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アンソニー編
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「地下から明るい陽射しの元に急に出ると直ぐに目をヤラれてしまうから、ゆっくり上がってください」
案内人がアンソニーに教えてくれたので、ゆっくりゆっくり階段を一段ずつ上がりながら考える。
陛下が選択を迫ったのは、チェルシーとの婚姻をするのかしないのかだけが気になったのだろう。
降爵するのであれば陛下が関わってくるからだ、だがランディに関してはアンソニーの自由になるはずだ。嫡男にさえしなければいいのだから、だが⋯。
─チェルシーの子を愛せるのか─
騎士団長の言葉がさっきからアンソニーの胸に繰り返し響いていた。
ついさっき最愛と思っていた妻の裏の顔を垣間見た。尊敬して目標にしていたはずの男の正体を見せつけられてもいた。
そんな二人の血を引く子供、ブルリと体の底から震えが来る。
考え事をしながら上がっていたらいつの間にか地上に出ていた。
俯いていた顔を上げても少し眩しいだけで目をヤラれたりはしなかった。
騎士団の詰め所にカールトン公爵は待っていてくれた。
流石にそこで話すのは憚られて、再び王宮へと戻る事になった。
カールトン公爵に許されたという居住区の一室に案内される途中、廊下を歩いていたら面した庭を歩く二人を見かけた。
黒髪に紫の瞳のナーチェ。
何事もなければ彼女と学園時代も共に過ごし、結婚もしていたのだろうと考えたら言いようのない思いが募った、それならばこんな思いもせずに済んだのに。
理不尽に引き裂かれた恋人のような感覚になってアンソニーは慌ててしまう。
(見てはいけない。だが⋯彼女と結婚すれば元に戻るのではないか?元々そういう話だった)
そんな考えが浮かんで来て横を歩くカールトン公爵を見ると、彼もまた庭の二人を見ながら歩いていた。
招かれた部屋は広く豪奢な家具が置かれて流石王宮だと思わずにはいられなかった。
ソファに腰掛け執事か侍従と覚しき男性がお茶を用意してくれた。
「何から話せばいいかな」
そう言って少し声高なカールトン公爵は話し始めた。
以前に会ったと言うのはアンソニーの両親の葬儀の時だったと彼は言った。
「では、あの時の公爵は本物だったのですね」
「あぁ、君とナーチェ、私の娘の方だ。これからはナーチェはナーチェだと思って欲しい、決してあの男の娘ではない、分かるよね」
公爵の言わんとする所は当たり前のことなのでアンソニーは頷いた。
「君とナーチェの顔合わせの前日に、私達は領地から王都に向かう途中で拉致されたんだ」
「そんな!」
「あの時に誰かが気づいていてくれればと何度も思ったが、それは私のせいで叶わなかった。私は昔から社交が苦手だったんだ、それがいけなかった」
「公爵の顔を知る者がいなかったのですか?」
アンソニーの問に公爵は首を左右に振った。
「顔は知ってる者もいた、ただ親しい友人が私にはハヴィだけ、君の父親だけだったんだ」
「父上だけ?」
「あぁ体も弱く極度の人見知り、子供の頃は茶会などにも出たりしたんだが、女性に群がられてからはもうどうにも人に纏わり付かれるのが嫌になってね。私は学園にも通わなかったから王都には知り合いも居なかった。幼い頃の茶会で会ったハヴィだけはずっと文通したり偶に彼が会いに来てくれたりで繋がっていたんだが、それ以外は殆ど他人と関わりなく過ごしていた。ただカールトン公爵家はそれが許される程の領地と富を有していたから、私はそれで満足していたし無理に社交をする必要はないと思っていた。領地さえ守っていればそう思っていたんだ、それが仇になった」
「父の葬儀の時に言ってくれた婚約というのは」
「それは私の意志だった、だがそのせいで君を巻き込む事になって済まないと思ってる。申し訳なかった」
カールトン公爵は頭を下げて謝罪をした事に、アンソニーは複雑な思いになる。
あの時に彼の申し出がなかったらアンソニーは侯爵家を継ぐことは出来なかっただろう、だがそのせいでチェルシー達の企みに巻き込まれる事になったのだと思ってしまうのも正直な気持ちだった。
だからだろうか、公爵の謝罪に労りの言葉をかけるのを躊躇ってしまった。
案内人がアンソニーに教えてくれたので、ゆっくりゆっくり階段を一段ずつ上がりながら考える。
陛下が選択を迫ったのは、チェルシーとの婚姻をするのかしないのかだけが気になったのだろう。
降爵するのであれば陛下が関わってくるからだ、だがランディに関してはアンソニーの自由になるはずだ。嫡男にさえしなければいいのだから、だが⋯。
─チェルシーの子を愛せるのか─
騎士団長の言葉がさっきからアンソニーの胸に繰り返し響いていた。
ついさっき最愛と思っていた妻の裏の顔を垣間見た。尊敬して目標にしていたはずの男の正体を見せつけられてもいた。
そんな二人の血を引く子供、ブルリと体の底から震えが来る。
考え事をしながら上がっていたらいつの間にか地上に出ていた。
俯いていた顔を上げても少し眩しいだけで目をヤラれたりはしなかった。
騎士団の詰め所にカールトン公爵は待っていてくれた。
流石にそこで話すのは憚られて、再び王宮へと戻る事になった。
カールトン公爵に許されたという居住区の一室に案内される途中、廊下を歩いていたら面した庭を歩く二人を見かけた。
黒髪に紫の瞳のナーチェ。
何事もなければ彼女と学園時代も共に過ごし、結婚もしていたのだろうと考えたら言いようのない思いが募った、それならばこんな思いもせずに済んだのに。
理不尽に引き裂かれた恋人のような感覚になってアンソニーは慌ててしまう。
(見てはいけない。だが⋯彼女と結婚すれば元に戻るのではないか?元々そういう話だった)
そんな考えが浮かんで来て横を歩くカールトン公爵を見ると、彼もまた庭の二人を見ながら歩いていた。
招かれた部屋は広く豪奢な家具が置かれて流石王宮だと思わずにはいられなかった。
ソファに腰掛け執事か侍従と覚しき男性がお茶を用意してくれた。
「何から話せばいいかな」
そう言って少し声高なカールトン公爵は話し始めた。
以前に会ったと言うのはアンソニーの両親の葬儀の時だったと彼は言った。
「では、あの時の公爵は本物だったのですね」
「あぁ、君とナーチェ、私の娘の方だ。これからはナーチェはナーチェだと思って欲しい、決してあの男の娘ではない、分かるよね」
公爵の言わんとする所は当たり前のことなのでアンソニーは頷いた。
「君とナーチェの顔合わせの前日に、私達は領地から王都に向かう途中で拉致されたんだ」
「そんな!」
「あの時に誰かが気づいていてくれればと何度も思ったが、それは私のせいで叶わなかった。私は昔から社交が苦手だったんだ、それがいけなかった」
「公爵の顔を知る者がいなかったのですか?」
アンソニーの問に公爵は首を左右に振った。
「顔は知ってる者もいた、ただ親しい友人が私にはハヴィだけ、君の父親だけだったんだ」
「父上だけ?」
「あぁ体も弱く極度の人見知り、子供の頃は茶会などにも出たりしたんだが、女性に群がられてからはもうどうにも人に纏わり付かれるのが嫌になってね。私は学園にも通わなかったから王都には知り合いも居なかった。幼い頃の茶会で会ったハヴィだけはずっと文通したり偶に彼が会いに来てくれたりで繋がっていたんだが、それ以外は殆ど他人と関わりなく過ごしていた。ただカールトン公爵家はそれが許される程の領地と富を有していたから、私はそれで満足していたし無理に社交をする必要はないと思っていた。領地さえ守っていればそう思っていたんだ、それが仇になった」
「父の葬儀の時に言ってくれた婚約というのは」
「それは私の意志だった、だがそのせいで君を巻き込む事になって済まないと思ってる。申し訳なかった」
カールトン公爵は頭を下げて謝罪をした事に、アンソニーは複雑な思いになる。
あの時に彼の申し出がなかったらアンソニーは侯爵家を継ぐことは出来なかっただろう、だがそのせいでチェルシー達の企みに巻き込まれる事になったのだと思ってしまうのも正直な気持ちだった。
だからだろうか、公爵の謝罪に労りの言葉をかけるのを躊躇ってしまった。
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