知らされた真実〜それぞれの選択〜

maruko

文字の大きさ
6 / 46
アンソニー編

6

しおりを挟む
暗い地下に鉄の格子が嵌められている部屋がいくつか存在していた。
前を歩く案内人の後ろから付いて行ったアンソニー、数歩後に右側の牢に見知った顔を見つけた。
先程声をかけられたカールトン公爵にそっくりな男が、座り込んで片足を立てその膝に腕を乗せ手の甲で顎を支えながら此方を不敵な笑みで見つめていた。
アンソニーはその目に一瞬怯んだが、思い直し睨みつけるとその男は興味を失ったように肩を竦めて目を逸らし牢の石壁に凭れて目を閉じた。

「此方です」

声をかけられたアンソニーが前を向くと案内人はだいぶ先で彼を待っていた、早足で近づいて指し示された牢の中を見る。
そこには今朝までアンソニーの側にいた愛妻が膝を抱えてぼんやりしていた。

「ナ、ナー⋯⋯⋯チェ」

躊躇いながら呼ぶとナーチェことチェルシーがアンソニーを見上げた。

「⋯⋯⋯アンソニー」

アンソニーの名を呼びながら涙する愛妻は彼が10年信じていた妻だった。

「如何してこんな事に⋯」

「ごめんなさい」

「如何して?」

「⋯⋯⋯」

「君は始めから私を騙すつもりだったのか?」

「⋯⋯⋯」

チェルシーは黙って頷いた。
本物の公爵や本物のナーチェを見ても、陛下に説明を受け選択を迫られても、何処か他人事のようにアンソニーは感じていた。
それは10年信じていた妻を、やはり信じたかったからかもしれない、だが当の本人があっさり認めた事で、彼女の正直な態度だが否定して欲しかったという気持ちが湧いてきた。

「何故?」

「⋯⋯」

「金のために決まってるだろう!俺の物を取り返しただけだ」

地下は思いの外声が響くから聞こえていたのだろう、チェルシーが答える代わりに悪人が答えた。
そのつまらない動機にアンソニーの怒りが沸点に達した。

「五月蝿い!口を挟むな!私はに聞いている」

「ヒャハハハハハ」

その言葉に悪人の下品な笑い声が聞こえた。
アンソニーを嘲笑うその声に耳を塞ぎたくなった。
先日までの悪人は広大な領地を束ねる立派な領主だと信じて疑った事など欠片も無かった、アンソニーは彼を目標にしていたのに⋯。

「ごめんなさい⋯ねっ」

それは最愛の妻からの謝罪の言葉だったが、ちっとも心がこもっていないのを感じた。
信じられない思いで彼女を見ると、両掌を合わせて片目を瞑りながら戯けたような顔をしている。

「なっ!」

アンソニーが自分を見ているのを知っていて合わせた両手を外すと、不貞腐れた顔をしながら両頬まで膨らませている。
そんな妻の顔を見たのは初めてだった。
背中を汗が伝っている。

「悪いと思ってないのか?」

「⋯⋯如何して?」

「罪の意識はないのか?後悔は?」

「してるわよ後悔、殺しておけばよかったわ。あの二人も貴方も」

「違いない!」

最愛の妻の声に悪人が相槌を打つように合わせている。
アンソニーの信じていた物は全てが紛い物だった。
立っていられなくなって地下に膝をつくと、案内人から肩をトンと優しく叩かれた。

「聞く必要はないと思いますよ」

見上げると案内人がアンソニーの肩に手を置いたまま優しく言ってくれる。
絶望に淡い光が灯るような気持ちになる。
その場をあとにする前に如何しても聞かなければならない事がアンソニーにはあった。

「ランディの事はどうするつもりだったんだ」

「好きにすれば」

「分かった」

その言葉で全てが吹っ切れた。
暗い地下から案内人とともにアンソニーは身も心も浮上した。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たのしい わたしの おそうしき

syarin
恋愛
ふわふわのシフォンと綺羅綺羅のビジュー。 彩りあざやかな花をたくさん。 髪は人生で一番のふわふわにして、綺羅綺羅の小さな髪飾りを沢山付けるの。 きっと、仄昏い水底で、月光浴びて天の川の様に見えるのだわ。 辛い日々が報われたと思った私は、挙式の直後に幸せの絶頂から地獄へと叩き落とされる。 けれど、こんな幸せを知ってしまってから元の辛い日々には戻れない。 だから、私は幸せの内に死ぬことを選んだ。 沢山の花と光る硝子珠を周囲に散らし、自由を満喫して幸せなお葬式を自ら執り行いながら……。 ーーーーーーーーーーーー 物語が始まらなかった物語。 ざまぁもハッピーエンドも無いです。 唐突に書きたくなって(*ノ▽ノ*) こーゆー話が山程あって、その内の幾つかに奇跡が起きて転生令嬢とか、主人公が逞しく乗り越えたり、とかするんだなぁ……と思うような話です(  ̄ー ̄) 19日13時に最終話です。 ホトラン48位((((;゜Д゜)))ありがとうございます*。・+(人*´∀`)+・。*

婚約者に突き飛ばされて前世を思い出しました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢のミレナは、双子の妹キサラより劣っていると思われていた。 婚約者のルドノスも同じ考えのようで、ミレナよりキサラと婚約したくなったらしい。 排除しようとルドノスが突き飛ばした時に、ミレナは前世の記憶を思い出し危機を回避した。 今までミレナが支えていたから、妹の方が優秀と思われている。 前世の記憶を思い出したミレナは、キサラのために何かすることはなかった。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

【完結】悪女を押し付けられていた第一王女は、愛する公爵に処刑されて幸せを得る

甘海そら
恋愛
第一王女、メアリ・ブラントは悪女だった。 家族から、あらゆる悪事の責任を押し付けられればそうなった。 国王の政務の怠慢。 母と妹の浪費。 兄の女癖の悪さによる乱行。 王家の汚点の全てを押し付けられてきた。 そんな彼女はついに望むのだった。 「どうか死なせて」 応える者は確かにあった。 「メアリ・ブラント。貴様の罪、もはや死をもって以外あがなうことは出来んぞ」 幼年からの想い人であるキシオン・シュラネス。 公爵にして法務卿である彼に死を請われればメアリは笑みを浮かべる。 そして、3日後。 彼女は処刑された。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした

珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……? 基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

処理中です...