青から蒼へ風色(かざいろ)の声を

セリーネス

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ノンフェリン side③

心の1歩

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ココココーンッ!ココココーンッ!コココ カチッ。

『……………』

モッフモフな手触りのぬいぐるみのダイロが斧で幹を叩く音が寝室に鳴り響く。
ぜんまい式でからくり作りのその目覚まし時計は、昔私が時計を読める様になったお祝いにが買ってくれた大切な宝物。
長年使って来たから、全く目は覚めていなくても染み付いた習慣で勝手に身体は動いて音を止める。

『なんか眠い……』

起きる時間なのは解る……。
そう頭では解っているのに、身体が眠気から覚めない……。いつもなら寝起きが良くてパッと直ぐに次の行動に移れるのに。

『え~?私なんでこんなに眠いんだっけ??』

身体は起き上がったけれど、寝台からは出る気になれないのでそのまま座ってぼーっと寝る前に何をしていたっけ?と考える。

『お店行って、いつもの常連さん達が来て接客して……。あ~!!剣士さん!違うっ衛士さんだっけ!ザイトールさん!……に会って、腕掴まれて仕事帰りに見張り台に連れて行かれて……………。私、求婚されちゃったんだった!!』

ボンヤリしていた頭の中がはっきりとしていく毎に何があったのか、記憶も戻って来る。

「うぎゃぁぁぁ~~っ!!」

うら若き乙女とは思えない野生動物みたいな叫び声を上げてしまっても、この時ばかりは声が無い自分に感謝……。

『あんっなに、滅茶苦茶綺麗な男の人なんて見た事無いのに、私の事を番だって言ってくれて…。しかも、きゅ、求婚までぇ!?』

昨夜の彼の顔、そして自分を見つめる真剣な眼差し。
思い出したら居たたまれなくて恥ずかしい気持でいっぱいになり、今起き上がったばかりの身体を勢いよく倒して、寝台の上でジタバタゴロゴロ暴れ回る。

『怖くなかった……』

ノンフェリンは、常連の若い水夫や海軍の青年から交際を何度か申し込まれた事はある。
ただ、今まで接客中の大勢人が居る中で言われる事ばかりだった為、笑って流してばかりでいた。

『向こうは私とはお店でしか会えないので、本気で気持を伝えてくれていたのかも知れない』

そう思う事もあったが、気持を受け取る気は一切無かった。
ワザと薄い壁を作りワザと惚けて、明らかに好意を示してくる男の人達から諦めてくれる様に仕向けていた。
だから、彼「……ザイトールさん」 ーつい無意識に呟いてしまう程もう意識は彼に向いてしまっているー が本気で自分を想ってくれているのは理解している。

ただ、それがとても嬉しいと思っている自分がいる。

確かに壁を作る暇すら無い怒濤の流れだったとは言っても、疲労が取れてすっきりした思考となった今朝、改めて思い返してみてもザイトールの事をノンフェリンは拒絶する気は起きない。

『また今夜会える事が楽しみに思っちゃってるし……っ』

今夜仕事帰りに会う約束をした事を思い出し1人で顔を赤らめてまたジタバタ。
暫く寝台で身悶えたのち、羞恥で火照っていた身体も漸く冷め、冷静さを取り戻してきたので寝台から降りて寝衣を脱ぎ着替えを済ます。
普段通り朝昼兼用の食事を済ませ、洗濯物を洗って一番陽が当たるリビングに干していく。
ちょっと気が緩めば昨夜の事が頭を過って勝手に頬が熱くなってしまう。

『お掃除しておこうかな』

いつもなら定休日にやるノンフェリンだったが、やはり無意識下で今夜の仕事終わりにザイトールと部屋でゆっくり話したい。と思い、棚の埃を払い床を綺麗に掃き清めていく。

『あ、もうこんな時間なのねっ』

あらかた掃除が済んだ所で壁の時計を見れば、仕事に行く時間となっていた。
いつもの様に庭に出て、階下の中庭を覗く。

『うん、よし。誰もいませんね』

羽で制御しているとは言っても、垂直に飛び降りるので中々に速さが出る。
ぶつかる心配は無いが、ここの住民は皆飛ばない種族の方ばかり。
飛び降り自殺かと驚かせてしまうので、確認してから下へ降りる様に気を付けていた。

『まあ!』

重い門扉を開けて通りに出ると、なんと目の前にザイトールが立っているではないか。
一体何時から待ってくれていたのか申し訳ない気持が沸くも、夜中に会うと思っていたのがこんなに早く会えた事が嬉し過ぎて一瞬で憂いが消えてしまった。

「おはよう、ノンフェリン❤寝不足にはなっていない?」

ザイトールは蕩ける笑顔でノンフェリンの左手を自分の右腕に絡めさせ、左掌を差し出した。
その一連の動作は自然で流れる様。
本来異性に対して警戒心が勝るはずのノンフェリンだが、また何も疑問に思わないまま彼の掌に指を乗せて挨拶を綴る。

“おはようございます、ザイトールさん。寝不足にはなっていないので大丈夫ですよ。ザイトールさんの方はどうですか?”

名前を呼ばれ、笑顔を見せてくれただけで頬に熱が集まり照れてしまうのが恥ずかしく、一生懸命隠そうとしたがきっとザイトールにはバレバレであろう。

「あぁ、俺なら普段から鍛えているから全く問題無いよ」

“そうなんですね。良かった”

ザイトールさんは私が筆談し易い様にゆっくり歩き、更にすれ違う人や物にぶつからない様に気遣う。さり気ない彼の動作に私の胸は絶えずドキドキとうるさく鳴らし続けた。
あと少しでお店に着く所で、私は彼と繋ぐ方の手に軽く力を入れて止まって貰う。

「ん?どうしたんだい?」

“あの……。今日、仕事が終わったら続きを話して欲しいとお願いしたと思うのですが”

「うん。そうだね」

“その話を私の部屋でしませんか?”

私の言葉に彼は目を瞬かせながら私と自分の掌を二度見する。

「え!?……良いの?」

“はい。昨夜の様に外では落ち着かないですし、明日お店は休みなんです。だから私も夜更かししても寝坊しても大丈夫です。それに、客室もあるのでザイトールさんも遅くに宿へ戻らなくて良いかなって思いました”

「そ、そうなんだ…。いや、だけど………」

急に顔を赤らめたザイトールさんが言い淀む。

“……いきなり部屋へ招くのは、やはりはしたなくて嫌ですか?”

まだ正式にお付き合いし出した訳じゃないし、居酒屋で接客をしているから軽い女と思われてしまったのだろうか?

「いや!全然!!むしろ、俺的には滅茶苦茶嬉しい!……ただ、ノンフェリンが知り合いから良く思われなかったらって思うと、その…申し訳なくて」

筋を痛めないかしら?と心配になる勢いで首を横に振るザイトールさんの言い淀みは私を気遣ってのものだった。

『どうしよう。嬉し過ぎる!』

私以上に私の事を考えてくれていたザイトールさんに気持が舞い上がる。

“ありがとうございます。帰るの真夜中ですから大丈夫です!”

「そう?……まあ、確かに外じゃゆっくり話せないよな。うん、お言葉に甘えてお邪魔させて貰うよ」

“はい!”

「ただ……。俺、今かなり気持に余裕が無いんだ。だから、いくらノンフェリンが仕事だって解っていても、他の野郎共が君の笑顔を見るとか確実に嫉妬してしまう。……このままノンフェリンを送って行って食事を済ませたら一旦店を出てるよ。ノンフェリンの仕事が終わったらまた迎えに行くよ」

“解りました。ありがとうございます”

そう言えば、が好き過ぎてユラスを妊娠する前はお店で接客をさせたがらなかったっけ。

『ふふっ』

「思い出し笑い?」

あまりな父さんにあきれ顔の母さんを思い出してつい笑ってしまうと、目の前に立つザイトールさんが優しい笑顔で私を見ていた。

“あ、ごめんなさい。つい、私の父さんもそうだったなぁって思い出したらおかしくなっちゃって”

「そう言えば、ノンフェリンのご両親も番同士なんだっけ?」

“はい。今は時間が無いのでその事はまた夜にお話しさせて貰っても良いですか?”

「勿論!俺はノンフェリンから聞かせて貰える話は何だって聞きたい!…あぁ、もう仕事の時間が近いね。さあお店まで送って行くよ♪」

“ありがとうございます!”

ザイトールさんは階段の手前まで私を送ってくれ、私は彼に軽く手を振りながら階段下にあるお店の裏口から店へと入った。

『おはようございま~す!』

チリンと鳴るドアの先はお店の休憩室。

そこには既に店長とアグサドさん(♂妻帯者2児持ち・35才)が今夜のメニューの打ち合わせをしていた。

「おう、おはよう。ノンフェ」

「おはよう、ノンフェちゃん」

休憩室の左壁際に設置されているロッカーからエプロンを取り出し、身に着ける。

『ホールへ行っていますね』

「あぁ、よろしく」

『はい!』

ホールへ出ると、ナイターシャさんとズバフレスさんがテーブルや椅子を並べてくれていた。

「あ、おはよ~!ノンフェちゃん」

「おはよん💕ノンフェ!」

『おはようございます!』

閉店前に上がった人は翌日ちょっと早めに来て開店準備をして、前日閉店の手伝いをした人は開店ちょっと前に来て厨房でお客様に出すお水のピッチャーやカトラリーの用意。
誰が決めた訳じゃないのだけれど、店長や奥様それから長く働くズバフレスさんとで自然に出来たルール。

レタフカルさんはまだ来ていないみたいだけれどちゃんと開店には間に合うでしょうから誰も気にしない。

「おはよ~」

『あ、おはようございます』

案の定、ちょっと眠たげで首にスカーフを巻いたレタフカルさんが厨房に入り私の横に立つ。
ただ、腰を痛そうに擦っていて具合が悪そう。

『大丈夫ですか?』

何故首にスカーフで腰を擦っているのかは、まあ聞かなくても予想は出来るお年頃の私ですが、そんな日はだいたいお店がお休み明けの日だから今日は珍しい。

「あぁ、まあ。俺が悪いんだ。だから大丈夫」

私の目線の先のズバフレスさんは、とても肌がツヤツヤしていて活き活きとテーブルを拭いている。
そんな彼を見ている私の言いたい事を読んだレタフカルさんは、苦笑いを浮かべながらカトラリーを用意していく。
……どうやら仲直りはしているみたいだから良かった。

「入り口点けま~す!」

「「「「『は~い!』」」」」

店長とアグサドさんも厨房に入り、コンロに鍋を置き火を入れる。
ナイターシャさんはそれを見て外に火を灯す。

さあ!今夜も海鳴り亭開店です♪
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