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アンソニー編
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暗い地下に鉄の格子が嵌められている部屋がいくつか存在していた。
前を歩く案内人の後ろから付いて行ったアンソニー、数歩後に右側の牢に見知った顔を見つけた。
先程声をかけられたカールトン公爵にそっくりな男が、座り込んで片足を立てその膝に腕を乗せ手の甲で顎を支えながら此方を不敵な笑みで見つめていた。
アンソニーはその目に一瞬怯んだが、思い直し睨みつけるとその男は興味を失ったように肩を竦めて目を逸らし牢の石壁に凭れて目を閉じた。
「此方です」
声をかけられたアンソニーが前を向くと案内人はだいぶ先で彼を待っていた、早足で近づいて指し示された牢の中を見る。
そこには今朝までアンソニーの側にいた愛妻が膝を抱えてぼんやりしていた。
「ナ、ナー⋯⋯⋯チェ」
躊躇いながら呼ぶとナーチェことチェルシーがアンソニーを見上げた。
「⋯⋯⋯アンソニー」
アンソニーの名を呼びながら涙する愛妻は彼が10年信じていた妻だった。
「如何してこんな事に⋯」
「ごめんなさい」
「如何して?」
「⋯⋯⋯」
「君は始めから私を騙すつもりだったのか?」
「⋯⋯⋯」
チェルシーは黙って頷いた。
本物の公爵や本物のナーチェを見ても、陛下に説明を受け選択を迫られても、何処か他人事のようにアンソニーは感じていた。
それは10年信じていた妻を、やはり信じたかったからかもしれない、だが当の本人があっさり認めた事で、彼女の正直な態度だが否定して欲しかったという気持ちが湧いてきた。
「何故?」
「⋯⋯」
「金のために決まってるだろう!俺の物を取り返しただけだ」
地下は思いの外声が響くから聞こえていたのだろう、チェルシーが答える代わりに悪人が答えた。
そのつまらない動機にアンソニーの怒りが沸点に達した。
「五月蝿い!口を挟むな!私はナーチェに聞いている」
「ヒャハハハハハ」
その言葉に悪人の下品な笑い声が聞こえた。
アンソニーを嘲笑うその声に耳を塞ぎたくなった。
先日までの彼は広大な領地を束ねる立派な領主だと信じて疑った事など欠片も無かった、アンソニーは彼を目標にしていたのに⋯。
「ごめんなさい⋯ねっ」
それは最愛の妻からの謝罪の言葉だったが、ちっとも心がこもっていないのを感じた。
信じられない思いで彼女を見ると、両掌を合わせて片目を瞑りながら戯けたような顔をしている。
「なっ!」
アンソニーが自分を見ているのを知っていて合わせた両手を外すと、不貞腐れた顔をしながら両頬まで膨らませている。
そんな妻の顔を見たのは初めてだった。
背中を汗が伝っている。
「悪いと思ってないのか?」
「⋯⋯如何して?」
「罪の意識はないのか?後悔は?」
「してるわよ後悔、殺しておけばよかったわ。あの二人も貴方も」
「違いない!」
最愛の妻の声に悪人が相槌を打つように合わせている。
アンソニーの信じていた物は全てが紛い物だった。
立っていられなくなって地下に膝をつくと、案内人から肩をトンと優しく叩かれた。
「聞く必要はないと思いますよ」
見上げると案内人がアンソニーの肩に手を置いたまま優しく言ってくれる。
絶望に淡い光が灯るような気持ちになる。
その場をあとにする前に如何しても聞かなければならない事がアンソニーにはあった。
「ランディの事はどうするつもりだったんだ」
「好きにすれば」
「分かった」
その言葉で全てが吹っ切れた。
暗い地下から案内人とともにアンソニーは身も心も浮上した。
前を歩く案内人の後ろから付いて行ったアンソニー、数歩後に右側の牢に見知った顔を見つけた。
先程声をかけられたカールトン公爵にそっくりな男が、座り込んで片足を立てその膝に腕を乗せ手の甲で顎を支えながら此方を不敵な笑みで見つめていた。
アンソニーはその目に一瞬怯んだが、思い直し睨みつけるとその男は興味を失ったように肩を竦めて目を逸らし牢の石壁に凭れて目を閉じた。
「此方です」
声をかけられたアンソニーが前を向くと案内人はだいぶ先で彼を待っていた、早足で近づいて指し示された牢の中を見る。
そこには今朝までアンソニーの側にいた愛妻が膝を抱えてぼんやりしていた。
「ナ、ナー⋯⋯⋯チェ」
躊躇いながら呼ぶとナーチェことチェルシーがアンソニーを見上げた。
「⋯⋯⋯アンソニー」
アンソニーの名を呼びながら涙する愛妻は彼が10年信じていた妻だった。
「如何してこんな事に⋯」
「ごめんなさい」
「如何して?」
「⋯⋯⋯」
「君は始めから私を騙すつもりだったのか?」
「⋯⋯⋯」
チェルシーは黙って頷いた。
本物の公爵や本物のナーチェを見ても、陛下に説明を受け選択を迫られても、何処か他人事のようにアンソニーは感じていた。
それは10年信じていた妻を、やはり信じたかったからかもしれない、だが当の本人があっさり認めた事で、彼女の正直な態度だが否定して欲しかったという気持ちが湧いてきた。
「何故?」
「⋯⋯」
「金のために決まってるだろう!俺の物を取り返しただけだ」
地下は思いの外声が響くから聞こえていたのだろう、チェルシーが答える代わりに悪人が答えた。
そのつまらない動機にアンソニーの怒りが沸点に達した。
「五月蝿い!口を挟むな!私はナーチェに聞いている」
「ヒャハハハハハ」
その言葉に悪人の下品な笑い声が聞こえた。
アンソニーを嘲笑うその声に耳を塞ぎたくなった。
先日までの彼は広大な領地を束ねる立派な領主だと信じて疑った事など欠片も無かった、アンソニーは彼を目標にしていたのに⋯。
「ごめんなさい⋯ねっ」
それは最愛の妻からの謝罪の言葉だったが、ちっとも心がこもっていないのを感じた。
信じられない思いで彼女を見ると、両掌を合わせて片目を瞑りながら戯けたような顔をしている。
「なっ!」
アンソニーが自分を見ているのを知っていて合わせた両手を外すと、不貞腐れた顔をしながら両頬まで膨らませている。
そんな妻の顔を見たのは初めてだった。
背中を汗が伝っている。
「悪いと思ってないのか?」
「⋯⋯如何して?」
「罪の意識はないのか?後悔は?」
「してるわよ後悔、殺しておけばよかったわ。あの二人も貴方も」
「違いない!」
最愛の妻の声に悪人が相槌を打つように合わせている。
アンソニーの信じていた物は全てが紛い物だった。
立っていられなくなって地下に膝をつくと、案内人から肩をトンと優しく叩かれた。
「聞く必要はないと思いますよ」
見上げると案内人がアンソニーの肩に手を置いたまま優しく言ってくれる。
絶望に淡い光が灯るような気持ちになる。
その場をあとにする前に如何しても聞かなければならない事がアンソニーにはあった。
「ランディの事はどうするつもりだったんだ」
「好きにすれば」
「分かった」
その言葉で全てが吹っ切れた。
暗い地下から案内人とともにアンソニーは身も心も浮上した。
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