知らされた真実〜それぞれの選択〜

アンソニー編

16

「じょいははうえはどょこ？」

「ランディ様、奥様は少し遠い所へお出かけになっておりますのでいつ頃お戻りかは私にはわかりません。申し訳ありません」

「あ～いいのいいのきにちゅるな」

チェルシーが捕まって一週間、そろそろ避けていた問題に向き合おうと、アンソニーはあの日から一度も話せていないランディの部屋へと向かった。
丁度扉の前に立ち、心を落ち着かせようと大きく深呼吸をした時、中の会話が聞こえてきた。
ランディが専属侍女のジョインと話しているようだ。

「ははうえはいつからいちょがちくなったのょかなぁ」

「⋯⋯⋯」

「じょい？」

「ランディ様は奥様が居なくて寂しいのですか？」

「おまえちょれはなんのちょうらんだ」

「申し訳ありません」

扉の前でランディとジョインの会話を立ち聞きしながらアンソニーは少し違和感を覚えた。寂しいのかという質問に冗談？何故だろう、アンソニーはノックをするのも忘れて、扉の横の壁に寄りかかり考え始めた。

(どういう事だ？ランディはあの女を嫌ってた？それにしてもランディの大人びた物言いは何だ？)

アンソニーの知るランディは子供らしく無邪気な子供だった。中の会話を聞く限りランディはジョインに対しては大人びた物言いをしているのだなと感じて、それが違和感の正体だと気付いた。
意を決してここまで来たというのにアンソニーの覚悟は萎えてしまった。そのまま部屋には訪わず自身の部屋へと戻ろうと踵を返して数歩歩いた時に、後ろで扉の閉まる音が聞こえた。
振り返るとジョインがランディの部屋から出てきた所だった。

アンソニーに気付いたジョインが頭を下げているのを声を出さず戻って肩を軽く叩いた。指で「静かに」と示して「一緒に来るように」とジェスチャーで促した。それを見てジョインは黙って頷いてアンソニーの後を付いてくる。

アンソニーは執務室に向かう途中で侍従を呼ぶ様にメイドに言いつけてジョインと扉の前で待った。

流石に未婚の侍女と二人で部屋にいるわけにはいかない。今は微妙な時でもあるとアンソニーはいつも以上に気を遣っていた。

侍従を待って3人で部屋に入ると、渋るジョインを無理やりソファに座らせ先程の会話を聞いていた事をアンソニーは彼女に白状した。

「ランディは、あの女を慕ってはいなかったのか？」

単刀直入に聞くとジョインは躊躇いながらも頷いた。
それには侍従のサイラスも驚きを隠せなかった、もちろんアンソニーも目を瞠った。

「どういう事だ」

アンソニーの知る二人は普通の親子の様に仲が良かった。それに関して疑ったことなど一度もなかったのに、あれが演技であるならばアンソニーは全てに於いてチェルシーに騙されていたのだと感じた、あのアンソニーに向ける笑顔でさえも。
そう思うと、アンソニーはワナワナと体の震えを止められないほどに怒りながらジェインに質問した。

「私も知ったのは1年ほど前でございます」

「1年？」

「はい、ランディ様にクローゼットに隠れているようにお願いされまして、お二人の会話を聞きました。奥様はランディ様とお二人の時は辛く当たられていました」

「あぁ！」

アンソニーは天を仰いだ。
自分は何も気付かなかったとランディに対して申し訳なく、そしてチェルシーに対しては怒りが尚更に湧いてきた。
自分の息子は自分の前でも演技をしていたのだろうか？そんな事を考え、アンソニーはランディが自分には相談しなかった事を悲しく思った。

『父親失格』
その言葉がアンソニーの頭の中を掛け巡っていた。