていないけれど、ギリギリ誤魔化せる程度だったから、できるだけ口角を上げてリビングへと向かう。
夕食は冷やし中華で、さっぱりとしていて食べやすく助かった。
それでも、のろのろと食べる僕の顔を覗き込むように吉野が見てくる。
「体調悪いんじゃないですか?」
「いや、そんなことないけど、毎日暑いからかな。梅雨が明けたと思ったら急に猛暑だもん。嫌になるよね」
「ふーん」
完全に怪しまれているようだ。
そのとき、ポケットに入れていたスマホが鳴った。
メッセージアプリじゃなく、電話で連絡してくるのは、リサちゃんくらいだ。
「郁三さま、スマホが鳴ってますよ」
「あ、うん。いいんだ」
無視をしていると、呼び出し音は止まる。
しかし、三分程して、また鳴りだした。
僕はそっとスマホを取り出し画面を見る。
やはり「リサちゃん」と表示されている。
また無視をしていると、しばらくして音が止んだから、僕はスマホを消音モードにしポケットにしまう。
吉野が興味深げに向けてくる視線を無視し、再び冷やし中華をすすった。
ブーブー、ブーブー、ブーブー。
隠しきれないバイブ音が、ポケットの中で鳴り始める。
リサちゃんは、諦めないつもりらしい。
吉野の視線が痛かったから、僕は立ち上がる。
「ちょっと電話してくる」
そう言ってベランダへつながるドアを開け外へ出で、吉野に聞かれぬよう、そのドアを閉めた。
「もしもし」
夜になり少しだけ気温は下がったようだ。
夜空には三日月が浮かんでいた。
「もしもし、郁三くん?ごめんねー、忙しかった?」
「うん。どうしたの?リサちゃん。もう会えないって言ったよね」
「そうなんだけどね、聞いてほしくて」
「無理だよ。そんな悲しい声を出されても、もう聞けない。こんな数時間でさっき笑ってたリサちゃんを、もう悲しませた人とは、早く別れたほうがいいよ」
「でもね……」
リビングからベランダに出るドアが、ゆっくりと開けられ、吉野がベランダへと降りてくる。
僕は吉野に背を向け、さらに小声になってリサちゃんに伝えた。
「僕が話を聞いちゃったら、リサちゃんまた元気を取り戻して、彼氏さんのところへ戻ろうとするでしょ。だからもう聞けない」
吉野は、背後から僕に抱きついてきた。
どういうつもりだろう?
ここは八階で、転落防止のためにベランダはしっかりとした塀で囲まれ、胸より下は隣のマンションからも見えない構造になっている。
「だけどさー……」
電話の向こうで、リサちゃんが喋っているのに、吉野は僕の部屋着の中へ手を入れてくる。
下着の上から股間を撫でられたから、吉野のことを睨みつけた。
でも、吉野はニコニコと笑っていて、僕の睨みなど全く効かない。
「……って言うんだよー。そんなこと私に言ってくれるの彼だけだし……」
リサちゃんが一方的に喋っている声が聴こえているのに、僕の意識は吉野がしてくれる行為へと向いている。
吉野の行為はどんどん大胆になり、今度は下着の中に手が入り、僕の中心を包み込むように直に握った。
僕はスマホを持っていない左手で、吉野の手首を掴み止めようとする。
けれど、力では叶わないし、身体がその気になって変化してきているのを、隠しきれない。
吉野の手は、ゆっくりと上下に動きだし、硬くなり始めた僕のものを、しごきだした。
「あぅっ」
「聞いている?郁三くん。ねぇ、どうかしたの?」
「い、いや、大丈夫。と、とにかく、それでも、別れたほうがいいと、思うよ」
「うーん……。私ねー、恋をしていないとダメなんだよ……」
リサちゃんは喋り続ける。
この話、まだまだ続くのだろうか……。
「やぁっ」
「なに?なんか変だよ、郁三くん」
「ご、ごめん」
あろうことか、吉野はその場にしゃがみこみ、僕の中心を咥え始めた。
舌で先端をつつかれ、溢れ出始めた先走りを舐めとり、上目遣いで僕を見ながら、奥深くまで咥えこむ。
唇でしごくようにしながら、吸い付いてくる。
吉野の口の中を僕の硬く上を向いたものが、出たり入ったりしているのを見せられれば、心拍数が上がり呼吸が乱れてゆく。
明らかに、視覚的にも僕を煽ろうとしているのだ。
僕はベランダの手すりをギュッと掴み、必死に耐えながら、とにかくこの電話を終わらせなければと考える。
「と、とにかく、もう切るね」
「やっぱりさ、電話で郁三くんに話を聞いてもらっても、全然効果はないみたい」
「そ、そうなんだ」
「うん。全然、スッキリした気持ちにならないもん」
吉野の口の動きが、スピードを増す。
もう、もうダメ、我慢できない、で、でちゃう。
僕は手すりを掴んでいた手を口に当て、声が漏れないように押さえた。
吉野は僕のものを口から出して、フィニッシュとでもいうように、今度は右手で勢いよく強くしごく。
「んぁっ」
僕は、ベランダの床に白濁を飛ばし、ずるずると床に座りこんで、脱力してしまった。
吉野はそんな僕の手からスマホを奪った。
「もしもし。私から一つアドバイスを」
「え?誰?」
「貴方のような方には、郁三さまの性質が仇となってしまうようです。大丈夫ですよ、郁三さまとの縁が切れれば、彼氏さんのことも近々嫌いになれるでしょう。今後は恋をするために恋人を作るのではなく、他にやりたいことを探し、そこで知り合う方と徐々に関係を深めていくのがよろしいかと。では、失礼いたします」
吉野は一方的に電話を切り、そのままスマホ上で何か操作をしてから、僕へ貸してくれた。
「彼女のこと、ブロックしておきましたから」
「そこまでしなくても……」
「お互いのためですよ」
そう言われれば、何も言い返せなかった。
「もしもし。え?リサちゃん?」
彼女は地元の知り合いで、中学も高校も僕とは違う地区の女子校に通っていたお嬢様だ。
「あっごめん。今ちょうど電車に乗るところなんだ。降りたら折り返しかけるよ」
「うん、わかった。待ってるねー」
僕は通話を切り、ホームに滑り込んできた冷房の効いた電車に乗り込んで、溜め息をつく。
リサちゃんとは、小学六年生のときに通っていた学習塾が同じだった。
そして、僕に「好き」と告白してくれた唯一の人だ。
といっても、それは小学生レベルのことで、彼女の中ではもう数にも入っていないかもしれない。
あの時は、塾の授業が始まる前に「私、郁三くんが好き。ねぇ、つきあって」と突然言われたのだ。
「無理、無理、無理、無理」
幼い頃から大人の恋や愛の悲しい話を、嫌というほど聞かされてきた僕は、すごい勢いで断った記憶がある。
「ひどい、郁三くん。そんなに嫌がらなくてもいいじゃん」
リサちゃんは塾の机に顔を伏せてビィービィーと泣き、僕はとても気まずい思いをした。
でも、驚くことに次の週には、また違う男子に告白していたのだ。
僕の目の前で。
彼女は、その頃から恋多き女の子だった。
リサちゃんは、僕に恋の辛さを話すとスッキリすることを実体験から学び、意図的に有効活用している唯一の人でもある。
いや、僕だって、頻繁に失恋するリサちゃんの話を聞いてあげて、彼女が元気に回復することが、嫌なわけじゃない。
彼女は、恋に夢中になりすぎる意外は、とてもいい人だから。
でも、中学生から高校生になり、彼女のする恋もどんどんと大人のものになっていった。
だから、高校三年生の冬に、電話で呼びだされては聞かされる恋話に、正直うんざりとしていた。
恋が終わりを迎えてから僕に話してくれれば、彼女はスッキリと立ち直り、次の恋へ進むだろう。
でも、終わりそうな恋の話を僕にするのだ。
「それでね、昨日彼が、他の女の子とデートしてるのを見ちゃったの……」
「うんうん、そうなんだ」
「でも、郁三くんに話したら、元気でたよ!私、彼が戻ってきてくれるように頑張るね!」
そうやって、浮き沈みを何度も繰り返すのだ。
さすがに見かねて、アドバイスのようなことを口にしたこともある。
「リサちゃん、もうその人のこと、諦めたら?このままじゃリサちゃんが辛いだけだよ」
「ううん。大丈夫。郁三くんと話したら元気でたから。もう少し頑張れる」
さっきの電話もきっと、新しい恋の話だ。
物事がうまくいかないから、僕へ電話をしてきたのだ。
彼女も確か、東京の大学へ進学すると言っていたはず。
「会って話がしたいの」と言われるんだろうな……。
折り返し電話するのは、マンションに帰ってからにしようと決めて、冷房の効いた電車を降りると、外は夕方とは思えぬ初夏の暑さだった。
—
僕の大学と、リサちゃんが通っている女子大は、思いのほか近くにあり、このところ頻繁に彼女に会っている。
僕と話をして元気になっては彼氏に立ち向かい、また辛い思いをして僕を呼び出す電話をしてくる。
電話が頻繁にかかってくることや、具合が頻繁に悪くなることを、吉野が不審に思うのも当たり前だった。
「郁三さま。彼女でもできたのですか?」
「まさか」
「隠さなくてもいいのですよ」
ブルブルと首を振り、結局リサちゃんのことを吉野に話す羽目になる。
「それはお人好し過ぎます。感心しませんね」
「でも……」
「でもではなく、拒絶することも彼女のためだと思いますよ。強い意志で断るべきです」
吉野の言うことは良く理解でき、それからはリサちゃんからの電話をのらりくらりと、かわすようになった。
「明日は、提出間近のレポートをしなきゃいけなくて」
「じゃ、明後日は?」
「その日は、友達にカラオケに誘われていて」
ただ、彼女はこんなことで何かを察してくれたり、諦めたりする人ではなかった。
だから結局、会う約束をしてしまう。
「あのねリサちゃん。僕、色々と忙しいんだ。だからもうしばらく会えない。それでもいいなら、最後に一度だけ話を聞くよ。でも本当にこれが最後だよ」
「うん。それでいい。ありがとう郁三くん」
根負けしてリサちゃんと会うことを、吉野には言えなかった。
—
カフェでリサちゃんの話を聞き、案の定、身体はしんどく、ぐったりとする。
「やっぱり郁三くんは凄いよ。こうして話してると、スッキリするの。不思議だよね、郁三くんだけなんだよ、こんな気分良くなるのって」
「でも、約束したようにこれが最後だから。それにもう諦めたほうがいいよ、その人。リサちゃんのこと大切にしてくれないなんて、ひどいもん。リサちゃんならもっといい人に出会えるはずだから」
カフェの前で、リサちゃんは笑顔で手を振って去っていった。
体調の悪さに暑さが加わり、僕は駅からの道を、亀のような歩みで進み、帰路についた。
「ただいま」
僕は体調の悪さを隠そうと、できるだけ元気な声を出し、玄関にあがる。
吉野は部屋にいるようだが、出てくることはなくホッとする。
そのまま自室へ行き、ベッドに倒れ込むように寝転がった。
夕食までひと眠りすれば、それなりに回復するだろう。
そう思いながら、深い眠りへと落ちていった。
「郁三さま。食事の準備ができましたよ」
吉野のノックの音で目が覚める。
体調は、良くはなっていないけれど、ギリギリ誤魔化せる程度だったから、できるだけ口角を上げてリビングへと向かう。
夕食は冷やし中華で、さっぱりとしていて食べやすく助かった。
それでも、のろのろと食べる僕の顔を覗き込むように吉野が見てくる。
「体調悪いんじゃないですか?」
「いや、そんなことないけど、毎日暑いからかな。梅雨が明けたと思ったら急に猛暑だもん。嫌になるよね」
「ふーん」
完全に怪しまれているようだ。
そのとき、ポケットに入れていたスマホが鳴った。
メッセージアプリじゃなく、電話で連絡してくるのは、リサちゃんくらいだ。
「郁三さま、スマホが鳴ってますよ」
「あ、うん。いいんだ」
無視をしていると、呼び出し音は止まる。
しかし、三分程して、また鳴りだした。
僕はそっとスマホを取り出し画面を見る。
やはり「リサちゃん」と表示されている。
また無視をしていると、しばらくして音が止んだから、僕はスマホを消音モードにしポケットにしまう。
吉野が興味深げに向けてくる視線を無視し、再び冷やし中華をすすった。
ブーブー、ブーブー、ブーブー。
隠しきれないバイブ音が、ポケットの中で鳴り始める。
リサちゃんは、諦めないつもりらしい。
吉野の視線が痛かったから、僕は立ち上がる。
「ちょっと電話してくる」
そう言ってベランダへつながるドアを開け外へ出で、吉野に聞かれぬよう、そのドアを閉めた。
「もしもし」
夜になり少しだけ気温は下がったようだ。
夜空には三日月が浮かんでいた。
「もしもし、郁三くん?ごめんねー、忙しかった?」
「うん。どうしたの?リサちゃん。もう会えないって言ったよね」
「そうなんだけどね、聞いてほしくて」
「無理だよ。そんな悲しい声を出されても、もう聞けない。こんな数時間でさっき笑ってたリサちゃんを、もう悲しませた人とは、早く別れたほうがいいよ」
「でもね……」
リビングからベランダに出るドアが、ゆっくりと開けられ、吉野がベランダへと降りてくる。
僕は吉野に背を向け、さらに小声になってリサちゃんに伝えた。
「僕が話を聞いちゃったら、リサちゃんまた元気を取り戻して、彼氏さんのところへ戻ろうとするでしょ。だからもう聞けない」
吉野は、背後から僕に抱きついてきた。
どういうつもりだろう?
ここは八階で、転落防止のためにベランダはしっかりとした塀で囲まれ、胸より下は隣のマンションからも見えない構造になっている。
「だけどさー……」
電話の向こうで、リサちゃんが喋っているのに、吉野は僕の部屋着の中へ手を入れてくる。
下着の上から股間を撫でられたから、吉野のことを睨みつけた。
でも、吉野はニコニコと笑っていて、僕の睨みなど全く効かない。
「……って言うんだよー。そんなこと私に言ってくれるの彼だけだし……」
リサちゃんが一方的に喋っている声が聴こえているのに、僕の意識は吉野がしてくれる行為へと向いている。
吉野の行為はどんどん大胆になり、今度は下着の中に手が入り、僕の中心を包み込むように直に握った。
僕はスマホを持っていない左手で、吉野の手首を掴み止めようとする。
けれど、力では叶わないし、身体がその気になって変化してきているのを、隠しきれない。
吉野の手は、ゆっくりと上下に動きだし、硬くなり始めた僕のものを、しごきだした。
「あぅっ」
「聞いている?郁三くん。ねぇ、どうかしたの?」
「い、いや、大丈夫。と、とにかく、それでも、別れたほうがいいと、思うよ」
「うーん……。私ねー、恋をしていないとダメなんだよ……」
リサちゃんは喋り続ける。
この話、まだまだ続くのだろうか……。
「やぁっ」
「なに?なんか変だよ、郁三くん」
「ご、ごめん」
あろうことか、吉野はその場にしゃがみこみ、僕の中心を咥え始めた。
舌で先端をつつかれ、溢れ出始めた先走りを舐めとり、上目遣いで僕を見ながら、奥深くまで咥えこむ。
唇でしごくようにしながら、吸い付いてくる。
吉野の口の中を僕の硬く上を向いたものが、出たり入ったりしているのを見せられれば、心拍数が上がり呼吸が乱れてゆく。
明らかに、視覚的にも僕を煽ろうとしているのだ。
僕はベランダの手すりをギュッと掴み、必死に耐えながら、とにかくこの電話を終わらせなければと考える。
「と、とにかく、もう切るね」
「やっぱりさ、電話で郁三くんに話を聞いてもらっても、全然効果はないみたい」
「そ、そうなんだ」
「うん。全然、スッキリした気持ちにならないもん」
吉野の口の動きが、スピードを増す。
もう、もうダメ、我慢できない、で、でちゃう。
僕は手すりを掴んでいた手を口に当て、声が漏れないように押さえた。
吉野は僕のものを口から出して、フィニッシュとでもいうように、今度は右手で勢いよく強くしごく。
「んぁっ」
僕は、ベランダの床に白濁を飛ばし、ずるずると床に座りこんで、脱力してしまった。
吉野はそんな僕の手からスマホを奪った。
「もしもし。私から一つアドバイスを」
「え?誰?」
「貴方のような方には、郁三さまの性質が仇となってしまうようです。大丈夫ですよ、郁三さまとの縁が切れれば、彼氏さんのことも近々嫌いになれるでしょう。今後は恋をするために恋人を作るのではなく、他にやりたいことを探し、そこで知り合う方と徐々に関係を深めていくのがよろしいかと。では、失礼いたします」
吉野は一方的に電話を切り、そのままスマホ上で何か操作をしてから、僕へ貸してくれた。
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