10 / 11
第9話「僕はあの人と再び……」
しおりを挟む
【12月27日土曜日21:00】
指定された号室を、時刻ちょうどにノックする。
程なく、本日のカラスがドアを開け、迎え入れてくれた。
彼は僕の背中にそっと手を添え、暗い室内をベッドまでエスコートしてくれる。
このホテルは9月にあの人に抱かれた場所だ。
だから正直少し期待していた。
けれど、ウッディな深い森の香りもしないし、背中に触れた手からも何も感じない。
どうやら今日もハズレだったようだ……。
フットライトのみが灯った暗がりの中で見える彼は、堅苦しいスーツ姿だった。
まだシャワーも浴びていないようだ。
「シャワー、お先にどうぞ」
そう告げた僕に、彼は顔を寄せ小さな声で囁く。
「ちょっとこのまま待っていてください」
その言葉とともに、フットライトが消された。
カーテンも閉められた部屋は、闇に包まれる。
「え?なに?」
布がこすれるような人が動く気配がして、誰かが近づいてくる。
暗闇の中に、気配がもう一つ増えた。
まさか、他にも人がいるのか?
二対一など聞いてない。
フクロウさんからの電話が頭に蘇り、怖さを感じた……。
近づいてきた気配は、ベッドに腰掛けている僕の横に、ゆっくりと座る。
そのとき、深い森のような、あの香りがした。
「え?」
戸惑っている僕を、隣に座った人がふわっと優しくハグしてくれた。
「あぁ……」
身体にビリッと甘い電流が走り、思わず声が零れる。
あの人だ。9月のあの人……。
「彼です」
あの人は小さな声でそう言った。
僕にではなく、別の誰かに。
おそらくは最初に僕を部屋に招き入れてくれた本日のカラスに、そう告げた。
「では、私はこれで失礼します」
コツコツと歩く音が聞こえ、ドアが開く。
廊下の明かりが室内に漏れたが、ベッドのある場所までは、その光が届かない。
カチッと音がしてドアが閉まった途端、あの人は手探りで僕の顔に触れる。
冷たい手が、耳を、頬を、そして唇の位置を指で確かめ、僕にキスをしてくれた。
それはあっという間に深くなり、唇を割って舌が口内に入ってくる。
僕はそれに応えようと、必死に舌を絡め合う。
「んっ」
息継ぎのように喘ぎ、彼の背中に手を回して、しがみつく。
あぁ、気持ちがいい。
頭がぼーっとして、全てを彼に捧げたくなる。
どうしてこの人は、僕をこんなにも蕩けさせるのか?
なぜこの人は、僕にとって特別なのか?
「君は私の特別です。会いたかった」
どこか懐かしいような声……。
そして僕と同じように、彼も特別な何かを感じてくれているという奇跡に、胸がいっぱいになる。
指が愛おしそうに、僕の首をなぞった。
しかし。
「ドガッ」
突然、ドアが開いた。
「そこまでだ。離れろ」
その声が誰なのかは、すぐに分かった。
声の主以外にも、屈強な男が数人、入ってきたようだ。
「立て。そうだ。そのまま廊下に出ろ」
懐に凶器でも忍ばせてそうな威圧的な声で、岩山があの人に命令する。
あの人は、僕のそばを離れる時、手をぎゅっと握り、小声で囁いた。
「誤解を解いて必ず戻ります。ここで待っていて」
暗闇の中、屈強な男たちに囲まれ、あの人はドアの向こうへ連れていかれた。
僕は岩山に反論したかったが、「ここで待って」と言われた言葉に踏みとどまる。
そんなタイミングで、あの人からは廊下の灯りに照らされた岩山の顔が見えたようだ。
そして声を震わせる。
「貴方は……。だとしたら、彼は……」
あの人が振り向いて僕の顔を見ようとしたけれど、岩山がバタンとドアを閉めてしまった。
部屋には、深い森の匂いが少しだけ、残っていた。
指定された号室を、時刻ちょうどにノックする。
程なく、本日のカラスがドアを開け、迎え入れてくれた。
彼は僕の背中にそっと手を添え、暗い室内をベッドまでエスコートしてくれる。
このホテルは9月にあの人に抱かれた場所だ。
だから正直少し期待していた。
けれど、ウッディな深い森の香りもしないし、背中に触れた手からも何も感じない。
どうやら今日もハズレだったようだ……。
フットライトのみが灯った暗がりの中で見える彼は、堅苦しいスーツ姿だった。
まだシャワーも浴びていないようだ。
「シャワー、お先にどうぞ」
そう告げた僕に、彼は顔を寄せ小さな声で囁く。
「ちょっとこのまま待っていてください」
その言葉とともに、フットライトが消された。
カーテンも閉められた部屋は、闇に包まれる。
「え?なに?」
布がこすれるような人が動く気配がして、誰かが近づいてくる。
暗闇の中に、気配がもう一つ増えた。
まさか、他にも人がいるのか?
二対一など聞いてない。
フクロウさんからの電話が頭に蘇り、怖さを感じた……。
近づいてきた気配は、ベッドに腰掛けている僕の横に、ゆっくりと座る。
そのとき、深い森のような、あの香りがした。
「え?」
戸惑っている僕を、隣に座った人がふわっと優しくハグしてくれた。
「あぁ……」
身体にビリッと甘い電流が走り、思わず声が零れる。
あの人だ。9月のあの人……。
「彼です」
あの人は小さな声でそう言った。
僕にではなく、別の誰かに。
おそらくは最初に僕を部屋に招き入れてくれた本日のカラスに、そう告げた。
「では、私はこれで失礼します」
コツコツと歩く音が聞こえ、ドアが開く。
廊下の明かりが室内に漏れたが、ベッドのある場所までは、その光が届かない。
カチッと音がしてドアが閉まった途端、あの人は手探りで僕の顔に触れる。
冷たい手が、耳を、頬を、そして唇の位置を指で確かめ、僕にキスをしてくれた。
それはあっという間に深くなり、唇を割って舌が口内に入ってくる。
僕はそれに応えようと、必死に舌を絡め合う。
「んっ」
息継ぎのように喘ぎ、彼の背中に手を回して、しがみつく。
あぁ、気持ちがいい。
頭がぼーっとして、全てを彼に捧げたくなる。
どうしてこの人は、僕をこんなにも蕩けさせるのか?
なぜこの人は、僕にとって特別なのか?
「君は私の特別です。会いたかった」
どこか懐かしいような声……。
そして僕と同じように、彼も特別な何かを感じてくれているという奇跡に、胸がいっぱいになる。
指が愛おしそうに、僕の首をなぞった。
しかし。
「ドガッ」
突然、ドアが開いた。
「そこまでだ。離れろ」
その声が誰なのかは、すぐに分かった。
声の主以外にも、屈強な男が数人、入ってきたようだ。
「立て。そうだ。そのまま廊下に出ろ」
懐に凶器でも忍ばせてそうな威圧的な声で、岩山があの人に命令する。
あの人は、僕のそばを離れる時、手をぎゅっと握り、小声で囁いた。
「誤解を解いて必ず戻ります。ここで待っていて」
暗闇の中、屈強な男たちに囲まれ、あの人はドアの向こうへ連れていかれた。
僕は岩山に反論したかったが、「ここで待って」と言われた言葉に踏みとどまる。
そんなタイミングで、あの人からは廊下の灯りに照らされた岩山の顔が見えたようだ。
そして声を震わせる。
「貴方は……。だとしたら、彼は……」
あの人が振り向いて僕の顔を見ようとしたけれど、岩山がバタンとドアを閉めてしまった。
部屋には、深い森の匂いが少しだけ、残っていた。
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる