青から蒼へ風色(かざいろ)の声を

セリーネス

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ザイトール side②

想いと心と笑顔

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『しまった。これじゃ拐かしと思われても仕方が無い』

誰にも邪魔をされずに話をしたかったばかりに、勢い余ってマストを登り見張り台まで連れて来てしまった……。

『今更だが、倉庫の屋根の上でも良かったよな……。否、それも駄目か』

つい先程、脳内で彼女に不埒な事をして目いっぱい色々解放しまった場所だ。
相手は知らない事とは言っても、冷静な今では後ろめたい気分満載になる。
だが、片腕でマントの上から抱き締めていても感じる身体の柔らかさは心地良く、鼻をくすぐる甘い良い香りと細い腰の割りにかなりの質量を誇る目の前の双丘に思わず顔を埋めてしまいそうになる。

『……理性を保つのが大変過ぎる』

しかし何故声が出ないんだ?
ぱっと見では喉に傷は見当たらなかったから掌に魔術式を乗せて見て探ってみたが、本当に声が出せない様だ。
絶対に声だって可愛らしいに決まっていると思えるだけに、聞けないのは残念で仕方が無い。

『とりあえず、別の方法で意思の疎通を図れないものだろうか?……あ、筆談って手があるな』

腰を抱いたままの右腕を伸ばして、左脇の腰鞄の中から紙束と万年筆を探す。

(その際、勿論抱き寄せられた身体は密着状態。胸板に当たる豊かな双丘の柔らかさが堪らず、陰部を滾らせズボンを押し上げまくり、少女の太股にそっと擦り付ける男の本能に負けた変態を見守る天の星々とお月様であった……)

探しながら字が書けるか問うと、途方に暮れた様な表情だった少女がパッと明るくなり俺の左手を両手で握り締める。

「お!?」

可愛いらしい手の感触の良さに思わず声を上げてしまい、それに驚いた少女が慌てて手を離してしまった事に迂闊に声を出した自分に内心舌打ちをする。

「……いや、紙を用意しようと思ったのだが。………確かに、手の方が良いな」

掌に書いてくれ様としたのが解り、すかさず少女の右手に指を絡めて握々と指を動かして少女の手を堪能する。

『小っちゃい手だなぁ』

もっと握っていたかったが、それでは話が進まない。
そっと離し、掌を差し出して彼女が伸ばした人差し指の指先を見つめる。

『なんて小さな爪だ。それにアルン紅貝の様な色合いも実に可愛らしい』

掌に感じる少女が動かす指先にくすぐったさを感じながら、書かれていく言葉を読み取る。

“私には生まれ付き声が無いんです”

『そうなのか??』

思わずそう思ってしまって首を傾げる。
少女の身体は声が発せ無い以外は何処からどう見ても健康そのもので、むしろきちんと声は出せているのに音だけ吸い取られて消し去られている様な違和感を思わせる。
だから探呪の魔術式を展開したのだが、その様な呪いが掛けられている訳でもなさそうである。
どちらかと言えば、先天的な身体損傷か人為的に損傷させられた様な変な魔力の流れを気管支に感じる。
あと、かなり強力な魔術式が彼女全体を覆っているのも判ったが、こちらはどうも期限付きの様子。
どちらも今下手に解式しない方が良さそうなヤバイ代物だ。

『もしかしたら期限が来たら声も出せる様になるかも知れないな』

掛けられている魔術式の影響によるものかも知れないしそうでは無いかも知れないが、今すぐには何も出来ない。

『それよりも先ずは名が知りたい』

聞けば少女の名前はノンフェリン・キュト・アージェノベ。

「ノンフェリン……。虎人族の古語で星花って意味だったな。なんて、素敵な名だ。俺もノンフェリンと呼んで良いか?」

ノンフェリンと声に出しただけで、俺はドキドキと胸が高鳴り妙な高揚感に包まれる。
冷静だったなら、サーヴラー人なのに名も名字も虎人族の古語である事に不思議だと思うはずである。
だが、『蒼い色で可憐な姿の星花は正にこの少女の名にぴったりだな!』と浮かれ、少女も自分の名を聞いてくれたので浮かんだ疑問は直ぐに忘れ去られてしまった。

「あぁ、俺はテイユ…、いや」

共通言語の方の名を言いかけてふと思う。

『もしノンフェリンがそうなら。……いや、絶対に彼女だとしか思えないのだが、彼女が読めれば自信を持って認められる!!』

沸き立つ想いを抑えながら、俺はノンフェリンの右掌に本当の名を書く。

『お願いだ!読めてくれっっ!』

彼女がそうじゃなかったら、もう俺は生涯独身で構わない。とすら思ってしまう程ノンフェリンへの想いに飲まれながら彼女を見つめる。

「やはり……っ!」

そっと俺の掌に書かれた名を見て、文字通り俺は歓喜に包まれ声を上げる。

『やっぱりノンフェリンが俺の番だったんだ!』

「ノンフェリン、ノンフェリン、ノンフェリンっ!……やっと見つけた!ずっと探していたんだ!!」

今居る場所を忘れて彼女の名を何度も叫び、抱き締めたまま回り続ける。
竜人族の名前は、同種族か番にしか読めないし発音出来ない特殊な原語。
それは例え共通言語の文字に書き換えても同じ。
種族の違うノンフェリンが読めたと言う事は、最早彼女が番以外何者でもない証拠である。

「ノンフェリン、私はザイトール・デュイ・ギュダイヴ。貴女は私の唯一無二の番なんだ。どうか、私と結婚して下さい」

気付けば求婚していた。

竜本来の血が我を忘れさせての大暴走。
番を最上としている種族ならば、番が最も喜ぶ状況で求婚するのが常識。
場所も雰囲気も完全無視の人生最大のやらかし。
末代までの恥と言われても過言じゃないだろう。

……そして、速攻で断られた。

物凄い勢いで首を横に振るノンフェリンの姿に、俺は全身の血の気が失われて行くのを感じて叫ぶ。

「え!?何で!?」

両目に溜まった涙が溢れ出そうだ。
考えたくないが、もしや好きな人がいるのだろうか?それとも既に恋人が?
恐る恐る聞いてもノンフェリンは弱く首を横に振るだけ。
まさか相手を想って隠しているのか?と考えてしまった瞬間、見ず知らずの男へ殺意が芽生え怒りに全身が包まれる。

『!』

だが、ノンフェリンに袖を引っ張られ我に返る。
腰を抜かし、ガタガタと震えて真っ青な顔になってしまっているにも関わらず、彼女は必死に言葉を紡ごうとしてくれていた。

『最低だ。俺……』

“どうか、貴方の事を教えて下さい。私には知らない人を急に好きになったり共に歩む事が出来ないんです”と言われて漸く思い至る。

番の理が弱い彼女からしたら、いきなり知らない野郎から求婚された訳だ。
好きでも何でもないのだから応えられる訳が無い。

俺は、危うく番を永遠に失う所だった。
番の理に縛られていない種族が相手だった場合、こちらの想いを一方的に押し付け嫌われでもすれば番との絆は砕け散る。
そして、死ぬまで満たない心の飢餓感と孤独に襲われ続け最期は狂うだけだ。

『もう、手遅れかも知れない』

酷く怖がらせたのだから、嫌われてしまったかも知れないが、とにかく謝らなければいけない。

「……確かに、そうだな。すまない。番が見つかった嬉しさから先走ってしまった。それに、怖がらせて本当に悪かった」

“いいえ。……ただ、あの”

冷たい言葉を浴びせられる覚悟でいたら、そんな様子にならずノンフェリンはむしろモジモジしながら顔を赤らめている。

『可愛い……』

つい顔がニヤけるが、これ以上嫌われない様に言葉を待つ。

“その、……とても申し訳ないのですが、続きはまた明日仕事が終わってからでは駄目でしょうか?”

『続き!?明日!?え?まだ嫌われていない??』

失いたくない想いが強すぎて読み間違えたか!?と彼女を見れば、もう眠たくて仕方が無いのだと解る。

ハッとし、慌てて空と水平線に目をやれば月が物凄く低い!!

今にも寝てしまいそうなノンフェリンを抱き上げ、一息で見張り台から倉庫の屋根に飛び移って建ち並ぶ倉庫街の上を3歩で駆け抜け道路へと降りた。
本当は魔術式を展開させれば、聞かずとも部屋を割り出して送る事が出来る。
だが、ワザとふざけてノンフェリンを起こし、どうにかアパートまで送り届けられてホッと息を吐く。
ちょっとどさくさに紛れて胸に直に触って貰ったりしたが、眠たげな様子の可愛い過ぎる表情にまた暴走しそうだった本能を抑える為だったから良しとしておこう。
部屋に誘われた時は警戒心の薄さに不安になったが、俺が今日から送り迎えをしたら良い話だ。


『“また明日”と言ってくれた。明日じゃなく今日なんだけど、寝惚けかけてのそんな言い間違いすら可愛いかったな。店に食べに行っても良いと笑ってくれた。あぁ。本当になんて可愛いんだっ!』

もう、片時も離れたくないが彼女の心が俺に開いてくれるのを待とう。
見せてくれた笑顔だけで俺は簡単に満たされる。

「とりあえず、今の内に隊長に報告へ戻るか」

思いっきり高く高く飛翔し、空中で力を解き放つ。
真なる今の姿ならば勤務先まで数刻で着き、ノンフェリンが起きる前にまたここに戻って来られる。
五感の全ての力も増すおかげで、遙か下にある彼女のアパートも勿論見えている。

『あ、へぇ。凄く素敵な部屋だな』

何故か庭からだが、ノンフェリンがちょうど部屋に入って行った所が見えた。
屋上庭園付きの部屋に住んでいるなんて、俺が訪ね易い良い所じゃないか♪きっと室内も可愛らしい彼女に合った内装なんだろうな。
さっき別れたばかりでもう逢いたくなっている気持をなんとか抑えながら、俺は羽根に力を込めて飛び立った。



♢・♢・♢・♢・♢・♢・♢・♢・♢



……1日って本当に経つのが早いですね。
夕方は私の中できっと存在しないのでしょう orz
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