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クライアントは神様です!
深緑色の卵
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洞窟内部への侵入は呆気ないほど簡単だった。
ケイブ・ドラゴンが入り口を見張っているわけでもなく、洞窟内を巡回しているわけでもない。偶然の鉢合わせにさえ気をつければ、危険は充分に回避できるのだ。
「簡単に入れるもんじゃのう。これじゃあソニンちゃんを助ける必要はなかったんじゃなかろうか」
シェリーがぼそぼそと文句を言う。多少のトラブルを期待していたシェリーにとっては、かなり物足りないようだった。
「昔の人もね、そう思って失敗したんだ」
洞窟そのものがケイブ・ドラゴンの巣だと勘違いしていると、今のシェリーのような誤った判断をしてしまう。
昔はドラゴンが棲む洞窟にはドラゴンが集めた財宝が眠っていると信じられていた。そこで冒険者などが洞窟内部に何度か侵入を試みるうちに「なんだ楽勝だ」と勘違いして深入りしてしまう。そして不用意に洞窟内にある巣に近づきすぎると、ドラゴンに大暴れされてしまうのだ。
「ケイブ・ドラゴンが棲む洞窟は一本道が多くてね。やつらの怒りを買うと、その一本道を全速力で引き返して逃げなきゃいけない」
「なるほどのう。そりゃ普通の人間には無理じゃのう」
「うん。まずはドラゴンの大咆哮で鼓膜が破られて、人間は平衡感覚を失う。で、パニックで右往左往しているところに火炎ブレスでこんがり焼かれるってわけ」
「そこまで分かってるなら対策も立てられそうじゃが——」
二人は小声で話しながら歩いていたが、前を歩くイーヴァルが足を止めた。人差し指を唇に縦に当てている。それから姿勢を低くするように合図して前方を指差した。
ケイブ・ドラゴンがいた。イーヴァルが手の平と指で「六」を示した。六体いるということだ。
シェリーは目を輝かせて口の動きだけで「おお~」と喜んだ。
頭を岩陰から出して覗こうとするのをイーヴァルは慌てて止めた。
イーヴァルが口パクで「駄目!」と言った。
シェリーは人差し指と親指で隙間を作り「ちょっとだけ」と口パクした。
イーヴァルが口パクで「駄目!」と言う。
ケイブ・ドラゴンの洞窟内での攻撃パターンは大体読めている。しかし対策が立てられないのにはワケがあった。数が多すぎるのだ。
この洞窟のように暗くて足場の悪いところで、複数のケイブ・ドラゴンが咆哮とブレスをがむしゃらに連発してくるのだ。ちょっとやそっとの対策では対応しきれない。
もちろん多額の資金を投入すれば可能だ。しかし"アトラス"は慢性的な人手不足だし、最近は経費削減にもうるさい。業務改善や創意工夫でのクエスト達成が求められているのだ。
(これを『秘密裏に』とは簡単に言ってくれるよね)
秘密の対象は"ドラゴンスレイヤーズ"と、出発地となったさっきの村だった。
あの村にとって、この洞窟のケイブ・ドラゴンは神格化されている。それもそのはずで、ここのケイブ・ドラゴンを激怒させて一番損害を受けそうなのは、あの村なのだ。
かなり前からケイブ・ドラゴンはこの洞窟に棲んでいるのだが、なぜか村が襲われたという事件事故は起きていなかった。そういう状態が長く続くと当然のように村はケイブ・ドラゴンを祀り始める。
そんな村に「これからドラゴンの卵を奪いに行く」などと言うと、猛抗議を受けるのは目に見えていた。
"ドラゴンスレイヤーズ"も同じようなものだ。彼らはドラゴンを狩ることに特化したギルドだ。しかし最も恐れているものもドラゴンだった。ドラゴンを倒しながらも畏敬の念は常に持ち続けている。倒したドラゴンの肉を必ず食べたり、心臓は山や森に還したりと、多様な儀式を行っていた。
そんな"ドラゴンスレイヤーズ"に「これからドラゴンの卵を奪いに行く」などと言うと、猛抗議どころか妨害にも遭いかねなかった。
(ドラゴンの卵が欲しいなんて、絶対にろくな理由じゃないよねえ)
イーヴァルは首を振った。邪念だ。クエスト中の迷いは身を滅ぼす。そのろくな理由じゃない依頼に、みんながこれから命を賭けるのだ。
「クライアントは神様です」
イーヴァルは吐息のように呟いた。
その時シェリーがイーヴァルの脇を指で突いた。危うく声が出そうになってイーヴァルはシェリーを睨んだ。
シェリーが必死に巣の方を指差している。
ケイブ・ドラゴンに感づかれたかと焦ったが、そうではなかった。ケイブ・ドラゴンたちはくつろいでいて、時折、巣の中をいじくり回しているだけだった。そのいじくり回している所に卵が見えた。
大きかった。腹の前で抱えるぐらいの大きさはある。何個あるのか数えようとして、イーヴァルも気がついた。
白い卵に混じって、一個だけ深緑色の卵があったのだ。
(なんだあれは)
シェリーを見ると「ビクちゃん」と口パクしていた。
イーヴァルは頷いた。ビクターがここに来ていた理由は十中八九、あの卵が関係しているだろう。
ビクターの言葉を思い返す。
(運命の大きな歯車だって?)
イーヴァルはシェリーに耳打ちした。
「確保する卵はあれにしよう」
ケイブ・ドラゴンが入り口を見張っているわけでもなく、洞窟内を巡回しているわけでもない。偶然の鉢合わせにさえ気をつければ、危険は充分に回避できるのだ。
「簡単に入れるもんじゃのう。これじゃあソニンちゃんを助ける必要はなかったんじゃなかろうか」
シェリーがぼそぼそと文句を言う。多少のトラブルを期待していたシェリーにとっては、かなり物足りないようだった。
「昔の人もね、そう思って失敗したんだ」
洞窟そのものがケイブ・ドラゴンの巣だと勘違いしていると、今のシェリーのような誤った判断をしてしまう。
昔はドラゴンが棲む洞窟にはドラゴンが集めた財宝が眠っていると信じられていた。そこで冒険者などが洞窟内部に何度か侵入を試みるうちに「なんだ楽勝だ」と勘違いして深入りしてしまう。そして不用意に洞窟内にある巣に近づきすぎると、ドラゴンに大暴れされてしまうのだ。
「ケイブ・ドラゴンが棲む洞窟は一本道が多くてね。やつらの怒りを買うと、その一本道を全速力で引き返して逃げなきゃいけない」
「なるほどのう。そりゃ普通の人間には無理じゃのう」
「うん。まずはドラゴンの大咆哮で鼓膜が破られて、人間は平衡感覚を失う。で、パニックで右往左往しているところに火炎ブレスでこんがり焼かれるってわけ」
「そこまで分かってるなら対策も立てられそうじゃが——」
二人は小声で話しながら歩いていたが、前を歩くイーヴァルが足を止めた。人差し指を唇に縦に当てている。それから姿勢を低くするように合図して前方を指差した。
ケイブ・ドラゴンがいた。イーヴァルが手の平と指で「六」を示した。六体いるということだ。
シェリーは目を輝かせて口の動きだけで「おお~」と喜んだ。
頭を岩陰から出して覗こうとするのをイーヴァルは慌てて止めた。
イーヴァルが口パクで「駄目!」と言った。
シェリーは人差し指と親指で隙間を作り「ちょっとだけ」と口パクした。
イーヴァルが口パクで「駄目!」と言う。
ケイブ・ドラゴンの洞窟内での攻撃パターンは大体読めている。しかし対策が立てられないのにはワケがあった。数が多すぎるのだ。
この洞窟のように暗くて足場の悪いところで、複数のケイブ・ドラゴンが咆哮とブレスをがむしゃらに連発してくるのだ。ちょっとやそっとの対策では対応しきれない。
もちろん多額の資金を投入すれば可能だ。しかし"アトラス"は慢性的な人手不足だし、最近は経費削減にもうるさい。業務改善や創意工夫でのクエスト達成が求められているのだ。
(これを『秘密裏に』とは簡単に言ってくれるよね)
秘密の対象は"ドラゴンスレイヤーズ"と、出発地となったさっきの村だった。
あの村にとって、この洞窟のケイブ・ドラゴンは神格化されている。それもそのはずで、ここのケイブ・ドラゴンを激怒させて一番損害を受けそうなのは、あの村なのだ。
かなり前からケイブ・ドラゴンはこの洞窟に棲んでいるのだが、なぜか村が襲われたという事件事故は起きていなかった。そういう状態が長く続くと当然のように村はケイブ・ドラゴンを祀り始める。
そんな村に「これからドラゴンの卵を奪いに行く」などと言うと、猛抗議を受けるのは目に見えていた。
"ドラゴンスレイヤーズ"も同じようなものだ。彼らはドラゴンを狩ることに特化したギルドだ。しかし最も恐れているものもドラゴンだった。ドラゴンを倒しながらも畏敬の念は常に持ち続けている。倒したドラゴンの肉を必ず食べたり、心臓は山や森に還したりと、多様な儀式を行っていた。
そんな"ドラゴンスレイヤーズ"に「これからドラゴンの卵を奪いに行く」などと言うと、猛抗議どころか妨害にも遭いかねなかった。
(ドラゴンの卵が欲しいなんて、絶対にろくな理由じゃないよねえ)
イーヴァルは首を振った。邪念だ。クエスト中の迷いは身を滅ぼす。そのろくな理由じゃない依頼に、みんながこれから命を賭けるのだ。
「クライアントは神様です」
イーヴァルは吐息のように呟いた。
その時シェリーがイーヴァルの脇を指で突いた。危うく声が出そうになってイーヴァルはシェリーを睨んだ。
シェリーが必死に巣の方を指差している。
ケイブ・ドラゴンに感づかれたかと焦ったが、そうではなかった。ケイブ・ドラゴンたちはくつろいでいて、時折、巣の中をいじくり回しているだけだった。そのいじくり回している所に卵が見えた。
大きかった。腹の前で抱えるぐらいの大きさはある。何個あるのか数えようとして、イーヴァルも気がついた。
白い卵に混じって、一個だけ深緑色の卵があったのだ。
(なんだあれは)
シェリーを見ると「ビクちゃん」と口パクしていた。
イーヴァルは頷いた。ビクターがここに来ていた理由は十中八九、あの卵が関係しているだろう。
ビクターの言葉を思い返す。
(運命の大きな歯車だって?)
イーヴァルはシェリーに耳打ちした。
「確保する卵はあれにしよう」
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