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出会い5

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昼食後、僕はまだ竜力が身体に馴染みきっていない事から眠くなり、夕食の時間まで微睡む事にした。
その間じいちゃんはまた訓練場で騎士達を鍛え、セユナンテさんは国境にいる団長と王都の騎士団へ連絡を入れたり少し仕事をしていたそうだ。

「うむ。身体は大丈夫そうだな。もう心配は無い様だから、私は今夜ここを発つ事にするよ」

夕食後にじいちゃんは改めて僕の体を調べて体調に問題が無い事を確認すると、クシュマルレミクスへ戻ると言い出した。
明日の夜明け前に駐屯所を出発する僕は、じいちゃんもその時一緒に出るのだろうと思っていたので少し驚いた。
聞けば、実はじいちゃんは大変急いでいた為にサーヴラーへ空から入国した際に、本来ならば一度国境で入国登録をしないとならないのに無視をしてここまで飛んで来てしまったのだそうだ。どんな者でも他国へ入国する場合は、必ず国境で身分証を提示し入国登録を行わなければならない。

つまり、今じいちゃんは密入国者。

種族によって罰則の内容は異なるけど、サーヴラーでの密入国の刑はかなり厳しいと授業で習った記憶がある。
その事を思い出し一瞬僕は青ざめたけど、セユナンテさん曰くじいちゃんは近隣諸国で名の通る元騎士なので、自国を勝手に出国したり他国を入国しても罪にはならないらしい。けれども、じいちゃんはやはり他国への密入国はいけない事なので、深夜に入国したから深夜にこっそり(?)出国する事にしたのだそうだ。

「元気でな、グヴァイ♪」

「うん!じいちゃんも元気でね!会えてすっごく嬉しかった!教えて貰った事、毎日おさらいするね♪」

そう言う僕に、じいちゃんは嬉しそうに微笑み、僕の頭を優しく撫でながら頷く。

「あぁ、お前には剣術の才能がある。努力を怠らずに励みなさい。……そうだ!ガファル達には私からお前の成長を伝えておこう♪」

一回家に帰ってお土産を持って、次はきちんと国境で手続きを済ませてからね♪とじいちゃんはウィンクをしながら言う。

「うん、わかった♪ありがとう、じいちゃん!」

僕は熱と身体の変化をどう手紙に書いたら良いのか判らなかったので、助かった。

「ではな♪」

そう言うと、じいちゃんは背中から竜の翼を出して部屋の窓枠を乗り越えて宙に浮く。

「……いらした時も驚きましたが、竜体にならずに翼だけを出す事が可能だなんて、本当に貴方は凄いお方ですね」

竜人は、人型の時は跳躍力等は凄いが背に翼は無く飛行する事は出来ない。だけどじいちゃんは、長い鍛練の末に身体の一部分を竜体に変化させる事が可能になったのだそうだ。

「竜体では身体が大き過ぎて何かと不便だからな。だが、本来ならば竜体になる事で解放させる竜力を抑えて使っているから、負担もかなりあるのが難点なのだよ」

軽く苦笑し、じいちゃんは抑えていた力を解いて空中で竜体になる。
胸からお腹にかけて淡い緑色の短い毛に覆われ、背中は濃緑色の鱗が全身を覆い、頭には真っ白で立派な角が2本生えていた。
大きな手のするどい爪は金色で瞳は濃い青、クシュマルレミクスは竜の中では小柄な種族だと聞いていたけれど、例えじいちゃんだと判っていても2ミヤを超す竜が目の前にいると、正直圧倒されるしとても怖いと僕は思ってしまう。

「今回は色々すまなかったね」

じいちゃんが深夜に駐屯所に現れた際、セユナンテさんはじいちゃんが滞在出来る様に直ぐに便宜を図ったのだそうだ。

「気になさらないで下さい。私達は貴方から指南して頂けて本当に有り難かったのですから」

じいちゃんはセユナンテさんに感謝の思いを込めて頭を下げると、翼を大きく広げて音もなく上昇して行った。
ファルリーアパファルで一番誇り高き種族の竜人が頭を下げるなんて!と驚いてしまったけれど、思い出してみればじいちゃんは事ある毎に感謝の言葉や陳謝の言葉をきちんと発する人であった。
本来の竜人族は授業で習った様な方々だと思う。でもじいちゃんは、何処か竜人らしくない。

『もっとじいちゃんと話してみたいな』

そう思いながら、闇夜に紛れて姿が見えなくなった所で僕は窓を閉めた。

「さて、明日は早い。もう休まないとね♪」

「はい。お休みなさい、セユナンテさん」

「うん、お休み」

挨拶を交わしそれぞれの寝台に潜り込み、僕は目を閉じた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「さあ、しっかり掴まって」

「はい、よろしくお願い致します」

駐屯所入口前の広場でじいちゃんから貰った剣と自分の鞄をお腹に回し、僕はセユナンテさんに抱き上げられる。
セユナンテさんの首にしっかり両手を回して抱き付くと、彼は羽を広げてラグリーサの全体が見える程まで上昇する。
僕をきつく抱き締め直し、一度羽を大きくはばたかせて真っ直ぐに伸びる街道の真上を一路イルツヴェーグへ向かい出す。
飛行する事一時間。ようやく東の空から朝日が顔を覗かせ始める。
セユナンテさんが何らかの魔術式を展開してくれているのだろうか、飛び立つ時に感じた震える寒さを今は全く感じないで彼の体温が心地良い。
ぼんやりと遠ざかっていくラグリーサを見ていると、セユナンテさんは上手く追い風に乗り、飛ぶ速度をどんどん加速して行く。冷たくは無いけれど、顔に当たる風の強さにもう僕は目を開けていられなくなった。





「グヴァイ」

「………?」

「目が覚めたかい?」

名を呼ばれ、ぼんやりと見上げれば、くすくすとやさしく笑うセユナンテさんと目が合う。
顔に風を感じないので不思議に思いふと周りに目を向ければ、彼は枝に腰掛け僕を横抱きにし顔を覗き込む様に見下ろしていた。 

「!?」

なんと、どうやら僕は目を閉じている内に寝てしまっていた様だ。
無自覚だったとは言え、寝てしまうなんてっ!僕の為に飛んでくれているセユナンテさんに失礼をしてしまった!と僕は自分を恥じた。

「……ごめんなさいっ!」

「朝が早かったんだから、眠くなっちゃうのは仕方がないさ♪それに、寝てしまった君は体温が上がって暖かかったよ」

夏場とは言え、早朝の上空はかなり冷える。寝ている僕を抱っこしながら飛ぶ事は暖かくてちょうど良かったと微笑まれる。

「あの?……ここは?」

「あぁ、イルツヴェーグへはまだまだなんだけど、朝ご飯にしようと思ってね。街道沿いの森の中だよ♪」

「そうなんですか。……あっ!ごめんなさい!」

未だにセユナンテさんの膝の上にいた事に気が付いた僕は、慌てて隣にずれる。
ふと周りを見ると、僕達がいる所とは別のあちこちの巨木の枝に旅人が腰掛けてご飯を食べていた。中には太い枝の上で煮炊きしている人も見える。

「セユナンテさん、セユナンテさん」

鞄から使い捨ての水筒を取り出しているセユナンテさんの袖を僕は軽く引っ張る。

「ん?」

「火を使っていますが、あれは燃え移らないのですか?」

「あぁ!あれは、火をおこす部分に魔術式を使っていて枝や他の所に燃え移らない様になっているんだよ」

旅をする者の必需品の一つなのだと教えてくれた。

「へぇ~!……燃え移る心配が無いなんて良いですね!」

騎士達もアレは必ず携帯しているんだ♪と鞄に入っているコンパクトに折り畳まれた道具をちらりと見せてくれながら、別の布の包みを取り出して開く。
中には竹で作られた大小のお弁当箱が2つあり、その上に手紙が乗っていた。

「さあ、俺達も朝ご飯を食べよう!。……お?手紙が付いてる。え~と何々?“坊主へ。左端から食べていく様に。しっかり食べて大きくなれよ。ダンチェルカン。”……だってさ♪」

3日間ずっと親切にしてくれたおじさんのちょっと迫力がある笑顔を思い出し、僕の心は暖かくなる。
そして手渡されたお弁当箱を開けると、中身は白い丸い塊が3個並んでいた。隣を見ればセユナンテさんも同じく白い物。(数も5個で一つの大きさが僕のより3倍はあった!)

「?」

「これは珍しい!マガナだね!」

「……マガナ?」

「エルフが主食にしている食べ物で、こちらでは滅多にお目にかかれない物だよ」

ファルリーアパファルの中でも、東南の水郷地域にのみ生育する穀物でマガリスと言う名の実をつける。剥き身にして水に浸けて鍋で炊いて食べるんだ♪とセユナンテさんは話しながらお弁当箱から一つ取り出してかぶり付く。

「お~!上手い!俺もこうやって真っ白のままで握った奴は初めて食べたけど、この味も好きだわ♪」

彼が美味しそうに食べているので、僕もドキドキしながらかぶり付いた。

「!?」

少し塩味が利いていて、噛むとほんのりと甘くとても美味しい。

「美味しいっ!」

お腹も確かに空いてはいたけれど、自分でも驚く程あっという間に1個目を食べ終わり、2個目に手を伸ばしてかぶり付く。2個目の中にはバウの甘辛煮が入っていた。タレが付いたマガナがまた絶妙に美味しくてまたすぐに手の中は空になり、3個目に手を伸ばした。すると、中身はテッカン鶏肉の唐揚げ。今朝揚げてくれたのだろうか、ジューシーでめちゃくちゃ美味しい。

『マガナって色んなおかずと合うな~♪』

余りの美味しさに頬が緩みっ放しになる。

「美味しかったね♪」

「はい!」

僕が3個目を食べ終わる頃には、セユナンテさんも5個目を食べ終わる所だった。相変わらずの早食いに驚きつつも、僕達はお茶を飲んでしばし景色を楽しんだ。
夏色に染まった木々の葉の濃い緑は目に優しく、森を通る風も何処かで咲く花の香りを乗せてきてつい深呼吸をしてしまう程心地良い。

「さて、行こうか♪」

「はい!よろしくお願い致します」

腹ごなしが済み、再びセユナンテさんに抱き上げられて高く上空へ昇ると、地平線上に一際巨大な木が見える。

「うわぁ!もしかしてあれが、イルツヴェーグですか!?」

「あぁ、そうだよ」

「まるで山の様ですね!」

「はははっ!そうだね。全長がおよそ6000ミヤ近くあるらしいから、北の山脈や竜皇国の山々と変わらないだろうねぇ!」

「そんなに高いのですか!……王宮って頂上にあるんですよね?呼吸は大丈夫なのですか!?」

「あぁ、樹上のてっぺんは山脈の山頂と違って不思議と酸素が薄くなる事は無いんだ」

「へぇ~!」

また追い風に乗り、かなりの速度で飛行しているにも関わらずちっとも近くなる感じはしない。けれど、はっきりとその姿を目にすると自分はこれからあの場所へ行き、学舎に通うんだ!とじわじわと実感し出してきて胸が高鳴ってくる。

「そう言えばグヴァイは、ソイルヴェイユで何を学びたいと思っているんだい?」

僕がセユナンテさんの飛行速度に慣れ、回りの景色を見る余裕が出てくると彼が色々話し掛けてきた。

「ん~、どんな事を学べるのか判らないので何とも言えませんが……。魔術はもっと学びたいですし使える様になりたいですね。あと、せっかく教わった剣ももっと扱える様になりたいです!」

「そっかぁ!……団長が欲しがる訳だ♪」

「え?」

セユナンテさんの声は小さくて、初めしか聞き取れなかった。

「何でもないさ。……ところで疲れてはいないかい?」

「はい、大丈夫です」

通過する町や遠くに見える景色を説明して貰いつつ、お昼に立ち寄った町で一時間休んだだけでセユナンテさんは再び高速で飛び続ける。
休まなくて大丈夫ですか?と心配をするも、彼は本当に大丈夫な様でにこにこと笑い「グヴァイは本当に良い子だね♪」と何故か感激されてしまった。
結局途中トイレ休憩を一度挟んだだけで飛び続ける。だけど、進んでも進んでも近付いている様には感じられない程大きな木。

『正に天を貫くと呼ばれているだけある……』

日が中天を過ぎて西に傾くにつれ、徐々にその姿は見上げないとならなくなる程存在をはっきりとさせていった。
そして、上空から見えていた太陽が地平線に沈む頃に僕はとうとう到着を果たした。

「ここが、王都・イルツヴェーグ……っ!」

セユナンテさんが、根元に作られた騎士専用の出入口へ降り立つ為に少しずつ高度を下げて行くのだけど、かなり前からもうどんなに見上げても天辺は見えず、目の前は木では無くまるで山の絶壁の様。

「そんなに首を曲げると傷めちゃうよ?」

くくくっと笑い声を上げたセユナンテさんから言われて、初めて僕は物凄く身体も首も反って見上げていた事に気が付いた。

「す、すみませんっ」

「いや、気持ちは解る。俺も初めて王都に着いて、この巨木を見た時に思わず地面に寝転がって見上げたから」

もっとも、地面からじゃそれこそ根しか見えなくて余計訳解んなかったけどな!とセユナンテさんは笑う。
空中にいる時は「根しか見えない」の意味がよく解らなかった僕だったけど、騎士専用の出入口に降りて理解をする。
辺りはすっかり暗い為、とても根の上に作られたとは思えない程広い詰所前の広場や緩やかに下る坂道、そして幹を囲う歩廊等外灯が照らしている所以外はよく見えないけれど、教えて貰っていなかったらただの幅の広い道としか思えない根の坂道は先が見えないし、広場の端に立って柵越しから下を見下ろしても地面は全く見えない程高かった。

「お~い、グヴァ~イ!」

「あっ、は~い!」

僕を降ろした後、詰所で到着手続きをしていたセユナンテさんから呼ばれ、僕は走ってそばへ行った。

「お待たせ。さあ、夕食を食べに行こうか♪追い風のおかげで予定よりもずっと早く着けて良かったよ」

入口の門をくぐった際、両端に立っていた騎士から笑顔で「イルツヴェーグへようこそ♪」と言われて、到着した実感が更に湧いた僕はとても嬉しくなる。

「あれ?」

門の先は左右に騎士の建物や馬小屋があり、その先の壁にはラグリーサで見た様な階段は無く、有るのは幹に作られた大きなドアだった。

「ここからは昇降機に乗るよ♪」

「昇降機?」

『…って何?』

セユナンテさんが開けてくれたドアをくぐると、そこは天井が高い少し広い空間になっていて目の前にはまた入口らしき長方形のドアが有った。そのドアには真ん中に切れ目が入っているので、左右から開くと思えるのにドアノブや蝶番が無い。一体どうやってドアを開けるのだろうか?
セユナンテさんの後に付いてドアの前まで行くと、彼はドアの横に付けられた丸い突起を押した。
すると、押された突起は上向きの矢印マークを白く光らせ、目の前のドアが左右に壁の中へ消える様に開いたのだ。中を見ると、優しい白い光に満ちた四角い部屋となっていた。
壁は透明で、左右の壁際にはベンチが備え付けられていて天井もかなり高く、何十人もの大人が入れそうな広さがあった。

「さ、入って♪」

「は、はい…」

セユナンテさんに付いて一緒に入ると、ドアの右横にはズラリと沢山の丸い突起があり、それぞれに数字が書かれていた。

『全部偶数だ。……なんで?』

セユナンテさんが30と書かれた突起を押すと、消えていたドアが壁から出て来て入口を閉めた。そして、なんと四角い部屋がゆっくりと上昇し出したのだった。

「!?」

「おいで、こっちに座ろう♪」

状況が掴めず、キョロキョロと室内を見回している僕にセユナンテさんはくすくすと笑いながら隣に座る様手招きをする。

「驚いてるね」

「……はい。とっても」

「これはその名の通り上階・下階を自動に行き来してくれる乗り物なんだよ」

「乗り物なんですか……。でも、一体どうやって動いているんですか?」

何とも言えない妙な浮遊感が落ち着かなくて、僕は思わずセユナンテさんの腕を掴んだ。

「ん?」

「あ、ごめんなさい!」

パッと掴んでいた手を離したら、セユナンテさんはにこにこと笑いながら僕の頭を撫でる。

「初めてだからこの感覚に落ち着かないんだね。大丈夫、何度か乗れば慣れるよ」

そう言うと、僕と手を繋いでくれたのだった。

「えへへ♪」

大きくて暖かい手が嬉しくてつい僕は笑い声を上げてしまうと、セユナンテさんが首を傾げて僕を見た。

「どうしたんだい?」

「セユナンテさんの手は、兄さんや父さんみたいに大きくて安心出来ます。繋いで貰えてなんか嬉しくなりました♪」

「……可愛い事を言うねぇ」

俺には弟はいないけど、グヴァイみたいな子だったら是非とも弟にしたくなるね。と何故かしみじみと言われてしまった。

『誰か年下の弟みたいな知り合いがいるのかな?』

結婚はしていないし絶賛彼女募集中って言っていたから勿論子供もいないのだろうけど、この旅の中でセユナンテさんは何度か僕の言動に感激していたのだ。

「あぁ、そうそう。この昇降機の動力だけど、これはエルフとノームの考案で作られた物でね、この巨木の内部で水や空気等を吸い上げる穴を再利用しているんだよ」

昇降させる力は風と水の精霊の魔石とこの巨木が持つ魔力によるものだと教えてくれた。
壁が透明なので木の中を昇って行っているのが判りやすく、外は見えないけど僕は乗っている事に飽きなかった。

リーン♪

軽やかな鈴の音が響くと、30の突起が青く点滅する。

「着いたよ♪降りようか」

開いたドアから外へ出ると、そこは沢山の飲食店や宿屋が建ち並ぶ所だった。

『足元を見なければ、ここが枝の上だなんて忘れてしまいそうになる』

「ここは一般的な旅人や冒険者達が利用する宿屋街でね、明日向かうソイルヴェイユへも近いんだ」

ちょうど夕食時なので、宿屋の食堂や飲食店は何処も人が溢れて賑わっている。
セユナンテさんは人が多いから、と言って僕と手を繋いだままだ。目的地が決まっているのか、その足取りに迷いは無くすれ違う人にも巧くぶつからないで進んで行く。

「お~い!セユナンテ!グヴァイ!」

しばらく歩いていた中で左側の飲食店から突然大声で名を呼ばれたのだった。
セユナンテさんと共に声の方へ行くと、そこには僕の荷物を預けた商隊の隊長さんが通りに面したテラスでテフラー麦酒を飲んでいた。

「あぁ、こちらでしたか!」

「おう♪この店のテフラーが飲みたくなってよ!この席で待ってりゃ行き違わなくて済むと思って待っていたんだ!」

セユナンテさんは隊長さんと笑顔で握手を交わした。

「長旅お疲れ様、グヴァイ。道中大丈夫だったか?」

「あ、はい。僕はずっとセユナンテさんに抱き上げられていただけなので、殆んど疲れていないです。……ところで、お二人はお知り合いだったんですか?」

「あぁ、まあそんな親しい間柄ってもんじゃないけどな。セユナンテの所属する隊は、俺達商隊が王都へ入れる荷の管理を行っているんだ。だから、何度か顔を合わした事があるし話した事もあったな」

「えぇ、そうですね。それで今回君を王都まで連れて行く事になった時に、ガファルさんからヤドンダさんの事を聞きましてラグリーサでお手紙を出しておいたんですよ」

僕が高熱を出して王都への到着が遅れる事が決まった時に直ぐに連絡をしておいてくれたのだ。

「そうだったのですか……。あの、荷物を預かって運んで下さり、ありがとうございました」

「おう!良いって事よ♪ガファルとは古い馴染みだし昔世話になったからな!」

まあ、そんな事より夕飯まだだろ?この店はテフラーも良いが飯も旨いぞ~!と言って僕にメニュー表を見せてくれた。

「もう明日から入寮だろ?今夜はおっちゃんが奢ってやるから旨いもんをたっぷり食え!」

「え?勿論私にも奢ってくれますよね!?」

奢ると言う言葉にセユナンテさんは目を輝かせてヤドンダさんを見る。

「騎士のお前はなぁ~、めちゃくちゃ食うからなぁ~」

ヤドンダさんはセユナンテさんを見て軽く渋った。

「えぇぇ?駄目ですかぁ~!?」

「……グヴァイ、セユナンテとの旅はどうだった?」

セユナンテさんにはテフラーと僕には冷たいテフ茶だけを先に注文したヤドンダさんが、僕の方へ顔を向ける。

「え!?……はい。とても親切で色々お世話になりました」

「嫌な事はされ無かったか?」

「はい。優しかったですよ」

「そうか、グヴァイがそう言うんじゃしょうがねぇなぁ。……奢ってやるよ♪」

「やった!有り難うございますっ!!」

お礼を言うと同時にセユナンテさんは店員を呼んで、メニューを片端から注文し始めたのだった。しかも全部3人前ずつでっ!
あんまりにも沢山注文するので、僕は支払い金額が心配になってきてしまい、思わずヤドンダさんを見る。すると、僕の視線に気付いたヤドンダさんはいたずらっ子の様な笑顔を僕に向けて片目をつぶった。

「安心しろグヴァイ。さっきのやりとりは冗談だ。元々奢ってやるつもりだったんだよ」

大事なダチの子は俺の子も同然だからな!世話になった礼をする気でいたのさ!と言ってガハハハッ!と笑い声を上げる。

「そういや、今夜泊まる宿は決めてあるのか?」

「えぇ、マドゥルカを取りました。あそこからならソイルヴェイユも近いですから」

「あぁ、たしかにそこなら良いな」

次々と運ばれてくる料理を三人で食べ、ヤドンダさんとセユナンテさんはテフラーを何杯も飲んでは色々な話で盛り上がっている。
どの料理も初めて口にする物ばかりだったけど、どれも美味しかった。しかし、やはり早々にお腹が満腹になった僕は、ゆっくりとテフ茶を飲みながらテラスから見える夜の景色を楽しみつつ二人の話に耳を傾けた。

「ふう!食った食った♪」

食べ始めてからおよそ三時間後、僕達は店を後にした。

「ヤドンダさん、今夜は有り難うございました。とても美味しかったです。ごちそうさまでした」

セユナンテさんと僕はヤドンダさんにお礼を述べて頭を下げる。

「おう!俺も楽しかったぞ。ありがとうな♪……明日から、頑張れよ!」

「はいっ♪」

僕の返事にヤドンダさんは優しい笑顔を浮かべながら頷き、僕等に手を振って一般人用の昇降機乗り場へと歩いて行った。

「さて、俺達も宿に行こうか」

「はい!」

宿は、先程入ったお店の少し先にあるそうで、セユナンテさんの後に付いて歩く。
明日はいよいよソイルヴェイユ!そう思うと、僕は胸がドキドキとしてしまい寝れなくなりそうだった。
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